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No.35 2008/2/1
平成19年10月12日に開催された第4回北里大学農医連携シンポジウム「農と環境と健康に及ぼすカドミウムとヒ素の影響」のうち,演題「コーデックス基準策定と食の安心・安全にまつわる戦い−カドミウム,クロロプロパノール,ホルムアミドを例として−」を紹介する。残りの演題と総合討論については,順次紹介する。
自治医科大学地域医療学センター環境医学部門教授:香山不二雄
世界貿易で流通する食料の規格を定めているのが,コーデックスである。コーデックスは食糧農業機構と国際保健機関との合同食品添加物専門家会議(FAO/WHO Joint Expert Committee on Food Additives(以降JECFA))に,食事や飲料から摂取する食品添加物の総許容摂取量および汚染物質の耐容摂取量を定める専門家会議に答申を行う。JECFAの判断に基づいて,個々の食品中の当該物質の許容濃度および耐容濃度を定めるのが,コーデックスCODEX ALIMENTALIUSの下部会議,Codex Committee for Contaminants and Food Additives(以下,CCFAC)である。
私はこれまで,第55回JECFA(2000年),第57回(2001年),第61回(2003年),第63回(2004年),第64回(2005年),第66回(2006年)の計6回参加した。また,関連の2002年および2003年のCODEX ALIMENTALIUS の会議,Codex Committee for Contaminants and Food Additives (CCFAC)に,日本政府のtechnical adviserとして計2回参加した。これらの経験から今回の食料の安全性確保と国際食料貿易の欧米各国の見えてくる戦略に関して皆さんと考えてみたい。
ここで取り上げる汚染物質は,日本人が好んで食することにより摂取量が多い物質や,特に,西洋人はあまり食べないが,東洋人がよく食する食品の汚染物質である。すなわち,カドミウム,メチル水銀,クロルプロパノールに関してである。
第57回JECFAでは,クロルプロパノール類の中でも,3-Choloro-1,2-propanediolと1,3-Dichloro-2-propanolの両物質(以下,クロロプロパノール)は植物蛋白質の酸分解過程で不純物として産生され,発癌性が問題とされている。食品からの摂取として大部分が醤油摂取に由来するが,伝統的な発酵による製造法では両物質はほとんど産生されないので,日本国内で伝統的な製法の醤油中濃度では問題ないであろう。旨味調味料に関しては,日本国内の生産者にある程度の影響がでる可能性がある。中国,東南アジア,韓国のオイスターソースなど製造業者には製造法の変更など,大きな経済的打撃になる可能性がある。
3-Choloro-1,2-propanediolと1,3-Dichloro-2-propanolの評価は80年代に論文はあるが,あまり大きな研究はされていない。今回のもっとも重要な評価文書となった論文は公表されている論文ではなく,ネスレが行った報告書であった。GLPの研究機関で行われた研究報告書は公表されていなくても評価文書とできるためである。この報告書の評価では,一番低い投与量をNOELと評価しているにもかかわらず,JECFAのdrafting groupの評価は,最低投与量をLOELと評価し高い安全率をかけ算して,より低いProvisional Maximum Tolerable Daily Intake(PMTDI)を設定するようにした。因みにJECFAのdrafting groupの構成員は,スイス,オランダ,アメリカであった。
この論理の展開は,研究結果を自分たちの都合のよいように解釈している。科学的にどうも頂けない。その背景としては,会議の一週間前にEUの同物質の基準値を定めているが,その値と同じに落ち着かせようとするEUからの参加者の意図が見え隠れする。さらに,結果として酵素による加工法をすでに確立し製品化しているネスレにとっては,アジア諸国からの旨味調味料の市場から締め出しをすることができる利益も当然予想される。
この議論の最中,日本やタイからの参加者から,科学的に間違った評価であると指摘し,さらにイギリスのDr. Shubikからも議論の間違いを指摘があった。しかし,裁定権のあるWHO committeeメンバーの意見でその議論は,drafting groupの原案通り,PMTDIを0-2 μg/kg体重で可決された。
さらに,2006年6月にローマで開催された第66回会議では,子宮内曝露により生まれた雄ラットの精子形成に悪影響があるとする論文に基づき,さらにPMTDIを半分にするという原案が検討されていたが,第2週目に入り,その論文のデータ解析の信憑性が疑われたため,その論文は採用されず,現行のPMTDIのまま定められた。耐容摂取量の本論とはずれるが,この会議での我々の意見は,クロルプロパノールをほとんど含有しない伝統的醸造法の醤油が日本人にとってsoy sauceであるので,この文書でsoy sauceという表現を使わないように主張したが,コーデックスのこれまでの議論をふまえれば,それは不可能であった。そこで,文書の初めに対象となる酸分解蛋白質を含むsoy sauceのカテゴリーを記載することで矛を収めることとした。
