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センター長コラム

第7回 「取り繕う」という言葉について

認知症のある人が示すことのある態度を表す言葉として、「取り繕う」という言葉があります。精神医学の教科書にも、「取り繕い反応」という言葉が登場します。診察に同行したご家族から、「間違ってもすぐに取り繕って言い訳ばかりです」と聞くことがあります。施設に訪問すると、介護士さんから「最近、取り繕うことが増えました」と聞くことがあります。

確かにアルツハイマー型認知症のある人は、事実と異なることを述べることがあります。例えば、実際には食事をしていないが、食事をしたかどうか尋ねられ、「もうこの歳ですから食が細くなりまして」と述べるといった具合です。この場合、本人は食事をしたかどうかわからないけれども、答えなくてはその場の空気を壊してしまう、しかし間違いを指摘されて恥ずかしい思いをしたくないという心情がうかがえます。診療の際にこうした取り繕い反応が生じると、同席しているご家族や介護士さんは大抵、隣で苦笑することや首を横に振って残念そうな表情になります。どうも、この取り繕う態度は取り繕われる側をイライラさせたり、残念がらせてしまうようです。

確かに取り繕うという言葉の意味を辞書で調べてみると、「外見だけ飾って、体裁をたもつ」「過失などをその場だけなんとかうまくごまかす」と記されています。取り繕うという言葉には、そうしたネガティブなイメージを含んでいます。ですから取り繕うという言葉を用いることは、取り繕う人への侮蔑的な印象を与えかねません。

しかし、アルツハイマー型認知症のある人の取り繕う態度は、意図して取り繕っているわけではありません。間違ったことを言ってその場を壊したくないという、気遣いのあらわれです。間違いを人に知られて恥ずかしい思いをしたくないという、自尊心を保とうとすることのあらわれです。ですから、取り繕う態度に気付いた時には、「そんな風に言い訳ばかりして」などと批判することは適切ではありません。苦笑することや、首を横に振って残念がるのも適切とは言えません。思い出せず困る中で生じる心理的な葛藤が生み出す現象なのですから、むしろこちらの尋ね方が本人を困らせたのかもしれないということに気づき、困らせない尋ね方、関わり方を見直すことの方が大切なことのように思われます。

そもそも、取り繕い反応という言葉自体にも問題があるように感じています。すでに述べたとおり、取り繕うという言葉には、取り繕う人への侮蔑的な印象をもたらします。ケアマネージャー、看護師、介護士、医師などの支援する人が、不用意に取り繕い反応という言葉を使用していると、認知症の人の周りにいる人が持つ認知症へのスティグマを強めてしまいそうです。「取り繕い反応」ではなく、「自尊心を保とうとする反応」のような言葉に変更した方が良いように思います。自尊心を保とうとする機能がいかされていると認識した方が、認知症のある人の強みに気づく姿勢を意識させてくれそうです。

私たちが日頃使用しているこうした症状を表す言葉自体が、認知症へのスティグマを強める要因になっていないかどうか考えることは、些細なことかもしれませんが大切なことなのではないでしょうか。

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