1号
情報:農と環境と医療 1号
2005/5/1
『学長室通信』の創刊にあたって~「以心発信」のススメ~北里大学長 柴忠義
このたび、北里大学学長室から『学長室通信』を発刊することになりました。創刊にあたり、一言ご挨拶を述べさせていただきます。
日本には古来、一つひとつの言葉には命があり、神が宿ると信じられてきた文化があります。「言霊信仰」です。万葉集にある「言霊の幸ふ国」(ことだまのさきはうくに)からも、いかに日本では言葉を大切にしてきたかが見て取れます。これとは逆に、我が国には昔から、言葉を発することなく相手に伝えることが究極のコミュニケーションという思想もありました。「以心伝心」です。以心伝心とは、広辞苑によれば「禅宗で、言葉では表せない仏法の神髄を無言のうちに弟子に伝えること。考えていることが言葉を使わないでも心から心に伝わること」とあります。「言霊信仰」と「以心伝心」。一見相反するこの2つの価値観が融合し、我が国特有の文化と独特のメンタリティを育んできました。
ところで、世界中の人々に「人類史上最高の発明品は何か?」というアンケート調査を行うと、欧米ではグーテンベルグの活版印刷機を挙げる人が非常に多いと聞きます。自分の意思を伝えるにはそれまでは限られた範囲で個別に行うほかありませんでした。ところがグーテンベルグの発明した活版印刷機によって文字が正確に印刷され、大量に配信されるようになると、人々の生活は一変しました。とりわけ聖書の普及が急速かつ広範囲に及んだことはルネッサンス(文芸復興)の精神的基盤をつくり、近代への扉を開いたとさえいわれます。欧米人にとって、自分の意思を不特定多数の人々に伝える手段を可能にした発明は高く評価され尊敬に値するからこそ、このような調査結果になったのでしょう。自己の意思を多くの人々に伝えたいという情熱が偉大な発明に結びついた事実に、私たちは現代でいう情報通信革命の素地や源流を垣間見ます。たとえばインターネットの普及はボーダレスでグローバルな社会の形成を進展させました。さらにいえば20世紀後半に飛躍的に発展したバイオテクノロジー(BT)は同時期に起こった情報技術(IT)革命と一体となって生命情報の解明を加速させたことも私たちはよく知っています。
双方向の本質とは取りも直さず発信あっての受信です。高度に発達した情報化・国際化の時代には、「以心伝心」といった固有の機微を大事にしつつも、それとは距離を置いた、科学的なものの見方や考え方を積極的に広めていく、「以心発信」の姿勢が強く求められます。また、北里大学の在り方と本学の使命(ミッション)を再認識するうえで、北里の歴史や伝統、文化を紐解きつつ、未来の生命科学や地球環境を展望することは大変意義があると考えます。『学長室通信』が知的発信の新たな媒体となり、情報共有の場となるよう努力してまいります。読者の皆様からの忌憚のないご意見、ご批判を心よりお待ち申し上げます。なお、創刊号は本年4月1日に就任された陽 捷行(みなみかつゆき)教授(学長室所属)が新たな視点から学祖の「医道論」を読み解くとともに、農業と環境と医療に関する有益な情報を提供されるなど全般にわたり健筆をふるっています。
日本には古来、一つひとつの言葉には命があり、神が宿ると信じられてきた文化があります。「言霊信仰」です。万葉集にある「言霊の幸ふ国」(ことだまのさきはうくに)からも、いかに日本では言葉を大切にしてきたかが見て取れます。これとは逆に、我が国には昔から、言葉を発することなく相手に伝えることが究極のコミュニケーションという思想もありました。「以心伝心」です。以心伝心とは、広辞苑によれば「禅宗で、言葉では表せない仏法の神髄を無言のうちに弟子に伝えること。考えていることが言葉を使わないでも心から心に伝わること」とあります。「言霊信仰」と「以心伝心」。一見相反するこの2つの価値観が融合し、我が国特有の文化と独特のメンタリティを育んできました。
ところで、世界中の人々に「人類史上最高の発明品は何か?」というアンケート調査を行うと、欧米ではグーテンベルグの活版印刷機を挙げる人が非常に多いと聞きます。自分の意思を伝えるにはそれまでは限られた範囲で個別に行うほかありませんでした。ところがグーテンベルグの発明した活版印刷機によって文字が正確に印刷され、大量に配信されるようになると、人々の生活は一変しました。とりわけ聖書の普及が急速かつ広範囲に及んだことはルネッサンス(文芸復興)の精神的基盤をつくり、近代への扉を開いたとさえいわれます。欧米人にとって、自分の意思を不特定多数の人々に伝える手段を可能にした発明は高く評価され尊敬に値するからこそ、このような調査結果になったのでしょう。自己の意思を多くの人々に伝えたいという情熱が偉大な発明に結びついた事実に、私たちは現代でいう情報通信革命の素地や源流を垣間見ます。たとえばインターネットの普及はボーダレスでグローバルな社会の形成を進展させました。さらにいえば20世紀後半に飛躍的に発展したバイオテクノロジー(BT)は同時期に起こった情報技術(IT)革命と一体となって生命情報の解明を加速させたことも私たちはよく知っています。
双方向の本質とは取りも直さず発信あっての受信です。高度に発達した情報化・国際化の時代には、「以心伝心」といった固有の機微を大事にしつつも、それとは距離を置いた、科学的なものの見方や考え方を積極的に広めていく、「以心発信」の姿勢が強く求められます。また、北里大学の在り方と本学の使命(ミッション)を再認識するうえで、北里の歴史や伝統、文化を紐解きつつ、未来の生命科学や地球環境を展望することは大変意義があると考えます。『学長室通信』が知的発信の新たな媒体となり、情報共有の場となるよう努力してまいります。読者の皆様からの忌憚のないご意見、ご批判を心よりお待ち申し上げます。なお、創刊号は本年4月1日に就任された陽 捷行(みなみかつゆき)教授(学長室所属)が新たな視点から学祖の「医道論」を読み解くとともに、農業と環境と医療に関する有益な情報を提供されるなど全般にわたり健筆をふるっています。
(柴 忠義)
はじめに
今、世のなかで大きな問題のひとつに「分離の病」がある。人と人のつながり、土や自然と人のつながり、生徒と先生のつながり、事実と事実のつながり、文化や歴史と現在のつながりなど、枚挙に暇ない。
これらを整理すると分離の病は4つある。「知と知の分離」、すなわち専門主義への没頭、専門用語の迷宮、生きていない言葉の使用などがあげられる。「知と行の分離」、すなわち理論を構築する人と実践を担う人との分離、バーチャルと現実の分離などがある。「知と情の分離」、すなわち客観主義への徹底、知と現実との極端な分離がある。「過去知と現在知の分離」、すなわち文化の継承や歴史から学ぶ時間軸の分離、不易流行とか温故知新などの言葉でも表現できる。
北里柴三郎の「医道論」を繙くと、最初に医道についての信念が述べられている。そのなかで、「夫レ人民ヲ導テ摂生保護ノ道ヲ解セシメ以テ身ノ貴重ナルヲ知ラシメ而後病ヲ未発ニ防クフウヲ得セシムルハ是所詮医道ノ本ナリ」とある。すなわち、「人民に健康法を説いて身体の大切さを知らせ、病を未然に防ぐのが医道の基本である」と説く。このことは、健全な環境のもとで生産され、安全な製造過程を経た食品を食し、健康を保ち病に陥らないことが必要であると解釈することもできる。
続いて当時の医者を厳しく批判している。いわく「人身ヲ摂生保護シ病ヲ未発ニ防クハ固ヨリ其病ヲ来スノ原因及此レヲ治スルノ方法即チ医術ヲ飽マテモ了解スルニ非サレハ決メ○道ヲ実際ニ施スヲ得ス○ヲ以テ眞ノ医道ヲ施サント欲スルモノハ必ス先ツ医術ヲ充分ニ研究セスンハアル可ラス○術精巧○蘊奥ヲ極メテ始メテ其道行ハル・・・(注)○筆者不読。乞御教授」とある。すなわち、「病気を未然に防ぐ為には、病気の原因と治療、つまり、医術を徹底的に理解しないと達成出来ない。真の医を施すには医術の充分な研究が必要である。医学を志すものは理論技術とも甲乙なく徹底的に研究する必要がある」と。このことは、医者にかかる前に、人は病気を未然に防ぐための安全な農産物を生産し、その基となる環境を保全しなければならないと解釈することもできる。
この北里柴三郎の「医道論」には、手短に言わせてもらうと、医の基本は予防にあるという信念を掲げ、広く国民のために学問の成果を用いるべきであるということが述べられている。ここには、学問と実践を結びつけた実学の思想がある。
コレラ調査に出かけた長崎では、仕事の合間に町の道路、井戸、排水の状況など病気が発生した路地裏の環境を的確に観察している。また、寄生虫による肝臓ジストマ症については、肝蛭(かんてつ:キュウチュウ目(二生類)の扁形動物。体長は20~30ミリメートル)の肝臓への伝染経路を紹介している。これは、環境を観察する鋭い視線から得られた成果である。その結果、この肝蛭を有する蝸牛を食する羊に注意を促すことを指摘している。まさに学問を現実と結びつけた北里柴三郎の実学がある。
ちなみに、「医道論」の最後は七言絶句で締めくくられている。「保育蒼生吾所期 成功一世鎧無時 人間窮達君休説 克耐苦辛是男児」と。男児たるもの苦難に耐え立ち向かえば、公衆衛生の困窮を成し遂げられないはずはないといった意味であろう。
北里柴三郎の実学には、当然のことながら分離の病はなかった。むしろ、われわれはこの達見を学ばなければならない。本来、農業と環境と医療は分離されるべき事象ではないのである。このことを念頭において、これから毎月、「情報:農業と環境と医療」を提供する。この情報を提供することによって、農業と環境と医療が少しでもつながることの手助けをしたい。どんな成果が得られるか予想がつかないが、学問や教育や普及のために、あえてこの困難な道を目指さなければならない。
一休禅師は語っている。「この道を行けばどうなるものか。危ぶむなかれ、危ぶめば道なし。踏みだせば、その一歩が道となる。迷わず行えよ、行けばわかるよ」と。この精神で、「情報:農業と環境と医療 No.1」をお届けする。
参考文献
1)北里柴三郎:医道論 (1878)
2)生誕150年記念:北里柴三郎 社団法人北里研究所 (2003)
3)ドンネルの男・北里柴三郎、上下、東洋経済 (2003)
これらを整理すると分離の病は4つある。「知と知の分離」、すなわち専門主義への没頭、専門用語の迷宮、生きていない言葉の使用などがあげられる。「知と行の分離」、すなわち理論を構築する人と実践を担う人との分離、バーチャルと現実の分離などがある。「知と情の分離」、すなわち客観主義への徹底、知と現実との極端な分離がある。「過去知と現在知の分離」、すなわち文化の継承や歴史から学ぶ時間軸の分離、不易流行とか温故知新などの言葉でも表現できる。
北里柴三郎の「医道論」を繙くと、最初に医道についての信念が述べられている。そのなかで、「夫レ人民ヲ導テ摂生保護ノ道ヲ解セシメ以テ身ノ貴重ナルヲ知ラシメ而後病ヲ未発ニ防クフウヲ得セシムルハ是所詮医道ノ本ナリ」とある。すなわち、「人民に健康法を説いて身体の大切さを知らせ、病を未然に防ぐのが医道の基本である」と説く。このことは、健全な環境のもとで生産され、安全な製造過程を経た食品を食し、健康を保ち病に陥らないことが必要であると解釈することもできる。
