3号
情報:農と環境と医療 3号
2005/7/1
新都市農業推進協定書の締結:北里学園と相模原市
北里学園理事長(柴 忠義)と相模原市長(小川勇夫)は、相模原市庁舎において6月2日「新都市農業推進協定」を締結した。
協定の趣旨は、薬用植物の試験・研究および普及・啓発事業を通じて、健康、環境、ビジネスの視点で新たな都市農業の創出を進めて、「相模原市新都市農業推進計画」の実現を図ることにある。
これは、北里大学薬学部附属薬用植物園が新たに学外に設置するサテライト型モデル実験園を中心に、シンポジウムの開催など薬用植物の普及・啓発事業、薬用植物園の開放による薬用植物の栽培体験、講習・相談事業、薬用植物の研究成果を応用した栽培技術や加工・流通システムの開発など新たなアグリビジネスの創出事業を行うための協定である。この協定により、7月上旬に下溝・磯部地区にサテライト型モデル実験園(16a)が開園される。
「情報:農業と環境と医療 2号」の「研究室訪問 C:薬学部附属薬用植物園」で、薬用植物園が連携のために役立つプラットホームとして、次の4点を指摘した。この指摘の1および2が現実のものになろうとしている。
協定の趣旨は、薬用植物の試験・研究および普及・啓発事業を通じて、健康、環境、ビジネスの視点で新たな都市農業の創出を進めて、「相模原市新都市農業推進計画」の実現を図ることにある。
これは、北里大学薬学部附属薬用植物園が新たに学外に設置するサテライト型モデル実験園を中心に、シンポジウムの開催など薬用植物の普及・啓発事業、薬用植物園の開放による薬用植物の栽培体験、講習・相談事業、薬用植物の研究成果を応用した栽培技術や加工・流通システムの開発など新たなアグリビジネスの創出事業を行うための協定である。この協定により、7月上旬に下溝・磯部地区にサテライト型モデル実験園(16a)が開園される。
「情報:農業と環境と医療 2号」の「研究室訪問 C:薬学部附属薬用植物園」で、薬用植物園が連携のために役立つプラットホームとして、次の4点を指摘した。この指摘の1および2が現実のものになろうとしている。
- 市民のための医療関係団体との交流
- 薬草を含む「農業と市民農園」の創設
- 入院患者と薬草園の活用
- 薬草資源のインベントリー
日本学術会議の声明:日本の科学技術政策の要諦
平成17年4月2日、日本学術会議は「日本の科学技術政策の要諦」と題する声明を発表した。
平成17年4月2日、日本学術会議は「日本の科学技術政策の要諦」と題する声明を発表した(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-19-s1024.pdf(PDF 187KB))。
これは、平成14年に日本学術会議が策定した「日本の計画」の延長上にあり、平成18年から始まる第3期科学技術基本計画の策定に当たって、政策立案の理念を提供するものである。
この声明の基は次のような視点からなる。21世紀における世界的に共通な課題は、地球環境の劣化、人口の爆発的な増加および南北格差の拡大にある。これらは、人類社会の持続可能性にとって大きな脅威をもたらすものである。そこで、2050年に向けて「品格ある国家の実現」および「アジアの信頼構築」という明確な国家目標を設定し、これらを「人類社会の持続可能性(サステナビリティ)」、すなわち「環境と経済の両立」という目標ミッションの具現化を通して達成する。
科学技術政策は、こうした国家ビジョンを実現する政策の一つとして立案されるべきである。そこで重要となる政策分野は、教育の改革や民主社会の実現など10課題に括ることができる。これらの目標ミッションの各課題について、2020年を目指した3段階の5カ年計画を、戦略的に策定すべきであり、これらの国家的な課題が期待されるとしている。
目次は以下の通りである。
I.はじめに
II.20世紀の日本の背景、世界の背景
2.1.科学技術を俯瞰的に検討する
2.2.20世紀における近代産業社会の展開:この100年
2.3.政府主導による日本の近代化
2.4.文化の普遍性と多様性の許容ができなかった日本の海外進出とその帰結
2.5.東西冷戦下日米の枠組みの中で経済大国となった日本
III.20世紀の特徴
3.1.科学と科学技術の急速な発展と第1次、2次対戦、冷戦という世界戦争
3.2.医療と公衆衛生、医学、生命科学の進歩がもたらした恩恵と社会の変化
3.3.科学技術生活の向上
IV.21世紀の世界的課題
4.1.人類が直面する地球規模の過大
4.2.人口の爆発、貧困層の拡大
4.3.人類社会の持続可能性を脅かす環境問題
4.4.世界情勢の不安定要因ともなる南北格差の拡大
4.5.Millennium Development Goals (MDG)
V.21世紀の日本の課題
5.1.21世紀中頃の日本とアジア
5.2.「国家ビジョン」と「目標ミッション」
5.3.「アジアの信頼」構築への戦略
5.4.戦略的科学技術政策という認識
VI.日本の科学技術政策の「目標ミッション」と戦略
6.1.環境問題への取り組み
6.2.科学技術政策と国家の「目標ミッション」
6.3.アジア諸国との連携
6.4.大型科学研究計画:戦略的思考と「目標ミッション」
6.5.ソフトパワーを重視する「個」人のネットワーク形成
VII.科学技術政策の「目標ミッション」
7.1.重点テーマの取り組み
7.2.適切な評価と透明度の高い運営
7.3.文明史観を持ち戦略的に思考する「個」の人材育成
VIII.日本が目指すべき「国家ビジョン」と「目標ビジョン」と科学技術政策
~「環境と経済の両立めざす」品格あるモデル国家~
(1)教育の改革:人材育成は国の根幹
(2)民主社会の実現
(3)共生社会の実現
(4)国の安全保障の確保:安全と安心
(5)健やかに生きる社会基盤
(6)産業、経済、労働雇用政策
(7)自然との共生、自然の再生
(8)国土と地域の再生
(9)情報・通信システム整備
(10)エネルギーと環境
IX.まとめ:科学と科学技術政策の要諦
このうち、3.2、4.1、4.3、6.1、6.2、(1)、(4)、(7)、(8)、(10)などは、農業と環境と医療の連携に密接に関連してくる項目であろう。
平成17年4月2日、日本学術会議は「日本の科学技術政策の要諦」と題する声明を発表した(http://www.scj.go.jp/ja/info/kohyo/pdf/kohyo-19-s1024.pdf(PDF 187KB))。
これは、平成14年に日本学術会議が策定した「日本の計画」の延長上にあり、平成18年から始まる第3期科学技術基本計画の策定に当たって、政策立案の理念を提供するものである。
この声明の基は次のような視点からなる。21世紀における世界的に共通な課題は、地球環境の劣化、人口の爆発的な増加および南北格差の拡大にある。これらは、人類社会の持続可能性にとって大きな脅威をもたらすものである。そこで、2050年に向けて「品格ある国家の実現」および「アジアの信頼構築」という明確な国家目標を設定し、これらを「人類社会の持続可能性(サステナビリティ)」、すなわち「環境と経済の両立」という目標ミッションの具現化を通して達成する。
科学技術政策は、こうした国家ビジョンを実現する政策の一つとして立案されるべきである。そこで重要となる政策分野は、教育の改革や民主社会の実現など10課題に括ることができる。これらの目標ミッションの各課題について、2020年を目指した3段階の5カ年計画を、戦略的に策定すべきであり、これらの国家的な課題が期待されるとしている。
目次は以下の通りである。
I.はじめに
II.20世紀の日本の背景、世界の背景
2.1.科学技術を俯瞰的に検討する
2.2.20世紀における近代産業社会の展開:この100年
2.3.政府主導による日本の近代化
2.4.文化の普遍性と多様性の許容ができなかった日本の海外進出とその帰結
2.5.東西冷戦下日米の枠組みの中で経済大国となった日本
III.20世紀の特徴
3.1.科学と科学技術の急速な発展と第1次、2次対戦、冷戦という世界戦争
3.2.医療と公衆衛生、医学、生命科学の進歩がもたらした恩恵と社会の変化
3.3.科学技術生活の向上
IV.21世紀の世界的課題
4.1.人類が直面する地球規模の過大
4.2.人口の爆発、貧困層の拡大
4.3.人類社会の持続可能性を脅かす環境問題
4.4.世界情勢の不安定要因ともなる南北格差の拡大
4.5.Millennium Development Goals (MDG)
V.21世紀の日本の課題
5.1.21世紀中頃の日本とアジア
5.2.「国家ビジョン」と「目標ミッション」
5.3.「アジアの信頼」構築への戦略
5.4.戦略的科学技術政策という認識
VI.日本の科学技術政策の「目標ミッション」と戦略
6.1.環境問題への取り組み
6.2.科学技術政策と国家の「目標ミッション」
6.3.アジア諸国との連携
6.4.大型科学研究計画:戦略的思考と「目標ミッション」
6.5.ソフトパワーを重視する「個」人のネットワーク形成
VII.科学技術政策の「目標ミッション」
7.1.重点テーマの取り組み
7.2.適切な評価と透明度の高い運営
7.3.文明史観を持ち戦略的に思考する「個」の人材育成
VIII.日本が目指すべき「国家ビジョン」と「目標ビジョン」と科学技術政策
~「環境と経済の両立めざす」品格あるモデル国家~
(1)教育の改革:人材育成は国の根幹
(2)民主社会の実現
(3)共生社会の実現
(4)国の安全保障の確保:安全と安心
(5)健やかに生きる社会基盤
(6)産業、経済、労働雇用政策
(7)自然との共生、自然の再生
(8)国土と地域の再生
(9)情報・通信システム整備
(10)エネルギーと環境
IX.まとめ:科学と科学技術政策の要諦
このうち、3.2、4.1、4.3、6.1、6.2、(1)、(4)、(7)、(8)、(10)などは、農業と環境と医療の連携に密接に関連してくる項目であろう。
日本学術会議:20期に7部制から3部制へ移行
学術会議は、20期(2006年)から従来の7部制から3部制となる予定である。これまで領域は、文学、法学、経済学、理学、工学、農学、医学の7部制に分かれていた。新しい3部制では、人文系、生命系、理工系の領域に分けられる。
また、これまで日本学術会議は各学会の組織を基盤とし、各学会関係の研究連絡委員会と学術会議の活動で支えられてきた。今後はこのような領域別の活動が希薄になり、分野横断的な課題別活動が中心になると考えられる。
このことは、これまでの学会活動、科学研究費の分配、各分野の研究動向に少なからぬ影響を及ぼすであろう。例えば、20期からの学術会議は、課題中心に委員会を組織し、社会のための学術を全面に出す方向にある。
学術会議のこれまでの領域、「理学」と「農学」と「医学」が新しい「生命系」に変革する姿は、「農業と環境と医療」を連携させようとするこの大学の思いとも類似するところがある。知と知の分離を克服することの重要性は、強調されてもされすぎることはないが、果たして、この3部制がすべてを解決するものでもないであろう。というのも農学にしろ医学にしろ、人文系と理工系の成果と思考を抜きにしては、成立しないからである。
いずれにしても日本学術会議は、この国の学術の大本である。いずれの大学も研究所も、日本学術会議の方向性を注意深く見つめながら、今後のわが国のための教育や研究を志向しなければならない。20期の取組みに大いに期待したい。
また、これまで日本学術会議は各学会の組織を基盤とし、各学会関係の研究連絡委員会と学術会議の活動で支えられてきた。今後はこのような領域別の活動が希薄になり、分野横断的な課題別活動が中心になると考えられる。
このことは、これまでの学会活動、科学研究費の分配、各分野の研究動向に少なからぬ影響を及ぼすであろう。例えば、20期からの学術会議は、課題中心に委員会を組織し、社会のための学術を全面に出す方向にある。
学術会議のこれまでの領域、「理学」と「農学」と「医学」が新しい「生命系」に変革する姿は、「農業と環境と医療」を連携させようとするこの大学の思いとも類似するところがある。知と知の分離を克服することの重要性は、強調されてもされすぎることはないが、果たして、この3部制がすべてを解決するものでもないであろう。というのも農学にしろ医学にしろ、人文系と理工系の成果と思考を抜きにしては、成立しないからである。
いずれにしても日本学術会議は、この国の学術の大本である。いずれの大学も研究所も、日本学術会議の方向性を注意深く見つめながら、今後のわが国のための教育や研究を志向しなければならない。20期の取組みに大いに期待したい。
日本農学アカデミー第7回シンポジウム:人と動物との共生−伴侶動物・家畜・野生動物−
日本農学アカデミーは、「人と動物の共生-伴侶動物、家畜・野生動物-」と題してシンポジウムを開催した。シンポジウムの趣旨や演題などは、以下の通りである。
ひとびとの多くが都市に住みつつあるのは、世界的な傾向である。そのため、農山村の過疎化は一段と進む。このため、森林・山地地域、農村地域、都市地域のそれぞれの場において、人と動物との関係は次第に変化してきている。
本シンポジウムは、成熟社会と呼ばれる現代社会において、それぞれの場における人、特に都会人と動物との新しい関係を探るとともに、広い意味での農学がそれらの関係の発展にどのように貢献できるかを考える。
日 時:2005年6月4日(土) 13:30~16:30
場 所:日本学術会議 講堂
主 催:日本農学アカデミー・日本学術会議第6部
共 催:全国農学系学部長会議
プログラム
開会挨拶:祖田 修(日本農学アカデミー会長、日本学術会議第6部部長)
セッション1 人間と伴侶動物
講演:人間と動物の新しい関係―Therapeutic Ridingを例として―;川嶋 舟(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任研究員)
コメンテーター:滝坂信一(国立特殊教育総合研究所 総括主任研究官)
司会:進士五十八(東京農業大学 学長)
ここでは、家畜化から現在に至るまでの馬と人間の生活が解説された。とくに近年のTherapeutic Ridingを具体的に紹介し、人間と動物の間に新しく築かれつつある関係が紹介された。教育とスポーツと医療に馬を活用しようとするのが、この演者の想いである。
セッション2 人間と家畜
講演:教育ファームにおける家畜とヒトのふれあい;永松美希(日本獣医畜産大学助教授)
コメンテーター:小林信一(日本大学生物資源科学部 教授)
司会:矢野秀雄(京都大学大学院農学研究科 教授)
ここでは、教育ファームの先進国であるフランスの具体的な事例を紹介して、家畜とヒトのふれあいの現状と展開についての報告があった。11に及ぶ教育ファームの類型化、3つの活動タイプが解説された。
セッション3 人間と野生動物
講演:2004年のクマ騒動が示すこと―森林管理と野生動物保全の課題―;三浦慎悟
(新潟大学農学部付属フィールド科学教育研究センター 教授)
定点観測拠点と広域観測の重要性-エゾシカの事例:梶 光一
(北海道環境科学研究センター 主任研究員)
司会:太田猛彦(東京農業大学 教授)
三浦慎悟氏により、ここでは最近の大型ほ乳類の動向、ツキノワグマの異常出没とその原因、クマの早期警報システム、クマの個体数と生息地の変化が解説された。