それ以外のカドミウム,ダイオキシン類,メチル水銀などの評価でものJECFA流の解釈の過程,ステップがあり,初めて参加する委員にとってはなかなか分かりづらいものである。しかし,安全率,不確実係数の決め方など,その場で聴いていないと評価文書だけではなかなか理解することができないものがある。今回はこれらの評価過程をつまびらかにすることにより,国際基準がどのようにして決まっているか理解していただきたい。基準が徐々に厳しくなっていく傾向があるが,ますます関係者はこの流れをしっかり把握していく必要があると考えている。
その背景には,食の安全を守るためにALARAの原則,"As low as reasonably achievable"の原則に従い,good agricultural practice(GAP)およびgood manufacturing practice (GMP)により,汚染物質は出来る限り低く定めるように,生産国に要求する方向性がますます強まっている。しかし,世界各国間の食文化の差は大きく,米や醤油などで規制を厳しくしてもあまり委員自身が所属している食文化圏には何ら影響がなければ,基準値を厳しくすることには反対をしない。もし,このJECFAで基準値が定まれば,その結果を基にそれぞれのコーデックス規格が定められる。関係のある国には大きな農業問題や通商問題となる可能性がある。
JECFAは,リスク・アセスメントの専門家の科学者の,科学的知見と論理の戦いであるが,国を代表して選ばれて参加しているわけではなく,研究者個人として参加して議論に参加することを要求されている。しかし,常に出身の国および文化圏に,特に食文化に基づく価値観が大きく影響することは否定できない。そのような複雑な要因が絡み合った科学的ディベートの戦いである。このような会議に日本から定期的に複数の専門家を派遣できるようにJECFAやCODEXの評価に資する文書,資料,測定結果等などを提出することも,国際的な貢献となり,重要な仕事を担うことになる。
しかし,我々の参加はこれまで本当にサポートのない個人であり, JECFAの場での個人プレーであり,準備不足は大変大きかった。米国では,最初のドラフト作成を担当することも多く,1物質について2〜3名のポストドクも使って3ヶ月前から準備を進める。日本がこれまでもっとも貢献したカドミウムに関しては,農林水産省の膨大な米中カドミウム濃度スクリーニング結果が大きな威力を発揮した。
今後は,しっかりとした対応をして,食糧問題で日本にとって大変不利になるようなことがないように目を光らせている必要がある。日本政府はJECFAおよびCODEXへの準備を怠らないようにしなければならないと考える。
平成19年10月12日に開催された第4回北里大学農医連携シンポジウム「農と環境と健康に及ぼすカドミウムとヒ素の影響」のうち,演題「臨床環境医学から見た重金属問題」を紹介する。総合討論とアンケートについては,次項で紹介する。
北里大学薬学部教授:坂部 貢
重金属よる健康障害は,臨床環境医学 (Clinical Ecology)の領域においても重要な問題である。米国においても,Toxic Metal Syndrome(有害金属症候群:H.R. Casdorph and M. Walker)あるいはChemical Brain Injury(化学物質による脳傷害:K.H. Kilburn)として,American Academy of Environmental Medicine(米国環境医学会)の重点研究分野に位置している。特に,母体を介した胎児曝露,生後の中枢神経系(特に脳)の発達期における曝露と自閉症や注意欠陥多動性障害(ADHD)との関連性,慢性中毒による悪性腫瘍の発生等,有害重金属曝露による健康障害リスクは,胎児から成人に至るまで計り知れないものがある。本講演では,「臨床環境医学から見た重金属問題」と題して,最近の重金属問題の動向についてまず概説し,主としてヒ素曝露を中心として,臨床環境医学的立場から問題を提起したい。
本邦を含めた先進諸国においては,日常生活環境および労働環境が改善され,ヒ素に曝露する機会は減少し,問題となる健康障害の程度も過去に比して小さくなっている。しかしながら,世界的にみれば微量のヒ素に曝露する機会は依然として存在し,慢性中毒では皮膚障害,末梢神経障害,精神障害,造血器障害等が問題となり,加えて,皮膚および内臓悪性腫瘍(肺癌,肝血管肉腫,膀胱癌など)の発生が知られている。無機ヒ素の井戸水汚染からの慢性ヒ素中毒は有名で,アジア地域では中国をはじめ,インド,バングラデッシュ,タイなどで発生が見られ,メキシコ,チリ,アルゼンチンなどの中南米地域においても発生を見ている。
ヒトとヒ素との関わりの歴史は長く,古代ギリシャの古くから治療薬として用いられてきた。不老長寿の秘薬として重宝され,現在でも漢方薬「雄黄」は,抗炎症剤,解毒剤として中国の漢方薬店で売られている。近代医学では,19世紀〜20世紀初めに,乾癬,梅毒,リウマチ,癌などに効く万能薬「Fowler's Solution」として用いられてきた。
