海洋生命科学部(平成20年度に水産学部より名称変更)は昭和47年に設立以来、学部レベルでの水産増養殖および水産利用を対象とする教育・研究を行ってきましたが、この間、水産業をとりまく国内外の情勢は漁業専管水域の設定を機に大きく変化し、わが国水産業の質的変換が迫られるようになりました。一方、人類共通の生物資源である海洋生物の有効利用がクローズアップされるなど、水産学の内容は多様化し、関連する科学技術も長足の進歩を遂げてきました。
このような時代に対応し、より高度の教育・研究を行い、深い学識と研究能力を備えた専門家を養成するために昭和51年4月、大学院水産学研究科修士課程が設置され、昭和53年4月には引き続き大学院水産学研究科博士後期課程が設置されました。平成8年度には在職のまま入学できるよう社会人に対して大学院の門戸を開いています。また、大学院教育をさらに充実するために、平成22年度からは海洋開発研究機構(JAMSTEC)との連携大学院が発足しています。
学部・研究科はこのように海洋の生命過程の理解を通して海洋生物資源を考えるという特色ある理念の下、教育研究を展開してきましたが、この特色をより鮮明化するため、平成24年度よりその名称を海洋生命科学研究科に改めました。
大学院海洋生命科学研究科海洋生命科学専攻修士および博士後期課程の各専攻分野の各教員の専門分野と研究分野は別表に掲げたとおりです。これらの研究室において行われている研究の目指すところは水産資源生物をはじめとする海洋生物資源を持続的にかつ高度に利用するための基礎的、応用的研究を実施するところにあります。
21世紀後半に予想される世界人口は100億ともいわれますが、これらの人々に対して食糧の安定供給を保障することが水産学を初めとする農学の課題です。 海洋をはじめとする地球表面積のおよそ7割を占める水圏をその活躍の場とする水産業には良質のタンパク質である魚介類の持続的な供給という重大な責任と義務とが課せられています。しかしながら、持続可能な魚介類生産を行うには、生物資源管理や生息環境の保全など人類に共通する地球規模のさまざまな困難な課題を解決していかねばなりません。
本研究科の人材養成の目的は、水産学諸分野で培われてきた伝統的技術と最新の科学技術を駆使して、海洋生命科学に付託されたこのような課題の本質を国際的視野をもって究明することができる研究者・専門技術者を養成することにあります。
水産増殖学講座は、国内外の水産増養殖に関わる水生動物の生理、生態、遺伝子、内分泌、病理などの最先端の科学技術や研究を理解し、問題解決を可能にする能力を習得することを目標としています。そこで水産増殖学、水産分子生物学、水族生理学、水族病理学、水族機能生物学、水族育種生物学にかかわる多様な内容の講義、演習、実験を通じて実践的教育を実施しています。
大学院生は、各自の研究テーマに関して、問題の把握、知識情報の収集整理、問題解決のための知識と技術を習得し、修士論文作成のための研究を行い、その成果を公開するための研究者として必要な知識と技術を習得します。本講座では、増養殖分野での諸問題に対して主体的に対応して社会に貢献できる人材の育成を目指しており、これらの教育・研究の目標を達成するための研究分野について紹介します。
- 水産増殖学:水圏生物の増養殖においては、対象種の生活史を理解することが重要である。本研究室では、ウナギの性分化機構および産卵生態の解明に取り組む。また、サケ科魚類の増養殖技法の確立も目指す。さらに、ワムシの生活史特性を制御する分子機構の解明にも取り組む。
- 水産分子生物学:増養殖対象生物の成長、適応、生殖などを調節する各種の脳下垂体ホルモンとその受容体を明らかにして、その分子進化や機能分化を明らかにしようとしている。無脊椎動物からほ乳類まで各種脳下垂体ホルモンの研究により、脳下垂体ホルモンの分子進化を解明し、さらに、得られたホルモン類の成長、浸透圧調節、体色、ストレス、生殖、代謝などの生理機能を明らかにしつつある。
- 水族生理学:成熟を調節する脳内ホルモンの役割や下垂体および性腺ホルモンを含む内分泌機構を把握して、種苗の安定生産技術の確立を目指す。また、魚類のストレス応答および摂餌・遊泳リズムに関する研究を行うことで、水産増養殖への応用を図る。
- 水族病理学:陸上より遙かに多くの微生物が棲息する水中で、魚類や水棲無脊椎動物はどうやって感染から身を守るのか。様々な魚種、およびナマコなどの無脊椎動物を対象に、それらの生体防御因子、特に微生物の侵入門戸として重要な体表の防御機構と、サイトカインネットワークについて研究を進めている。また胎生魚における母仔間の免疫学的関係の解明にも取り組んでいる。
- 水族機能生物学研究室:水産資源として重要な魚介類を増産させる水産増養殖の果たす役割は極めて大きい。本研究室では、魚介類の成長促進、環境適応、代謝調節および性成熟に関わる生理活性物質の機能および働く仕組みの解明に取り組む。さらに、得られた研究成果に基づいて、効率よく魚介類を成長および成熟させる水産増養殖技術の開発を図る。