その結果、かつては奥山に生息していたクマは、カラマツ人工林の成熟にともなう生息環境の劣化とともに徐々にその生息域を低山帯や人家に近い里山へとシフトしていることが示唆された。
梶 光一氏により、ここではツキノワグマの異常出没、エゾジカのフィードバック管理、エゾジカの定点観測拠点が語られた。
閉会挨拶 會田勝美:(日本農学アカデミー副会長、全国農学系学部長会議会長)
総合司会 太田猛彦:(日本農学アカデミー学術情報委員長、日本学術会議会員)
問合せ 日本農学アカデミー事務局
〒106-0031東京都港区西麻布3-24-20 (財)日本学術協力財団内
TEL 03-5410-0242 FAX 03-5410-1822
なお日本農学アカデミーについての詳細は、次のホームページをご覧ください。http://www.academy.nougaku.jp/
ひとびとの多くが都市に住みつつあるのは、世界的な傾向である。そのため、農山村の過疎化は一段と進む。このため、森林・山地地域、農村地域、都市地域のそれぞれの場において、人と動物との関係は次第に変化してきている。
本シンポジウムは、成熟社会と呼ばれる現代社会において、それぞれの場における人、特に都会人と動物との新しい関係を探るとともに、広い意味での農学がそれらの関係の発展にどのように貢献できるかを考える。
日 時:2005年6月4日(土) 13:30~16:30
場 所:日本学術会議 講堂
主 催:日本農学アカデミー・日本学術会議第6部
共 催:全国農学系学部長会議
プログラム
開会挨拶:祖田 修(日本農学アカデミー会長、日本学術会議第6部部長)
セッション1 人間と伴侶動物
講演:人間と動物の新しい関係―Therapeutic Ridingを例として―;川嶋 舟(東京大学大学院農学生命科学研究科 特任研究員)
コメンテーター:滝坂信一(国立特殊教育総合研究所 総括主任研究官)
司会:進士五十八(東京農業大学 学長)
ここでは、家畜化から現在に至るまでの馬と人間の生活が解説された。とくに近年のTherapeutic Ridingを具体的に紹介し、人間と動物の間に新しく築かれつつある関係が紹介された。教育とスポーツと医療に馬を活用しようとするのが、この演者の想いである。
セッション2 人間と家畜
講演:教育ファームにおける家畜とヒトのふれあい;永松美希(日本獣医畜産大学助教授)
コメンテーター:小林信一(日本大学生物資源科学部 教授)
司会:矢野秀雄(京都大学大学院農学研究科 教授)
ここでは、教育ファームの先進国であるフランスの具体的な事例を紹介して、家畜とヒトのふれあいの現状と展開についての報告があった。11に及ぶ教育ファームの類型化、3つの活動タイプが解説された。
セッション3 人間と野生動物
講演:2004年のクマ騒動が示すこと―森林管理と野生動物保全の課題―;三浦慎悟
(新潟大学農学部付属フィールド科学教育研究センター 教授)
定点観測拠点と広域観測の重要性-エゾシカの事例:梶 光一
(北海道環境科学研究センター 主任研究員)
司会:太田猛彦(東京農業大学 教授)
三浦慎悟氏により、ここでは最近の大型ほ乳類の動向、ツキノワグマの異常出没とその原因、クマの早期警報システム、クマの個体数と生息地の変化が解説された。
その結果、かつては奥山に生息していたクマは、カラマツ人工林の成熟にともなう生息環境の劣化とともに徐々にその生息域を低山帯や人家に近い里山へとシフトしていることが示唆された。
梶 光一氏により、ここではツキノワグマの異常出没、エゾジカのフィードバック管理、エゾジカの定点観測拠点が語られた。
閉会挨拶 會田勝美:(日本農学アカデミー副会長、全国農学系学部長会議会長)
総合司会 太田猛彦:(日本農学アカデミー学術情報委員長、日本学術会議会員)
問合せ 日本農学アカデミー事務局
〒106-0031東京都港区西麻布3-24-20 (財)日本学術協力財団内
TEL 03-5410-0242 FAX 03-5410-1822
なお日本農学アカデミーについての詳細は、次のホームページをご覧ください。http://www.academy.nougaku.jp/
紫外線予測と紫外線の害作用
気象庁は、2005年5月17日からホームページ(http://www.jma.go.jp/jp/uv/)で紫外線予報を始めた。太陽から照射される紫外線については、まことに「情報:農業と環境と医療」の連携材料にふさわしい課題のひとつである。
予報画面の日本地図は、紫外線強度に応じ14段階に色分けした20キロメートル四方のマス目で覆われている。どの地域の紫外線が強いか、毎時間チェックできる。
紫外線の害作用には、日焼け、雪目、免疫機能低下といった急性のもの、皮膚の皺やしみ、白内障、皮膚ガンなど慢性のものがある。この紫外線の増加が農業に関係していることを、以下に解説する。
はじめに
紫外線量の増大は、つねにオゾン層の破壊と関連している。オゾン層の破壊がフロンによるものであることが明らかにされて久しい。フロン以外に、亜酸化窒素(N2O)と臭化メチル (CH3Br)があることは余り知られていない。ここでは、そのうちのN2Oについて紹介する。
IPCC(Intergovernmental Panel for Climate Change:気候変動に関わる政府間パネル)の報告書は、産業革命以降、大気中の亜酸化窒素(N2O)濃度が上昇し続けていることを指摘している。このN2Oの濃度上昇の主な原因は、食糧増産に必要な窒素肥料の施用による。施肥された窒素は、土壌圏や水圏において硝酸化成作用と脱窒作用の過程でN2Oを発生する。
このN2Oは、安定した分子であるため150年もの寿命があり、対流圏から成層圏に移行する。成層圏に移行したN2Oは、紫外線によりNOに分解される。このNOはオゾン(O3)と反応し、オゾンを破壊する。
オゾンが減少すると、太陽からの紫外線の照射量が増大し、皮膚ガンの発生の増加や細胞の死滅など地球上の生命に悪影響が及ぶ。農業活動により地球環境が変動し、その結果、地球上の生物に影響を及ぼすきわめて典型的な事例である。
以下、南極上空のオゾンホール、オゾン層の誕生、オゾンの役割、オゾン破壊のメカニズム、オゾン破壊と農業の関わり、その対策技術などについてまとめてみた。
南極上空のオゾンホール
気象庁は毎年南極上空のオゾンホールの平均面積を公表している。2000年9月5日、南極上空のオゾンホールが例年にない早いペースで拡大し、面積が過去最大に発達したと報告した。有害な紫外線を吸収するオゾンの破壊量も過去最大規模になると予測した。予測通りこの年は、南極上空のオゾンホールの平均面積は最大であった。その後、2002年は平均面積は低下したが、2003年には2000年レベルを維持した。詳細は、サイトhttp://www8.ocn.ne.jp/~yohsuke/ozone_6.htmを参照されたい。
2004年12月、気象庁は「2004年のオゾンホールは、最大時の面積が過去10年の中では3番目に小さいなど、比較的小規模に推移し、12月に消滅した」と報じている。詳細は、サイト( http://www.jma.go.jp/jma/press/0412/22c/hole0403.pdfを参照されたい。
深刻さを増すオゾンの破壊
今から35年前の1970年のことである。アリゾナ大学の J.マクドナルドは、超高速旅客機から排出される窒素によって成層圏のオゾン層が破壊されることを初めて指摘した。1995年になって、ローランドとモリーナと共にノーベル化学賞を手にするオランダ生まれの科学者P.クルツェンは、同じ1970年に成層圏でNOxとオゾンが触媒的連鎖反応を起こすこと、それに伴ってオゾンが破壊されることを明らかにした。
今から32年前の1973年、ミシガン大学の若手研究者R.シセロンと R.ストラルスキーは、シャトルの排気塩素がオゾン層に影響を与えることを解明した。京都で開催された大気科学会議でこの事実を発表した。同じ年、これも後にノーベル化学賞をクルツェンと共に受賞するカリフォルニア大学のS.ローランドとM.モリーナは、対流圏で分解されないフロンが成層圏に移行した後、紫外線との反応によって塩素原子が解離し、これがオゾン層を破壊するという結論に到達しつつあった。彼らは翌年の1974年、このことをネイチャー誌に発表し、世間はその事実に驚愕した。
クルツェンは、同じ1974年に窒素肥料が成層圏のオゾン濃度を変動させることを指摘した。翌年の1975年、ハーバード大学のM.マッケルロイは、臭化メチル(CH3Br)が成層圏のオゾンと反応することを指摘した。さらにクルツェンは、成層圏のオゾン破壊によって地球の気候が変動することをも新たに指摘した。
アイオワ州立大学のJ.ブレムナー教授とA.ブラックマー教授は、窒素肥料が土壌中で硝化作用をうける過程で亜酸化窒素(N2O)を生成することに気づいた。これは偉大な発見であった。この事実をサイエンス誌で明らかにしたのは、1978年のことである。このガスは、自然界できわめて安定しているので、対流圏から成層圏に移行し、オゾン層を破壊し続けるのである。この項を書いている筆者は、この研究室で両教授と共に研究に従事する栄光に恵まれた。
ここに、食料生産のための活動がオゾン層の破壊と深く結びついていることが明らかになったのである。食料を増産するため施肥する窒素肥料の量が増えれば増えるほど、亜酸化窒素の発生量は増大する。それに伴って、オゾン層の破壊は続く。
その後、多くの科学者の献身的な努力と闘いによって、政界および社会がこのオゾン層破壊の脅威に気づき、その認識の遅さに驚き、対策を練ることに努力を傾け始めたが、この間も、成層圏のオゾンは着実に減少し続けていた。
残念なことに、多くの科学者の懸念は現実のものとなり、1982年、イギリスの研究チームによって南極のハリー湾でオゾンホールが始めて発見された。南極上空のオゾンが20%も減少したのである。1987年には、50%以上も減少する事実が認められた。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の前議長を努めたB.ワトソンは、当時NASAに勤務していたが、1987年急きょ南極に飛行機を飛ばし、オゾン調査を開始した。これは画期的な行動であった。この年、オゾンホールはそれまでで最も深くなっていたのである。
1989年、科学者が想像もしていなかった現象が起こった。北極にもオゾンホールが出現したのである。その後、南極でも北極でもオゾンホールが毎年出現しつづけている。この流れは、前述の「南極上空のオゾンホール」につながるのである。
しかし、1995-1996年の冬のオゾンの減少には著しいものがあった。1995年のネイチャー誌には、南極におけるオゾンの減少の深刻さがたて続けに報告されている。そのうえ、いずれの報告も今後もっと劇的なオゾン破壊が起こる可能性を指摘している。地球にとってオゾン層の破壊は、温暖化とおなじくきわめて重要な課題なのである。
オゾン層とは
地球を取り巻いている大気圏の対流圏の構成は次のようである。地球の表面は1気圧の空気で覆われている。空気は、体積比で窒素(N2:78.1%)、酸素(O2:20.9%)、アルゴン(Ar:0.9%)、二酸化炭素(CO2:0.04%)、ネオン(Ne:0.002%)、ヘリウム(He:0.0005%)などのガスから構成されている。大ざっぱにいえば、空気は窒素が全体の4分の3、酸素が4分の1の割合で混合された気体であると考えてよい。
空気の密度は、地表から上空に上がるにつれて低下する。当然、気圧も低下する。われわれの住んでいる地表面から10-15kmまでは対流圏と呼ばれ、全酸素の95%がこの圏に存在している。この対流圏では、太陽から地表に降り注ぐ光によって地面が熱せられ、地面からの輻射熱により空気が暖められる。暖められた空気は上昇し、空気の対流が起こる。その結果、対流圏の上層域の温度は上昇することになる。
対流圏の界面から40km上空までを成層圏と呼ぶ。成層圏の高度20-30km付近には、オゾンを比較的多く含む大気の層がある。ここをオゾン層と呼び、最高のオゾン濃度が観察されるのは、地上から25km付近である。オゾンは、成層圏の中層ないし上層部で、太陽光線に含まれる強い紫外線の作用によって酸素から作られる。
すなわち、オゾンは酸素原子三つからなる分子(O3)で、酸素分子(O2)の光分解によってつくられた酸素原子(O)が、別の酸素分子と結合してできる。オゾンが作られるのは、主に赤道近くの上空である。生成したオゾンはここからゆっくりと両極地方に移動していく。
地表から成層圏の最上部まで広く薄く分布しているオゾンの全量を、1気圧、摂氏0度に圧縮し地上に降下させると、ちょうどふんわりと地上に雪が降ったような厚さの3mmにしかならない。このわずか3mmの厚さのオゾンが、太陽から地球に降りそそぐ有害な紫外線を吸収して、地球上の生命を守るバリアーの役割を果たしているのである。また、オゾンの吸収した紫外線のエネルギーは熱に変換され、成層圏を暖める熱源として役立っている。
オゾンは波長230-350nm(ナノメートル:1ナノメートルは100億分の1m)の紫外線を強く吸収するので、太陽の紫外線のうち、その波長の光が地表に到達しない働きをしている。仮に成層圏にオゾン層がなかったら、紫外線の害作用によって、ごく下等な生物ですら地表には生存できない。
成層圏オゾンが破壊されるとなにが起こるのか
成層圏のオゾンが破壊されたり、オゾンホールができるとなにが起こるのか。オゾンがないと、太陽からの紫外線が吸収されないので、紫外線が地上に直接照射されることになる。したがって、太陽からの紫外線がもたらす様々な影響を考えればよい。
紫外線は波長によって、長波長(UV-A、320-400nm)、中波長(UV-B、280-320nm)および短波長(UV-C、280nm以下)に分けられる。
このうち、UV-Aの紫外線は健康的な日焼けをおこすような有益な機能があり、あまり生物への悪影響はない。しかし、最近ではこれも日常の生活で長い間浴び続けると、皮膚の老化の原因になることが明らかになっている。オゾンはUV-A領域の紫外線をほとんど吸収しないので、地上に到達するUV-Aの量は、成層圏オゾンの減少による影響は受けない。
UV-Cは、オゾンによる吸収が非常に強いため、オゾン層の40%程度が破壊されたとしても到達しないと考えられている。結局、現在予想されている10%程度のオゾン量の減少に伴って、地上への到達量が大きく変動するのはUV-Bである。特に、290-300nmの波長が増加することになる。中緯度地帯の成層圏オゾン層のオゾン量が1%減少すると、生物に有害なUV-Bの地上への放射量は、ほぼ2%増加すると推定されている。
UV-B領域の紫外線が地上に到達すると、生物の遺伝子の構成物質であるDNAや、生体の構成成分であるタンパク質が破壊される。人体への傷害は主として皮膚と目に現れる。人間の表皮細胞は、メラニン色素によって紫外線から核を守っている。紫外線は核にある遺伝子に損傷を与え、色素細胞の機能をだめにし、しみ、そばかすを作る。さらには、皮膚ガンを発生するにいたる。オゾン量が1%減ると、人間の細胞ガンが4-6%増加するといわれている。
UV-B領域の紫外線が増加すると、角膜が炎症をおこし白内障を引きおこし、失明にいたる。また、人間の免疫力を弱める作用があるため、細菌や微生物による感染症に対する防御力が弱まり、伝染病にかかりやすくなるといわれている。