続いて当時の医者を厳しく批判している。いわく「人身ヲ摂生保護シ病ヲ未発ニ防クハ固ヨリ其病ヲ来スノ原因及此レヲ治スルノ方法即チ医術ヲ飽マテモ了解スルニ非サレハ決メ○道ヲ実際ニ施スヲ得ス○ヲ以テ眞ノ医道ヲ施サント欲スルモノハ必ス先ツ医術ヲ充分ニ研究セスンハアル可ラス○術精巧○蘊奥ヲ極メテ始メテ其道行ハル・・・(注)○筆者不読。乞御教授」とある。すなわち、「病気を未然に防ぐ為には、病気の原因と治療、つまり、医術を徹底的に理解しないと達成出来ない。真の医を施すには医術の充分な研究が必要である。医学を志すものは理論技術とも甲乙なく徹底的に研究する必要がある」と。このことは、医者にかかる前に、人は病気を未然に防ぐための安全な農産物を生産し、その基となる環境を保全しなければならないと解釈することもできる。
この北里柴三郎の「医道論」には、手短に言わせてもらうと、医の基本は予防にあるという信念を掲げ、広く国民のために学問の成果を用いるべきであるということが述べられている。ここには、学問と実践を結びつけた実学の思想がある。
コレラ調査に出かけた長崎では、仕事の合間に町の道路、井戸、排水の状況など病気が発生した路地裏の環境を的確に観察している。また、寄生虫による肝臓ジストマ症については、肝蛭(かんてつ:キュウチュウ目(二生類)の扁形動物。体長は20~30ミリメートル)の肝臓への伝染経路を紹介している。これは、環境を観察する鋭い視線から得られた成果である。その結果、この肝蛭を有する蝸牛を食する羊に注意を促すことを指摘している。まさに学問を現実と結びつけた北里柴三郎の実学がある。
ちなみに、「医道論」の最後は七言絶句で締めくくられている。「保育蒼生吾所期 成功一世鎧無時 人間窮達君休説 克耐苦辛是男児」と。男児たるもの苦難に耐え立ち向かえば、公衆衛生の困窮を成し遂げられないはずはないといった意味であろう。
北里柴三郎の実学には、当然のことながら分離の病はなかった。むしろ、われわれはこの達見を学ばなければならない。本来、農業と環境と医療は分離されるべき事象ではないのである。このことを念頭において、これから毎月、「情報:農業と環境と医療」を提供する。この情報を提供することによって、農業と環境と医療が少しでもつながることの手助けをしたい。どんな成果が得られるか予想がつかないが、学問や教育や普及のために、あえてこの困難な道を目指さなければならない。
一休禅師は語っている。「この道を行けばどうなるものか。危ぶむなかれ、危ぶめば道なし。踏みだせば、その一歩が道となる。迷わず行えよ、行けばわかるよ」と。この精神で、「情報:農業と環境と医療 No.1」をお届けする。
参考文献
1)北里柴三郎:医道論 (1878)
2)生誕150年記念:北里柴三郎 社団法人北里研究所 (2003)
3)ドンネルの男・北里柴三郎、上下、東洋経済 (2003)
学長の挨拶:北里学園報臨時号から
これまで学長は、北里学園報の臨時号(平成15年7月12日、平成15年11月1日、平成16年9月1日および平成17年1月1日)で、それぞれの時期に適切な所感を述べている。これらの所感のなかから、「農業と環境と医療の連携」に関わると思考できる部分を抜粋・整理してみる。
●まず平成15年7月12日の「双方向から良循環へ」と題した就任挨拶では、本学は学祖以来の実学志向に立ち、生命科学を追究し、その成果を広く社会に還元するとともに、その果実をもって教育や研究をさらに向上させる。これによって社会に貢献したい。このことが本学の最大の使命だと説く。そのためには、理事会とすべての構造単位が相互提案する「双方向」と、これを基盤においた「良循環」のシステムを確立し、相乗効果を高めることが必要だと説く。このことは、農業と環境と医療の連携の基盤的思考であろう。
つづいて、今後の大学・病院などを考えるために五項目の視座が提案される。すなわち、
1)「スパイラル(らせん)」の本質とは~回帰と成長の循環
2)「ハイテク」の時代に求められる「ハイタッチ」の思想
3)「顧客満足」から「顧客感動」の時代へ
4)「鬼手仏心」にみる「経営マインド」と「顧客イズム」の葛藤
5)「プロジェクトX」にみる「ミッション」のとらえ方、の視座である。
1)では、「本学は創立から長期にわたり坂を一直線に駆け上がるような成長が続きました。しかしここ数年は全体として予断を許さない局面に入っております。こういう局面だからこそ繰り返し「原点」に「回帰」しながら「未来」に向かって一歩一歩着実に「成長」していきたいものです。原点とは何か。それこそが「建学の精神」であり、学部・病院・学校等の「創設の理念」であります。」と説く。
これこそは、北里柴三郎の精神の原点にもう一度立ちもどり、研究と教育に成果をあげ、これを顧客に実学として提供しようとする思いであろう。螺線(スパイラル)は、分子生物学だけのお家芸ではない。自然と生命の二重螺線(Double Helix between Nature and Life)もある。地球の誕生以来、物質循環系の進化と生命の進化は、二重螺線を通して相互の架橋システムを完成しながら現在の地球を創ってきた。農業も環境を通して医療との螺線を構築しなければならない。
2)では、「科学技術と人間性は決して分離できるものではなく、組織の論理と人間の感情も不離不即の関係にあるはずです。一見二律背反と思われるこの「ハイテク&ハイタッチ」を本学はどのように意識し具現化していけば良いのか、教職員一人ひとりが十分に考えていくべき課題であると思います。」と語る。
このことは、コンピュータにソフトウエア(software)とハードウエア(hardware)はあるが、ハートウエア(heartware)はないとも表現できる。ちなみに、ハードとハートは発音記号が同じなので懸詞にもなる。医療の問題は、人の心を抜きにしては考えられない。となれば、農も環境も人の心、すなわち人間性を抜いて思考できないのである。
例えば、環境はまさに人間性そのものである。現実の日々の中で「環境」とは何であろうか。それは自然と人間との関係にかかわるもので、環境が人間を離れてそれ自体で善し悪しが問われているわけではない。両者の関係は、人間が環境をどのように見るか、環境に対してどのような態度をとるか、そして環境を総体としてどのように価値づけるかによって決まる。すなわち、環境とは人間と自然の間に成立するもので、人間の見方や価値観が色濃く刻み込まれているものである。だから、人間の文化を離れた環境というものは存在しない。となると、環境とは自然であると同時に文化であり、環境を改善するとは、とりもなおさずわれわれ自身を変えることにつながる。われわれ自身を変えるとは何か。それは、人口増加、食料不足、生産性低下、環境悪化という現象の中で環境倫理の意識をもつことであろう。土や水や大気にも生存権があることの意識を持たない限り、自然はわれわれに反逆する。いずれにしても、環境の保全には人間性を無視できないのである。
3)では、「本学では学生・患者様という一番の顧客に対してどのように満足度を満たし、いかなる感動を与えられるのか、これもまた教職員一人ひとりが十分に考えていくべき課題であると思います。」と問う。
中学校の英語で、だれもが一人称、二人称および三人称を学ぶ。高等な教育を受け、英語がいかに正確に読め、かつ会話が驚くほど流暢でも、生活の中で一人称でしか思考できない人がときとして世の中にいる。学長の言は、農業と環境と医療を考えるとき、誰が幸せになるかを常に考えろということを示唆している。自分だけが幸せになる研究も教育も普及もありえない。
4)では、「従って大学においても一般企業と同様に『顧客指向の経営』が求められるようになっているのは時代の必然です。」、「つまり鬼手とは『徹底した合理化、ムダを省く、品質を上げる、市場競争力の強化』という意味で、仏心とは『お客様のために役立つ企業経営、従業員のことを考える企業経営』という意味です。」、「かりに鬼手を私学経営、仏心を教研活動等に置き換えたらどうでしょうか。私立大学のなかには時として経営サイド(理事会)と教学サイド(教授会)の対立が鋭く生じる場面も散見されますが、経営基盤の向上と教学部門の充実はどちらが優先されるという問題ではなく常に良循環の関係でありたいものです。」と、この問題の難しさを分かりやすく解説する。
誤解を恐れず敢えて端的に表現すれば、この問題は、組織を機能体としてみるか共同体としてみるか、また組織の合理性の確保をどの時空象限でみるかということになる。これは、農業と環境と医療の連携を考えるときに最も重要な事項となる。今後つづけて思考しなければならない課題である。
5)では、「組織にとってミッションを明確に示し共有することは極めて大切です。」、「たとえ個人レベルでもこういう『下位ミッション』が生まれて初めて人は仕事への情熱を駆り立てられるものだと思います。」と、使命(ミッション)の重要性が強調される。
農業と環境と医療に関する使命は明確である。農業と医療を繋ぐことである。残されている課題は、多くの人々がこの使命の重要さを真に理解し、自らが身を労してこの問題に参加し、実学にしていくことである。
●続いて、平成15年11月1日の「第16期理事会施策について‐新時代における教育・研究・医療の展開と教職員の変革を求めて‐」では、施策を決定するための3つの視点と、8つの施策が解説される。施策決定にあたって3つの視点とは、1)着眼大局・着手小局、2)教育や医療に関われることへの感謝、3)9年度の創立50周年に向けての出発点、である。8つの重点施策に、1)北里大学の在り方の追究、2)学部の改組・改革の推進、3)病院の経営改善、4)北里研究所との統合問題の解決、5)組織の活性化、6)情報システムの整備、7)施設の改修・整備、8)財政基盤の強化 が挙げられる。
とくに重点施策の2)学部の改組・改革の推進は重要で、次のように整理されている。
「わが国の人口は間もなくピークを迎え、いよいよ本格的な少子高齢時代に入ります。18歳人口は現在の150万人から50年後には75万人に減少し、その過程では私立大学の半分は淘汰されるとの大変深刻な統計予測があります。学部の改組・改革は大学の将来を大きく左右するといっても過言ではありません。関係部門においては十分に議論を尽くし、学部長会・理事会においては、必要に応じて第三者評価も加えて、より適切な判断が求められます。
本件は、前期(第15期)理事会・学部長会からの引継ぎ事項の中でも、極めて重要な課題です。佐藤登志郎前理事長・学長(現名誉学長)の所信表明(北里学園報平成12年7月8日号)では、【臨床薬学教育重視と薬剤師養成の年限延長問題への対応、獣医学教育の充実と資源・環境系学部の教育目標の再点検、理学部の在り方と一般教育に関する再検討、医学部・看護学部・医療衛生学部における独自の教育改善】などの諸課題があげられております(別紙1参照)。すでに一部では解決に向けた取り組みが行われていますが、その基本的な考え方は今期に継承し、さらに発展させてまいります。」
【視 点】
(1) 学問分野の発展(教育・研究の発展に向けて)
(2) 専門職業人養成教育の観点に立った教育課程の整備