- 水族育種生物学研究室:アワビ、ナマコなど有用水生生物の遺伝的な性質を改良する、すなわち育種技術を開発することで、水産増養殖における生産性の向上に資することを目的とする。さらに、その基礎として、細胞遺伝学的な研究も併せて行い、生物学への貢献も目指す。
本分野は沿岸海洋生態学、海洋基礎生産学、環境微細藻類学ならびに連携大学院として横須賀市に設置されている海洋研究開発機構(JAMSTEC)の深海生物学の4つの研究室からなり、それぞれ次のような概要で研究を行っています。
- 沿岸海洋生態学:生物資源の永続的利用を可能にするため対象資源のあり方、すなわち個体群の構成、生活空間、環境中での他種との関連などを詳細に把握する必要がある。また、それら資源の安定性・多様性は環境の安定性・多様性に強く依存している。この研究室では水圏生物の多様性と人間活動が生態系に与える影響を魚類などの水生生物を指標にして解明している。具体的には(1)水生生物の遺伝的多様性の解明、(2)水生生物等を指標とした水圏環境の評価、(3)シロザケの時・空間的集団構造の解析などを試みている。
- 環境微細藻類学:微生物は物理化学的あるいは生物学的環境との間に複雑な相互作用を営みながら生物圏の維持に重要な役割を果たしている。この研究室では海洋微生物、特に貝類の毒化や魚介類の斃死など水産上問題となる微細藻類ならびに沿岸生態系の物質循環を支える微小プランクトンを中心に、その生理生態や物質生産についてその解明を試みている。 (1)有毒有害微細藻の発生と環境要因に関する生理・生態学的研究、(2)渦鞭毛藻類の生物学的特性に関する生理・生化学的研究、(3)有害微細藻による魚介類斃死防止のための基礎研究、(4)微細藻と他生物の共生関係に関する研究、(5)三陸沿岸の低次食物網に関する研究
- 海洋基礎生産学:海洋生態系の中で基礎を担っているのは、植物プランクトン・海藻草類や低次生態系を構成する動物プランクトン・付着動物である。これら生物の分類、発生、生活史、生理生態、物質循環や環境変動に対する適応能を明らかにすることにより、生物多様性の維持や向上を目指すとともに、環境保全や修復、有効利用に役立てる方策の解明に取り組んでいる。具体的には、(1)大型海藻類の生活形の解明と藻場造成技術の開発、(2)有用海藻類の株保存法の開発、(3)フジツボ類幼生の回帰機構の解明、(4)大型フジツボ類による環境浄化と養殖への応用、(5)蔓脚類幼生の形態と系統進化に関する研究
- 深海生物学:海洋の有光層より深い部分を深海と呼んでいる。ここには、有光層の有機物生産に基づいた生態系に加えて、光に依存しない有機物の化学合成に依存した生態系が存在する。深海生物学研究室では、有光層の有機物に依存した中・深層の浮遊生物学(クラゲなどのプランクトンやそれと相互作用する節足動物などの生物の関係や現存量、分布などを調べて、その生態系における役割を明らかにする)の研究、化学合成生態系で重要な微生物と動物の共生機構や進化の研究を行っている。これらの研究に加えて、鯨類や鰭脚類そして海牛類など海洋哺乳類と微生物との関係を感染症や比較免疫の視点からも研究している。
本分野は食品機能化学や水産物の安全性確保、海洋生物毒や生理活性物質等未利用生物資源の高度有効利用法の開拓を目的とし、水産食品化学、水産生物化学、水産資源化学および生体物質機能学の4つの研究室がそれぞれの研究テーマに取り組んでいます。
- 水産食品化学:海洋生物が持つ種々の生体成分の代謝−生合成と分解−の研究を通して、それらの生理機能を解明するとともに、人の健康に与える影響や食品の価値を高める効果、食品以外の分野への利用、幅広い分野への応用を探り、水圏生物の高度利用技術の開発を目指している。
- 水産生物化学: フグや二枚貝、植物プランクトンなど、海洋生物にはヒトに食中毒を起こす自然毒を持つものがいる。この研究室では、海洋生物資源の食料としての価値を損なうこれらの毒が生物に蓄積する機構を研究するとともに、その生物界における存在意義や役割など、毒にまつわる海洋生物の不思議な生態の解明を行っている。
- 水産資源化学: 陸上の動植物には見られない海洋生物の持つ特異な生体成分を探索し、これら成分が海洋生物ばかりでなく、ヒトに与える影響や役割を解明し、海洋生物資源を工業原料として利用するための基礎的研究を行っている。
- 生体物質機能学研究室: 海洋生物には人間にとって有益あるいは有害な生体物質が様々存在する。本研究室では、それらのうち主に記憶喪失性貝毒、フグ毒、麻痺性貝毒、有機ハロゲン化合物等有害な物質を研究対象とし、それらを保持する魚介類における毒の分布・動態および毒化メカニズム解明を目指すとともに、珪藻や渦鞭毛藻等の生産微生物における毒生産の生理・生態学的役割解明も目指す。