海洋の植物プランクトンは、UV-B領域の紫外線に対して感受性が非常に高いので、植物連鎖を通して魚介類の生態に大きな影響がある。その他、農作物の収量や品質への影響、地球規模の生態系への影響などが憂慮されている。
さらに懸念されるのは、大気中の熱のバランスが変化して、地球の気候が変動すること、さらには、生命はオゾン層によって生命自身を存続させる環境を創発しているが、そのシステムそのものが崩れることなど、地球環境の根元的な問題でもある。
オゾン層はどのようにして誕生したのか
オゾン層の誕生を語る前に、どうしても地球の誕生とその生い立ちについて思いを馳せる必要がある。宇宙のすべての物質と放射エネルギーは、火の玉のような高エネルギーのスープに圧縮されていた。物質は現在あるような形では存在できず、素粒子のそのまた素粒子からのみ成立していた。いわば「宇宙の卵」であった。この「宇宙の卵」が何らかの原因で大爆発をおこした。それが150億年前のビッグバンである。現在の地球は、ビッグバン以来の歴史的産物なのである。
それから100億年余りの長い進化の時を経て、46億年前に地球は誕生したのである。そこには、宇宙と時間と物質しか存在しない、まさに混沌(カオス)であった。その後、広大無量の時が流れた。その間、地球は太陽から莫大なエネルギーを恒常的に受け続けてきた。この太陽からのエネルギーと地球自身の造山活動や火山活動などの相互作用によって、地球上に、水圏や大気圏が形成され、生命の誕生と進化が可能となった。
最初に生命が地球上に誕生したのは、今から35億年前のことで、それは現存する多くの細菌と同様な単細胞生物であったと推定されている。その後、光合成生物が出現し、多細胞生物の発生をみた。
さらに地球は、5億年前に生命のバリアーであり、生命体にとってきわめて貴重な成層圏のオゾン層を創り始めた。そして、地球上の酸素濃度は4億年前にはほぼ21%になり、不思議なことに今なおこの酸素濃度を維持しつづけている。今から3億5000万年前のシルル紀に植物が陸上に繁茂しはじめた。これが生物を扶養する土壌生成の起源であったと考えられている。
光合成植物が出現し、大気中に酸素が蓄積され、オゾン層が形成される過程で、多様な生物が活動を始めた。これによって、生命の進化と物質循環系の進化は、ともに相互作用を呈しつつ地球規模のスケールに発展した。この間にエネルギー代謝効率が上昇し、生物の進化が加速された。
生物の進化によって、窒素サイクル、硫黄サイクル、炭素サイクルの一部が生物地球化学サイクルとして組み込まれ、酸素サイクルの全体像が成立した。このような土壌圏、大気圏、海洋圏、地殻圏、生物圏をとおした物質循環の進化と、生命の進化が架橋システムを完成し、地球上の生命体はその生存を維持し続けてきた。
このようにして生命が何億年も生存し続けたのは、成層圏のオゾン層の存在と、地球が大気圏に生命の存在に快適な大気組成を与えられ、温室効果が持続されたためなのである。さらに、人類が生存を勝ちえたのは、成層圏のオゾン層が5億年も300ドプソンを保ち、対流圏の酸素濃度が4億年も21%に維持され、地球表面に3億5,000万年も営々として土壌圏が生成され続けてきたからである。
オゾンを破壊する物質とそのメカニズム
オゾン層を破壊する物質とはなんであろうか。これまでに解っている物質に、1)クロロフルオロカーボン(CFCs)、2)亜酸化窒素(N2O)、3)臭化メチル(CH3Br)などがある。
CFCsにより、オゾン層の破壊がローランドとモリーナによって指摘されたのは、今から31年前の1974年のことである。CFCsは対流圏から成層圏まで上昇すると、短波長の紫外線の作用で徐々に分解され、原子状の塩素を放出する。この塩素は反応性に富んでいるため、オゾンと反応し、オゾンが分解されることになる。
ところが、CFCs以外にも地表から発生するN2Oによって、このオゾン層が破壊されていることは研究者を除いてはあまり知られていない。N2Oは対流圏では安定した物質であるが、成層圏に移動すると、一部が酸素原子のOとの反応によりNOに変わり、このNOがオゾンを分解するのである。
N2Oの主な発生源の一つに、食料生産のために大量に使用される窒素肥料がある。増加しつつある人口を養うため、窒素肥料の施用量は年々増加し、それに伴って農用地の土壌からの放出量の増加が懸念されている。すでに、過去15年以上にわたり対流圏のN2O濃度は、年間約0.3%の割合で徐々に増加しつつある。
また、土壌や作物のくん蒸剤として使われる臭化メチルも、オゾン層の破壊に一役かっている。しかし、すでにEUの環境大臣会合では、CH3Brの廃止に向けて、2005年までにその製造を全廃することを同意している。いまやオゾン破壊の問題は、農業問題と切り離して考えることはできない。農業と環境の問題である。これが、医療にも関わることを順次解説していく。
増加しつつある人口に食料を供給することは、今世紀の人類の命題である。そのために使用される窒素肥料とくん蒸剤。これらは、両刃の剣であろう。ここに、食料増産と地球環境保全と医療の間に深い関係が横たわっている。英知を傾けてこの問題を解決するのが、21世紀のわれわれ人類につきつけられた課題であるといえば、はたして言い過ぎであろうか。
複合汚染
上述したオゾン層の破壊と紫外線の害作用は、紫外線単独の現象であった。さらに深刻なことは、さまざまな環境悪化が組み合わさって相互作用を起こすことの心配である。地球規模での環境悪化の問題のなかで、環境を蝕むこれらの要因が紫外線と相互に影響し合ういくつかの組合せが考えられるが、ここでは、そのうち農業生産に関わる相互作用を考えてみる。
今後、このような複合的な作用を物質の循環という観点から研究する必要がある。
1)温暖化+紫外線+窒素・炭素
温暖化によって低層の大気が暖まり、その結果、とくに南極上空で成層圏の温度が下がる。冷えた成層圏は、オゾン層の減少をさらに強める。温度が下がれば下がるほど、フロンの塩素がオゾンを破壊する力が強くなるからである。北極上空のオゾン層は、温暖化が進むにつれて徐々に薄くなっていくであろう。
2)温暖化+酸性雨+紫外線+対流圏オゾン+窒素・炭素
カナダ東部では、20年に及ぶ軽度の干ばつとわずかな温暖化傾向によって、各地域の湖に流れ込む河川の流量が減少している。流れが弱まると押し流してくる有機堆積物の量も減るため、湖の透明度が増す。オゾン層の破壊で、より大量の紫外線が水面に到達するわけだが、さらに湖水の透明度が増すほど、紫外線がより深く差し込むようになる。酸性雨はカナダとユーラシア大陸の北方の湖の生態系に影響を及ぼす。また、オゾン層の破壊はより大量の有機物の溶融物を沈降させ、湖に紫外線が深く入り込む状態を作り出す。なかには、紫外線の照射の深さが20-30cmであったものが、3m以上にのびた湖もある。
対策技術
現在、農業生態系から発生するN2OとCH3Brについて、その発生を制御するためさまざまな研究が行われている。この対策技術については、膨大な研究がある。機会をみて発生源別に整理する予定でいる。
参考資料
http://www8.ocn.ne.jp/~yohsuke/ozone_6.htm
オゾン・クライシス:シャロン・ローン著、加藤 圭・深瀬正子・鈴木圭子訳、地人書館、1991
http://www.niaes.affrc.go.jp/:「情報:農業と環境」、オゾン層
土壌圏と大気圏:陽 捷行編著、朝倉書店、1994
Bremner, JM and AM. Blackmer: Science, 199, 295-296, 1978
農業環境技術研究所叢書第15号:農業生態系における炭素と窒素の循環、農業環境技術研究所編、2004
予報画面の日本地図は、紫外線強度に応じ14段階に色分けした20キロメートル四方のマス目で覆われている。どの地域の紫外線が強いか、毎時間チェックできる。
紫外線の害作用には、日焼け、雪目、免疫機能低下といった急性のもの、皮膚の皺やしみ、白内障、皮膚ガンなど慢性のものがある。この紫外線の増加が農業に関係していることを、以下に解説する。
はじめに
紫外線量の増大は、つねにオゾン層の破壊と関連している。オゾン層の破壊がフロンによるものであることが明らかにされて久しい。フロン以外に、亜酸化窒素(N2O)と臭化メチル (CH3Br)があることは余り知られていない。ここでは、そのうちのN2Oについて紹介する。
IPCC(Intergovernmental Panel for Climate Change:気候変動に関わる政府間パネル)の報告書は、産業革命以降、大気中の亜酸化窒素(N2O)濃度が上昇し続けていることを指摘している。このN2Oの濃度上昇の主な原因は、食糧増産に必要な窒素肥料の施用による。施肥された窒素は、土壌圏や水圏において硝酸化成作用と脱窒作用の過程でN2Oを発生する。
このN2Oは、安定した分子であるため150年もの寿命があり、対流圏から成層圏に移行する。成層圏に移行したN2Oは、紫外線によりNOに分解される。このNOはオゾン(O3)と反応し、オゾンを破壊する。
オゾンが減少すると、太陽からの紫外線の照射量が増大し、皮膚ガンの発生の増加や細胞の死滅など地球上の生命に悪影響が及ぶ。農業活動により地球環境が変動し、その結果、地球上の生物に影響を及ぼすきわめて典型的な事例である。
以下、南極上空のオゾンホール、オゾン層の誕生、オゾンの役割、オゾン破壊のメカニズム、オゾン破壊と農業の関わり、その対策技術などについてまとめてみた。
南極上空のオゾンホール
気象庁は毎年南極上空のオゾンホールの平均面積を公表している。2000年9月5日、南極上空のオゾンホールが例年にない早いペースで拡大し、面積が過去最大に発達したと報告した。有害な紫外線を吸収するオゾンの破壊量も過去最大規模になると予測した。予測通りこの年は、南極上空のオゾンホールの平均面積は最大であった。その後、2002年は平均面積は低下したが、2003年には2000年レベルを維持した。詳細は、サイトhttp://www8.ocn.ne.jp/~yohsuke/ozone_6.htmを参照されたい。
2004年12月、気象庁は「2004年のオゾンホールは、最大時の面積が過去10年の中では3番目に小さいなど、比較的小規模に推移し、12月に消滅した」と報じている。詳細は、サイト( http://www.jma.go.jp/jma/press/0412/22c/hole0403.pdfを参照されたい。
深刻さを増すオゾンの破壊
今から35年前の1970年のことである。アリゾナ大学の J.マクドナルドは、超高速旅客機から排出される窒素によって成層圏のオゾン層が破壊されることを初めて指摘した。1995年になって、ローランドとモリーナと共にノーベル化学賞を手にするオランダ生まれの科学者P.クルツェンは、同じ1970年に成層圏でNOxとオゾンが触媒的連鎖反応を起こすこと、それに伴ってオゾンが破壊されることを明らかにした。
今から32年前の1973年、ミシガン大学の若手研究者R.シセロンと R.ストラルスキーは、シャトルの排気塩素がオゾン層に影響を与えることを解明した。京都で開催された大気科学会議でこの事実を発表した。同じ年、これも後にノーベル化学賞をクルツェンと共に受賞するカリフォルニア大学のS.ローランドとM.モリーナは、対流圏で分解されないフロンが成層圏に移行した後、紫外線との反応によって塩素原子が解離し、これがオゾン層を破壊するという結論に到達しつつあった。彼らは翌年の1974年、このことをネイチャー誌に発表し、世間はその事実に驚愕した。
クルツェンは、同じ1974年に窒素肥料が成層圏のオゾン濃度を変動させることを指摘した。翌年の1975年、ハーバード大学のM.マッケルロイは、臭化メチル(CH3Br)が成層圏のオゾンと反応することを指摘した。さらにクルツェンは、成層圏のオゾン破壊によって地球の気候が変動することをも新たに指摘した。
アイオワ州立大学のJ.ブレムナー教授とA.ブラックマー教授は、窒素肥料が土壌中で硝化作用をうける過程で亜酸化窒素(N2O)を生成することに気づいた。これは偉大な発見であった。この事実をサイエンス誌で明らかにしたのは、1978年のことである。このガスは、自然界できわめて安定しているので、対流圏から成層圏に移行し、オゾン層を破壊し続けるのである。この項を書いている筆者は、この研究室で両教授と共に研究に従事する栄光に恵まれた。
ここに、食料生産のための活動がオゾン層の破壊と深く結びついていることが明らかになったのである。食料を増産するため施肥する窒素肥料の量が増えれば増えるほど、亜酸化窒素の発生量は増大する。それに伴って、オゾン層の破壊は続く。
その後、多くの科学者の献身的な努力と闘いによって、政界および社会がこのオゾン層破壊の脅威に気づき、その認識の遅さに驚き、対策を練ることに努力を傾け始めたが、この間も、成層圏のオゾンは着実に減少し続けていた。
残念なことに、多くの科学者の懸念は現実のものとなり、1982年、イギリスの研究チームによって南極のハリー湾でオゾンホールが始めて発見された。南極上空のオゾンが20%も減少したのである。1987年には、50%以上も減少する事実が認められた。IPCC(気候変動に関する政府間パネル)の前議長を努めたB.ワトソンは、当時NASAに勤務していたが、1987年急きょ南極に飛行機を飛ばし、オゾン調査を開始した。これは画期的な行動であった。この年、オゾンホールはそれまでで最も深くなっていたのである。
1989年、科学者が想像もしていなかった現象が起こった。北極にもオゾンホールが出現したのである。その後、南極でも北極でもオゾンホールが毎年出現しつづけている。この流れは、前述の「南極上空のオゾンホール」につながるのである。
しかし、1995-1996年の冬のオゾンの減少には著しいものがあった。1995年のネイチャー誌には、南極におけるオゾンの減少の深刻さがたて続けに報告されている。そのうえ、いずれの報告も今後もっと劇的なオゾン破壊が起こる可能性を指摘している。地球にとってオゾン層の破壊は、温暖化とおなじくきわめて重要な課題なのである。
オゾン層とは
地球を取り巻いている大気圏の対流圏の構成は次のようである。地球の表面は1気圧の空気で覆われている。空気は、体積比で窒素(N2:78.1%)、酸素(O2:20.9%)、アルゴン(Ar:0.9%)、二酸化炭素(CO2:0.04%)、ネオン(Ne:0.002%)、ヘリウム(He:0.0005%)などのガスから構成されている。大ざっぱにいえば、空気は窒素が全体の4分の3、酸素が4分の1の割合で混合された気体であると考えてよい。
空気の密度は、地表から上空に上がるにつれて低下する。当然、気圧も低下する。われわれの住んでいる地表面から10-15kmまでは対流圏と呼ばれ、全酸素の95%がこの圏に存在している。この対流圏では、太陽から地表に降り注ぐ光によって地面が熱せられ、地面からの輻射熱により空気が暖められる。暖められた空気は上昇し、空気の対流が起こる。その結果、対流圏の上層域の温度は上昇することになる。
対流圏の界面から40km上空までを成層圏と呼ぶ。成層圏の高度20-30km付近には、オゾンを比較的多く含む大気の層がある。ここをオゾン層と呼び、最高のオゾン濃度が観察されるのは、地上から25km付近である。オゾンは、成層圏の中層ないし上層部で、太陽光線に含まれる強い紫外線の作用によって酸素から作られる。