(3) 「学生中心の大学」を側面支援する教育厚生施設の充実
(4) 学生確保等から見たキャンパス立地の検討
(5) 基礎教育科目の共通化の推進
【構 想】
(1) 医療系プロフェッショナルスクール(専門職業人養成教育)のモデル構築
例:医学、薬学、看護学、医療技術学を横断する特色ある教育課程、教育体制を構築し、医療系専門職業人養成教育において本学ならではの総合性を発揮するようなモデルを追究する。
(2) 農学系学部再編の推進
獣医・資源環境系学部改革懇談会(座長:寺島福秋副学長)からの中間まとめ(平成14年12月2日付け)で示された応用生命科学部構想、および獣医畜産学部で構想中の獣医学部・生物資源科学部計画を下地に置いて、その具体的構築に向けて最適モデルを描く。
(3) 理系アカデミックスクール(真理探究型科学技術者養成教育)のモデル構築
例:理学と一般教育が連携した教育課程、教育体制を構築し、全学の生命科学基礎教育と専門教育を実施する。こうした文理融合型教育コアを追究し、他大学に見られない本学独自の理系大学のモデルを示す。
(4) 教養教育(自由学芸教育)のモデル構築
例:理系アカデミックスクールとの関連において、専門職業に直結しない教養教育(自由学芸教育)の在り方を追究し、理系大学におけるモデルを示す。
【課 題】
(1) 農学系学部再編(応用生命科学部構想/獣医学部・生物資源科学部構想)
(2) 医療衛生学部改組
(3) 理学部改組
【対 応】
(1)課題(1)については、学部改革農学系委員会(委員長:神谷久男学部改革担当副学長)からの答申を受け、学部長会および理事会で結論を出します。
(2)課題(2)・(3)については、関係部門を中心に十分検討したのち、学部長会および理事会で討議します。
●さらに、平成16年9月1日の「就任後1年が経過して(所感)‐8施策の進捗と今後の展望について‐」では、重点施策の2)学部の改組・改革の推進について次のような経過報告がある。
「2.学部の改組・改革の推進
昨年編集された記念誌『生誕150年記念 北里柴三郎』の巻末「北里柴三郎 貫いた医学への志」の中で、執筆者の手塚甫先生(元北里大学教授)は実に的確な指摘をされています。すなわち「科学は多くの幸せを人類にもたらして来たことは否定できないが、科学の専門分化が進んだ結果、研究者は自分の専門にのみ閉じこもり、他の分野には無関心のまま人類はかつて達したことのない高みに至ったと自惚れるようになった。これは科学が人々の実生活から離れ、真理の追究それ自体を目的として次第に一人歩きするようになったのがきっかけではなかろうか」という記述です。ご指摘のとおり20世紀までの学問はそれぞれが「専門分化」し「細分化」することによって先端を研ぎ澄ましてきましたが、その結果「木(個)を見て森(全体)を見ず」という側面が生まれたことも否定できません。現代社会が高度かつ複雑に発展し、価値観がますます多様化する状況において、全体をわしづかみで捉えるような学問的受け皿がなければ新しい時代に対応できず、とりわけ生命・環境・倫理などを柱とする「アカデミズムの再編」は世界的な潮流を成して進展しています。本学はこうした時流を先取りする形で、それまで学部ごとに、あるいは講座単位で機能していた医学・医療の各分野を学群という体系に再編統合し、大学院医療系研究科をスタ‐トしています。今から6年前、平成10年のことです。そして、今般、学園は農学系学部再編の基本方針を設定し、学部長会のもとに「生物応用生命科学部(仮称)設立検討委員会」を設置しました。過去の経緯に捉われることなく、次世代の北里を見据えた多彩で独創性に富んだ答申を期待しています。そして北里の伝統ある二大領域が「保健医療と農学の連携による生命科学教育・研究の推進」というコンセプト(概念)のもと有機的接合を図るべく、今後、全学的な議論を展開していきたいと考えます。」
また最後に、中国の漢の淮南(わいなん)王劉安が学者を集めて作った書である淮南子(えなんじ)の言葉を引用して、「健全なる危機意識」と「学園経営の健全化」をめざした学長の檄文が飛ぶ。
「「一葉(いちよう)落ちて天下の秋を知る」。『淮南子(えなんじ)』という中国古典にこんな格言があります。桐の葉が一枚落ちたことを見て秋の到来を知り、来たるべき冬の到来を予期しその準備をするという意味です。わずかな外部環境の変化を敏感に読み取り、その対応に万全を期することが経営には強く求められます。大雪が降るまで冬が来たことを感じないというのでは経営は成り立ちません。すでに学内外には見過ごすことのできない兆候やサイン(合図)がいくつも感じられています。今まで述べてきた事象はごく一例に過ぎません。そして、「真の危機」とは、学外に在るのではなく、学内に在るのだと思います。さらに言えば、私たち一人ひとりの心の中に在るのかもしれません。今後とも「健全なる危機意識」を高めながら「学園経営の健全化」に努めていきたいと思います。」
●そして、平成17年1月1日の「年頭所感‐道を開かば、地を踏み固め、星を見よ‐」では、日本国家が戦後60年を経過したことから、これを五行十二支からなる60才の還暦ととらえ、国家そのものに制度疲労や社会問題が生じていると指摘する。それらは、「4つの危機」と「3つの脅威」にまとめられている。
「4つの危機」とは、1)少子化の進行、2)国家財政の破綻、3)政治の弱体化、4)社会の治安悪化。「3つの脅威」とは、1)感染症の拡大、2)地球温暖化の進行、3)核とテロの拡散です。
このうち感染症の拡大と地球温暖化の進行は、農業と環境と医療にとっては切実な問題なのである。この問題解決の原点に、北里柴三郎の「医道論」があると指摘する。
以上、北里学園報に掲載された学長の所感などを「農業と環境と医療の連携」の基として、これから情報を発信していきたいと考えている。
●まず平成15年7月12日の「双方向から良循環へ」と題した就任挨拶では、本学は学祖以来の実学志向に立ち、生命科学を追究し、その成果を広く社会に還元するとともに、その果実をもって教育や研究をさらに向上させる。これによって社会に貢献したい。このことが本学の最大の使命だと説く。そのためには、理事会とすべての構造単位が相互提案する「双方向」と、これを基盤においた「良循環」のシステムを確立し、相乗効果を高めることが必要だと説く。このことは、農業と環境と医療の連携の基盤的思考であろう。
つづいて、今後の大学・病院などを考えるために五項目の視座が提案される。すなわち、
1)「スパイラル(らせん)」の本質とは~回帰と成長の循環
2)「ハイテク」の時代に求められる「ハイタッチ」の思想
3)「顧客満足」から「顧客感動」の時代へ
4)「鬼手仏心」にみる「経営マインド」と「顧客イズム」の葛藤
5)「プロジェクトX」にみる「ミッション」のとらえ方、の視座である。
1)では、「本学は創立から長期にわたり坂を一直線に駆け上がるような成長が続きました。しかしここ数年は全体として予断を許さない局面に入っております。こういう局面だからこそ繰り返し「原点」に「回帰」しながら「未来」に向かって一歩一歩着実に「成長」していきたいものです。原点とは何か。それこそが「建学の精神」であり、学部・病院・学校等の「創設の理念」であります。」と説く。
これこそは、北里柴三郎の精神の原点にもう一度立ちもどり、研究と教育に成果をあげ、これを顧客に実学として提供しようとする思いであろう。螺線(スパイラル)は、分子生物学だけのお家芸ではない。自然と生命の二重螺線(Double Helix between Nature and Life)もある。地球の誕生以来、物質循環系の進化と生命の進化は、二重螺線を通して相互の架橋システムを完成しながら現在の地球を創ってきた。農業も環境を通して医療との螺線を構築しなければならない。
2)では、「科学技術と人間性は決して分離できるものではなく、組織の論理と人間の感情も不離不即の関係にあるはずです。一見二律背反と思われるこの「ハイテク&ハイタッチ」を本学はどのように意識し具現化していけば良いのか、教職員一人ひとりが十分に考えていくべき課題であると思います。」と語る。
このことは、コンピュータにソフトウエア(software)とハードウエア(hardware)はあるが、ハートウエア(heartware)はないとも表現できる。ちなみに、ハードとハートは発音記号が同じなので懸詞にもなる。医療の問題は、人の心を抜きにしては考えられない。となれば、農も環境も人の心、すなわち人間性を抜いて思考できないのである。
例えば、環境はまさに人間性そのものである。現実の日々の中で「環境」とは何であろうか。それは自然と人間との関係にかかわるもので、環境が人間を離れてそれ自体で善し悪しが問われているわけではない。両者の関係は、人間が環境をどのように見るか、環境に対してどのような態度をとるか、そして環境を総体としてどのように価値づけるかによって決まる。すなわち、環境とは人間と自然の間に成立するもので、人間の見方や価値観が色濃く刻み込まれているものである。だから、人間の文化を離れた環境というものは存在しない。となると、環境とは自然であると同時に文化であり、環境を改善するとは、とりもなおさずわれわれ自身を変えることにつながる。われわれ自身を変えるとは何か。それは、人口増加、食料不足、生産性低下、環境悪化という現象の中で環境倫理の意識をもつことであろう。土や水や大気にも生存権があることの意識を持たない限り、自然はわれわれに反逆する。いずれにしても、環境の保全には人間性を無視できないのである。
3)では、「本学では学生・患者様という一番の顧客に対してどのように満足度を満たし、いかなる感動を与えられるのか、これもまた教職員一人ひとりが十分に考えていくべき課題であると思います。」と問う。
中学校の英語で、だれもが一人称、二人称および三人称を学ぶ。高等な教育を受け、英語がいかに正確に読め、かつ会話が驚くほど流暢でも、生活の中で一人称でしか思考できない人がときとして世の中にいる。学長の言は、農業と環境と医療を考えるとき、誰が幸せになるかを常に考えろということを示唆している。自分だけが幸せになる研究も教育も普及もありえない。
4)では、「従って大学においても一般企業と同様に『顧客指向の経営』が求められるようになっているのは時代の必然です。」、「つまり鬼手とは『徹底した合理化、ムダを省く、品質を上げる、市場競争力の強化』という意味で、仏心とは『お客様のために役立つ企業経営、従業員のことを考える企業経営』という意味です。」、「かりに鬼手を私学経営、仏心を教研活動等に置き換えたらどうでしょうか。私立大学のなかには時として経営サイド(理事会)と教学サイド(教授会)の対立が鋭く生じる場面も散見されますが、経営基盤の向上と教学部門の充実はどちらが優先されるという問題ではなく常に良循環の関係でありたいものです。」と、この問題の難しさを分かりやすく解説する。
誤解を恐れず敢えて端的に表現すれば、この問題は、組織を機能体としてみるか共同体としてみるか、また組織の合理性の確保をどの時空象限でみるかということになる。これは、農業と環境と医療の連携を考えるときに最も重要な事項となる。今後つづけて思考しなければならない課題である。
