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1992年に日本で初めてとなる、大腸がんへの腹腔鏡手術を行って以来、内視鏡手術のスペシャリストとして多くの手術をこなしてきた内視鏡手術センター長、渡邊昌彦医師。
「患者さまにやさしい手術」を探求してきた渡邊医師に、内視鏡手術の可能性と、今取り組んでいる「腸閉塞」について聞きました。

内視鏡で手術が変わる、と感じた

――内視鏡手術を知ったきっかけは

最初に内視鏡手術の存在を知ったのは、米国に滞在していた1991年でした。しかし、当時の外科では「偉大な外科医の傷は大きい」と言われ、私も小さく切開し、そこからカメラを入れて手術をする、という内視鏡手術に興味が湧きませんでした。

転機が訪れたのは、帰国後の1992年でした。慶應義塾大学外科の同僚だった大上正裕医師が日本で内視鏡手術の導入を始めており、「しばらくは一緒にやるから」と誘われ、その年の6月、日本で初めてとなる78歳の男性への大腸がん腹腔鏡手術を実施しました。

とても手間がかかったこともあり、無事に終えた直後はあまり興奮も覚えなかったのですが、手術翌日、患者さまが従来の開腹手術後とは比べものにならないほど元気な様子で、平然とお茶を飲みながら新聞を読んでいたのを見て、その考えは一変しました。「これは本当に患者さまのためになる。きっと外科手術の世界が変わる」と確信したのです。

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――自身が内視鏡手術に感じる可能性は

ひとつ新しい技術が登場すると、手術そのものが大きく進歩する。開腹手術ではありえないことが、内視鏡手術では起き得るのです。今思えば、内視鏡手術は20世紀最後の外科のパラダイムシフトだったのかもしれません。

今でも、内視鏡手術をやればやるほど、その奥深さを思い知らされます。もちろん、決して万能ではありませんし、自分が思っていたこととは違う、と感じることもあります。どんな症例に対しては有効で、どの症例に対しては気をつけたほうがいいかを学び、どうすれば安定して安全な内視鏡手術を提供できるか考える日々ですが、そうして蓄積された技術や経験を、他の若い医師たちにも指導していきたいと考えています。

腸閉塞難民を内視鏡で救う

――今、取り組んでいることは

手術中の出血や臓器が傷ついたことで、腸同士や腸と他の臓器が癒着して発生する「腸閉塞」を内視鏡手術によって解消しようという試みです。腸閉塞によって癒着した組織を切り離すのは内視鏡手術でも難しく、長い経験と高い技術が求められます。かつては、一度開腹手術をした人には内視鏡手術は禁忌である、とすらいわれていました。

――それでも腸閉塞に内視鏡手術を用いる理由は

私は体へのダメージが少なく、傷も少ないという内視鏡手術のメリットを、一人でも多くの患者さまに享受していただきたいと考えています。そのためには、過去に開腹手術経験がある腸閉塞であっても、その癒着を解消する努力を惜しんではいけない。内視鏡手術の可能性を信じた者として、全力で取り組まなければいけない、と考えています。

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子宮頸がんの手術後、腸閉塞になったお母さんを、「母は死ぬまで怖がりながら流動食を食べなければいけないのでしょうか」、とお子さんが連れてみえたことがありました。子宮頸がんの手術は、腸閉塞になる悪い条件をすべてそろえているような状態です。それでも、内視鏡手術によって、普通にご飯が食べられるまでに回復されました。

困っている患者さまが、なんとかしたいと内視鏡手術を信じていらっしゃる以上、全力で解決するのが我々医師の役目です。繰り返す腸閉塞で、次々に病院を巡っても解決しないと我慢されている方でも、ぜひ一度いらしていただければと思います。

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プロフィール

渡邊昌彦(わたなべ まさひこ)

渡邊昌彦(わたなべ まさひこ)
医学博士。副院長、診療部部長、内視鏡手術センター長、北里大学医学部外科学教授。慶應義塾大学医学部客員教授。
1979年、慶應義塾大学医学部卒業。腹腔鏡手術の第一人者として知られ、大腸がんの診断・治療を専門とし、その手術は世界的に高い評価を得ている。現在も第一線で活躍し続けると同時に、次世代の教育にも精力的に取り組んでいる。日本内視鏡外科学会理事長、日本外科学会理事・指導医、日本消化器外科学会指導医・消化器がん外科治療認定医、日本癌学会評議員。