また,秦,Ehrlichによるアルスフェナミン(商品名:サルバルサン:salvarsan)は余りにも有名である。さらに歯科領域では,亜ヒ酸パスタ(ネオアルゼンブラック)が歯髄失活剤として,最近では,2004年に亜ヒ酸0.1%溶液が,白血病治療薬として厚生労働省から承認を受けている。適用は,再発又は難治性の急性前骨髄性白血病である。治療薬以外の薬品としては,住宅土台の防腐剤としてのCCA(クロム+銅+ヒ素),防蟻剤としての亜ヒ酸,農薬としては1998年まで用いられてきた。また硫化ヒ素は,爆竹の添加剤として使用されている。
我々の生活用品の中でもヒ素は身近な存在である。化合物半導体の原料として,またガラスの透明度を上げるために,板ガラスの添加物としても用いられている。飲食物としては,ヒジキ(ホンダワラ科)に高濃度の無機ヒ素が含まれている。わかめ,昆布,海苔にも含まれているが,無機ヒ素は少なく,魚介類では有機ヒ素が多い。飲用温泉水では,無機ヒ素を高濃度に含むものがあり注意を要する。
日常生活・労働現場におけるヒ素中毒が生じる場面にはどのようなケースがあるだろうか? 食品汚染によるものでは,乳質安定剤に事故的に混入した「森永ヒ素ミルク中毒事件」(1955年)が深刻であった。この事件では約12,000名以上の乳児が亜急性ヒ素中毒となり,内130名以上が死亡したとされる。その後も中枢神経障害の後遺症が認められている例も多数存在した。空気汚染によるものでは,土呂久鉱山周辺,笹ヶ谷鉱山周辺での発生,外国では中国貴州の石炭燃料による空気汚染が知られている。また,職業性ヒ素中毒では,精錬所におけるヒューム,ガラス工業・半導体産業における粉塵が重要である。
環境性(天然)ヒ素中毒では,上述のごとく,中国,バングラデシュ,インド,タイ,メキシコ,チリ,アルゼンチンなどにおける飲料水汚染が重要である。人為的な環境性曝露では,茨城県神栖町(現神栖市)で,ジフェニルアルシン酸を主成分とする有機ヒ素中毒が2003年に発生している。
ヒ素の慢性影響は,上述のような慢性ヒ素曝露によるヒトの事例や疫学調査によって知られてきたが,その発症機序の解明は不明な点が多かった。曝露された無機ヒ素が体内でメチル化,酸化還元を受け,めまぐるしく化学形態が変化することや,動物種によって代謝の相違が大きいことなどから,ヒ素研究に適した実験動物系の確立が困難なこと,さらには,in vitro実験系が生体での影響を十分反映しない点などが指摘されている。
ヒトでは,急性毒性作用の強い無機ヒ素をメチル化することにより毒性を軽減し,尿から排泄することにより健康障害を回避していると考えられてきたが,ヒ素による発癌にはメチル化ヒ素の関与が大きいことが知られるようになった。また,発癌だけではなく,慢性無機ヒ素曝露による良性皮膚症状の発現に対してもメチル化ヒ素の関与を疑わせるデータが提示されている。さらに,曝露経路により症状発現部位が異なることも大変重要である。経気道吸収が主となる職業性曝露では肺癌との関係が深いが,経消化管吸収が主となる場合,肺癌は少ない。
ヒ素の生体反応は極めて複雑で,その全容解明には相当な時間を要すると考えられる。しかしながら,世界的な慢性ヒ素曝露中毒や生活環境中での微量ヒ素汚染が広がっている状況はリアルタイムで進行中であり,時間的猶予のない健康問題であることを認識する必要があろう。
平成19年10月12日に開催された第4回北里大学農医連携シンポジウムの講演内容は,これまで北里大学学長室通信「情報:農と環境と医療 32, 33, 34, 35号」で紹介してきた。ここでは,講演の概要,総合討論およびアンケート結果を紹介する。
シンポジウムの開催にあたり,北里大学の柴 忠義学長の挨拶があった。そこで,わが国の近代医学と衛生行政の発展に多大な貢献を果たした北里柴三郎が25歳のときに著した「医道論」の信念が語られた。ここには,病を未然に防ぐ医道の基本が説かれている。今回のシンポジウムにも,揺るがせない基本としてこの信念は生きている(「農と環境と健康に及ぼすカドミウムとヒ素の影響」開催にあたって)。
これを受けて,まず「重金属の生物地球化学的循環−カドミウムとヒ素を中心に−」と題して,パラセルサスの格言,文明の進歩にともなう重金属の拡散,カドミウムとヒ素についての生物地球化学から農学および土壌学へのつながり,世界と日本におけるヒ素とカドミウムの被害などが紹介された。
その後,農学の立場から「農耕地土壌の重金属汚染リスクとその対策」と題して,わが国の農耕地土壌の重金属汚染,カドミウム汚染の現状と対策,鉛の汚染,ヒ素の汚染,その他の重金属汚染が解説された。
さらに,農学の側から「植物による重金属集積とヒトへの摂取」と題して,食物への重金属の集積とヒトへの摂取,植物とヒトにとっての重金属の栄養性と毒性,食物によるカドミウムの集積,食物によるヒ素の集積,カドミウム・ヒ素のヒトへの摂取が解説された。
続いて,行政の立場から「コーデックスの状況と我が国の取り組み」と題して,コーデックス委員会の状況,汚染物質のリスク管理,カドミウムの基準値の検討,わが国のカドミウム,ヒ素などの実態調査,などが紹介された。
また,生体影響の立場から「カドミウム摂取の生体影響評価−耐用摂取量推定の試み−」と題して,カドミウムの生体影響,カドミウム摂取量に関わる課題,カドミウムの生体影響評価における問題点,動物実験研究からヒトへの外挿・耐用摂取量推定の試み,などが解説された。
続いて,食品の安全性の立場から「コーデックス基準策定と食の安心・安全にまつわる戦い−カドミウム,クロロプロパノール,ホルムアミドを例として−」と題して,コーデックスの下部会議であるCCFACの会議への出席経験を踏まえた見解が具体的に語られた。さらには,わが国の科学的なディベートの戦い方も言及された。
