トップ> 一般教育部長より

一般教育部長 岡野 安洋
私は一般教育部の役割は次の三点にあると思います。
私は教養演習や文学関連の講座を担当するとき、授業中よく学生に、「この小説の主人公の行動についてあなたはどう考えますか?」と質問することがあります。すると中には一生懸命考えて、「分かりません。先生、教えてください」と応える学生がいます。私は、「あなたの考えを聞いているので、何も一般的な正解を求めているのではありません。あなたの考えとは、あなた自身が考えたことで、それを私が代わりに考えたり、教えたりはできません」と応えると、中には「先生は何も教えてくれない」と思う人がいるようです。高校までの勉強では、正解が必ずあって、その正解を教師は知っている、だから考えて分からなければ教師からその正解を教えてもらえるものだと思ってきたようです。そうした受動的な姿勢を大学では、まず捨てなくてはなりません。そして、自ら考え、自分から問題点を見つけ出し、積極的に学ぶ姿勢に転換することが、大学での勉学には絶対に必要であると思います。それを身につけることは、学生諸君にとって、一般教育部での大切な課題だと思います。また、そうした態度を身につけさせるよう、教員も指導に当たるべきだと考えます。
次に一般教育部では、学部教育の基礎知識を学ぶことが課題となります。特に実験系の教科では、自然科学の基礎知識が講義されます。また、実習を通じて、実習における基本的な姿勢や実験器具の取り扱い方法、レポートの書き方の基礎が身につくように努めます。また、数学・英語・情報科学の各教科にあっても、学部教育の基礎知識や、実社会で役立つ知識を学びます。もちろん、こうした科目にあっても、以下に述べる教養教育の部分が含まれていることを忘れないでください。
一般教育部で学ぶことは、先に述べた学部教育の基礎知識と並んで、教養教育が挙げられます。教養教育に関しては、一般教育部が主とした担い手になっていると思います。私が担当しているドイツ語の授業内容の説明を4月のガイダンスですると、「ドイツ語は将来の勉強に役立つでしょうか?」とよく質問されます。そこで私は、「たぶん役に立つ可能性は少ないと思う。でも、役に立たないかもしれないこと、あるいはすぐに役立たないことを学ぶのが、教養というものだ」と応えます。教養とは、学部の勉強にすぐ役立つようなものでないのが大半です。それどころか、ひょっとすると一生役立たないかもしれません。しかし、自分の人生のふとしたときに、「ああ、これは大学の時間に聞いたことがあるな。なかなかおもしろいものだ」と感じる瞬間があるように思います。また、大学で知識の基礎を学んでいたお陰で、楽しみの幅を広げたり、知識の積み重ねが可能であったりすることは少なくないと思います。つまり、教養とはすぐには役立たないし、ひょっとしたら無駄かもしれない。しかし、そうしたことを学ぶことこそ、大学教育を受ける大切な要素であると思います。職業に必要なことだけを学ぶなら、専門学校でも良いでしょう。しかし、大学では、専門的な知識だけではなく、社会人として大切な人間的幅をつける教養も大切であると考えられています。だからこそ大学の教育課程に、教養教育は必須となっているのです。ですから、大学に進学してきたからには、大学を卒業したときに、専門だけではなく、大学で学んだ者にふさわしい知識人としての水準に達していなくてはなりません。教養は専門知識のバックグラウンドを形成するものだと考えてください。それにはもちろん、十分な専門知識を身につけているという前提があることは言うまでもありませんが。
以上三点、大学で学ぶための積極的な姿勢・態度を養う場所であることと、今後すぐに必要な専門分野の知識の基礎を学ぶこと、それに、すぐに役立つわけではないが、人生を豊にしてくれる教養の基礎を身につける場所が一般教育部であると考えています。学生諸君も教職員の皆さんも、こうしたことを念頭に置いて、勉学や学生対応に当たってもらいたいと思います。