5)では、「組織にとってミッションを明確に示し共有することは極めて大切です。」、「たとえ個人レベルでもこういう『下位ミッション』が生まれて初めて人は仕事への情熱を駆り立てられるものだと思います。」と、使命(ミッション)の重要性が強調される。
農業と環境と医療に関する使命は明確である。農業と医療を繋ぐことである。残されている課題は、多くの人々がこの使命の重要さを真に理解し、自らが身を労してこの問題に参加し、実学にしていくことである。
●続いて、平成15年11月1日の「第16期理事会施策について‐新時代における教育・研究・医療の展開と教職員の変革を求めて‐」では、施策を決定するための3つの視点と、8つの施策が解説される。施策決定にあたって3つの視点とは、1)着眼大局・着手小局、2)教育や医療に関われることへの感謝、3)9年度の創立50周年に向けての出発点、である。8つの重点施策に、1)北里大学の在り方の追究、2)学部の改組・改革の推進、3)病院の経営改善、4)北里研究所との統合問題の解決、5)組織の活性化、6)情報システムの整備、7)施設の改修・整備、8)財政基盤の強化 が挙げられる。
とくに重点施策の2)学部の改組・改革の推進は重要で、次のように整理されている。
「わが国の人口は間もなくピークを迎え、いよいよ本格的な少子高齢時代に入ります。18歳人口は現在の150万人から50年後には75万人に減少し、その過程では私立大学の半分は淘汰されるとの大変深刻な統計予測があります。学部の改組・改革は大学の将来を大きく左右するといっても過言ではありません。関係部門においては十分に議論を尽くし、学部長会・理事会においては、必要に応じて第三者評価も加えて、より適切な判断が求められます。
本件は、前期(第15期)理事会・学部長会からの引継ぎ事項の中でも、極めて重要な課題です。佐藤登志郎前理事長・学長(現名誉学長)の所信表明(北里学園報平成12年7月8日号)では、【臨床薬学教育重視と薬剤師養成の年限延長問題への対応、獣医学教育の充実と資源・環境系学部の教育目標の再点検、理学部の在り方と一般教育に関する再検討、医学部・看護学部・医療衛生学部における独自の教育改善】などの諸課題があげられております(別紙1参照)。すでに一部では解決に向けた取り組みが行われていますが、その基本的な考え方は今期に継承し、さらに発展させてまいります。」
【視 点】
(1) 学問分野の発展(教育・研究の発展に向けて)
(2) 専門職業人養成教育の観点に立った教育課程の整備
(3) 「学生中心の大学」を側面支援する教育厚生施設の充実
(4) 学生確保等から見たキャンパス立地の検討
(5) 基礎教育科目の共通化の推進
【構 想】
(1) 医療系プロフェッショナルスクール(専門職業人養成教育)のモデル構築
例:医学、薬学、看護学、医療技術学を横断する特色ある教育課程、教育体制を構築し、医療系専門職業人養成教育において本学ならではの総合性を発揮するようなモデルを追究する。
(2) 農学系学部再編の推進
獣医・資源環境系学部改革懇談会(座長:寺島福秋副学長)からの中間まとめ(平成14年12月2日付け)で示された応用生命科学部構想、および獣医畜産学部で構想中の獣医学部・生物資源科学部計画を下地に置いて、その具体的構築に向けて最適モデルを描く。
(3) 理系アカデミックスクール(真理探究型科学技術者養成教育)のモデル構築
例:理学と一般教育が連携した教育課程、教育体制を構築し、全学の生命科学基礎教育と専門教育を実施する。こうした文理融合型教育コアを追究し、他大学に見られない本学独自の理系大学のモデルを示す。
(4) 教養教育(自由学芸教育)のモデル構築
例:理系アカデミックスクールとの関連において、専門職業に直結しない教養教育(自由学芸教育)の在り方を追究し、理系大学におけるモデルを示す。
【課 題】
(1) 農学系学部再編(応用生命科学部構想/獣医学部・生物資源科学部構想)
(2) 医療衛生学部改組
(3) 理学部改組
【対 応】
(1)課題(1)については、学部改革農学系委員会(委員長:神谷久男学部改革担当副学長)からの答申を受け、学部長会および理事会で結論を出します。
(2)課題(2)・(3)については、関係部門を中心に十分検討したのち、学部長会および理事会で討議します。
●さらに、平成16年9月1日の「就任後1年が経過して(所感)‐8施策の進捗と今後の展望について‐」では、重点施策の2)学部の改組・改革の推進について次のような経過報告がある。
「2.学部の改組・改革の推進
昨年編集された記念誌『生誕150年記念 北里柴三郎』の巻末「北里柴三郎 貫いた医学への志」の中で、執筆者の手塚甫先生(元北里大学教授)は実に的確な指摘をされています。すなわち「科学は多くの幸せを人類にもたらして来たことは否定できないが、科学の専門分化が進んだ結果、研究者は自分の専門にのみ閉じこもり、他の分野には無関心のまま人類はかつて達したことのない高みに至ったと自惚れるようになった。これは科学が人々の実生活から離れ、真理の追究それ自体を目的として次第に一人歩きするようになったのがきっかけではなかろうか」という記述です。ご指摘のとおり20世紀までの学問はそれぞれが「専門分化」し「細分化」することによって先端を研ぎ澄ましてきましたが、その結果「木(個)を見て森(全体)を見ず」という側面が生まれたことも否定できません。現代社会が高度かつ複雑に発展し、価値観がますます多様化する状況において、全体をわしづかみで捉えるような学問的受け皿がなければ新しい時代に対応できず、とりわけ生命・環境・倫理などを柱とする「アカデミズムの再編」は世界的な潮流を成して進展しています。本学はこうした時流を先取りする形で、それまで学部ごとに、あるいは講座単位で機能していた医学・医療の各分野を学群という体系に再編統合し、大学院医療系研究科をスタ‐トしています。今から6年前、平成10年のことです。そして、今般、学園は農学系学部再編の基本方針を設定し、学部長会のもとに「生物応用生命科学部(仮称)設立検討委員会」を設置しました。過去の経緯に捉われることなく、次世代の北里を見据えた多彩で独創性に富んだ答申を期待しています。そして北里の伝統ある二大領域が「保健医療と農学の連携による生命科学教育・研究の推進」というコンセプト(概念)のもと有機的接合を図るべく、今後、全学的な議論を展開していきたいと考えます。」
また最後に、中国の漢の淮南(わいなん)王劉安が学者を集めて作った書である淮南子(えなんじ)の言葉を引用して、「健全なる危機意識」と「学園経営の健全化」をめざした学長の檄文が飛ぶ。
「「一葉(いちよう)落ちて天下の秋を知る」。『淮南子(えなんじ)』という中国古典にこんな格言があります。桐の葉が一枚落ちたことを見て秋の到来を知り、来たるべき冬の到来を予期しその準備をするという意味です。わずかな外部環境の変化を敏感に読み取り、その対応に万全を期することが経営には強く求められます。大雪が降るまで冬が来たことを感じないというのでは経営は成り立ちません。すでに学内外には見過ごすことのできない兆候やサイン(合図)がいくつも感じられています。今まで述べてきた事象はごく一例に過ぎません。そして、「真の危機」とは、学外に在るのではなく、学内に在るのだと思います。さらに言えば、私たち一人ひとりの心の中に在るのかもしれません。今後とも「健全なる危機意識」を高めながら「学園経営の健全化」に努めていきたいと思います。」
●そして、平成17年1月1日の「年頭所感‐道を開かば、地を踏み固め、星を見よ‐」では、日本国家が戦後60年を経過したことから、これを五行十二支からなる60才の還暦ととらえ、国家そのものに制度疲労や社会問題が生じていると指摘する。それらは、「4つの危機」と「3つの脅威」にまとめられている。
「4つの危機」とは、1)少子化の進行、2)国家財政の破綻、3)政治の弱体化、4)社会の治安悪化。「3つの脅威」とは、1)感染症の拡大、2)地球温暖化の進行、3)核とテロの拡散です。
このうち感染症の拡大と地球温暖化の進行は、農業と環境と医療にとっては切実な問題なのである。この問題解決の原点に、北里柴三郎の「医道論」があると指摘する。
以上、北里学園報に掲載された学長の所感などを「農業と環境と医療の連携」の基として、これから情報を発信していきたいと考えている。
平成16年度学園総合事業計画:農学分野を中心とした学部・学科の再編
第16期理事会施策に8つの重点施策がある。このうちの2)学部の改組・改革の推進、に関して平成16年度事業計画概要(学校法人 北里学園)は次のような報告をしている。
3.農学分野を中心とした学部・学科の再編【8施策項目:学部の改組・改革の推進】
1)計画の具体的内容
大学設置基準の大綱化(1991年)と前後し、理事会に置かれた将来計画委員会は、農学分野(獣医畜産学部資源環境系学科・水産学部)の統合を望ましい将来像として描き出した。キャンパスを新たに構えることを前提とした生物資源・環境学部構想が、求める将来像であるとの学内の共通認識となって以来14年が経過する。この間、当該学部はもちろん、全学レベルでも農学統合について議論を重ねてきた。
しかし将来像に示されたような理想的な解決を見ないまま、当該学部はいま志願者の逓減をはじめ、教授定年退職者が数年後に集中するなど学部の存在を左右するような、不安定要因をかかえ始めている。
そのような中で、獣医畜産学部は獣医学部と生物資源科学部への改組を目指す独自の構想を提起しており、水産学部は学部改革農学系委員会の求めに応じて海洋生命科学部構想、海洋生物資源科学部構想を提示してきた。大学をとりまく環境が激変する中、当該学部から個別に提起される構想を前にして、本学は学問体系上からも、理想としてきた農学分野の統合の観点からも、改めてこの問題を議論し解決の道を探る必要に迫られている。
言うまでもなく上述のような不明瞭で不安定な状況はすみやかに払拭されなければならない。さらに重要なことは生命科学系大学の特色を最大限に発揮し、農学生命科学の先端的モデル形を作り、将来にわたり発展し続けることである。
そこで、これまで繰り返し答申された学内提言と、農学分野に関わる国および学協会の答申などをふまえた上で、両学部の再編統合を通じた「応用生命科学部(仮称)」の設立を進める。この新学部構想は学部を相模原キャンパスに開設し、文理融合型の基礎課程2年教育および専門の研究を行うとともに、十和田・三陸でのフィールド科学を重視した専修課程2年教育および研究を行うものである。これにより生命科学系大学の特色を最大限に発揮し、農学生命科学の先端的モデルを示していく。
2)計画年度:平成18年度またはそれ以降の開設を目指す。
3)推進体制:農学系学部改革委員会(仮称)を設置して推進する。
3.農学分野を中心とした学部・学科の再編【8施策項目:学部の改組・改革の推進】
1)計画の具体的内容
大学設置基準の大綱化(1991年)と前後し、理事会に置かれた将来計画委員会は、農学分野(獣医畜産学部資源環境系学科・水産学部)の統合を望ましい将来像として描き出した。キャンパスを新たに構えることを前提とした生物資源・環境学部構想が、求める将来像であるとの学内の共通認識となって以来14年が経過する。この間、当該学部はもちろん、全学レベルでも農学統合について議論を重ねてきた。