最後に,医療の立場から「臨床環境医学から見た重金属問題」と題して,臨床環境医学領域における重金属の重要性,重金属による健康障害の背景,ヒトとヒ素の長い関わり,ヒ素中毒が生じる場面,ヒ素中毒の発症機序が解説された。
これらの講演が終わった後,香山不二雄氏と陽 捷行を座長におき総合討論が行われた。総合討論の時間は,講演が濃密であったため僅か30分しかなかったが,興味ある質問と意見,講演者の適切な回答に会場は熱気に包まれた。いずれも農医連携の必要性を前提にした貴重な質問と意見であった。質問の内容は概ね以下のようであった。
農の現場での知識の活用化,ゆとりあるリスクコミニュケーションの設定,重金属の基準値と食生活の関連性の明確化,汚染に関わる地下水と水道水の関連,科学的・政治的危険性の評価,ヒ素の毒性の考え方,など。
これに対して,それぞれ関連する講演者に回答をいただいた。なお,質疑応答の内容のすべては,北里大学ホームページの「農医連携」の「第4回北里大学農医連携シンポジウム」でオンデマンドで観ることができる。
http://www.kitasato-u.ac.jp/daigaku/noui/index.html
総合討論を終えた後,参加者のうち73名の方に回答をいただいた。アンケートの内容は,1) シンポジウム開催の情報源,2) 参加目的,3) 講演内容の評価,4) 興味ある演題,5) 職業,6) 性別,7) 年齢,8) 参加者の都道府県名,9) 全体の感想や運営への気づき,10) 農と環境と医療の連携についての考え,であった。
以下,1) から8) に沿ってその内容の概略に触れる。1) 65%強が案内・ポスター・ホームページによる,2) 96%強が農医連携とプログラム内容,3) 94%が満足・ほぼ満足,4) 興味ある演題は10%から20%で分散,5) 行政:21%,教育研究:36%,企業10%,6) 男性80%,女性12%,7) 20代:15%,30代:22%,40代:23%,50代:22%,60代:10%,70代:0%,80代:3%,8) 東京:26%,神奈川:18%,茨城:9%,秋田:7%,長野:7.0%,千葉:5%,埼玉:5%。
なお,アンケートの9) および 10) については,生の意見を感じていただくために回答を直接紹介する。なお,原文の漢字は一部修正した。また,類似した内容は重複を避けた。
言を待つまでもなく,われわれの健康を管理しわれわれの棲む地球環境を保全することは,いつの世代でも人類の命題だ。ここに「健康と地球環境の保全」と題して,シリーズを掲載する。第1回の「環境を背景にした農と医の類似性」(情報:農と環境と医療 33号)では,農と医が同じような歴史をたどってきたことを述べた。このことから,われわれの健康を守るためには地球環境を保全し,農と医が連携される必要があることを理解いただいたと思う。
第2回は,「土壌から考える環境と農」と題して,二十一世紀は土壌の世紀,崩れる生命圏のバランス,人間圏の誕生と土壌の衰退,土壌の崩壊は文明の崩壊,土壌から見た環境問題,土壌の劣化が環境に及ぼす影響,持続型農業への転換,そして未来へ,について述べる。
二十一世紀は「環境の世紀」と言われているが,これを突き詰めていけば「土壌の世紀」と言える。なぜなら,地球環境問題は結局のところ人口問題である。人口問題の主要な要素には,食料問題がある。食料問題はすなわち農業問題である。そして,食料を生産する農の基(もとい)は「土壌」だからである。
なお,ここで言う「土」とは人間が手を加えていない自然の状態のもの。「壌」とは植物を栽培するために,人間が一度「土」を砕いて耕作に適するようやわらかくしたものを言う。「土壌」とは,この自然土と耕作土の全体をあらわすものである。
生物進化によって,生物活動にともなう窒素,硫黄,炭素の循環システムの一部が,元素の地球規模での循環システムに組み込まれ,生物地球化学のシステムとして成立した。こうした物質循環の進化と生命の進化によって,土圏,大気圏,海洋圏,地殻圏,生物圏を貫くシステムが完成し,地球はひとつの生命圏(バイオスフィア)となり,地球上の生命体はその生存を維持しつづけてきた。
この生命圏には,人類の生存のために極めて重要な要素が四つある。このことは第1回で解説した。土と,水と,大気と,オゾン層である。しかし今,食料生産の場である土壌は侵食され,水は枯渇し,大気は温暖化し,オゾン層は減少しつつある。
気の遠くなるような歳月をかけて地球生命圏が保ち養いつづけた土と,水と,大気と,オゾン層が,急激な勢いで変動しているのである。しかも,それぞれの変動に加えて,土壌の変化が水や,大気や,オゾン層にも大きな影響を与えていることがわかってきた。微妙なバランスを保ってきた生命圏に危機が訪れているのである。
人類がこの地球上で生物圏から分化し,独自の活動を始めたのはほんの一万年前である。これを人間圏の誕生と呼ぶ。それまで人類は生きていくために,土と動植物の相互依存による自然な過程を崩すことなく,自然環境に自ら順応してきた。つまり,人類は他の動物と同様な,生物圏のなかの物質やエネルギーの流れを利用する受動的な生き方をした。ところがいつの間にか,森林を伐採して農地を耕作したり,エネルギー源として石炭や石油を利用するような,能動的な生き方に変わっていったのである。