すなわち、オゾンは酸素原子三つからなる分子(O3)で、酸素分子(O2)の光分解によってつくられた酸素原子(O)が、別の酸素分子と結合してできる。オゾンが作られるのは、主に赤道近くの上空である。生成したオゾンはここからゆっくりと両極地方に移動していく。
地表から成層圏の最上部まで広く薄く分布しているオゾンの全量を、1気圧、摂氏0度に圧縮し地上に降下させると、ちょうどふんわりと地上に雪が降ったような厚さの3mmにしかならない。このわずか3mmの厚さのオゾンが、太陽から地球に降りそそぐ有害な紫外線を吸収して、地球上の生命を守るバリアーの役割を果たしているのである。また、オゾンの吸収した紫外線のエネルギーは熱に変換され、成層圏を暖める熱源として役立っている。
オゾンは波長230-350nm(ナノメートル:1ナノメートルは100億分の1m)の紫外線を強く吸収するので、太陽の紫外線のうち、その波長の光が地表に到達しない働きをしている。仮に成層圏にオゾン層がなかったら、紫外線の害作用によって、ごく下等な生物ですら地表には生存できない。
成層圏オゾンが破壊されるとなにが起こるのか
成層圏のオゾンが破壊されたり、オゾンホールができるとなにが起こるのか。オゾンがないと、太陽からの紫外線が吸収されないので、紫外線が地上に直接照射されることになる。したがって、太陽からの紫外線がもたらす様々な影響を考えればよい。
紫外線は波長によって、長波長(UV-A、320-400nm)、中波長(UV-B、280-320nm)および短波長(UV-C、280nm以下)に分けられる。
このうち、UV-Aの紫外線は健康的な日焼けをおこすような有益な機能があり、あまり生物への悪影響はない。しかし、最近ではこれも日常の生活で長い間浴び続けると、皮膚の老化の原因になることが明らかになっている。オゾンはUV-A領域の紫外線をほとんど吸収しないので、地上に到達するUV-Aの量は、成層圏オゾンの減少による影響は受けない。
UV-Cは、オゾンによる吸収が非常に強いため、オゾン層の40%程度が破壊されたとしても到達しないと考えられている。結局、現在予想されている10%程度のオゾン量の減少に伴って、地上への到達量が大きく変動するのはUV-Bである。特に、290-300nmの波長が増加することになる。中緯度地帯の成層圏オゾン層のオゾン量が1%減少すると、生物に有害なUV-Bの地上への放射量は、ほぼ2%増加すると推定されている。
UV-B領域の紫外線が地上に到達すると、生物の遺伝子の構成物質であるDNAや、生体の構成成分であるタンパク質が破壊される。人体への傷害は主として皮膚と目に現れる。人間の表皮細胞は、メラニン色素によって紫外線から核を守っている。紫外線は核にある遺伝子に損傷を与え、色素細胞の機能をだめにし、しみ、そばかすを作る。さらには、皮膚ガンを発生するにいたる。オゾン量が1%減ると、人間の細胞ガンが4-6%増加するといわれている。
UV-B領域の紫外線が増加すると、角膜が炎症をおこし白内障を引きおこし、失明にいたる。また、人間の免疫力を弱める作用があるため、細菌や微生物による感染症に対する防御力が弱まり、伝染病にかかりやすくなるといわれている。
海洋の植物プランクトンは、UV-B領域の紫外線に対して感受性が非常に高いので、植物連鎖を通して魚介類の生態に大きな影響がある。その他、農作物の収量や品質への影響、地球規模の生態系への影響などが憂慮されている。
さらに懸念されるのは、大気中の熱のバランスが変化して、地球の気候が変動すること、さらには、生命はオゾン層によって生命自身を存続させる環境を創発しているが、そのシステムそのものが崩れることなど、地球環境の根元的な問題でもある。
オゾン層はどのようにして誕生したのか
オゾン層の誕生を語る前に、どうしても地球の誕生とその生い立ちについて思いを馳せる必要がある。宇宙のすべての物質と放射エネルギーは、火の玉のような高エネルギーのスープに圧縮されていた。物質は現在あるような形では存在できず、素粒子のそのまた素粒子からのみ成立していた。いわば「宇宙の卵」であった。この「宇宙の卵」が何らかの原因で大爆発をおこした。それが150億年前のビッグバンである。現在の地球は、ビッグバン以来の歴史的産物なのである。
それから100億年余りの長い進化の時を経て、46億年前に地球は誕生したのである。そこには、宇宙と時間と物質しか存在しない、まさに混沌(カオス)であった。その後、広大無量の時が流れた。その間、地球は太陽から莫大なエネルギーを恒常的に受け続けてきた。この太陽からのエネルギーと地球自身の造山活動や火山活動などの相互作用によって、地球上に、水圏や大気圏が形成され、生命の誕生と進化が可能となった。
最初に生命が地球上に誕生したのは、今から35億年前のことで、それは現存する多くの細菌と同様な単細胞生物であったと推定されている。その後、光合成生物が出現し、多細胞生物の発生をみた。
さらに地球は、5億年前に生命のバリアーであり、生命体にとってきわめて貴重な成層圏のオゾン層を創り始めた。そして、地球上の酸素濃度は4億年前にはほぼ21%になり、不思議なことに今なおこの酸素濃度を維持しつづけている。今から3億5000万年前のシルル紀に植物が陸上に繁茂しはじめた。これが生物を扶養する土壌生成の起源であったと考えられている。
光合成植物が出現し、大気中に酸素が蓄積され、オゾン層が形成される過程で、多様な生物が活動を始めた。これによって、生命の進化と物質循環系の進化は、ともに相互作用を呈しつつ地球規模のスケールに発展した。この間にエネルギー代謝効率が上昇し、生物の進化が加速された。
生物の進化によって、窒素サイクル、硫黄サイクル、炭素サイクルの一部が生物地球化学サイクルとして組み込まれ、酸素サイクルの全体像が成立した。このような土壌圏、大気圏、海洋圏、地殻圏、生物圏をとおした物質循環の進化と、生命の進化が架橋システムを完成し、地球上の生命体はその生存を維持し続けてきた。
このようにして生命が何億年も生存し続けたのは、成層圏のオゾン層の存在と、地球が大気圏に生命の存在に快適な大気組成を与えられ、温室効果が持続されたためなのである。さらに、人類が生存を勝ちえたのは、成層圏のオゾン層が5億年も300ドプソンを保ち、対流圏の酸素濃度が4億年も21%に維持され、地球表面に3億5,000万年も営々として土壌圏が生成され続けてきたからである。
オゾンを破壊する物質とそのメカニズム
オゾン層を破壊する物質とはなんであろうか。これまでに解っている物質に、1)クロロフルオロカーボン(CFCs)、2)亜酸化窒素(N2O)、3)臭化メチル(CH3Br)などがある。
CFCsにより、オゾン層の破壊がローランドとモリーナによって指摘されたのは、今から31年前の1974年のことである。CFCsは対流圏から成層圏まで上昇すると、短波長の紫外線の作用で徐々に分解され、原子状の塩素を放出する。この塩素は反応性に富んでいるため、オゾンと反応し、オゾンが分解されることになる。
ところが、CFCs以外にも地表から発生するN2Oによって、このオゾン層が破壊されていることは研究者を除いてはあまり知られていない。N2Oは対流圏では安定した物質であるが、成層圏に移動すると、一部が酸素原子のOとの反応によりNOに変わり、このNOがオゾンを分解するのである。
N2Oの主な発生源の一つに、食料生産のために大量に使用される窒素肥料がある。増加しつつある人口を養うため、窒素肥料の施用量は年々増加し、それに伴って農用地の土壌からの放出量の増加が懸念されている。すでに、過去15年以上にわたり対流圏のN2O濃度は、年間約0.3%の割合で徐々に増加しつつある。
また、土壌や作物のくん蒸剤として使われる臭化メチルも、オゾン層の破壊に一役かっている。しかし、すでにEUの環境大臣会合では、CH3Brの廃止に向けて、2005年までにその製造を全廃することを同意している。いまやオゾン破壊の問題は、農業問題と切り離して考えることはできない。農業と環境の問題である。これが、医療にも関わることを順次解説していく。
増加しつつある人口に食料を供給することは、今世紀の人類の命題である。そのために使用される窒素肥料とくん蒸剤。これらは、両刃の剣であろう。ここに、食料増産と地球環境保全と医療の間に深い関係が横たわっている。英知を傾けてこの問題を解決するのが、21世紀のわれわれ人類につきつけられた課題であるといえば、はたして言い過ぎであろうか。
複合汚染
上述したオゾン層の破壊と紫外線の害作用は、紫外線単独の現象であった。さらに深刻なことは、さまざまな環境悪化が組み合わさって相互作用を起こすことの心配である。地球規模での環境悪化の問題のなかで、環境を蝕むこれらの要因が紫外線と相互に影響し合ういくつかの組合せが考えられるが、ここでは、そのうち農業生産に関わる相互作用を考えてみる。
今後、このような複合的な作用を物質の循環という観点から研究する必要がある。
1)温暖化+紫外線+窒素・炭素
温暖化によって低層の大気が暖まり、その結果、とくに南極上空で成層圏の温度が下がる。冷えた成層圏は、オゾン層の減少をさらに強める。温度が下がれば下がるほど、フロンの塩素がオゾンを破壊する力が強くなるからである。北極上空のオゾン層は、温暖化が進むにつれて徐々に薄くなっていくであろう。
2)温暖化+酸性雨+紫外線+対流圏オゾン+窒素・炭素
カナダ東部では、20年に及ぶ軽度の干ばつとわずかな温暖化傾向によって、各地域の湖に流れ込む河川の流量が減少している。流れが弱まると押し流してくる有機堆積物の量も減るため、湖の透明度が増す。オゾン層の破壊で、より大量の紫外線が水面に到達するわけだが、さらに湖水の透明度が増すほど、紫外線がより深く差し込むようになる。酸性雨はカナダとユーラシア大陸の北方の湖の生態系に影響を及ぼす。また、オゾン層の破壊はより大量の有機物の溶融物を沈降させ、湖に紫外線が深く入り込む状態を作り出す。なかには、紫外線の照射の深さが20-30cmであったものが、3m以上にのびた湖もある。
対策技術
現在、農業生態系から発生するN2OとCH3Brについて、その発生を制御するためさまざまな研究が行われている。この対策技術については、膨大な研究がある。機会をみて発生源別に整理する予定でいる。
参考資料
http://www8.ocn.ne.jp/~yohsuke/ozone_6.htm
オゾン・クライシス:シャロン・ローン著、加藤 圭・深瀬正子・鈴木圭子訳、地人書館、1991
http://www.niaes.affrc.go.jp/:「情報:農業と環境」、オゾン層
土壌圏と大気圏:陽 捷行編著、朝倉書店、1994
Bremner, JM and AM. Blackmer: Science, 199, 295-296, 1978
農業環境技術研究所叢書第15号:農業生態系における炭素と窒素の循環、農業環境技術研究所編、2004
農・環・医にかかわる国際情報:3.地球環境変動と健康 ESSPジョイントプロジェクト、科学計画と実行戦略(草稿)
「情報:農業と環境と医療 2号」の「農・環・医にかかわる国際情報」でESSP(Earth System Science Partnership:地球システム科学パートナーシップ)を紹介した。今回は、ESSPのジョイントプロジェクトの草稿を入手したので概略を紹介する。なお訳については、不明な点もあるので詳細を知りたい方は、草稿に当たっていただきたい。なお、草稿の原文は、この項を書いている筆者が個人的に草稿者からいただいたものである。
目次
I.序論
II.科学計画
III.実行戦略
重要点
I.序論
ある地域の人間の健康は、基本的にはその社会と自然の環境に反映される。このことから、 次の項目が立てられている。
GECが人間の健康にどのように影響しうるか?
GECインパクトの例
生物多様性の変化と伝染病
熱帯生態系、遺伝資源および健康
気候変動:人間の健康に及ぼす気象災害の影響
人口変動と健康
なぜGECと健康に関するプロジェクトか?
II.科学計画
二つの目標、すなわち1)GECにより引き起こされる人間の健康を確認しそのリスクを減少させる、2)健康へのこれらのリスクの証拠を整理し、GECとそれらを最小または回避することに関する政策論議に情報を提供する。そのために、次の二つの項目が立てられている。
GECによる過去・現在・未来の健康影響の評価
削減および適応政策談話への情報提供
学際的手法とデータの必要性
III.実行戦略
このドラフトの内容は多岐にわたるが、環境の変動と人間の健康がきわめて密接な関係にあることを様々な項で強く指摘している。ここでは、「人間の健康の問題」と「農業の問題」が直接には触れられていない。しかし、さまざまな環境の変動は、人間の農業活動に直接由来するものが大部分なのである。「情報:農業と環境と医療3号」の「紫外線予測と紫外線の害作用-オゾンの破壊-」は、まさにこのドラフトの内容なのである。
北里研究所長の大村 智が「私の芝白金三光町(2004)」で指摘している内容もしかり。 以下にその文章を冊子のp203から引用する。
「私の代で見つかるかどうかわかりませんが、マラリアへの特効薬ですね。本当に今、人類にとって恐怖なのはマラリアだと思います。いまだに年間200万人から300万人もの人がマラリアで死んでいるのです。原因の一つには地球温暖化による蔓延地域の拡大、もう一つはマラリア特効薬クロロキンに対する耐性菌ができたことです。いま、日本でも200人くらいの感染者がいるそうです。ますます地球温暖化が進むと、沖縄あたりもマラリア蔓延地域になりかねないですよ。日本の人々の中には、なぜマラリアなのかという人もいると思いますが、私はこのマラリア研究プロジェクトだけはどうしても残すべきだと思いますね。今、大変な病気としてはエイズもありますが、どちらかといえば、マラリアに重点を置くべきだと私は思います」
蓋し名言なり。将来の地球環境を理解されたきわめて重要な指摘と考える。
目次
I.序論
II.科学計画
- 影響評価
- 適合と緩和に関する政策論議の向上
- 必要な方法とデータ
III.実行戦略
- 人間の健康と大気組成・水循環の変動
- 人間の健康と食料・繊維の生産
- 都市化と人間の健康
- 生物多様性の変化と人間の健康
- 必要な学際的手法とデータ
- 他のプログラムとの協力
重要点
- ある地域の人間の健康は地球規模の環境変動(GEC)の総合的な指標であるから、その結果として生じる健康は、供給される水や食料、森林保全、沿岸生態系、生物多様性、微生物環境および気候の変化に影響を受ける。
- GECにより人間の健康に影響が及ぶということを理解するためには、地球システムの変化によって生物に直接的な影響が及ぶことを明白にすることである。このことは、地球規模の変化に適合とか緩和とかの評価をし、人間がこれらに対応する動機づけに役立つであろう。
- GECが将来の健康に影響するプログラムを、認め、解明し、計画することは、発展しつつある地球システム科学に新しく、動的で、統合的な結束を創り上げるであろう。このことは、より健康でより持続的な未来を確実にする政策選択に焦点が向かう助けになるであろう。
I.序論
ある地域の人間の健康は、基本的にはその社会と自然の環境に反映される。このことから、 次の項目が立てられている。
GECが人間の健康にどのように影響しうるか?