しかし将来像に示されたような理想的な解決を見ないまま、当該学部はいま志願者の逓減をはじめ、教授定年退職者が数年後に集中するなど学部の存在を左右するような、不安定要因をかかえ始めている。
そのような中で、獣医畜産学部は獣医学部と生物資源科学部への改組を目指す独自の構想を提起しており、水産学部は学部改革農学系委員会の求めに応じて海洋生命科学部構想、海洋生物資源科学部構想を提示してきた。大学をとりまく環境が激変する中、当該学部から個別に提起される構想を前にして、本学は学問体系上からも、理想としてきた農学分野の統合の観点からも、改めてこの問題を議論し解決の道を探る必要に迫られている。
言うまでもなく上述のような不明瞭で不安定な状況はすみやかに払拭されなければならない。さらに重要なことは生命科学系大学の特色を最大限に発揮し、農学生命科学の先端的モデル形を作り、将来にわたり発展し続けることである。
そこで、これまで繰り返し答申された学内提言と、農学分野に関わる国および学協会の答申などをふまえた上で、両学部の再編統合を通じた「応用生命科学部(仮称)」の設立を進める。この新学部構想は学部を相模原キャンパスに開設し、文理融合型の基礎課程2年教育および専門の研究を行うとともに、十和田・三陸でのフィールド科学を重視した専修課程2年教育および研究を行うものである。これにより生命科学系大学の特色を最大限に発揮し、農学生命科学の先端的モデルを示していく。
2)計画年度:平成18年度またはそれ以降の開設を目指す。
3)推進体制:農学系学部改革委員会(仮称)を設置して推進する。
「農学系新学部設立準備委員会」が設置された
平成17年2月4日、農学系新学部設立準備委員会が提案され設置された。提案の趣旨、名称、目的、業務、委員会の構成などは、以下の通りである。
趣旨:本年1月開催の学部長会(1月14日)及び定例理事会(1月21日)において承認された「農学系新学部設立計画の今後の進め方」の5項目に則り、十和田・相模原各々のキャンパスに設立する新学部を構想するとともに、「農医連携」のテーマとそれに拠る組織、機能などを具体化するため、学部長会の下に次の委員会を設置いたしたく提案します。
名称:農学系新学部設立準備委員会 目的: 十和田・相模原各々のキャンパスに設立する新学部を構想するとともに、「農医連携」のテーマとそれに拠る組織、機能などを具体化する。
業務:生命農学部構想に関わる答申の趣旨を踏まえ、以下の業務を推進する。
構成:柴 忠義(学長)、神谷久男(学部改革担当副学長)、井上松久(研究担当副学長)、伊藤俊洋(教育担当副学長)、高瀬勝晤(獣医畜産学部長)、児玉正昭(水産学部長)、相澤好治(医学部教授)、陽 捷行(農業環境技術研究所理事長、現在:北里大学教授)
設置時期:平成17年2月4日
事務局:学長室
趣旨:本年1月開催の学部長会(1月14日)及び定例理事会(1月21日)において承認された「農学系新学部設立計画の今後の進め方」の5項目に則り、十和田・相模原各々のキャンパスに設立する新学部を構想するとともに、「農医連携」のテーマとそれに拠る組織、機能などを具体化するため、学部長会の下に次の委員会を設置いたしたく提案します。
名称:農学系新学部設立準備委員会 目的: 十和田・相模原各々のキャンパスに設立する新学部を構想するとともに、「農医連携」のテーマとそれに拠る組織、機能などを具体化する。
業務:生命農学部構想に関わる答申の趣旨を踏まえ、以下の業務を推進する。
- 十和田・相模原キャンパスに各々設立する農学系新学部の学部・学科名、学科構成の大枠を策定する。
- 1.は収支予測試算にもとづく適正学生数、適正教員数及び施設の扱いに関わる方針(動物病院、FSC、相模原新学部校舎、臨海実習所)など経営面を含めた実現可能なものとする。
- 農医連携の具体化を推進するため、取り上げるべきテーマ及びそれに拠る組織、機能などを策定する。
- 学生確保や施設確保の見通しなどを勘案し、2新学部の適切な開設時期を策定する。
- 市場調査の方針を策定する。
- その他新学部構想に必要な重要事項をとりまとめる。
構成:柴 忠義(学長)、神谷久男(学部改革担当副学長)、井上松久(研究担当副学長)、伊藤俊洋(教育担当副学長)、高瀬勝晤(獣医畜産学部長)、児玉正昭(水産学部長)、相澤好治(医学部教授)、陽 捷行(農業環境技術研究所理事長、現在:北里大学教授)
設置時期:平成17年2月4日
事務局:学長室
農・環・医にかかわる国際情報:1.INI(国際窒素イニシアティブ)
対流圏に大量に存在する78%の窒素が、ハーバー・ボッシュ法により固定され始めて100年の歳月が経過した。100年前には地球上に固定される窒素は、自然界での窒素固定や稲妻などであったため、年間約90~140Tgであった。今では年間およそ270 Tg(1012 g)もの窒素が、自然界の窒素固定のほかに、肥料製造、石油の燃焼などを通して地球上に固定されている。この値は年々増加の一途をたどっている。
窒素元素はプラス5価からマイナス3価までの荷電を有するので、自然界でさまざまな形態変化をする。その結果、窒素は土壌、大気、水、作物、食料を経由して地球上のいたる所で循環している。
そのため、過剰な窒素は地下水を硝酸で汚染し、酸性雨の原因になり、湖沼などの富栄養化現象を起こす。さらには、オゾン層破壊の一因になったり、温室効果ガスとして作用する。
この窒素循環は地球規模で変動している。そのため、過剰窒素は環境汚染や地球規模の変動のみならず人間の健康にも影響を及ぼし始めた。大気や水が運ぶ過剰な窒素は、呼吸の病気、心臓病、および各種の癌に関係している。過剰な窒素は、アレルギーを引き起こす花粉を増産させている。また、西ナイルウイルス、マラリアおよびコレラなどの各種の病原菌媒介病の活動に影響を及ぼす可能性がある。
この地球規模および人間環境での窒素負荷に対し、窒素の適正な管理をめざした第3回国際窒素会議が平成16年10月12日から16日にかけて、中国・南京市で開催された。この会議は、1998年の第1回会議(オランダ)、2001年の第2回会議(米国)に引き続くものである。いまや世界第2位のエネルギー消費国であり、同時に、世界最大の窒素肥料消費国でもある中国で、今回この会議が開催されたことはたいへん意義深い。
会議では、「人口増加と経済の発展が窒素循環に及ぼす影響:地域レベルから地球規模でみた影響とその軽減」を主題とし、海外から約150名(うち、日本から約50名)、中国国内から約350名の研究者や政策立案者が出席し、1)アジアを中心とする、さまざまなスケールにおける窒素の起源、動態、影響に関する科学的知見の共有と統合、および、2)研究者と政策立案者との議論を活性化させ、環境保全、天然資源の保護と食料・エネルギー生産の向上とを調和させるための方策の追求に関する多くの重要な講演がなされ、活発な議論が交わされた。
会議の最終日には、窒素負荷軽減と食料・エネルギー生産向上を両立させるための行動計画である「窒素管理のための南京宣言」が採択され、国連環境計画(UNEP)に手渡された。また、本会議の母胎である国際研究計画「国際窒素イニシアティブ(INI:http://www.initrogen.net/index.php)」の今後の活動戦略が議論された。なお、第4回国際窒素会議は、2007年にブラジルで開催される。詳細はホームページを参照されたい。
窒素元素はプラス5価からマイナス3価までの荷電を有するので、自然界でさまざまな形態変化をする。その結果、窒素は土壌、大気、水、作物、食料を経由して地球上のいたる所で循環している。
そのため、過剰な窒素は地下水を硝酸で汚染し、酸性雨の原因になり、湖沼などの富栄養化現象を起こす。さらには、オゾン層破壊の一因になったり、温室効果ガスとして作用する。
この窒素循環は地球規模で変動している。そのため、過剰窒素は環境汚染や地球規模の変動のみならず人間の健康にも影響を及ぼし始めた。大気や水が運ぶ過剰な窒素は、呼吸の病気、心臓病、および各種の癌に関係している。過剰な窒素は、アレルギーを引き起こす花粉を増産させている。また、西ナイルウイルス、マラリアおよびコレラなどの各種の病原菌媒介病の活動に影響を及ぼす可能性がある。
この地球規模および人間環境での窒素負荷に対し、窒素の適正な管理をめざした第3回国際窒素会議が平成16年10月12日から16日にかけて、中国・南京市で開催された。この会議は、1998年の第1回会議(オランダ)、2001年の第2回会議(米国)に引き続くものである。いまや世界第2位のエネルギー消費国であり、同時に、世界最大の窒素肥料消費国でもある中国で、今回この会議が開催されたことはたいへん意義深い。
会議では、「人口増加と経済の発展が窒素循環に及ぼす影響:地域レベルから地球規模でみた影響とその軽減」を主題とし、海外から約150名(うち、日本から約50名)、中国国内から約350名の研究者や政策立案者が出席し、1)アジアを中心とする、さまざまなスケールにおける窒素の起源、動態、影響に関する科学的知見の共有と統合、および、2)研究者と政策立案者との議論を活性化させ、環境保全、天然資源の保護と食料・エネルギー生産の向上とを調和させるための方策の追求に関する多くの重要な講演がなされ、活発な議論が交わされた。
会議の最終日には、窒素負荷軽減と食料・エネルギー生産向上を両立させるための行動計画である「窒素管理のための南京宣言」が採択され、国連環境計画(UNEP)に手渡された。また、本会議の母胎である国際研究計画「国際窒素イニシアティブ(INI:http://www.initrogen.net/index.php)」の今後の活動戦略が議論された。なお、第4回国際窒素会議は、2007年にブラジルで開催される。詳細はホームページを参照されたい。
農・環・医にかかわる国内情報:1.千葉大学環境健康フィールド科学センター(1)
この環境健康フィールド科学センターは、環境と人間との関係を東洋医学の観点と共生の概念から見直して、「総合性の重視」、「cure(治療)よりcare(支援・介護)」、「心身一如」の思想にもとづいて、平成15年4月に千葉大学に開設された。
パンフレットによれば、この目的を達成するために、千葉大学に環境健康総合科学部門と都市環境園芸学部門を設けて、学内の医学、薬学、教育学、看護学、園芸学、工学などの分野の教員が学際的に結集して、社会や産業と強く連携することにより、センターの理念と目標に即した教育と研究と実践活動を推進すると宣言している。
20世紀とは一体なんであったのかと問われれば、恐らく、科学技術の大発展とそれに付随した成長の魔力に取り憑かれた世紀と答えざるをえない。ここでいう成長とは、あらゆる意味の物的拡大を意味する。エネルギー使用量の増大、工業生産量の増大、自動車生産量の増大、人口の増大、食料生産の増大、森林の大量伐採など多くの事象を挙げることができる。