さらに約六千年前の文明の出現と共に,多くの地域で土壌の生成作用は一変した。文明が出現し始めた頃から,土壌と共存していた多くの生きものが,さらに土壌の量と質が,すべて衰退の道をたどり始めた。このときから,人類はもてる知恵と発明した道具とを用いて,土壌のもつ養分を作物に吸収させ,その養分を土壌に戻さないという,「土」にとっては略奪的で破壊的な農耕文化を定着させたのである。
「土と文明」の著者,カーターとデールは序文の冒頭で語っている。「文明の進歩とともに,人間は多くの技術を学んだが,自己の食糧のよりどころである土壌を保全することを習得した者は稀であった。逆説的にいえば,人類の最もすばらしい偉業は,己の文明の宿っていた天然資源を破壊に導くのがつねであった。」
ギリシャやローマやメソポタミア文明の衰退も土壌の劣化によるものであった。フェニキア人のレバノン杉の伐採は,土壌の大部分を丘から流亡させ,文明を滅ぼす結果になったのである。このように,文明の進歩の限界は,自然からの土壌資源の収奪の上限であることを示唆している。世界の地域文明の盛衰は,このような土壌侵食や土壌から養分を収奪することによる地力の消滅など,その地域の土壌の衰退と極めて深くかかわりあっている。
人間は,単に食べ物を食べ文化的な生活をしているのではない。われわれは大地をも食べているのである。
これまで述べてきたように,土壌の乱れは国の乱れでもあった。しかし,いま土壌に起きている問題は,土壌侵食,土壌の塩類化,砂漠化,土壌汚染などの地域の問題だけではなく,温暖化やオゾン層破壊などの地球環境問題にも大きくかかわっているのである。土壌と大気は互いにガス交換をしている。だから,土壌圏のガス発生の乱れは大気圏のガスの乱れに繋がる。例えば,土壌では主に酸素が消費され二酸化炭素が生成される。すなわち,大気の酸素は土壌に吸収され,土壌の二酸化炭素は大気に排出される。このように,ちょうど人間が呼吸するように大地も呼吸しているのである。
このような生態系の健全な現象によって,さまざまな地球全体のシステムは恒常的に維持されていた。しかし,二十世紀後半からの工業化した集約的農業は,このシステムを乱し始めた。
その兆候が,地球の温暖化やオゾン層の破壊に現れているのである。化石燃料の使用による二酸化炭素濃度の上昇は,すでに人びとの知るところだが,農業生態系から放出されるメタンや亜酸化窒素などの微量なガスも,温暖化とオゾン層破壊に影響を及ぼしているのである。
アメリカのゴア氏とともにノーベル平和賞を受賞したIPCC(気候変動に関する政府間パネル)の報告によれば,大気メタンの発生源のうち,水田からのメタン発生量は約20%にも及ぶ(表1)。また,亜酸化窒素の発生源については表2に示したが,窒素肥料の発生量がもっとも高い値を示している。
こうして生じたメタンは温暖化に,亜酸化窒素は温暖化とオゾン層破壊に影響する。しかし窒素肥料や水田の拡大なくして,増加しつつある人口に食糧を提供することはできない。窒素肥料は,諸刃の剣なのである。大地の呼吸の乱れが地球環境を変えているのである。
近代の西洋社会と,これを見習った社会が土壌から植物の貴重な栄養を止めどもない勢いで消費している。世界の食料生産はこの三十年間に倍増した。それを維持するために,険しい傾斜地まで耕地を広げ,土壌侵食の起きやすい起伏地にもトウモロコシやコムギなどを連作した。このため侵食は加速し,その地域の河川や湖沼や海域は多くの環境問題で悩んでいる。
二十世紀に入ってからの人口急増に対して,灌漑を用いた農法は決定的に重要な役割を果たし,食料供給を支える救世主になるかと錯覚された。しかし,現実はそうではなかった。巨大な規模で行われている灌漑は,地球の水資源とそれを利用する農地に重大な影響を与えずにはおかない。不適切な灌漑の利用は,農地の冠水と塩類集積,砂漠化,帯水層の水位低下と汚染,水棲生物の生息破壊など,土壌のみならず周辺環境にも大きな影響を及ぼすことになった。
このような土壌に対して,われわれはどうしたらよいのか。二十一世紀に人類が生存を持続させるためには,ただひとつのことしかない。それは土壌を健全に保全することである。土壌を保全するということは,もちろんそこに生活するすべての生き物と,土壌との共存である。さらにはそこに生育する作物や植物との共存でもある。
わたしたちの生活に必要な食料や資材を生産しながら,しかも環境を保全するという一見矛盾するふたつのことを両立させるためには,生態系の原理に基づいた自然循環機能に適した農業を営まなければならない。そのためには,自然の循環機能に貢献できる「持続型農業」あるいは「環境保全型農業」を目指すことが何よりも必要である。
農業の持続性の概念には,持続型農業,永続型農業,低投入型農業,伝統的農業,有機農業などさまざまなものがある。重要なことは,これらの定義付けではなく,持続的に農業を実践・維持することと,その可能性の分析である。これらの概念を時間,範囲,次元などさまざまな範疇で捉える必要があるだろう。
土壌と生活のかかわりほど多様なものはない。土はあらゆる生命の起源であって,生き物は死ねば土に還る。生きている間にも,土壌の恩恵を被らない人などいない。現在の人びとの心あるいは脳と体の病の根源には,この土壌との共存の薄れがあるのではないだろうか。もっとも重要なことは,多くの人びとがこのことに思い至らないことであろう。
