一般教育部長のメッセージ

学生の皆さんへ

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一般教育部長 江川徹

膨大に広がる「知」の集積へ
自らの足で分け入っていく力を得てほしい

北里大学の1年生は、主に「1群科目」と呼ばれる科目を学びます。これは本学特有の呼称で、より一般的には「一般教育科目」と呼ばれるものです。専門知識を学ぶはずの大学でこれらの科目を皆さんが学ぶことの意義について、説明します。

「文科系」の学問は、役に立たない?

「1群科目」にはまず、「基礎教育科目」と呼ばれる科目群があります。物理、化学、生物学、数学、情報科学そして英語です。これらを学ぶ意味は理解できると思います。皆さんはこれまでに高校でこれらの科目を学んでは来ましたが、大学で専門科目を学ぶ為の予備知識としては不十分です。その差を埋めるためにこれらの科目があります。
これらの科目では高校からの連続性を重視しますので、授業が始まった最初の頃は、もしかしたら高校で学んだことの復習のように感じられるかも知れません。しかしすぐに授業内容はそのレベルを超えます。そして最終的には皆さんの職業人としての将来の、言わば「基礎体力」を形作ります。そのことを頭の片隅において学んで欲しいと思います。

次に、「人間形成の基礎科目」と呼ばれる科目群があります。倫理学、哲学、芸術、文学、社会学、心理学などです。皆さんの中には、将来役に立つかどうかということとは関係なく、純粋にこれらの学問に興味を持つ人もいるでしょう。いわゆる「教養」としての面白さです。しかし一方、これらの科目を学ぶ意義について疑問を感じている人も少なくないと思います。私たち一般教育部の教員は、これらの科目について基礎教育科目と同じぐらいに、あるいはそれ以上に大切であると考えています。

皆さんが職業人として社会に出たとき、相手にするのは基本的に「人間」です。感情を持ち、弱さも強さも備えた生身の人間です。そして皆さんが活躍する場は、他でもない21世紀半ばの日本です。もちろん、海外を活躍の場に選んだり、外国人と関わって仕事をする人もいるはずです。ですから、これから社会の中で主体的に活躍していくためには、人間というものがどのような存在なのか、現代の日本が歴史の流れの中でどのような社会なのか、外国の文化の中で生きてきた人が日本人とどのような点が異なりまた同じであるか、といったことについて知っている必要があります。そのためにこれらの科目があると思ってください。

これらのいわゆる「文科系」の学問は、学部で学ぶ専門科目とは異なり、必ずしもすぐに目に見える形で役に立つとは限りません。それどころか、もしかしたら学ぶことによって何が得られたか一生気付かずに終わる可能性すらあります。しかし「気付かない」、ということは必ずしも「役に立たない」ということを意味しません。昨日食べたものが、今日の身体のどこを形作っているかを示せる人はいませんが、しかし食べたものは必ず成長の糧となっています。ある種の学問にもこれと同じことが言えます。

大学で得るべき最も大切な能力 

皆さんはこれまでに、「高校までと違い、大学では他人から教わるのではなく自ら学ぶ姿勢が必要になる」と言われたことがあると思います。そう言っておきながら、実際の大学での教育は、まだまだ教師から学生への一方的な知識の伝達、という性格の色濃いものです。これは仕方のない事情があります。皆さんの大学での時間は限られていて、学ばなければならないことは多岐にわたっています。そのため、学生の自発的な学習にばかり任せては置けません。

それでもなお、皆さんには大学にいる間に、少しでも「必要なことを自ら学ぶ技術」を身につけていって欲しいと思います。この能力が本当に必要とされるのが、社会に出てからです。およそありとあらゆる職業において、社会に出た時点での知識・技術で一生しのげるということはあり得ません。大学で最新の知識を得ても、それらは日を置かず時代遅れとなります。そのため次々と新しい知識を得る必要が生じます。しかしその時にはもう、授業をする教師も、体系だったカリキュラムも、共に学ぶ仲間もありません。皆さんの前に膨大な「知」の集積が広がっているだけです。そこへ自らの足で分け入っていく力こそが、皆さんが大学で得るべき最も大切な能力です。ただし、この「自ら学ぶ力」だけを涵養するための科目はありません。この能力は、一般教育科目、学部専門科目を問わず、あらゆる科目を学んでいくなかで身につけていってください。