このような成長を支える科学技術はわずか百年前に始まり、さらに肥大拡大し、強大な潮流となり、20世紀後半を駆け抜けていった。この歴史の流れの中で、われわれは数限りない豊かなものを造り、その便利さを享受してきた。
このように20世紀は、人々に物質的な豊かさと便利さをもたらした。その反面、資源は浪費され、環境は汚染され、ストレス障害は増加し、農産物と食品の安全性に不安が募り、人と自然との乖離が生じ、生きがいが失われるなど、大きな社会問題が続出した。別の表現をすると、農業と環境と医療が乖離し、エネルギーと資源のあり方に「ひずみ」が顕在化したともいえる。
進化とは分化することである、とする考えがこれからも横行するならば、これらの「乖離」と「ひずみ」は、ますます顕在化するであろう。現在、われわれはこのひずみの是正に膨大な社会的費用を必要としている。現在、多くの組織では、これらの問題を既存の学問領域から、それぞれ個別的な接近で解消するのは不可能である。
●このような実情に対して、千葉大学の環境健康フィールド科学センター長の古在豊樹教 授(現在:千葉大学学長)は、次のようなセンターの使命を発信している。
「そこで、本センターは、上述の社会的背景を受けて、「環境健康フィールド科学」の創成と展開を、千葉大学の全学的支援を受けた、人間科学、環境科学、生命科学および環境園芸学の総合的連携と幅広い実践的共同研究により行います。
すなわち、人間に軸足を置いた分野(医学、薬学、教育学、看護学、環境デザイン工学、社会学、心理学等)と植物に軸足を置いた分野(園芸学、緑地植物学、薬草栽培学、植物工学等)の教育研究者が、「人間と環境植物・生産植物との共生」という共通軸と共通理解を基盤として、環境健康科学と都市環境園芸学を融合発展させた「環境健康フィールド科学」を創成し、また環境健康フィールド科学の発展のための人材を養成します。
本センターでは、東洋医学的な心身一如の精神を活かした環境健康医学・教育を緑に囲まれた環境の中で発展させると同時に、心から安心できる園芸食物、また心が安らぐ環境植物を、都市において省資源的、環境保全的、省合成肥料・省農薬的、共生的に生産する研究を推進します。さらに、これら生産物と環境が有する、物質循環、資源再生、景観形成、開放感、達成感、生きがい創造などの多面的機能を活かした快適健康都市システムの構築を、「心と環境の時代」と云われる21世紀社会の要請として、実現します。」
●千葉大学長、磯野可一教授(現在:退任)のメッセージを紹介する。
「20世紀から21世紀にかけて文化文明の高度発展に伴い、少子高齢化、競争原理、ボーダレス、そして、経済不況は、ストレス社会を構築し、人びとの心と肉体は病的危機に直面し、自然を、そして、周囲を見渡し楽しむための余裕を、人びとの心から奪い去っております。
私たちが、21世紀に求めるものは、人間と自然との共生を見直すことから始まります。この意味からも当センターの開設は極めて重要であります。
平成15年4月より、文部科学省の認可を得て、此の度、園芸学部の附属柏農場に、装いも新たに、「環境健康都市園芸フィールド科学教育研究センター(略称:環境健康フィールド科学センター)」が開設されました。そして、当センターは、全学部協力の基に、県、市、企業、そして、地域住民の方々の参画を得て運営されます。
その目的とする所は、東洋医学、環境科学、環境園芸を主軸として、教育研究実践の場を作り、知の創造と発展を計り、有為有意の人材を育成することと同時に「健康に生きる」をテーマとして人間の心と体を癒す実践の場として社会に大きく貢献することを目的としています。
実践の場としては、(1)高齢化、病める人びとの精神的・肉体的ケア、(2)環境保全、環境ホルモンの研究 (3)理想的都市園芸の創造を計り、病的老化を防ぎ、健康に「生きがい」のある生活を追求する場を提供せんとするものであります。
当センターは、環境健康総合科学部門と都市環境園芸学部門の2部門から成り立っております。しかし、これはあくまでも組織的なものであり、この2部門が1つに融和して初めて、その目的を達成することが可能であります。
私たちは、当センターの一日も早い実動に向けて最善を盡す積りでおります。皆様方の暖かいご支援をお願い申し上げます。」
●千葉大学環境健康フィールド科学センターの理念・課題・組織
理念
課題(環境健康総合科学部門)
課題(都市環境園芸学部門)
組織
このセンターは、運営委員会、センター長1名、副センター長2名、環境健康総合科 学部門または都市環境園芸学部門に属する専任教員15名、事務部、技術部からなる。他に、センター専任教員との共同研究のために、千葉大学教員が兼務教員(平成15年中に30名以上を予定)となる他、自治体組織、民間組織などからの共同研究員が加わる予定である。寄附講座の新設も検討中である。
なお、このセンターの本部が所在する千葉県柏市柏の葉地区(16.7 ha)の他に、静岡県賀茂郡東伊豆町熱川には海浜環境園芸農場 (4.8 ha)が所在し、また群馬県沼田市下川田町には森林環境園芸農場(7.1 ha)が所在する。 (この項続く)
パンフレットによれば、この目的を達成するために、千葉大学に環境健康総合科学部門と都市環境園芸学部門を設けて、学内の医学、薬学、教育学、看護学、園芸学、工学などの分野の教員が学際的に結集して、社会や産業と強く連携することにより、センターの理念と目標に即した教育と研究と実践活動を推進すると宣言している。
20世紀とは一体なんであったのかと問われれば、恐らく、科学技術の大発展とそれに付随した成長の魔力に取り憑かれた世紀と答えざるをえない。ここでいう成長とは、あらゆる意味の物的拡大を意味する。エネルギー使用量の増大、工業生産量の増大、自動車生産量の増大、人口の増大、食料生産の増大、森林の大量伐採など多くの事象を挙げることができる。
このような成長を支える科学技術はわずか百年前に始まり、さらに肥大拡大し、強大な潮流となり、20世紀後半を駆け抜けていった。この歴史の流れの中で、われわれは数限りない豊かなものを造り、その便利さを享受してきた。
このように20世紀は、人々に物質的な豊かさと便利さをもたらした。その反面、資源は浪費され、環境は汚染され、ストレス障害は増加し、農産物と食品の安全性に不安が募り、人と自然との乖離が生じ、生きがいが失われるなど、大きな社会問題が続出した。別の表現をすると、農業と環境と医療が乖離し、エネルギーと資源のあり方に「ひずみ」が顕在化したともいえる。
進化とは分化することである、とする考えがこれからも横行するならば、これらの「乖離」と「ひずみ」は、ますます顕在化するであろう。現在、われわれはこのひずみの是正に膨大な社会的費用を必要としている。現在、多くの組織では、これらの問題を既存の学問領域から、それぞれ個別的な接近で解消するのは不可能である。
●このような実情に対して、千葉大学の環境健康フィールド科学センター長の古在豊樹教 授(現在:千葉大学学長)は、次のようなセンターの使命を発信している。
「そこで、本センターは、上述の社会的背景を受けて、「環境健康フィールド科学」の創成と展開を、千葉大学の全学的支援を受けた、人間科学、環境科学、生命科学および環境園芸学の総合的連携と幅広い実践的共同研究により行います。
すなわち、人間に軸足を置いた分野(医学、薬学、教育学、看護学、環境デザイン工学、社会学、心理学等)と植物に軸足を置いた分野(園芸学、緑地植物学、薬草栽培学、植物工学等)の教育研究者が、「人間と環境植物・生産植物との共生」という共通軸と共通理解を基盤として、環境健康科学と都市環境園芸学を融合発展させた「環境健康フィールド科学」を創成し、また環境健康フィールド科学の発展のための人材を養成します。
本センターでは、東洋医学的な心身一如の精神を活かした環境健康医学・教育を緑に囲まれた環境の中で発展させると同時に、心から安心できる園芸食物、また心が安らぐ環境植物を、都市において省資源的、環境保全的、省合成肥料・省農薬的、共生的に生産する研究を推進します。さらに、これら生産物と環境が有する、物質循環、資源再生、景観形成、開放感、達成感、生きがい創造などの多面的機能を活かした快適健康都市システムの構築を、「心と環境の時代」と云われる21世紀社会の要請として、実現します。」
●千葉大学長、磯野可一教授(現在:退任)のメッセージを紹介する。
「20世紀から21世紀にかけて文化文明の高度発展に伴い、少子高齢化、競争原理、ボーダレス、そして、経済不況は、ストレス社会を構築し、人びとの心と肉体は病的危機に直面し、自然を、そして、周囲を見渡し楽しむための余裕を、人びとの心から奪い去っております。
私たちが、21世紀に求めるものは、人間と自然との共生を見直すことから始まります。この意味からも当センターの開設は極めて重要であります。
平成15年4月より、文部科学省の認可を得て、此の度、園芸学部の附属柏農場に、装いも新たに、「環境健康都市園芸フィールド科学教育研究センター(略称:環境健康フィールド科学センター)」が開設されました。そして、当センターは、全学部協力の基に、県、市、企業、そして、地域住民の方々の参画を得て運営されます。
その目的とする所は、東洋医学、環境科学、環境園芸を主軸として、教育研究実践の場を作り、知の創造と発展を計り、有為有意の人材を育成することと同時に「健康に生きる」をテーマとして人間の心と体を癒す実践の場として社会に大きく貢献することを目的としています。
実践の場としては、(1)高齢化、病める人びとの精神的・肉体的ケア、(2)環境保全、環境ホルモンの研究 (3)理想的都市園芸の創造を計り、病的老化を防ぎ、健康に「生きがい」のある生活を追求する場を提供せんとするものであります。
当センターは、環境健康総合科学部門と都市環境園芸学部門の2部門から成り立っております。しかし、これはあくまでも組織的なものであり、この2部門が1つに融和して初めて、その目的を達成することが可能であります。
私たちは、当センターの一日も早い実動に向けて最善を盡す積りでおります。皆様方の暖かいご支援をお願い申し上げます。」
●千葉大学環境健康フィールド科学センターの理念・課題・組織
理念
- 次世代をになう子供たちを健やかにはぐくみ、高齢者および弱者をいつくしみ、また身近な共生生態系をいとおしむ心を育てるのに適した都市環境を創造する。
- 東洋思想的心身一如の総合的立場から、健康、福祉、介護、教育、生産に関する共生型システムを、自治体、民間団体、他教育研究機関と協力して、社会および産業の中に創造する。
- 都市圏共生生態系とその構成員が有する生命力、自然治癒力ならびに創造力を活した生物生産、物質循環、省資源、環境保全、文化創造、成長の仕組みを創造する。
- 地域・産業との実践的交流を通じて得られた教育研究成果を体系化し、また研究者と実践指導者を養成する。
- 環境健康総合科学と都市環境園芸学が融合した、環境健康フィールド科学を創成し、国内的また国際的に中心となる教育研究センターとする。
課題(環境健康総合科学部門)
- 東洋医学的な心身一如治療・介護における植物・自然とのふれあい効果の導入
- 環境の多面的機能を活かした環境健康予防医学、環境教育、園芸環境療法、環境政策