GECインパクトの例
生物多様性の変化と伝染病
熱帯生態系、遺伝資源および健康
気候変動:人間の健康に及ぼす気象災害の影響
人口変動と健康
なぜGECと健康に関するプロジェクトか?
II.科学計画
二つの目標、すなわち1)GECにより引き起こされる人間の健康を確認しそのリスクを減少させる、2)健康へのこれらのリスクの証拠を整理し、GECとそれらを最小または回避することに関する政策論議に情報を提供する。そのために、次の二つの項目が立てられている。
GECによる過去・現在・未来の健康影響の評価
削減および適応政策談話への情報提供
学際的手法とデータの必要性
III.実行戦略
- 大気組成と水循環の変動と人間の健康への影響
- 免疫システムに及ぼす紫外線の影響
- 紫外線が視覚に及ぼす影響
- 熱傷害に関連する健康害
- 異常気象の影響による健康害
- ベクターボーン疾病
- 食・水・ボーン疾病
- 大気汚染および大気アレルゲンの影響による健康害
- 人口統計および社会経済的な混乱の影響による観光害
- 食料生産生態システムと人間の健康
- 陸域食料生産
- 海洋・淡水食料システム
- 都市化と人間の健康
- ヒートアイランド、熱傷害および大気汚染
- 都市拡大とベクターボーン疾病
- 水質と病気の発生
- 移住・逆移住の調査
- 生態的限界
- 疾病の群化・濃縮化・拡散化
- 生物多様性の変化と健康
- 緩衝機能
- 生態システム機能
- 沿岸域生態システム
- 非管理システム
- 治療
- 侵入種
- 狩猟
- 湿地
- 学際的手法とデータの必要性
- 人間の健康と地球環境変動シナリオ
- モニタリングと監視を統合するための各種の接近
- 他のプログラムとの協力
このドラフトの内容は多岐にわたるが、環境の変動と人間の健康がきわめて密接な関係にあることを様々な項で強く指摘している。ここでは、「人間の健康の問題」と「農業の問題」が直接には触れられていない。しかし、さまざまな環境の変動は、人間の農業活動に直接由来するものが大部分なのである。「情報:農業と環境と医療3号」の「紫外線予測と紫外線の害作用-オゾンの破壊-」は、まさにこのドラフトの内容なのである。
北里研究所長の大村 智が「私の芝白金三光町(2004)」で指摘している内容もしかり。 以下にその文章を冊子のp203から引用する。
「私の代で見つかるかどうかわかりませんが、マラリアへの特効薬ですね。本当に今、人類にとって恐怖なのはマラリアだと思います。いまだに年間200万人から300万人もの人がマラリアで死んでいるのです。原因の一つには地球温暖化による蔓延地域の拡大、もう一つはマラリア特効薬クロロキンに対する耐性菌ができたことです。いま、日本でも200人くらいの感染者がいるそうです。ますます地球温暖化が進むと、沖縄あたりもマラリア蔓延地域になりかねないですよ。日本の人々の中には、なぜマラリアなのかという人もいると思いますが、私はこのマラリア研究プロジェクトだけはどうしても残すべきだと思いますね。今、大変な病気としてはエイズもありますが、どちらかといえば、マラリアに重点を置くべきだと私は思います」
蓋し名言なり。将来の地球環境を理解されたきわめて重要な指摘と考える。
農・環・医にかかわる国内情報:3.大阪府立大学生命環境科学部
大阪府立大学農学部は、平成17年度から「生命環境科学部」に改正した。これまで農学が培ってきた学問を発展させ、従来の農学の概念を超えた総合的な生命環境領域の教育・研究を行うためである。とくに先端的なバイオサイエンス分野を重点化し、関連する学問領域を融合させたと案内書にある。
新しい学部の目的は、生物の多彩な生命現象の解明とその多面的な機能の利用をめざして、バイオサイエンス・バイオテクノロジー、そして生命を育む地球環境の保全と創成についての基礎教育を行い、産学官の各分野において活躍できる人材の養成にある。その内容の概略を紹介する。
●募集定員
生命環境科学部(165人)
生命機能化学科(45人)
生物情報科学科(25人)
植物バイオサイエンス学科(25人)
緑地環境科学科(30人)
獣医学科(40人、修学年限6年)
ホームページ(http://www.osakafu-u.ac.jp/academics/undergraduate/life_envi/index.html)から各科の内容を紹介する。
生命機能化学科
あらゆる生物を対象に、化学を基盤とした生命科学に関する基礎から応用にいたる幅広い教育研究を通して生命・環境・健康を理解し、よりよい暮らしを創造します。
生物情報科学科
ゲノム情報解析を基にして生命活動を統合的に理解する研究、生体機能分子の設計、合成、利用のための情報科学や分子設計の研究、さらに生物生産・生命環境の高度システム化の研究を行います。
植物バイオサイエンス学科
食料や医薬品・工業原材料、環境の修復素材などとして利用される資源植物の開発と改良、実用化のための原理と技術についての専門教育を行います。
緑地環境科学科
生態学・環境学・社会科学を融合させた新しい学問領域です。都市や自然の緑地環境の計測や診断、保全や創造、管理に関する理論や技術開発に取り組みます。[キーワード] 環境のモニタリング・制御、緑地の保全・創成、生物多様性保全、循環型社会の構築、健全な生活環境、都市圏の持続的発展
獣医学科
獣医療や公衆衛生の分野に加え、食の安全、創薬、動物関連バイオテクノロジー、人獣共通感染症などの諸問題に適切に対応できる高度な獣医学教育を行います。
学部の英名は「Life and Environmental Sciences」である。三つの科がバイオ(生体・生物体・生物などを意味する接頭語)などに関するもの、あとの二つは緑地に関わる環境科学と獣医学である。ホームページの内容からは、Life と Environment がどのように連携するのかは解らないが、おそらく講義の内容でこれらを連携させているのであろう。
新しい学部の目的は、生物の多彩な生命現象の解明とその多面的な機能の利用をめざして、バイオサイエンス・バイオテクノロジー、そして生命を育む地球環境の保全と創成についての基礎教育を行い、産学官の各分野において活躍できる人材の養成にある。その内容の概略を紹介する。
●募集定員
生命環境科学部(165人)
生命機能化学科(45人)
生物情報科学科(25人)
植物バイオサイエンス学科(25人)
緑地環境科学科(30人)
獣医学科(40人、修学年限6年)
ホームページ(http://www.osakafu-u.ac.jp/academics/undergraduate/life_envi/index.html)から各科の内容を紹介する。
生命機能化学科
あらゆる生物を対象に、化学を基盤とした生命科学に関する基礎から応用にいたる幅広い教育研究を通して生命・環境・健康を理解し、よりよい暮らしを創造します。
生物情報科学科
ゲノム情報解析を基にして生命活動を統合的に理解する研究、生体機能分子の設計、合成、利用のための情報科学や分子設計の研究、さらに生物生産・生命環境の高度システム化の研究を行います。
植物バイオサイエンス学科
食料や医薬品・工業原材料、環境の修復素材などとして利用される資源植物の開発と改良、実用化のための原理と技術についての専門教育を行います。
緑地環境科学科
生態学・環境学・社会科学を融合させた新しい学問領域です。都市や自然の緑地環境の計測や診断、保全や創造、管理に関する理論や技術開発に取り組みます。[キーワード] 環境のモニタリング・制御、緑地の保全・創成、生物多様性保全、循環型社会の構築、健全な生活環境、都市圏の持続的発展
獣医学科
獣医療や公衆衛生の分野に加え、食の安全、創薬、動物関連バイオテクノロジー、人獣共通感染症などの諸問題に適切に対応できる高度な獣医学教育を行います。
学部の英名は「Life and Environmental Sciences」である。三つの科がバイオ(生体・生物体・生物などを意味する接頭語)などに関するもの、あとの二つは緑地に関わる環境科学と獣医学である。ホームページの内容からは、Life と Environment がどのように連携するのかは解らないが、おそらく講義の内容でこれらを連携させているのであろう。
研究室訪問 E:一般教育部化学
「農業と環境と医療」を連携できる研究の素材や人を求めて、さまざまな職場を探索している。第5回目は、一般教養部の化学の伊藤俊洋教授を訪問してお話を伺った。伊藤教授からは、「生命科学のための基礎化学:無機物理化学編/有機・生化学編、丸善株式会社」をいただいた。この本は、米国でとくにライフサイエンスを専門に学ぼうとする大学生を対象に書かれた入門書である。原著は、Chemistry and the Living Organism と題した本で、 Molly M. Bloomfieldが書いている。6人の共訳である。学生たちは、この本を通して基礎化学を学んでいる。
この教育研究単位の担当教員は次の通りである。担当教員〔教授〕岡本義久、松野昂士、伊藤俊洋、〔助教授〕須貝昭彦、〔講師〕山口佳美、〔助手〕宇田郁子、鐃村 修
この教育研究単位では、極限環境微生物群のうち、特に超好熱菌から中等度好熱菌に分布するアーキア(古細菌)の生体膜脂質の構造と機能に関する研究(伊藤俊洋・須貝昭彦・宇田郁子)、へテロ原子を含む有機化合物および含窒素複素環化合物の合成と機能に関する研究(岡本義久、山口佳美、鐃村 修)、アルカリ土類金属元素を構成成分とする水難溶性無機塩類に関する結晶学的基礎研究および応用研究(松野昂士)を行っている。
この教育研究単位の主な研究テーマは、次のように整理されている。
E-1-1.超好熱菌Pyrococcus horikoshiの生体膜脂質組成の生育温度による変動
Pyrococcusは、現在知られている生物の中で最も高温の110℃付近で生息するアーキアである。生育温度と膜の流動性の相関を明らかにする。
E-1-2.Thermoplasmaの生体膜脂質の研究
Thermoplasmaは細胞膜を持たない特殊なアーキアである。真核生物誕生の仮説である共生説の宿主となる可能性を生体膜の構造に探る。
E-1-3.Metallosphaera sp.TA-2の含硫糖脂質の研究
この菌株は箱根大涌谷から分離されたアーキアで、Sulfolobales目のアーキアに特異的な脂質骨格を欠損している。構造の特異性と脂質合成酵素系との関係を明らかにする。
E-2.ヘテロ原子を含む新規有機化合物の合成と機能に関する研究
芳香環に隣接するメチレン基の二酸化セレンによる酸化反応について検討し、新規な含セレン複素環化合物および含窒素複素環化合物の合成と機能について調べる。
E-3.リン酸カルシウム系化合物の結晶の合成と解析および硬組織用バイオマテリアル等への応用研究
生体適合性・生体親和性・骨伝導性に優れるヒドロキシアパタイト、リン酸三カルシウム等の結晶に関して無機化学・物理化学的および材料科学的立場から検討を行う。
「農業と環境と医療」を連携するための研究課題には、「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」、「未然予防」、「リスク」、「教育・啓蒙」、「インベントリー」、「農業・健康実践フィールド」などがある。この研究教育単位の場合、含セレン複素環化合物および含窒素複素環化合物に関する研究が、農業と環境と医療にうまく関連づけられれば、「窒素」および「化学物質」に含めれるであろう。諸氏のご意見を伺いたい。また、これらの研究課題の範疇についてのご意見も伺いたい。
この教育研究単位の担当教員は次の通りである。担当教員〔教授〕岡本義久、松野昂士、伊藤俊洋、〔助教授〕須貝昭彦、〔講師〕山口佳美、〔助手〕宇田郁子、鐃村 修
この教育研究単位では、極限環境微生物群のうち、特に超好熱菌から中等度好熱菌に分布するアーキア(古細菌)の生体膜脂質の構造と機能に関する研究(伊藤俊洋・須貝昭彦・宇田郁子)、へテロ原子を含む有機化合物および含窒素複素環化合物の合成と機能に関する研究(岡本義久、山口佳美、鐃村 修)、アルカリ土類金属元素を構成成分とする水難溶性無機塩類に関する結晶学的基礎研究および応用研究(松野昂士)を行っている。
この教育研究単位の主な研究テーマは、次のように整理されている。
E-1-1.超好熱菌Pyrococcus horikoshiの生体膜脂質組成の生育温度による変動
Pyrococcusは、現在知られている生物の中で最も高温の110℃付近で生息するアーキアである。生育温度と膜の流動性の相関を明らかにする。
E-1-2.Thermoplasmaの生体膜脂質の研究
Thermoplasmaは細胞膜を持たない特殊なアーキアである。真核生物誕生の仮説である共生説の宿主となる可能性を生体膜の構造に探る。
E-1-3.Metallosphaera sp.TA-2の含硫糖脂質の研究
この菌株は箱根大涌谷から分離されたアーキアで、Sulfolobales目のアーキアに特異的な脂質骨格を欠損している。構造の特異性と脂質合成酵素系との関係を明らかにする。
E-2.ヘテロ原子を含む新規有機化合物の合成と機能に関する研究
芳香環に隣接するメチレン基の二酸化セレンによる酸化反応について検討し、新規な含セレン複素環化合物および含窒素複素環化合物の合成と機能について調べる。
E-3.リン酸カルシウム系化合物の結晶の合成と解析および硬組織用バイオマテリアル等への応用研究
生体適合性・生体親和性・骨伝導性に優れるヒドロキシアパタイト、リン酸三カルシウム等の結晶に関して無機化学・物理化学的および材料科学的立場から検討を行う。
「農業と環境と医療」を連携するための研究課題には、「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」、「未然予防」、「リスク」、「教育・啓蒙」、「インベントリー」、「農業・健康実践フィールド」などがある。この研究教育単位の場合、含セレン複素環化合物および含窒素複素環化合物に関する研究が、農業と環境と医療にうまく関連づけられれば、「窒素」および「化学物質」に含めれるであろう。諸氏のご意見を伺いたい。また、これらの研究課題の範疇についてのご意見も伺いたい。
研究室訪問 F:財団法人 北里環境科学センター
このセンターは、事業の成果を広く社会に還元することを目的に、北里大学衛生学部附属環境衛生研究センターを母体として昭和52(1977)年4月に発足した。
このセンターの部長以上の構成員を次に紹介する。[所長]平野富雄、[本部長]小池 満、[理化学部長]伊藤茂夫、[ウイルス部長]梶岡実雄、[微生物部長]奥田舜治、[事務部長]小池 満
沿革は次の通りである。
昭和48年 3月 北里大学衛生学部「北里環境衛生研究センター」設立
昭和52年 3月 計量法に基づく濃度計量証明事業所登録(神奈川県第56号)
4月 財団法人北里環境科学センター創立
昭和54年 1月 食品衛生法に基づく指定検査機関(厚生省環第25号)
