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日本の心不全診療を牽引し、重症・難治性心不全のスペシャリストである循環器内科部長、猪又孝元医師。
2016年4月に着任以来、急ピッチで当院の循環器診療の強化に取り組んでいます。理想の診療を追求し続ける猪又医師に、「心不全」との出会いからこれからについて聞きました。

自分の興味と行動が時代の流れにマッチし、心不全専門医に

――循環器内科医になったきっかけは

実は最初から循環器を専門に目指していたわけではなく、大学を卒業して医局に入った時の専行は血液内科でした。 学生の頃に父が急性白血病で亡くなり、それがきっかけで卒業後は新潟大学第一内科の血液内科への入局を決めました。ですが、そこで大きな壁にぶち当たったのです。

当時、がんなどの悪性疾患は、患者さまに本当の病名を告知しないのが一般的でした。例えば、白血病は再生不良性貧血と伝えていたのです。医師は本当の病名を伝えられず、患者さまはそのことを知らずに弱っていく...。 ベッドサイドに行くのが心苦しく、とても悩みました。そんな時、同じ第一内科のなかの循環器内科が目に留まり、治療に裏表がない部分に惹かれて専行を変更しました。

真に循環器分野に夢中になったのは、医者になって5年目くらいでしょうか。 循環器学に対する考え方が大きく変わっていく時代の変わり目でした。例えば、動脈硬化。いくらコレステロールが高くても、それだけでは一切動脈硬化は起きず、コレステロールをマクロファージという細胞が食べて変化し、 色々なリンパ球などをたぐりよせて血管内に作った不純物が原因で動脈硬化が起きることが分かってきました。 また、心筋梗塞、脳梗塞など梗塞系の疾患の多くは、血のかたまりができてそれが詰まること(血栓凝固)が原因です。

このように、動脈硬化は免疫学、血栓凝固は血液学と強く関係し、血液内科で経験したことや、興味があって学んでいた免疫学分野のノウハウが、私の医者人生を後追いするように、循環器の実臨床の中に入ってきたのです。まさに自分の経験と時代の流れがマッチした感じで、一気に循環器分野にのめり込んでいきました。

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――心不全を専門にした理由は

心不全の治療にβ遮断薬治療というものがあります。β遮断薬は心臓の機能を鈍くして、心拍を打つ回数を減らす薬です。私の学生時代にはその薬は心不全には絶対に使ってはいけない(禁忌)と教わったのですが、ある時、心不全患者に使うと症状が改善するとの驚くべき報告がなされました。"心不全には、むしろβ遮断薬を使った方がよい"と180度考え方が変わったんですね。ちょうど自分がレジデントだった頃で、大変な衝撃を受けました。禁忌だった薬剤が推奨薬に変わったのは、このβ遮断薬が初めてだと聞いています。保険適応として認可するための治験にも全国レベルで関わった奇遇もあり、心不全の臨床に進もうと決めました。

心不全管理は、自分の特性に向いていると思います。 高校生の頃、恩師に「猪又は、共通一次試験(現在のセンター試験)のために生まれてきたような人間だ」と言われたことがありました。 私はどれか一つの教科が飛びぬけて良いとか悪いとかがあまりなく、どの教科もすべて同じくらいそこそこの成績だったのです。 そういう人は意外にもあまりいないようで、先生には「共通一次試験のような世界や仕事が出会えるといいな」とも言われました。

心不全診療に出会ったとき、まさにこれだと思いました。心不全は、例えば手術をしてある一部分を治しただけでは、結果として全体が良くならないことも多い疾患です。必要なのは、飛び抜けたあるひとつの知識や技術ではなく、循環器分野、さらには全身の幅広い知識と技術だと知ったのです。"共通一次試験のような何か"に気づいた瞬間でした。

心不全臨床は、当時あまり専門にしている先生方が多くない領域でしたが、時が経ち、疾患構造が変わるなかで、循環器分野ではますます重要な疾患になっているのです。

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患者さまに最善の治療を... 

――ライフワークとしての心不全診療とは

仕事を全力でできるのは、あと10年くらいだと思います。そのなかで、大きくふたつの思いを持っています。

ひとつは、私しか助けられない、つまり、非常に限られた患者さまを助けたいという思いです。 もうひとつは、心不全にならないように、あるいは、より初期の段階で心不全に介入できるように、社会へ向けて自分のノウハウを役立てる活動をしたいという思いです。

"物事の入口と出口"と表現するなら、重症心不全が出口だとすると、予防医療や先制医療などの社会へのアプローチは入口です。 心不全は病気が進むほど、有効な手立てがなくなっていきます。出口(重症心不全)をみている自分だからこそ、入口の大事さが分かります。 身近で他分野の専門家のお知恵を借りることもでき、北里大学北里研究所病院という素晴らしい土俵もありますので、入口、出口どちらも限界まで全力で取り組んでいきたいと思っています。

――今後の取り組みについて

2016年の4月に着任して、循環器内科の診療の底上げに尽力してきました。月日が経ち、さまざまな歯車が上手く回り始めてきました。 カテーテル治療数の増加、オンコール体制の開始、2017年は「循環器新患外来」、「循環器予防外来」という2つの専門外来を開始し、 あらゆる循環器疾患に対応できる環境を整えています。 心不全に関してもまだ症状が出ていない「かくれ心不全」から重症心不全である「こげつき心不全」まで対応しています。

環境は整いました。 そして、自分が患者さまに最良の結果を生むための方針を立てる中核としての役割を果たし、循環器内科に関わるスタッフ全員で、 病気で苦しんでいる、悩んでいる患者さまの力になっていきたいと思います。


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プロフィール

猪又孝元(いのまた たかゆき)

猪又孝元(いのまた たかゆき)
医学博士。循環器内科部長、総合内科部長、予防医学センター予防医学科部長、北里大学医学部循環器内科学教授。
1989年新潟大学医学部、1996年同大学院医学研究科卒業。独・マックスプランク研究所留学、北里大学病院循環器内科学講師を経て、2016年4月より北里大学北里研究所病院循環器内科部長。
心不全や心筋疾患など多数の診療ガイドラインの作成に関わり、心不全臨床のオピニオンリーダのひとりである。臨床の視点にこだわり続け、心不全の診療と研究に新たな発信を続けている。