「身土不二」という言葉がある。七百年も前の中国の仏教書にある言葉と言われる。これは,身体(身)と環境(土)とは不可分(不二)であるということで,身体と大地は一元一体であり,人間も環境の産物であることを意味する。要は,土と離れた身などないのである。
土壌は,生命と文明と文化と生業の基(もとい)であって,これまでも,そしてこれからも人類のために大いなる貢献をしてくれる物言わぬわれわれの偉大な母なのである。
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表1:世界の大気メタンの発生源と吸収源 ()内は誤差範囲(単位Tg/年,1Tg=1012g)
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表2:世界の大気亜酸化窒素の発生源と吸収源 ()内は誤差範囲(単位Tg/年,1Tg=1012g)
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続いて,「第3回:環境から考える医」,「第4回:代替農業と代替医療の必然性」,「第5回:農・環境・医療の連携を目指した科学と教育と実践を」を予定している。なおこの項は,筆者が執筆した季刊誌「楽園」(Vol.30, 42-45, 2008,MOA商事)の「シリーズ環境」を一部修正・加筆したものである。記して関係者に謝意を表する。
「ホメオスタシス」という言葉がある。日本語で「恒常性」と訳されている。「同一の状態」を意味するギリシャ語である。生体は外界の環境の変化に対して,自らを安定した恒常的な状態に保とうとする仕組みをいう。「地球生命圏−ガイアの科学−」の著者ジェームズ・ラヴロックは,この概念を地球にも適用し,地球が生きていることの証明を試みた。
医学の世界では,この言葉をあえて訳すことをしないでそのまま使うことが多い,とこの本の著者は言う。詳しくは,これを「血圧や心拍数,体液の量,体温など体内の各臓器や組織が,常に一定の範囲内で安定した値を保って機能している状態」と説明する。
「恒常性」の考え方は,19世紀のフランスの生理学者クロード・ベルナールが提唱した。言葉は,20世紀の初頭にアメリカ合衆国の生理学者ウォルター・B・キャノンが,ギリシャ語の同一(homeo)の状態(stasis)から造りだしたものである。
哺乳類のホメオスタシスは,神経・免疫・内分泌(ホルモン)の相互作用によって維持されている。結局は,このホメオスタシス機構で調節できない体の変化が,疾病に結びつく。ホメオスタシスの保たれる範囲は,体温や血圧,体液の浸透圧やpHなどをはじめ病原微生物の排除,創傷の修復など生体機能全般に及ぶ。
ホメオスタシスが保たれるためには,これらの要因が変化したときそれを元に戻そうとする作用,すなわち生じた変化を打ち消す向きの変化を生む働きが必要である。この作用を司るのは,自律神経系,内分泌系(ホルモン分泌),免疫系などである。
例えば,体温の調節がある。哺乳動物や鳥類が最も活動しやすいのは,37℃付近である。これは,体内の酵素が働く至適温度と一致する。体はこの温度に体温を保とうとする。これより体温が高い場合は,発汗や皮膚血管の拡張で体温を下げようとする。体温が低い場合は,戦慄や発熱しないで体温を上げようとする。
この本の著者は,日常の生活ではこのホメオスタシスを維持していくことが何よりも大切だと説く。そのためには,この世に生まれ落ちるという「奇跡的な幸運」に恵まれたわれらは,寿命の尽きるまで快適に過ごすべく,睡眠,食事,運動など折にふれて自分の生活習慣を見直し,常に「心して生きる」べしと力説する。
このような考え方の基に,まずは自分の体の取扱説明書をよく読んで,安全で快適な人生行路を歩むことを進める。その取扱説明書が本書である。孫子の言葉,「敵を知り,己を知っていれば百戦危うからず」を例に,人はまず自分の体のことをしっかり認識すること,そうすれば老化という敵が攻めてきても,対処の仕方が分かると解説する。
「体の取扱説明書」は,序章,第1章:脳と神経,第2章:循環器,第3章:呼吸器,第4章:消化器と内分泌,第5章:血液,リンパ液,体液,第6章:泌尿器関連の疾患,第7章:骨と筋肉,第8章:皮膚,第9章:目,耳,鼻,口,のど,第10章:女性の疾患,第11章:その他の臓器,終章,あとがきから構成されている。
「体の取扱説明書」全般については,関心のある方に読んでもらうとして,各章の項目と注意しなければならない各器官の変化の兆候など,特徴的な内容を本書の中から探してみよう。
脳と神経:項目は,脳,迷走神経,神経。脳が急に耐え難い激痛に襲われたら早急な対策が必要。心にゆとりを感じさせる神経を大切にすることが,これからの人類にとって救いになる。延髄こそ人間が生命を維持していく中枢機構である。
循環器:項目は心臓のみ。脈の乱れを感じたら,その不整脈がどんな種類のものか専門医にチェックしてもらう。冠動脈におこる動脈硬化は心筋梗塞をおこすため,命に関わる重大なものなので要注意。心筋梗塞は時間との勝負。狭心症がある人や,動脈硬化の進展が著しい人は,日常的に検査を受けて,血管の狭くなっている部分をあらかじめ広げておくなどの予防措置を講ずること。ひどい胸痛や胸の締め付けは,急いで救急病院へ。
呼吸器:項目は胸,肺,気管。胸の中央が凹んでいる漏斗胸という先天的な異常者は手術で改善できる。肺から胸腔への空気漏れがあると肺が圧迫され,急に胸が苦しくなる。すぐに呼吸器科の専門家に相談すること。たばこは肺胞に慢性的な火傷をつくり,タールが付着して肺胞が破壊される。ほか,肥満を解消すること,喉が閉塞しないよう横向きに寝ること。