2月 水道法第34条の2第2項に基づく指定機関(厚生省環第68号、指定番号:第25号)
昭和55年 1月 水道法第20条第3項に基づく指定検査機関(厚生省環第13号、指定番号:第45号)
平成 2年 8月 温泉法に基づく指定分析機関(環境庁告示第58号)
平成11年11月 水道法第20条第3項に基づく指定検査機関(厚生省収生衛第1192号、指定番号:第45号)
平成14年 8月 温泉法に基づく登録分析機関(神奈川県知事登録第2号)
平成14年12月 作業環境測定法に基づく登録機関(神奈川労働局登録第14-5号)
平成16年 3月 水道法第34条の2第2項に基づく登録機関
平成16年 3月 水道法第20条第3項に基づく登録検査機関
平成16年 5月 食品衛生法に基づく登録検査機関
当センターの主な加入団体は次の通りである。食品微生物学会、日本食品保全協会、神奈川県食品衛生協会、HACCP連絡協議会、神奈川県公衆衛生協会、日本防菌防黴学会、日本環境測定分析協会、桂川・相模川流域協議会、日本温泉科学会、全国給水衛生協会、産業管理協会、日本水環境学会、日本分析化学会、日本アイソトープ協会。
事業は次の二つの分野からなる。一つは、環境問題および食品衛生に関する調査研究、さらには環境セミナーの開催による普及に関わる指導教育の分野である。他は、検査・試験事業分野である。ここでは、法令に基づく登録機関事業として、1)水道法に基づく水質検査(厚生労働省)、2)簡易専用水道などに関わる施設検査(厚生労働省)、3)食品に関わる細菌検査(厚生労働省)、4)温泉分析(環境省)、5)濃度計量証明に関わる分析(経済産業省・神奈川県)が実施されている。その他、検査や試験が社会的に要請される事業に対しても積極的に取り組んでいる。具体的には、各部の紹介を参照されたい。
業務を項目別に整理すると次の通りである。
1)環境調査
2)試験・検査事業
3)指導啓発事業
組織は、理事会を頭におき、所長と本部長のもとに事務部と技術部(微生物・ウイルス・理化学)がある。理化学部は、主に上述した化学物質に関する調査を積極的に行っている。微生物部およびウイルス部には、共同研究や他の研究所などとの共同業務があり、「農業と環境と医療」で連携できる項目が認められるので、その内容を以下に列記する。
微生物部
F-1.エアコン、空気清浄機等の家電製品に搭載する空気中浮遊微生物の除去・殺菌装置(デバイス)等の性能評価試験:日立ホーム&ライフソリューション、三菱電機、松下電器、東芝、富士電気など
F-2.抗菌加工製品・抗菌剤等の抗菌効果評価試験:富士写真フィルム、富士電機など
F-3.レジオネラなど環境微生物の調査及び汚染対策業務:東京電力、北里大学など
F-4.マウスにおけるクリプトスポリジウムの培養:(独)土木研究所
F-5.組織培養による感染性評価手法の検討:(独)土木研究所
F-6.銅イオンのクリストスポシジウム感染性に対する不活化効果、ならびに銅管のレジオネラ属菌防染対策に関する基礎的研究:日本銅センター
F-7.その他、防御衣等の微生物通過防御試験などがある。
ウイルス部
ウイルスに関する事業は、これまで微生物部の中で進められてきたが、事業の拡大に伴って、平成17年4月から新規部門として独立した。今後ウイルス部は、これまでの環境分野の受託事業のほかに、新たに医療分野を視野に入れた事業の展開を図りたいとしている。
F-8.河川水等環境中の水のウイルス分離調査受託
「受託先と内容」(独)土木研究所:下水処理水のウイルス汚染調査
自治体の下水処理場:コンポストウイルス汚染調査
民間プラント会社:下水クリプトスポリジウム汚染調査、環境水からのウイルス分離
F-9.抗ウイルス素材性能試験 「受託先と内容」各種素材メーカー:各種素材の抗ウイルス効果試験
F-10.抗ウイルスデバイス類の性能試験 「受託先と内容」各種家電製品メーカー: 家電製品に取り付けられている装置の抗ウイルス効果試験
F-11.抗ウイルス薬試験 「受託先と内容」製薬メーカー等:抗ウイルス薬の効力評価試験
F-12.医薬品ウイルス安全性試験を行うための生物製剤混迷ウイルス検出法の確率
ウイルス部の新しい事業展開
近年、環境問題の中で環境微生物(細菌、カビ)への関心が高まるにつれ、ウイルスに対してもその感染防御のための装置(デバイス)や素材の開発が進んできた。これに伴って、試験依頼の需要が増加して、より広い試験内容の充実や対象分野の拡大が求められている。しかし、環境中のウイルスの調査や試験を受託する機関が少ないのが現実である。
これまで当センターは、河川水などのウイルス調査や、家電製品デバイスおよびマスク素材などの抗ウイルス試験など自然環境中のウイルスを対象にしていたが、今後は医薬品関連の分野についても対応できる準備を進めている。
この分野への導入として、生物製剤(血液製剤など)中の肝炎ウイルスのような混迷ウイルスに焦点を絞り、製造工程における混迷ウイルス除去装置の評価など、生物製剤の製造工程検証(プロセスバリデーション)に係わるウイルス安全性試験を基軸として試験検査体制を整備したい。
この分野を進めるために、医薬品関連分野で求められるレベルの技術導入を行い、北里大学および北里研究所との連携を密にし、情報交換や支援のもとに、当センターはオール北里(北里グループに入った仕事を、それぞれの得意分野で対応する技術集団)の一員として社会貢献が出来る事業としたい。
「農業と環境と医療」を連携するための研究課題を、これまで、「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」、「未然予防」、「リスク」、「教育・啓蒙」、「インベントリー」、「農業・健康実践フィールド」などに分類してきた。北里環境科学センターを訪問し、その内容を検討してきた結果、「ウイルス」および「環境微生物」など新たな課題が浮上してきた。この北里環境科学センターの研究は、「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」などに関連が深いと考えられる。諸氏のご意見を伺いたい。また、これらの研究課題の範疇についてのご意見も伺いたい。
北里環境科学センターは、各種の分析技術を有しているところから判断して、「情報:農業と環境と医療 2号」で紹介した「研究室訪問 C:薬学部附属薬用植物園」と同じように、「農業と環境と医療」の連携の重要なプラットホーム(「コンピュータ利用の基盤となるソフトまたはハードの環境」の意を想定して)の一つであることは疑いない。
参考
これまでに北里環境科学センターが北里グループより支援を請けている仕事に次のようなものがある。
ここに、これまでの環境科学セミナーを紹介し、「農業と環境と医療」の連携の参考資料にする。なおこのセミナーは、(財)北里環境科学センター、北里大学および(財)神奈川県薬剤師会の主催で行われている。
第 1回 1998.8.1
化学物質と環境汚染
北里大学名誉教授/北里環境科学センター専務理事:小倉治夫
環境ホルモンとその対策
東京農業大学教授/北里環境科学センター参与:長尾美奈子
第 2回 1998.12.5
都市化が我々にあたえる生活環境の影響について
北里大学名誉教授/北里環境科学センター所長:大野 茂
建物の環境衛生
北里大学薬学部助教授:漆原敏之
第 3回 1999.2.27
新興・再興感染症と法律-伝染病予防法をなぜ感染症予防法とするのか
昭和大学藤が丘病院助教授:中村良子
食中毒を防ぐには―O157を例として―
国立国際医療センター研究所所長:竹田美文
第 4回 1999.5.8
ダイオキシン暴露と健康
東京農業大学教授:渡邊 昌
ダイオキシン類問題について―今私達は何をすべきか―
摂南大学薬学部教授:宮田秀明
第 5回 1999.10.30
私たちの暮らしと水
神奈川県衛生研究所・専門研究員:宇都宮暁子
内分泌かく乱物質(環境ホルモン)
横浜市立大学理学部教授/大学院総合理学研究科教授:井口泰泉
第 6回 2000.5.13
中毒事件における毒物分析について
科学警察研究所化学第四研究室長:瀬戸康雄
中毒事件における法医学・法科学鑑定
金沢大学名誉教授・前科学警察研究所長:永野耐造
第 7回 2000.10.7
高齢者とくすり
国立医薬品食品研究所・主任研究官:鹿庭なほ子
安全な食と健康な環境の回復のために―次世代への責任と課題―
国際基督教大学教養学部・理学科教授:田坂興亜
第 8回 2001.6.9
海苔、昆布などの癌抑制と食べ物健康情報あれこれ
北里大学名誉教授/北里環境科学センター理事長:山本一郎
食品中の脂肪とバランスのよい食事
前北里大学病院栄養部長:青木弥生
第 9回 2001.11
化学物質過敏症
北里研究所病院臨床環境医学センター客員部長:宮田幹夫
食べ物と薬の飲み合わせについて
社団法人日本薬剤師会常務理事:堀 美智子
第10回 2002.6.15
本物の温泉利用時代の再来
-温泉掲示証の虚偽を正す「天然温泉」の新しい表示法-
元神奈川県温泉地学研究所所長/財団法人北里環境科学センター専務理事:平野富雄
第11回 2002.11.30
漢方薬などと健康食品の問題点について
国立医薬品食品衛生研究所/筑波薬用植物栽培試験場長:関田節子
第12回 2003.6.7
住居とカビ-カビ汚染されやすい箇所を知ろう-
環境生物学研究所所長:阿部恵子
室内汚染とアレルギー-ダニ汚染を中心として-
元東京都立衛生研究所医動物室主任研究員/
現都市居住環境研究所代表:吉川 翠
第13回 2003.11.29
病院ではかる血圧、家庭ではかる血圧
東北大学大学院講師:大久保孝義
家庭血圧の正しいはかり方
オムロンヘルスケア(株)広報渉外部:飯島かおり
第14回 2004.6.26
身体が錆びる 健康な長寿を求めて-酸素ストレスと生活習慣病-
東京薬科大学薬学部教授:菊川清見
迫り来る感染症の恐怖-家族を感染症から守る知恵?-
北里大学医療系研究科客員教授:小長谷昌功
第15回 2004.11.27
健康予報の実現に向けて-病気と天気の不思議な関係を探る-
国土環境株式会社:宮下良治
環境汚染化学物質の微量分析とヒト暴露量の評価
星薬科大学教授:中澤裕之
第16回 2005.6.11
人工衛星が捉えた中越地震やインド洋大津波などの状況
―安心・安全のリモートセンシング―
財団法人リモートセンシング技術センター研究部長/
東京工業大学客員教授/東洋大学客員教授:田中總太郎
丹沢の自然環境と丹沢大山総合調査
神奈川県自然環境保全センター研究部主任研究員:田村 淳
このセンターの部長以上の構成員を次に紹介する。[所長]平野富雄、[本部長]小池 満、[理化学部長]伊藤茂夫、[ウイルス部長]梶岡実雄、[微生物部長]奥田舜治、[事務部長]小池 満
沿革は次の通りである。
昭和48年 3月 北里大学衛生学部「北里環境衛生研究センター」設立
昭和52年 3月 計量法に基づく濃度計量証明事業所登録(神奈川県第56号)
4月 財団法人北里環境科学センター創立
昭和54年 1月 食品衛生法に基づく指定検査機関(厚生省環第25号)
2月 水道法第34条の2第2項に基づく指定機関(厚生省環第68号、指定番号:第25号)
昭和55年 1月 水道法第20条第3項に基づく指定検査機関(厚生省環第13号、指定番号:第45号)
平成 2年 8月 温泉法に基づく指定分析機関(環境庁告示第58号)
平成11年11月 水道法第20条第3項に基づく指定検査機関(厚生省収生衛第1192号、指定番号:第45号)
平成14年 8月 温泉法に基づく登録分析機関(神奈川県知事登録第2号)
平成14年12月 作業環境測定法に基づく登録機関(神奈川労働局登録第14-5号)
平成16年 3月 水道法第34条の2第2項に基づく登録機関
平成16年 3月 水道法第20条第3項に基づく登録検査機関
平成16年 5月 食品衛生法に基づく登録検査機関
当センターの主な加入団体は次の通りである。食品微生物学会、日本食品保全協会、神奈川県食品衛生協会、HACCP連絡協議会、神奈川県公衆衛生協会、日本防菌防黴学会、日本環境測定分析協会、桂川・相模川流域協議会、日本温泉科学会、全国給水衛生協会、産業管理協会、日本水環境学会、日本分析化学会、日本アイソトープ協会。
事業は次の二つの分野からなる。一つは、環境問題および食品衛生に関する調査研究、さらには環境セミナーの開催による普及に関わる指導教育の分野である。他は、検査・試験事業分野である。ここでは、法令に基づく登録機関事業として、1)水道法に基づく水質検査(厚生労働省)、2)簡易専用水道などに関わる施設検査(厚生労働省)、3)食品に関わる細菌検査(厚生労働省)、4)温泉分析(環境省)、5)濃度計量証明に関わる分析(経済産業省・神奈川県)が実施されている。その他、検査や試験が社会的に要請される事業に対しても積極的に取り組んでいる。具体的には、各部の紹介を参照されたい。
業務を項目別に整理すると次の通りである。
1)環境調査
- 化学物質に関する調査:水質汚濁、大気汚染、土壌汚染、廃棄物、悪臭、室内空気など
- 生物に関する調査:レジオネラ属菌等環境微生物、クリプトスポリジウム等原虫類、ウイルスなど
- 総合的調査:河川等公共用水域調査、地下水調査、土壌調査、その他
- 食品衛生に関する調査:食品衛生製造設備の調査、食品危害防止対策調査
2)試験・検査事業
- 食品検査:食品衛生自主検査、食品賞味期限検査、食中毒菌検査
- 飲料水検査:水道法基準項目など、ゴルフ場農薬、プール水、浴槽水
- 簡易専用水道施設検査:簡易専用水道施設に係わる法定検査
- 温泉分析:泉質、レジオネラ属菌などの検査
- 微生物学的検査:かび抵抗性試験、抗菌性能評価試験、製品性能試験、微生物同定試験、抗ウイルス試験、環境微生物試験
- 濃度計量:水質、底質、土壌および大気分析
3)指導啓発事業
- 環境科学セミナー:環境衛生に関する啓発活動
- 食品衛生管理指導:食品製造業者等の食品衛生教育・指導
- 技術研修及び講習:環境科学、食品衛生に関する技術指導
組織は、理事会を頭におき、所長と本部長のもとに事務部と技術部(微生物・ウイルス・理化学)がある。理化学部は、主に上述した化学物質に関する調査を積極的に行っている。微生物部およびウイルス部には、共同研究や他の研究所などとの共同業務があり、「農業と環境と医療」で連携できる項目が認められるので、その内容を以下に列記する。
微生物部
F-1.エアコン、空気清浄機等の家電製品に搭載する空気中浮遊微生物の除去・殺菌装置(デバイス)等の性能評価試験:日立ホーム&ライフソリューション、三菱電機、松下電器、東芝、富士電気など
F-2.抗菌加工製品・抗菌剤等の抗菌効果評価試験:富士写真フィルム、富士電機など
F-3.レジオネラなど環境微生物の調査及び汚染対策業務:東京電力、北里大学など
F-4.マウスにおけるクリプトスポリジウムの培養:(独)土木研究所
F-5.組織培養による感染性評価手法の検討:(独)土木研究所
