哺乳動物の冬眠に関する研究
哺乳動物の冬眠の発現が遺伝子レベルでどのように制御されているかは, まだ殆ど分かっていません。しかし, 冬眠における低体温性の解明は, 臓器移植における臓器保存への応用などが,
また冬眠の概年性の発現機構の解明は, 冬季うつ病などの解明にも繋がるものと期待されています。私たちは, 冬眠機構の解明を目指し, 冬眠の概年性の発現機構について解析しています。
シマリスの冬眠特異的タンパク質 HP-20, -25, -27, -55 は, 冬眠時特異的に血液中から著しく減少するタンパク質複合体の構成タンパク質として発見されました。私達は,
シマリスの冬眠特異的タンパク質 HP-20, -25, -27, -55 の cDNA クローンを単離し, タンパク質の一次構造を決定しました。そして,
リス科の冬眠動物(シマリス)と非冬眠動物(タイワンリス)とから, これら冬眠特異的タンパク質の遺伝子構造, 転写調節機構について, 比較解析をおこなってきました。その結果,
今までに次のことが明らかになっています。
A. 冬眠動物のシマリスやジリスでは, HP-20, -25, -27遺伝子は肝臓特異的に発現しており, その発現は非冬眠時に比べ, 冬眠時には強く抑制されていること。
B. シマリスの HP-20 遺伝子では転写因子 HNF-1 が,HP-25 遺伝子では転写因子 HNF-4 が, それぞれの遺伝子の肝臓特異的な転写において中心的な役割を担っていること。
C. 非冬眠動物のタイワンリスも HP-20, -25, -27 遺伝子をもつが, 偽遺伝子化しており, これらの遺伝子は発現していないこと。
A. および C. の結果から, シマリスの冬眠特異的タンパク質 HP-20, -25, -27 の遺伝子は, リス科では冬眠動物特異的に発現しており,
しかも冬眠に伴う転写調節を受けていることが明らかになりました。従って, これらの冬眠特異的遺伝子は, その発現が冬眠と強い相関を示すことから,
哺乳動物の冬眠における遺伝子発現調節機構を解明していく上で, 良いモデル遺伝子であると考えられます。
冬眠特異的な遺伝子の発現調節には, それに関わる冬眠動物特有の転写因子の存在も推察されていましたが, B. の結果より, HNF-1, -4
は肝臓で多くの遺伝子の転写調節に関わっていることから, これら転写因子の冬眠に伴う質的あるいは量的変化により, HP-20, -25 遺伝子の転写だけが冬眠時に抑制されることは考え難いです。つまり,
シマリスの冬眠特異的タンパク質 HP-20, -25 の遺伝子の肝臓特異的な転写が, 哺乳動物に共通に存在する転写因子 HNF-1, -4 によって制御されていることが明らかになりました。従って,
哺乳動物の冬眠は, 冬眠動物特有の特殊な機構によって成り立っているのではなく, むしろ哺乳類に共通な機構を冬眠用に再調整することによって行われている可能性が強いと考えられます。私たちは,
冬眠特異的タンパク質の遺伝子の転写が, 非冬眠時には活性状態にあり, 冬眠時には抑制状態にあることから, 冬眠に伴う転写調節は可逆的に行われているはずであると考えて解析を行っています。
C. の結果からは, リス科の先祖の動物が冬眠動物で, 進化の過程で冬眠動物と非冬眠動物とに分岐, タイワンリスのような非冬眠動物では HP-20,
-25, -27 遺伝子が不要となり, 偽遺伝子化したということも推察することができます。
脊椎動物における性決定・性分化機構の研究
生物は, 進化の過程で有性生殖というシステムを獲得することによって, 突然変異よりはるかに大きな遺伝的変異あるいは遺伝子プールを作り出し, 環境の変化に対する種の適応性を増大させ多様化してきたと考えられます。脊椎動物の性染色体依存的な性決定には,
哺乳類などの♂ヘテロ型 (XX♀/XY♂) と鳥類などの♀ヘテロ型 (ZZ♂/ZW♀) が存在します。♂ヘテロ型ではヒトおよびマウスで Y染色体に座位する
SRY 遺伝子が, 魚類ではメダカで同じく Y染色体に座位する DM-Y 遺伝子が性決定遺伝子として同定されています。
私たちは ZZ/ZW 型のアフリカツメガエルにおいて, W染色体上に♀誘導型の性決定遺伝子 DM-W を発見しました。これは両生類としても,