消化器と内分泌:項目は消化器,食道,腸,肝臓,胆嚢,肛門,ヘルニア,膵臓,肝石,脾臓,門脈,副腎,甲状腺,上皮小体。強い酒をストレートで飲むと,食道粘膜の細胞が繰り返し傷害を受けるため,ガンになりやすい。ピロリ菌に注意しよう。暴飲暴食を避け,腸を活性化する食物繊維を多く含む食品を摂って,便通の正常化,腸内環境の改善を図る。
酒と肥満は膵臓にも悪い。糖尿病の予防は,腹八分,禁煙,良い睡眠,歩く。膵がんを予防するには,酒を飲み過ぎず,油物の摂りすぎず,禁煙を心がけるの3点。健康な肝臓を取り戻すには,食事の節制や積極的な運動など,自助努力をする他に手はない。黄疸がでたら肝炎か,胆汁の流れ道が詰まっている証拠。
血液,リンパ液,体液:項目は,血液,白血球,血液とリンパ液,動脈・静脈,静脈,白血球・血液,細胞,体液,リンパ液,血栓。女性は男性の三倍もの鉄を摂る必要がある。喫煙者は煙の成分が赤血球と結合するため,肺のガス交換機能が低下する。これを代償するため血栓ができやすくなる。ストレスがかかると交感神経が緊張して,同時に顆粒球が増加する。ストレスが解消すると副交感神経が反応して,リンパ球が増加する。
血液は軍隊的,リンパ系は警察的な業務をしている。脚に静脈瘤がある人は,長く座っていると血栓ができやすい特徴がある。これがエコノミークラス症候群である。昼夜逆転生活を続けていると,交感神経と副交感神経のバランスが崩れ,人体を蝕んでいく。腎臓の異常,過度の運動や脱水は高カリウム血症の危険性が高まる。
泌尿器関連の疾患:項目は腎臓,前立腺・尿道,睾丸,膀胱,副睾丸。腎臓は生体内の電解質や水分を一定に保つホメオスタシスの維持において,縁の下の力持ちである。尿の量や色は体の情報が入っている。高血圧や糖尿病の患者は,そのまま放置すればやがて尿毒症になり,透析を受けざるを得なくなる。糖尿病は,食べ過ぎ,飲み過ぎ,運動不足などが原因の病気である。腎臓には糖尿病以外にも腎炎,高血圧と,痛みを伴わずにひそかに進行していく疾患がある。尿はチャンスがあればその都度出しておくこと。尿失禁は簡単な手術で防げる。前立腺肥大にならないように,日頃の食生活に注意しよう。
骨と筋肉:項目は,アキレス腱,頭蓋骨,骨,首,腕,足,指,骨盤,脊椎,関節筋肉。高齢になると,特に女性は骨折しやすいので,高たんぱくでカルシウムの豊富な食事を摂ること。関節を柔らかくし,周辺の筋肉の強化に努めること。重力がかからないと人間の骨や筋肉はだめになる。首は生命の維持に重要。寒いときは襟巻きをして養生し,熱中症になりそうなときはここを冷やす。人はいつも首の重要性を認識して行動する必要がある。
皮膚:項目は,皮膚,汗,爪。紙数が足りなくなってきたので,以下,項目だけを紹介する。いずれも「体の取扱説明書」としての内容はもとより,身近な体の部分の解説が楽しく,面白く表現されている(参照:喉仏,人中)。
目,耳,鼻,口,のど:項目は喉仏,人中(じんちゅう,にんちゅう),鼻,舌,口,耳,三半規管,眼,耳鼻咽喉。
女性の疾患:項目は乳房,子宮,帝王切開。その他の臓器:項目はヘソの緒,腹膜,横隔膜,胸腺,臓器のサイン。大変興味深い本である。一読をお薦めする。
参照:喉仏。火葬の後で,ちょうど喉の辺りに仏様のような型の骨を見つけありがたく思ったためでしょう。欧米では,「アダムのりんご」と呼んでいます。エデンの園でアダムがあわてて飲み込んだリンゴが喉に詰まった状態を連想したものです。
人中。顔には左右に眼が二つ,耳も二つ,鼻は一つだが穴は二つあります。この鼻の下から上唇までの間には縦に凹んでいる部分があり,その両脇は土手状に少し盛り上がっています。昔の子どもが鼻水を垂らし,昔の社長さんがチョビヒゲを蓄えていたところですね。
どうしてここが人間の中心なのか。一説によれば目でも耳でも,ここから上の造作はみんな左右一対なのに,ここから下は口やヘソ,さらには一物など,みんな一つずつになるので,その筋目だから人の中心なのだ−という話もあるようです。そんなことを言うと,「タマは左右に二つあるのではないか」と異議が出そうですが,まあそう堅いことは言わず,タマにはそんなことがあってもいいじゃないですか。(原文から抜粋)
幼稚園の子ども達が,食事の前に一斉に「いただきます」と元気な声を張り上げている姿は,わが国の未来が想われて微笑ましい。「いただく:戴・頂」は,食う・飲むの謙譲語で,つつしんで飲食することをいう。「食う・飲む」の丁寧語でもある。
では,「つつしむ:慎・謹」とは何か。日本国語大事典の「つつしむ」の項には次の説明がある。1) あやまちをおかさないように気をつける。2) 心をひきしめ,控えめな態度をとる。3)尊んでつき従う。4) 物忌みをする。5) 斎戒する。6) 神や尊いものに対して,うやまいの心をもって尊ぶ。7) うやうやしくかしこまった態度をとる。
食事の前の「いただきます」の意味は,言うまでもなく後の二つの説明でこと足りる。子どもが食事の度に,斎戒したり,物忌みしたらかなわない。そんなことをしていたら,子どもは飯を食うのがいやになり,立派な大人になれもしまい。
子ども達を含めてわれわれは,誰に,何に「いただきます」といっているのだろうか。神か仏か悪魔か,父母か料理人か百姓か,食料そのものか,はたまた Something Great か,地球生命圏か,雄大な大地か天空か海原か?