F-6.銅イオンのクリストスポシジウム感染性に対する不活化効果、ならびに銅管のレジオネラ属菌防染対策に関する基礎的研究:日本銅センター
F-7.その他、防御衣等の微生物通過防御試験などがある。
ウイルス部
ウイルスに関する事業は、これまで微生物部の中で進められてきたが、事業の拡大に伴って、平成17年4月から新規部門として独立した。今後ウイルス部は、これまでの環境分野の受託事業のほかに、新たに医療分野を視野に入れた事業の展開を図りたいとしている。
F-8.河川水等環境中の水のウイルス分離調査受託
「受託先と内容」(独)土木研究所:下水処理水のウイルス汚染調査
自治体の下水処理場:コンポストウイルス汚染調査
民間プラント会社:下水クリプトスポリジウム汚染調査、環境水からのウイルス分離
F-9.抗ウイルス素材性能試験 「受託先と内容」各種素材メーカー:各種素材の抗ウイルス効果試験
F-10.抗ウイルスデバイス類の性能試験 「受託先と内容」各種家電製品メーカー: 家電製品に取り付けられている装置の抗ウイルス効果試験
F-11.抗ウイルス薬試験 「受託先と内容」製薬メーカー等:抗ウイルス薬の効力評価試験
F-12.医薬品ウイルス安全性試験を行うための生物製剤混迷ウイルス検出法の確率
ウイルス部の新しい事業展開
近年、環境問題の中で環境微生物(細菌、カビ)への関心が高まるにつれ、ウイルスに対してもその感染防御のための装置(デバイス)や素材の開発が進んできた。これに伴って、試験依頼の需要が増加して、より広い試験内容の充実や対象分野の拡大が求められている。しかし、環境中のウイルスの調査や試験を受託する機関が少ないのが現実である。
これまで当センターは、河川水などのウイルス調査や、家電製品デバイスおよびマスク素材などの抗ウイルス試験など自然環境中のウイルスを対象にしていたが、今後は医薬品関連の分野についても対応できる準備を進めている。
この分野への導入として、生物製剤(血液製剤など)中の肝炎ウイルスのような混迷ウイルスに焦点を絞り、製造工程における混迷ウイルス除去装置の評価など、生物製剤の製造工程検証(プロセスバリデーション)に係わるウイルス安全性試験を基軸として試験検査体制を整備したい。
この分野を進めるために、医薬品関連分野で求められるレベルの技術導入を行い、北里大学および北里研究所との連携を密にし、情報交換や支援のもとに、当センターはオール北里(北里グループに入った仕事を、それぞれの得意分野で対応する技術集団)の一員として社会貢献が出来る事業としたい。
「農業と環境と医療」を連携するための研究課題を、これまで、「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」、「未然予防」、「リスク」、「教育・啓蒙」、「インベントリー」、「農業・健康実践フィールド」などに分類してきた。北里環境科学センターを訪問し、その内容を検討してきた結果、「ウイルス」および「環境微生物」など新たな課題が浮上してきた。この北里環境科学センターの研究は、「窒素」、「化学物質」、「重金属」、「安全食品」などに関連が深いと考えられる。諸氏のご意見を伺いたい。また、これらの研究課題の範疇についてのご意見も伺いたい。
北里環境科学センターは、各種の分析技術を有しているところから判断して、「情報:農業と環境と医療 2号」で紹介した「研究室訪問 C:薬学部附属薬用植物園」と同じように、「農業と環境と医療」の連携の重要なプラットホーム(「コンピュータ利用の基盤となるソフトまたはハードの環境」の意を想定して)の一つであることは疑いない。
参考
これまでに北里環境科学センターが北里グループより支援を請けている仕事に次のようなものがある。
- 環境科学セミナー:北里学園
- クリプトスポリジウム受託試験:医学部微生物学研究室
- インフルエンザウイルス抗原の分与:北里研究所 生物製剤研究所
- 医療用具等無菌試験など:北里研究所 臨床薬理研究所
- ウイルス試験:北里大塚バイオメディカルアッセイ研究所
- ウイルス試験指導:医療衛生学部微生物学研究室
ここに、これまでの環境科学セミナーを紹介し、「農業と環境と医療」の連携の参考資料にする。なおこのセミナーは、(財)北里環境科学センター、北里大学および(財)神奈川県薬剤師会の主催で行われている。
第 1回 1998.8.1
化学物質と環境汚染
北里大学名誉教授/北里環境科学センター専務理事:小倉治夫
環境ホルモンとその対策
東京農業大学教授/北里環境科学センター参与:長尾美奈子
第 2回 1998.12.5
都市化が我々にあたえる生活環境の影響について
北里大学名誉教授/北里環境科学センター所長:大野 茂
建物の環境衛生
北里大学薬学部助教授:漆原敏之
第 3回 1999.2.27
新興・再興感染症と法律-伝染病予防法をなぜ感染症予防法とするのか
昭和大学藤が丘病院助教授:中村良子
食中毒を防ぐには―O157を例として―
国立国際医療センター研究所所長:竹田美文
第 4回 1999.5.8
ダイオキシン暴露と健康
東京農業大学教授:渡邊 昌
ダイオキシン類問題について―今私達は何をすべきか―
摂南大学薬学部教授:宮田秀明
第 5回 1999.10.30
私たちの暮らしと水
神奈川県衛生研究所・専門研究員:宇都宮暁子
内分泌かく乱物質(環境ホルモン)
横浜市立大学理学部教授/大学院総合理学研究科教授:井口泰泉
第 6回 2000.5.13
中毒事件における毒物分析について
科学警察研究所化学第四研究室長:瀬戸康雄
中毒事件における法医学・法科学鑑定
金沢大学名誉教授・前科学警察研究所長:永野耐造
第 7回 2000.10.7
高齢者とくすり
国立医薬品食品研究所・主任研究官:鹿庭なほ子
安全な食と健康な環境の回復のために―次世代への責任と課題―
国際基督教大学教養学部・理学科教授:田坂興亜
第 8回 2001.6.9
海苔、昆布などの癌抑制と食べ物健康情報あれこれ
北里大学名誉教授/北里環境科学センター理事長:山本一郎
食品中の脂肪とバランスのよい食事
前北里大学病院栄養部長:青木弥生
第 9回 2001.11
化学物質過敏症
北里研究所病院臨床環境医学センター客員部長:宮田幹夫
食べ物と薬の飲み合わせについて
社団法人日本薬剤師会常務理事:堀 美智子
第10回 2002.6.15
本物の温泉利用時代の再来
-温泉掲示証の虚偽を正す「天然温泉」の新しい表示法-
元神奈川県温泉地学研究所所長/財団法人北里環境科学センター専務理事:平野富雄
第11回 2002.11.30
漢方薬などと健康食品の問題点について
国立医薬品食品衛生研究所/筑波薬用植物栽培試験場長:関田節子
第12回 2003.6.7
住居とカビ-カビ汚染されやすい箇所を知ろう-
環境生物学研究所所長:阿部恵子
室内汚染とアレルギー-ダニ汚染を中心として-
元東京都立衛生研究所医動物室主任研究員/
現都市居住環境研究所代表:吉川 翠
第13回 2003.11.29
病院ではかる血圧、家庭ではかる血圧
東北大学大学院講師:大久保孝義
家庭血圧の正しいはかり方
オムロンヘルスケア(株)広報渉外部:飯島かおり
第14回 2004.6.26
身体が錆びる 健康な長寿を求めて-酸素ストレスと生活習慣病-
東京薬科大学薬学部教授:菊川清見
迫り来る感染症の恐怖-家族を感染症から守る知恵?-
北里大学医療系研究科客員教授:小長谷昌功
第15回 2004.11.27
健康予報の実現に向けて-病気と天気の不思議な関係を探る-
国土環境株式会社:宮下良治
環境汚染化学物質の微量分析とヒト暴露量の評価
星薬科大学教授:中澤裕之
第16回 2005.6.11
人工衛星が捉えた中越地震やインド洋大津波などの状況
―安心・安全のリモートセンシング―
財団法人リモートセンシング技術センター研究部長/
東京工業大学客員教授/東洋大学客員教授:田中總太郎
丹沢の自然環境と丹沢大山総合調査
神奈川県自然環境保全センター研究部主任研究員:田村 淳
本の紹介 3:安全と安心の科学、村上陽一郎著、集英社新書 (2004)
この本は、人間のもつ「リスクに立ち向かう」営みについて書かれたものである。科学・技術は「絶対安全」を約束するものではない。しかし、さまざまな事故を諦めることなく、事故の来る所以を分析し、何かを探し出す。そして、一歩でも前進した事故対策を練る。時には人間の力がいかに卑小であるかを再認識し、自然の力の雄大さに再び頭を垂れる。そのような思いをもちながらこの本は書かれている。以下に各章の内容を紹介する。
序論 「安全学」の試み
ここ数年の間に、安全と安心は社会の合い言葉のようになった。「科学技術基本計画」でも、「安全で安心できる国」なるスローガンが掲げられている。その背景には、自然と人間との接点で起こる自然災害がある。続いて、戦争や凶悪犯罪など人間が人間の安全を脅かしている現実がある。また、人間が作った人工物に脅かされている人間がいる。それは、自動車であり原子力である。
一方では、社会構造の変化からくる外化(著者の定義:現代社会は、過去においては個人の手に委ねられてきたさまざまな機能や能力を、個人から取り上げ、それを社会の仕組みのなかで達成させようとする傾向にあります。少しぎこちない言葉ですが、それを「外化」という言葉で呼ぶことにしましょう。)や年金への不安が顔を覗かせる。また、文明化の進展によって変化する疾病の構造への不安がある。社会を構成している成員がその社会に違和感を持ち、自分が社会のなかであるべき場所を見出せない不安が充満している。
社会によってさまざまな不安が存在する。文明の発達した社会が、その成員にとって決して好ましい安全と安心がある環境ではないのである。加えて、仮に「安全」でも「安心」は得られないのである。危険が除かれ安全になったからといって、必ずしも安心は得られない。
「不足」や「満足」は、心理的な側面の強い概念であるけれども、ある程度数値化が可能である。しかし、「不安」と「安心」はそうした数値の世界に乗り切らない。
ひょっとしたら、脳には最初から不安という要素があって、ある現象をその脳の不安要素につねに関係づけようとしているのかもしれない。いずれにしても、この本の提唱する「安全学」とは、「安全-危険」、「安心-不安」、「満足-不足」という軸を総合的に眺めて、問題の解決を図ろうとするものと理解すればよいであろう。
第1章 交通と安全-自己の「責任追求」と「原因究明」
著者は序論で、戦争や原子力や震災に比べて、自動車事故について「年間八千人、つまり阪神・淡路大震災での死者数を上回り、毎日確実に20人以上の死者を生み続けている交通の現場に対する社会の関心の低さは異常でもあります。」と指摘している。確かにこの異常さは、どこからくるものか、不思議な現象である。
「交通と安全」と題するこの章では、上述した自動車事故についての「責任追及」と「原因究明」の違いと、「原因究明」の必要性について解説する。このことを理解させるために、航空機のフール・プルーフ(注:不注意があってもなお、致命的な結果におちいらないようにする技術的工夫)やナチュラル・マッピング(注:操作パネルなどの設計に当たって、「自然」であることを一義に立てることを意味する)などを例に出す。
交通事故が起こる。事故の調査が行われる。事故の調査が「責任追及」の観点から行われる。このことは確かに必要だが、事故の調査がそのような観点だけから行われることが問題だと指摘する。すなわち、事故原因の究明が次の事故の防止のためになされなければならないとする。これが「原因の究明」である。安全へ導くインセンティブの欠如を指摘しているのである。
過去に学ばないものは、同じ過ちを繰り返す。このことこそ、どのような現場であろうと、安全の問題に取り組むときの黄金律(この項の筆者の注:golden rule、新約聖書のマタイ福音書にある山上の説教の一説「すべて人にせられんと思うことは人にもまたそのごとくせよ」)なのである。このことは、すべての事象に当てはまる。歴史を見る目であり、科学をする意識であり、生命を継続させる目である。歴史に学ぶとは、どんな分野においても先人が語ってきた忘れてはならない定説なのである。
第2章 医療と安全-インシデント情報の開示と事故情報
失敗・事故・アクシデント・インシデントから学ぶことが強調される。事故が起きた。報告制度がある。なぜ報告が必要か。起こった不都合な出来事を共有する。なぜ共有するか。今後の改善を目指すために重要だから。医療現場に多い「患者取り違え」事件で、このことを説明する。
それでも、人間は間違える。「人間は間違える」ことを、To Err is Humanで解説し、 フール・プルーフ(愚行、ミス、エラーに対して備えができている)、フェイル・セーフ(失敗があっても安全が保てる)を解説しながら安全を保つことの必要性が語られる。
さらに、安全については、「医療の品質管理」の導入が必要であると強調される。医療はそもそもが、危険と隣り合わせにある。したがって、危機を承知の上で行われる行為でもある。そこで問題が起こっても、それが問題であるかどうかさえ判らないままに、ミスや誤りが明確化されない傾向が強いから、医療の品質管理は責任の上からも重要であると説く。
続いて医療の安全を語るために、戦後世間の耳目を集めた「薬害事件」が、その背景とともに紹介される。睡眠薬サリドマイドを妊娠初期に服用した妊婦から生まれた子供に、先天性の奇形が発生したサリドマイド事件。キノホルムが絡む消毒剤による薬害事件で、亜急性・背髄・視神経・末梢神経障害(subacute myelo-optic-neuropathy)の頭文字から名付けられたスモン。マラリアの治療薬を慢性の炎症や肝炎などに拡大し、視力障害をもたらしたクロロキン事件。ある種の抗癌剤と併用すると、死亡も含む重篤な障害が発生するヘルペス治療薬として開発されたソリブジン。血友病の治療のために使われてきた非加熱血液製剤に含まれていたHIVによる感染症など。
加えて、医療スタッフの安全問題が語られる。医療の責任に対する心理的な重圧、治療中の事故による感染、院内感染など医療者の安全も忘れてはならない問題であると、話は続く。
第3章 原子力と安全-過ちに学ぶ「安全文化」の確率
この章では、原子力事故を通して「過ちに学ぶ」ことを力説する。そのためには、「技術と知識の継承」、「暗黙知の継承」、「初心忘るべからず」および「安全文化」が重要であると指摘する。安全文化とは、国際原子力機関が、相次ぐ事故を教訓として国際的に原子力関係者に向けた啓発活動として提唱してきた概念である。
安全文化は二つの要素からなる。一つは組織内の必要な枠組みと管理機構の責任の取り方である。二つ目は、あらゆる階層の従業員が、その枠組みに対しての責任の取り方および理解の仕方において、どのような姿勢を示すか、という点である。この内容は、単なる精神主義ではなく、広く一般に活用できるので以下にその一部を記載しておく。
個々の従業員には、
管理的業務者には、
さらにここでは、「科学者共同体」と専門知識の関係が解説される。それを受けて、どのようにして専門知識が外部社会に利用されるようになったかの説明がある。これらの歴史的な経過を経て、はじめて安全が獲得されていくのである。