ZZ/ZW 型としても初の性決定遺伝子の発見です。DM-W 遺伝子は W染色体をもつ幼生の生殖巣で時期特異的に発現し, 卵巣形成を誘導すると考えられます。現在,
卵巣形成に関わる遺伝子カスケードを調べるとともに, 各種脊椎動物の性決定機構の比較解析を行っています。
アフリカツメガエルの性決定は受精後 2週間ほどで発生したオタマジャクシの幼生期で行われます。私たちは雌雄特異的に発現する遺伝子・RNA およびタンパク質に注目し,
その性決定の雌雄化の分子機構の解析を進めています。最近では, 性分化とその維持は, 雌雄化シグナルのバランスによっても制御される可能性が示唆されてきたため,
私たちは雌雄化シグナルのバランスに関わる分子機構を遺伝子, タンパク質レベルで解明し, 哺乳類を含む脊椎動物の性システムの進化的理解につなげたいとも考えています。
細胞の増殖・分化・生存・アポトーシスに関わるシグナル伝達機構の研究
多細胞生物は, 細胞の増殖, 分化および死を適切にコントロールすることによって, 個体の発生分化や形成・維持を行っています。この際, 個々の細胞は周囲の環境に応答し,
増殖, 分化あるいは生存のシグナルとアポトーシスシグナルとのバランスを精密に制御していると考えられます。シグナル伝達カスケード間の制御機構という観点から,
大きく以下の2つのテーマで研究を行っています。
・MAPK シグナル伝達経路の制御
MAP キナーゼ(MAPK)カスケードは, MAPK, MAPKキナーゼ (MAPKK), MAPKKキナーゼ (MAPKKK) からなるシグナル伝達経路で,
哺乳類では少なくとも3種類のカスケードが存在し, ERKカスケードは増殖・分化・生存のシグナル伝達に, JNK, p38カスケードはストレス応答やアポトーシスのシグナル伝達に関与しています。しかし,
それぞれのカスケードの選択的活性化の分子機構やカスケード間のクロストークについては未解明な点が多いです。私たちは金沢大学との共同研究によって,
JNKカスケードの選択的なシグナル伝達を可能にさせると考えられる新規のスカフォールドタンパク質 (JNKBP1 および JSAP1,2) を単離し解析を行っています。現在までに,
JNKBP1 は JNK カスケードを正に制御する調節タンパク質であり, JSAP1 は JNK カスケードを正に ERK カスケードを負に制御する多機能型調節タンパク質であること,
また JSAP1 と同じファミリーに属する JSAP2 は, 生存シグナルである NFκB の活性化を抑制することが明かとなっています。現在はそれぞれのスカフォールドタンパク質の生理的機能を明らかにするために,
生死・分化・増殖に関わる外からの刺激に対して, カスケード間のクロストークを含めシグナル伝達の調節の分子機構を明確にすることが必要であると考え解析を行っています。
・Death Receptor シグナリング
膜受容体型のタンパク質である Death Receptor (DR) は, 細胞外からの特異的リガンドと結合すると, 細胞質内の death
domain を介して caspase を活性化し, 場合によってはアポトーシスを引き起こします。このリガンドとの結合による DR シグナリングには,
caspaseだけでなく, プロアポトチックシグナルである JNK や, 生存シグナルである NFκB の活性化も含まれており, DR による一見矛盾するかのような異なるシグナル伝達カスケードの活性化が,
カスケード間のクロストークを含めどのように制御され, またそれによってどのように細胞運命が決定されるか, 興味深い問題です。
私たちは, アフリカツメガエルで互いに非常に相同性が高い新規の DR ファミリーメンバー xDR-M1, xDR-M2 を単離し, それぞれについて生存と死のシグナル伝達の解析を行ったところ,
death domain を介したシグナル伝達やアポトーシス誘導能に差異があることを明らかにしました。興味深いことにアポトーシスに関しては,
xDR-M1 は caspase 非依存性(セリンプロテアーゼ依存性), xDR-M2 は caspase 依存性でした。現在, xDR-M1,
-M2 による生死シグナルの伝達機構と差異の分子機構を明らかにするために, リガンドおよび death domain に結合するアダプター分子の同定を試みています。