「いただきます」という言葉の語源は,神仏に供えた食べ物を賜ったことにあるというのが定説であろう。しかし,一方ではこんな考え方もある。食べ物はすべて命を持っている,または持っていた。その命を私の命としていただきますという解釈である。要は命を頂いて自分の命の糧とすることへの真摯な気持ちである。この言葉の根底には,日本人の持つ「生命への畏敬の念」がある。未来永劫に残したい日本の心である。
過日,医学部のある先生の推奨を得て「いのちの食べかた:OUR DAILY BREAD (Unser Taglich Brot)」という映画を観た。オーストリア/ドイツのニコラウス・ゲイハルター監督(2005年),ウォルフガング・ヴィダーホーファー編集による「食」のドキュメンタリー(虚構によらず事実の記録に基づく作品。記録映画)である。 http://www.espace-sarou.co.jp/
内容はこうだ。われわれが常日頃口にしている食品が,食卓に並ぶまでの道のりを何の感情も入れず辿る。大量の野菜・果樹,牛・豚・鶏といった家畜が,どのように加工され食料になるかを追う。経済が主軸の,効率化と自動化を追及した大農場や屠殺場を取材し,現代社会の残酷なまでの美ともいえる姿を捉えている。完璧なドキュメンタリーである。
観客の目に容赦なく,痛いほど映像が焼き付く。牛にショックガンを撃ち,耳を塞ぎながら素手で血抜きをする労働者。大きな掃除機のようなホースで集められるブロイラー。機械に吊され血液や内臓を除かれ並んでいる膨大な数の豚や牛。人工授精で改良・増殖された家畜が,オートメーション化された工場で,瞬く間に食肉にされる。絵画のように美しい広大なヒマワリ畑では,薬剤や肥料が飛行機で散布される。
ピッチングマシンのような機械で運ばれるヒヨコの群れ。わずか数秒で解体される魚。木の実を揺さぶり落とす巨大なマジックハンド。自動車工場のように,規則正しく無駄なく解体される牛。まさに唖然とするような光景の連続。息つく暇がない。
機械製造のような精密な生産性の高さを示す映像と,絵画の如く美しい撮影に驚愕しつつも,改めてわれわれの食料とは,さらにはわれわれが生きていることの意味とは何かということが想われる。
人間の食欲は,いったいどこまで膨らみ続けるのであろうか。われわれ人間は,果てしなく食べ続ける怪獣になるのではないか。空恐ろしくなる。そのうえ,われわれは朝日も夕日も見たことのない鶏を食べている。食べ物とは,農業とは一体何であろうか。
食べ物を生産する過程の映像は,われわれに残酷や悲愴さなどという感性を持ち込む余地もないほどに無機質で,そこでは命というものを感じさせない仕組みができあがっている。牛を解体した労働者は,すぐあとに黙々と無機質な顔でハンバーガーを食べている。この映像は強力で,人間までもが食べる機械のように思えてしまう。
そこには,命を頂いているという思いは微塵も感じられない。そのような映像に愕然とする。命の貴重さを感じなければ,いくら食べても満足できないのは当然のことなのかも知れない。現代病といわれる肥満やメタボリックシンドロームなどは,その原因がここにもあるのではなかろうか。
「いただきます」という言葉には,食べ物が持っていた命を私の命としていただきますという意味があると先に書いた。豊かな食料の坩堝の中にいる現代人は,その豊かさ故に生き物を食べることへの後ろめたさを感じる感性がなくなったのであろうか。となると,現代人が肥満やメタボリックシンドロームなどの現代病にかかるのは当たり前のことであろう。その結果,無機質な食料を頂いている人間も,有機質でなく無機質な体質になるのであろうか。体質が無機質になれば,心もやがて無機質な物に変わっていくのであろうか。
この映画のタイトルを「いのちの食べかた」と訳した人に賞賛の拍手を送り,この項を終わる。
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