- 医薬健康資源植物の増殖・生産・育成、分析、活用ならびに保存
- 介護・リハビリ、生物資源・自然エネルギー利用、雨水・排水循環、環境保全などの施設・設備のユニバーサル・デザイン
課題(都市環境園芸学部門)
- 環境を豊かにし、心身を健康にする環境権高機能植物の増殖、生産および育成
- 生産作業者の生きがい創出と健康増進を重視した健康機能植物の生産・管理
- 健康機能植物生産および緑化都市生活における省資源、資源循環ならびに環境保全
- 先端的技術を取り入れた都市型環境園芸システムおよび植物品種の開発
組織
このセンターは、運営委員会、センター長1名、副センター長2名、環境健康総合科 学部門または都市環境園芸学部門に属する専任教員15名、事務部、技術部からなる。他に、センター専任教員との共同研究のために、千葉大学教員が兼務教員(平成15年中に30名以上を予定)となる他、自治体組織、民間組織などからの共同研究員が加わる予定である。寄附講座の新設も検討中である。
なお、このセンターの本部が所在する千葉県柏市柏の葉地区(16.7 ha)の他に、静岡県賀茂郡東伊豆町熱川には海浜環境園芸農場 (4.8 ha)が所在し、また群馬県沼田市下川田町には森林環境園芸農場(7.1 ha)が所在する。 (この項続く)
研究室訪問 A:医学部;衛生学・公衆衛生学講座
農業と環境と医療を連携できる研究の素材や人を求めて、さまざまな職場を探索することにした。第1回目は医学部の衛生学・公衆衛生学講座の相澤好治教授を訪問して、お話を伺った。相澤好治教授と角田正史助教授に対応していただいた。
この講座の担当教員は次の通りである。〔教授〕相澤好治、〔助教授〕佐藤敏彦、角田正史、〔講師〕橋本起一郎、新津谷真人、岡田充史、〔助手〕遠乗秀樹、渡邊光康、工藤雄一朗
講座の重点研究は、以下のように整理されている。
A‐1.磁界測定による化学物質の細胞・肺影響評価法の確立(講座重点研究:相澤好治)
A‐2.環境性要因と人体影響との疫学研究(講座重点研究:佐藤敏彦)
A‐3.環境化学物質の毒性に関する実験的研究(講座重点研究:角田正史)
A‐4.健康増進に関する研究(講座重点研究:新津谷真人)
A‐5.化学物質過敏症例の病態に関する研究(講座重点研究:相澤好治)
A‐6.粉じん作業者における肺機能検査の断面調査およびコホート研究(講座重点研究:相澤好治)
講座の学外研究機関との共同研究は、以下の通りである。
A‐7.磁界測定を用いた細胞・器官レベルでの化学物質有害性評価法の開発(文部科学省科学研究費補助金:相澤好治)
A‐8.化学物質過敏症と他の類似疾患との関連について(厚生労働省委託研究:相澤好治)
A‐9.本態性多種化学物質過敏状態の調査研究(環境庁委託研究:相澤好治)
A‐10.シックハウス症候群における嗅覚検査の意義に関する研究(厚生労働省委託研究:相澤好治)
A‐11.職域の健康障害における作業因子の寄与と予防に関する研究(厚生労働省厚生科学研究費補助金:相澤好治)
A‐12.国際宇宙ステーションにおける船内環境空気中の有毒物質許容濃度・基準値の検討(JAXA:相澤好治)
この講座では、石綿、有機スズ、トルエン、農薬、ホルムアルデヒドなどの物質が取り扱われている。有機スズの脳への影響など興味ある研究が行われている。そのほか、疫学からみたリスクの問題、呼吸器からみたNOの問題、宇宙船での大気の研究などが行われている。
農業と環境と医療を連携するための研究課題を、仮に「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」、「未然予防」、「リスク」、「教育・啓蒙」などに分類した場合、この講座は「窒素」、「化学物質」、「未然予防」に関連が深いと思われる。諸氏のご意見を伺いたい。また、これらの研究課題の範疇についてのご意見も伺いたい。
この講座の担当教員は次の通りである。〔教授〕相澤好治、〔助教授〕佐藤敏彦、角田正史、〔講師〕橋本起一郎、新津谷真人、岡田充史、〔助手〕遠乗秀樹、渡邊光康、工藤雄一朗
講座の重点研究は、以下のように整理されている。
A‐1.磁界測定による化学物質の細胞・肺影響評価法の確立(講座重点研究:相澤好治)
A‐2.環境性要因と人体影響との疫学研究(講座重点研究:佐藤敏彦)
A‐3.環境化学物質の毒性に関する実験的研究(講座重点研究:角田正史)
A‐4.健康増進に関する研究(講座重点研究:新津谷真人)
A‐5.化学物質過敏症例の病態に関する研究(講座重点研究:相澤好治)
A‐6.粉じん作業者における肺機能検査の断面調査およびコホート研究(講座重点研究:相澤好治)
講座の学外研究機関との共同研究は、以下の通りである。
A‐7.磁界測定を用いた細胞・器官レベルでの化学物質有害性評価法の開発(文部科学省科学研究費補助金:相澤好治)
A‐8.化学物質過敏症と他の類似疾患との関連について(厚生労働省委託研究:相澤好治)
A‐9.本態性多種化学物質過敏状態の調査研究(環境庁委託研究:相澤好治)
A‐10.シックハウス症候群における嗅覚検査の意義に関する研究(厚生労働省委託研究:相澤好治)
A‐11.職域の健康障害における作業因子の寄与と予防に関する研究(厚生労働省厚生科学研究費補助金:相澤好治)
A‐12.国際宇宙ステーションにおける船内環境空気中の有毒物質許容濃度・基準値の検討(JAXA:相澤好治)
この講座では、石綿、有機スズ、トルエン、農薬、ホルムアルデヒドなどの物質が取り扱われている。有機スズの脳への影響など興味ある研究が行われている。そのほか、疫学からみたリスクの問題、呼吸器からみたNOの問題、宇宙船での大気の研究などが行われている。
農業と環境と医療を連携するための研究課題を、仮に「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」、「未然予防」、「リスク」、「教育・啓蒙」などに分類した場合、この講座は「窒素」、「化学物質」、「未然予防」に関連が深いと思われる。諸氏のご意見を伺いたい。また、これらの研究課題の範疇についてのご意見も伺いたい。
研究室訪問 B:医療衛生学部;衛生管理学講座
農業と環境と医療を連携できる研究の素材や人を求めて、さまざまな職場を探索することにした。第2回目は医療衛生学部の衛生管理学講座の太田久吉教授を訪問して、お話を伺った。
この講座の担当教員は、次の通りである。〔教授〕太田久吉、〔講師〕伊与 亨、大場謙一、藪田十司
研究分野の概要は以下の通りである。実験研究や基礎的な疫学研究により、ヒトを取り巻く環境要因と健康影響との関わりを研究テーマとしている。化学物質、特にカドミウムの低濃度摂取による健康影響発現のメカニズムと、その評価に関する研究を行っている。また、元素間相互作用による有害元素の生体影響の発現や防御機構を研究している。
さらに、有機溶剤、粉じん、ダイオキシン、微生物などの生物学的因子の生体影響やその対策と測定法を、分析化学、臨床生化学、分子生物学、病理学などの手法を駆使して研究を展開している。金属結合タンパク質・メタロチオネインの生理・生物学的役割についても研究を行っている。
実験及び疫学研究の成果は、産業職場や地域社会に生活する人々の健康障害の予防と健康の保持増進に役立てることを目指している。
講座の主な研究テーマは次のように整理されている。
B‐1.化学物質、特に低濃度カドミウム摂取による健康影響評価に関する研究(太田久吉)
B‐2.メタロチオネイン及び金属結合タンパク質の生理生物学的役割に関する研究(太田久吉)
B‐3.重金属による生体有害作用の発現や軽減に及ぼす元素間相互作用の機構に関する研究(太田久吉)
B‐4.職場・地域環境因子が及ぼす生体影響評価とその対策に関する基礎的疫学研究(太田久吉)
B‐5.糞便汚染指標細菌である腸球菌の検出法の開発(伊与 亨)
B‐6.小型合併処理浄化槽における糞便汚染指標細菌の簡易測定法の開発(伊与 亨)
B‐7.腸球菌、大腸菌、大腸菌群の小型合併処理浄化槽での挙動(伊与 亨)
B‐8.窒素リン除去型小規模廃水処理施設での微生物群集の分子生物学的な挙動把握(伊与 亨)
B‐9.分子生物学的手法による腸球菌、大腸菌、大腸菌群の環境水中での挙動解析(伊与 亨)
B‐10.作業環境におけるダイオキシン類曝露の生体影響に関する研究(大場謙一)
B‐11.作業環境における有害物の測定・分析技術に関する研究(藪田十司)
B‐12.作業環境の評価方法に関する研究(藪田十司)
B‐13.粉じん中石英の粒度分布に関する研究(藪田十司)
B‐14.リスクアセスメントへの対応のための作業環境測定に係る簡易測定法等に関する研究(藪田十司)
農業と環境と医療を連携するための研究課題を、仮に「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」、「未然予防」、「リスク」、「教育・啓蒙」などに分類した場合、この講座は「リスク」、「化学物質」、「未然予防」、「重金属」に関連が深いと思われる。諸氏のご意見を伺いたい。また、これらの研究課題の範疇についてのご意見も伺いたい。
この講座の担当教員は、次の通りである。〔教授〕太田久吉、〔講師〕伊与 亨、大場謙一、藪田十司
研究分野の概要は以下の通りである。実験研究や基礎的な疫学研究により、ヒトを取り巻く環境要因と健康影響との関わりを研究テーマとしている。化学物質、特にカドミウムの低濃度摂取による健康影響発現のメカニズムと、その評価に関する研究を行っている。また、元素間相互作用による有害元素の生体影響の発現や防御機構を研究している。
さらに、有機溶剤、粉じん、ダイオキシン、微生物などの生物学的因子の生体影響やその対策と測定法を、分析化学、臨床生化学、分子生物学、病理学などの手法を駆使して研究を展開している。金属結合タンパク質・メタロチオネインの生理・生物学的役割についても研究を行っている。
実験及び疫学研究の成果は、産業職場や地域社会に生活する人々の健康障害の予防と健康の保持増進に役立てることを目指している。
講座の主な研究テーマは次のように整理されている。
B‐1.化学物質、特に低濃度カドミウム摂取による健康影響評価に関する研究(太田久吉)
B‐2.メタロチオネイン及び金属結合タンパク質の生理生物学的役割に関する研究(太田久吉)
B‐3.重金属による生体有害作用の発現や軽減に及ぼす元素間相互作用の機構に関する研究(太田久吉)
B‐4.職場・地域環境因子が及ぼす生体影響評価とその対策に関する基礎的疫学研究(太田久吉)
B‐5.糞便汚染指標細菌である腸球菌の検出法の開発(伊与 亨)
B‐6.小型合併処理浄化槽における糞便汚染指標細菌の簡易測定法の開発(伊与 亨)
B‐7.腸球菌、大腸菌、大腸菌群の小型合併処理浄化槽での挙動(伊与 亨)
B‐8.窒素リン除去型小規模廃水処理施設での微生物群集の分子生物学的な挙動把握(伊与 亨)
B‐9.分子生物学的手法による腸球菌、大腸菌、大腸菌群の環境水中での挙動解析(伊与 亨)
B‐10.作業環境におけるダイオキシン類曝露の生体影響に関する研究(大場謙一)
B‐11.作業環境における有害物の測定・分析技術に関する研究(藪田十司)
B‐12.作業環境の評価方法に関する研究(藪田十司)
B‐13.粉じん中石英の粒度分布に関する研究(藪田十司)
B‐14.リスクアセスメントへの対応のための作業環境測定に係る簡易測定法等に関する研究(藪田十司)
農業と環境と医療を連携するための研究課題を、仮に「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」、「未然予防」、「リスク」、「教育・啓蒙」などに分類した場合、この講座は「リスク」、「化学物質」、「未然予防」、「重金属」に関連が深いと思われる。諸氏のご意見を伺いたい。また、これらの研究課題の範疇についてのご意見も伺いたい。
文献の紹介 1:Human health effects of a changing global nitrogen cycle
Human health effects of a changing global nitrogen cycle
Townsend, AR et al., Front Ecol Environ 2003; 1(5): 240-245
Townsend, AR et al., Front Ecol Environ 2003; 1(5): 240-245
窒素循環が地球規模で変動している。このことは、窒素が食料生産の増加に利便さを提供する一方で、人間の健康にも影響を及ぼしていることを示している。集約的な施肥条件で生育した多くの作物は家畜の飼料となり、世界の食料流通の分割をおこない、たとえ富める国においても偏食の状態をもたらしている。大気や水が運ぶ過剰な窒素は、呼吸の病気、心臓病、および各種の癌に関係している。過剰な窒素の生体へのフィードバックは、作物の生産性を妨げ、アレルギーを引き起こす花粉を増産させ、さらには西ナイルウイルス、マラリアおよびコレラなど各種の動物媒介感染症の動向に影響する可能性がある。これらや他の例は、人類が大気窒素を固定しこれを活用することが増えれば、国民の健康危機が引き起こされることを示している。
本の紹介 1:ドンネルの男・北里柴三郎 上下、山崎光夫著、東洋経済新報社 (2003)
司馬遼太郎の作品に、「明治という国家」がある。司馬はこの本で次のように語る。「"明治と"いうのは、あらゆる面で不思議で大きくて、いろんな欠点がありましたが、偉大でしたね。ただ"明治時代"という時代区分で話さずに、"明治国家"という、この地球上の、地図の上にはない、1868年(明治元年)から44、5年続いた国家がこの世にあって、人類の中にあって、それは、どういう国でしたかということを今日の人々に、できれば多くの国のひとびとにも知って欲しいというか、聞いて欲しいと・・・」
明治国家は、廉潔で透明な現実主義そのものであった。江戸期に培われた教養と文化を余すところなく放出した。多くの若者が夢を持ち、維新を躍進させ、国家を改造し、新国家を設計し、新しい科学を導入した。常に自己と国家を同じものととらえ、「坂の上の雲」をめざして沸きたつような活力に満ちていた。
ドンネル(ドイツ語で雷)の男たる北里柴三郎は、医学におけるこの種の若者であった。北里については、これまで数多くの著述があるが、この本ほど北里と共に生きてきた人々のことが書かれたものは少ないであろう。
北里は多くの人々に恵まれた。啓蒙思想家で教育者の福沢諭吉、第6代日本銀行の総裁に就任した松尾臣善、伝染病研究所の設立に尽力した長与専斉、医学界の競争相手の青山胤通、弟子で赤痢菌を発見した志賀 潔、陸軍軍医総監で文学者の森林太郎、北里の人生を決定づけたオランダ医師のマンスフェルト、ペスト菌発見の論文を英訳してくれた英国人医師ラウソン、ドイツが生んだ細菌学の世界的泰斗ローベルト・コッホ。北里の医学者としての成功は、これらの人々の支えにあった。そしてコレラの人々を愛した。今では、このような人間関係を見つけることが難しい。あの時代は、人が全体で生きていた。
明治という国家がそうであったように、北里の生涯は劇的な出来事に充ち満ちていた。北里はすべての事象に激しく怒り、激しく喜び、そして激しく泣く。清廉で実に透明な現実主義者であった。北里の「医道論」に「医者の使命は病気を予防することにある」とあるように、病気のきたる所以を探して歩いた。例えば、長崎で発生したコレラ調査の仕事の合間には町に出て、道路や井戸、排水の具合など路地裏の環境を見て回った。寄生虫による肝臓ジストマ症については、肝蛭の肝臓への伝染経路を紹介している。肝蛭を有する蝸牛を食する羊に注意を促している。実学そのもので、そこでは物質循環のとらえ方がすでに完成している。医学のもとに環境を深く見つめていた北里柴三郎がそこにあった。
北里大学に関連する人々に、是非一読をお奨めしたい本である。とくに、研究に携わる学生や先生には次の点で推奨したい。
支倉常長が「科学は継承である」といったのは、今から400年も前のことである。北里はこのことを100年以上も前に、氏らしいやり方で、一つは医学界の大先輩で近代医学制度の生みの親である相良知安に、ほかは弟子の赤痢菌の発見者の志賀潔に対して実行していた。その風景を以下に原文のまま記載する。
妻子に逃げられ、落魄の末に名ばかりの街頭易者に身を落とした、この狷介な先輩医者が気になって仕方がなかった。・・・・・・・
「先生だと、馴れ馴れしい口をきくな。帰れっ」
相良は相変わらず傲岸でかたくなであった。しかし、柴三郎はその怒気を含んだ声を聞くだけで十分だった。相良が元気な証拠である。
「先生、また寄らせてもらいます」
柴三郎は黒い影に向かい深くお辞儀した。そして、玄関の上がり口に多少の生活費を置いて逃げるように外に出た。年に三、四回の訪問だった。
「あの、先生の署名はよろしいのですか」
志賀潔は発表論文に北里柴三郎も署名すると考えていた。指導教官の名を連ねるのが普通である。連名の方が自然だった。
「これはきみの研究業績だ。私の名など必要ない」
結局、柴三郎はこの論文でまえがきを書いただけで、論文はあくまで志賀個人で発表させた。
また、次の話も研究を志す若者に知って置いてもらいたい。福沢諭吉と北里柴三郎の会話である。
「学者は国の奴雁であるというのが、私の持論だ」
福沢はいきなり言った。
「どがん、とおっしゃいましたか」
「そう、奴雁だ」
雁の群が野原で餌をついばんでいるとき、そのうちに必ず一羽は首をあげて四方の様子をうかがい、不意の難に備えて番をしている。この鳥のことをいうと福沢は言った。
「どがん・・・」
柴三郎は鸚鵡返しに呟いた。
「学者もまた奴雁でなければならず、危険を顧みず、また、民衆の発想を超えて、将来を拓いていかねばならない」
学者たる者は、民衆迎合、付和雷同はもっとも軽蔑され、忌避しなければならないと福沢は言った。
目次は以下の通りである。
第1章:立志の通、 第2章:ベルリンの光、 第3章:疾風の機、 第4章:怒濤の秋
明治国家は、廉潔で透明な現実主義そのものであった。江戸期に培われた教養と文化を余すところなく放出した。多くの若者が夢を持ち、維新を躍進させ、国家を改造し、新国家を設計し、新しい科学を導入した。常に自己と国家を同じものととらえ、「坂の上の雲」をめざして沸きたつような活力に満ちていた。
ドンネル(ドイツ語で雷)の男たる北里柴三郎は、医学におけるこの種の若者であった。北里については、これまで数多くの著述があるが、この本ほど北里と共に生きてきた人々のことが書かれたものは少ないであろう。
北里は多くの人々に恵まれた。啓蒙思想家で教育者の福沢諭吉、第6代日本銀行の総裁に就任した松尾臣善、伝染病研究所の設立に尽力した長与専斉、医学界の競争相手の青山胤通、弟子で赤痢菌を発見した志賀 潔、陸軍軍医総監で文学者の森林太郎、北里の人生を決定づけたオランダ医師のマンスフェルト、ペスト菌発見の論文を英訳してくれた英国人医師ラウソン、ドイツが生んだ細菌学の世界的泰斗ローベルト・コッホ。北里の医学者としての成功は、これらの人々の支えにあった。そしてコレラの人々を愛した。今では、このような人間関係を見つけることが難しい。あの時代は、人が全体で生きていた。
明治という国家がそうであったように、北里の生涯は劇的な出来事に充ち満ちていた。北里はすべての事象に激しく怒り、激しく喜び、そして激しく泣く。清廉で実に透明な現実主義者であった。北里の「医道論」に「医者の使命は病気を予防することにある」とあるように、病気のきたる所以を探して歩いた。例えば、長崎で発生したコレラ調査の仕事の合間には町に出て、道路や井戸、排水の具合など路地裏の環境を見て回った。寄生虫による肝臓ジストマ症については、肝蛭の肝臓への伝染経路を紹介している。肝蛭を有する蝸牛を食する羊に注意を促している。実学そのもので、そこでは物質循環のとらえ方がすでに完成している。医学のもとに環境を深く見つめていた北里柴三郎がそこにあった。
北里大学に関連する人々に、是非一読をお奨めしたい本である。とくに、研究に携わる学生や先生には次の点で推奨したい。
支倉常長が「科学は継承である」といったのは、今から400年も前のことである。北里はこのことを100年以上も前に、氏らしいやり方で、一つは医学界の大先輩で近代医学制度の生みの親である相良知安に、ほかは弟子の赤痢菌の発見者の志賀潔に対して実行していた。その風景を以下に原文のまま記載する。
妻子に逃げられ、落魄の末に名ばかりの街頭易者に身を落とした、この狷介な先輩医者が気になって仕方がなかった。・・・・・・・
「先生だと、馴れ馴れしい口をきくな。帰れっ」
相良は相変わらず傲岸でかたくなであった。しかし、柴三郎はその怒気を含んだ声を聞くだけで十分だった。相良が元気な証拠である。
「先生、また寄らせてもらいます」
柴三郎は黒い影に向かい深くお辞儀した。そして、玄関の上がり口に多少の生活費を置いて逃げるように外に出た。年に三、四回の訪問だった。
「あの、先生の署名はよろしいのですか」
志賀潔は発表論文に北里柴三郎も署名すると考えていた。指導教官の名を連ねるのが普通である。連名の方が自然だった。
「これはきみの研究業績だ。私の名など必要ない」
結局、柴三郎はこの論文でまえがきを書いただけで、論文はあくまで志賀個人で発表させた。
また、次の話も研究を志す若者に知って置いてもらいたい。福沢諭吉と北里柴三郎の会話である。
「学者は国の奴雁であるというのが、私の持論だ」
福沢はいきなり言った。
「どがん、とおっしゃいましたか」
「そう、奴雁だ」
雁の群が野原で餌をついばんでいるとき、そのうちに必ず一羽は首をあげて四方の様子をうかがい、不意の難に備えて番をしている。この鳥のことをいうと福沢は言った。
「どがん・・・」
柴三郎は鸚鵡返しに呟いた。
「学者もまた奴雁でなければならず、危険を顧みず、また、民衆の発想を超えて、将来を拓いていかねばならない」
学者たる者は、民衆迎合、付和雷同はもっとも軽蔑され、忌避しなければならないと福沢は言った。
目次は以下の通りである。
第1章:立志の通、 第2章:ベルリンの光、 第3章:疾風の機、 第4章:怒濤の秋
*本情報誌の無断転用はお断りします。
- 北里大学学長通信
情報:農と環境と医療 1号 -
編集・発行 北里大学学長室
発行日 2005年5月1日