つまり科学の本来の姿は、知識の生産・蓄積・流通・利用・評価などが完全に科学者共同体の内部に限定された形で行われる。すなわち、自己完結的な活動なのである。しかし、原子力の場合、科学者共同体の外の組織である行政や軍部に利用の道が開かれたのである。このときから科学は、科学者の好奇心を満足させるための自己完結的な知的活動であると同時に、その成果を外部社会が、特に国家が、自分たちの目的を達成するために利用できる宝庫にしたのである。
また原子力産業の特異性が、原子力発電所事故のカテゴリー分類、スリーマイル島原子力発電所事故、チェルノブイリ原子力発電所事故、東海村JCO臨界事故などを例に解説される。
第4章 安全の設計-リスクの認知とリスク・マネジメント
はたして「リスク」の訳語が「危険」で、「マネジメント」の訳語が「管理」なのかという疑問から始まり、「リスク」という語の語源の定説が紹介される。「リスク」には「人間の意志」または「人間の行為」が絡んでいる。行為には「利益」が伴い、その「利益」を追求しようとする意志がある。リスクの中で問題になる「危険」は、「可能性として」の「危険」であり、しかも何らかの意味で人間が「利を求めることの代償」としての「危険」ということになる。
つづいて、「リスク認知の主観性」が語られる。リスクは不安や恐れと表裏をなす概念であるから、「心理的」な意味あいをもつ。だからある喫煙者は、喫煙という行為が客観的にリスクがきわめて大きいにもかかわらず、何倍もリスクの低い組換え体作物の方にリスクに関する情熱を傾けたりする。
リスクの認知は、慣れていないもの、未知のものへの恐れなどに過大に現れる。また、自己から時間的、空間的な距離が遠くなるにつれて、認知度は低下する。
結局、リスクの認知は、主観的あるいは心理的な要素を多分に含むもので、個人や社会の価値観と密接に繋がっている。このように主観的な色合いの濃いリスクに対しては、ある程度の客観性が与えられなければならない。これがリスクの定量化である。
このようなリスクの背景が語られ、リスクの認知、定量化、評価が紹介される。当然のことであるが、認知され、定量化された事故についてのリスクは、評価に基づいて、起こらないように管理される必要が生じる。
第5章 安全の戦略-ヒューマン・エラーに対する安全戦略
前章のリスクの認知、定量化、評価、管理上の問題点にはヒューマン・ファクターは除外して算定されていた。この章は、ヒューマン・エラーが起こったとき、どのような安全への戦略が可能か、また、システムの安全を目指すときに、それに関わる人間の意識として、何が必要かという点に焦点が絞られる。
そのような視点から、次の項目が設定され、それぞれの項目が解説される。安全戦略としての「フール・プルーフ」と「フェイル・セーフ」/「安全」は達成された瞬間から崩壊が始まる/ホイッスル・ブロウ(注:危険を察知して、警告を発する)の重要性/ヒューマン・エラーが起こるときの条件/アフォーダンス(注:生物が自分以外の何ものかと出会ったとき、どのように感じるか、という場面で生じる特性)に合っていること/回復可能性/複合管理システム/簡潔・明瞭な表示法/コミュニケーションの円滑化/褒賞と制裁/失敗に学ぶことの重要性
結び/あとがき/参考文献一覧
序論 「安全学」の試み
ここ数年の間に、安全と安心は社会の合い言葉のようになった。「科学技術基本計画」でも、「安全で安心できる国」なるスローガンが掲げられている。その背景には、自然と人間との接点で起こる自然災害がある。続いて、戦争や凶悪犯罪など人間が人間の安全を脅かしている現実がある。また、人間が作った人工物に脅かされている人間がいる。それは、自動車であり原子力である。
一方では、社会構造の変化からくる外化(著者の定義:現代社会は、過去においては個人の手に委ねられてきたさまざまな機能や能力を、個人から取り上げ、それを社会の仕組みのなかで達成させようとする傾向にあります。少しぎこちない言葉ですが、それを「外化」という言葉で呼ぶことにしましょう。)や年金への不安が顔を覗かせる。また、文明化の進展によって変化する疾病の構造への不安がある。社会を構成している成員がその社会に違和感を持ち、自分が社会のなかであるべき場所を見出せない不安が充満している。
社会によってさまざまな不安が存在する。文明の発達した社会が、その成員にとって決して好ましい安全と安心がある環境ではないのである。加えて、仮に「安全」でも「安心」は得られないのである。危険が除かれ安全になったからといって、必ずしも安心は得られない。
「不足」や「満足」は、心理的な側面の強い概念であるけれども、ある程度数値化が可能である。しかし、「不安」と「安心」はそうした数値の世界に乗り切らない。
ひょっとしたら、脳には最初から不安という要素があって、ある現象をその脳の不安要素につねに関係づけようとしているのかもしれない。いずれにしても、この本の提唱する「安全学」とは、「安全-危険」、「安心-不安」、「満足-不足」という軸を総合的に眺めて、問題の解決を図ろうとするものと理解すればよいであろう。
第1章 交通と安全-自己の「責任追求」と「原因究明」
著者は序論で、戦争や原子力や震災に比べて、自動車事故について「年間八千人、つまり阪神・淡路大震災での死者数を上回り、毎日確実に20人以上の死者を生み続けている交通の現場に対する社会の関心の低さは異常でもあります。」と指摘している。確かにこの異常さは、どこからくるものか、不思議な現象である。
「交通と安全」と題するこの章では、上述した自動車事故についての「責任追及」と「原因究明」の違いと、「原因究明」の必要性について解説する。このことを理解させるために、航空機のフール・プルーフ(注:不注意があってもなお、致命的な結果におちいらないようにする技術的工夫)やナチュラル・マッピング(注:操作パネルなどの設計に当たって、「自然」であることを一義に立てることを意味する)などを例に出す。
交通事故が起こる。事故の調査が行われる。事故の調査が「責任追及」の観点から行われる。このことは確かに必要だが、事故の調査がそのような観点だけから行われることが問題だと指摘する。すなわち、事故原因の究明が次の事故の防止のためになされなければならないとする。これが「原因の究明」である。安全へ導くインセンティブの欠如を指摘しているのである。
過去に学ばないものは、同じ過ちを繰り返す。このことこそ、どのような現場であろうと、安全の問題に取り組むときの黄金律(この項の筆者の注:golden rule、新約聖書のマタイ福音書にある山上の説教の一説「すべて人にせられんと思うことは人にもまたそのごとくせよ」)なのである。このことは、すべての事象に当てはまる。歴史を見る目であり、科学をする意識であり、生命を継続させる目である。歴史に学ぶとは、どんな分野においても先人が語ってきた忘れてはならない定説なのである。
第2章 医療と安全-インシデント情報の開示と事故情報
失敗・事故・アクシデント・インシデントから学ぶことが強調される。事故が起きた。報告制度がある。なぜ報告が必要か。起こった不都合な出来事を共有する。なぜ共有するか。今後の改善を目指すために重要だから。医療現場に多い「患者取り違え」事件で、このことを説明する。
それでも、人間は間違える。「人間は間違える」ことを、To Err is Humanで解説し、 フール・プルーフ(愚行、ミス、エラーに対して備えができている)、フェイル・セーフ(失敗があっても安全が保てる)を解説しながら安全を保つことの必要性が語られる。
さらに、安全については、「医療の品質管理」の導入が必要であると強調される。医療はそもそもが、危険と隣り合わせにある。したがって、危機を承知の上で行われる行為でもある。そこで問題が起こっても、それが問題であるかどうかさえ判らないままに、ミスや誤りが明確化されない傾向が強いから、医療の品質管理は責任の上からも重要であると説く。
続いて医療の安全を語るために、戦後世間の耳目を集めた「薬害事件」が、その背景とともに紹介される。睡眠薬サリドマイドを妊娠初期に服用した妊婦から生まれた子供に、先天性の奇形が発生したサリドマイド事件。キノホルムが絡む消毒剤による薬害事件で、亜急性・背髄・視神経・末梢神経障害(subacute myelo-optic-neuropathy)の頭文字から名付けられたスモン。マラリアの治療薬を慢性の炎症や肝炎などに拡大し、視力障害をもたらしたクロロキン事件。ある種の抗癌剤と併用すると、死亡も含む重篤な障害が発生するヘルペス治療薬として開発されたソリブジン。血友病の治療のために使われてきた非加熱血液製剤に含まれていたHIVによる感染症など。
加えて、医療スタッフの安全問題が語られる。医療の責任に対する心理的な重圧、治療中の事故による感染、院内感染など医療者の安全も忘れてはならない問題であると、話は続く。
第3章 原子力と安全-過ちに学ぶ「安全文化」の確率
この章では、原子力事故を通して「過ちに学ぶ」ことを力説する。そのためには、「技術と知識の継承」、「暗黙知の継承」、「初心忘るべからず」および「安全文化」が重要であると指摘する。安全文化とは、国際原子力機関が、相次ぐ事故を教訓として国際的に原子力関係者に向けた啓発活動として提唱してきた概念である。
安全文化は二つの要素からなる。一つは組織内の必要な枠組みと管理機構の責任の取り方である。二つ目は、あらゆる階層の従業員が、その枠組みに対しての責任の取り方および理解の仕方において、どのような姿勢を示すか、という点である。この内容は、単なる精神主義ではなく、広く一般に活用できるので以下にその一部を記載しておく。
個々の従業員には、
- 常に疑問を持ち、それを表明する習慣を付けること
- 厳密で思慮深い行動をとるには、何を心がけるかを考えること
- 相互・上下の間のコミュニケーションを十分に円滑にすること
管理的業務者には、
- 責任の範囲を常に明確にして隙間がないようにする
- 部下の安全を発展させる実践活動を明確に分節化し、かつそれを統御すること
- 部下の資質を見抜き十分な訓練を施すこと
- 褒賞と制裁とを明確に行うこと
- 常に監査、評価を怠らず、また異分野や他のセクションとの比較を怠らないこと
さらにここでは、「科学者共同体」と専門知識の関係が解説される。それを受けて、どのようにして専門知識が外部社会に利用されるようになったかの説明がある。これらの歴史的な経過を経て、はじめて安全が獲得されていくのである。
つまり科学の本来の姿は、知識の生産・蓄積・流通・利用・評価などが完全に科学者共同体の内部に限定された形で行われる。すなわち、自己完結的な活動なのである。しかし、原子力の場合、科学者共同体の外の組織である行政や軍部に利用の道が開かれたのである。このときから科学は、科学者の好奇心を満足させるための自己完結的な知的活動であると同時に、その成果を外部社会が、特に国家が、自分たちの目的を達成するために利用できる宝庫にしたのである。
また原子力産業の特異性が、原子力発電所事故のカテゴリー分類、スリーマイル島原子力発電所事故、チェルノブイリ原子力発電所事故、東海村JCO臨界事故などを例に解説される。
第4章 安全の設計-リスクの認知とリスク・マネジメント
はたして「リスク」の訳語が「危険」で、「マネジメント」の訳語が「管理」なのかという疑問から始まり、「リスク」という語の語源の定説が紹介される。「リスク」には「人間の意志」または「人間の行為」が絡んでいる。行為には「利益」が伴い、その「利益」を追求しようとする意志がある。リスクの中で問題になる「危険」は、「可能性として」の「危険」であり、しかも何らかの意味で人間が「利を求めることの代償」としての「危険」ということになる。
つづいて、「リスク認知の主観性」が語られる。リスクは不安や恐れと表裏をなす概念であるから、「心理的」な意味あいをもつ。だからある喫煙者は、喫煙という行為が客観的にリスクがきわめて大きいにもかかわらず、何倍もリスクの低い組換え体作物の方にリスクに関する情熱を傾けたりする。
リスクの認知は、慣れていないもの、未知のものへの恐れなどに過大に現れる。また、自己から時間的、空間的な距離が遠くなるにつれて、認知度は低下する。
結局、リスクの認知は、主観的あるいは心理的な要素を多分に含むもので、個人や社会の価値観と密接に繋がっている。このように主観的な色合いの濃いリスクに対しては、ある程度の客観性が与えられなければならない。これがリスクの定量化である。
このようなリスクの背景が語られ、リスクの認知、定量化、評価が紹介される。当然のことであるが、認知され、定量化された事故についてのリスクは、評価に基づいて、起こらないように管理される必要が生じる。
第5章 安全の戦略-ヒューマン・エラーに対する安全戦略
前章のリスクの認知、定量化、評価、管理上の問題点にはヒューマン・ファクターは除外して算定されていた。この章は、ヒューマン・エラーが起こったとき、どのような安全への戦略が可能か、また、システムの安全を目指すときに、それに関わる人間の意識として、何が必要かという点に焦点が絞られる。
そのような視点から、次の項目が設定され、それぞれの項目が解説される。安全戦略としての「フール・プルーフ」と「フェイル・セーフ」/「安全」は達成された瞬間から崩壊が始まる/ホイッスル・ブロウ(注:危険を察知して、警告を発する)の重要性/ヒューマン・エラーが起こるときの条件/アフォーダンス(注:生物が自分以外の何ものかと出会ったとき、どのように感じるか、という場面で生じる特性)に合っていること/回復可能性/複合管理システム/簡潔・明瞭な表示法/コミュニケーションの円滑化/褒賞と制裁/失敗に学ぶことの重要性
結び/あとがき/参考文献一覧
本の紹介 4:日本とEUの有機畜産−ファームアニマルウェルフェア−、松永洋一・永松美希編著、農文協(2004)
「農業と動物福祉の研究会(Japan Farm Animal Welfare Initiative)」は、その目的を次のように定めている(http://jfawi.org/)。
著者の一人である松木洋一氏は、この会の代表世話人である。安全な畜産食品は、家畜の健康と福祉を抜いては語れないという想いで、この本は書かれている。ここでは、「有機畜産」という世界の新しい潮流がていねいに紹介されている。
実践がきわめて重要であることを諭すように、大きく3部に分かれたこの本の構成はきわめて特異的である。その3部とは、I.Philosophy 有機畜産の背景と思想、II.Plan & Action 日本とヨーロッパの先駆者たち、III.Future Design 明日の有機畜産である。
I. Philosophy 有機畜産の背景と思想の序章 「ファームアニマルウエルフェアの時代-ヨーロッパの経験と国際獣疫事務所の活動-」では、家畜福祉とは何か、ヨーロッパのファームアニマルウエルフェアの歴史、食の安全と環境に直結する家畜福祉の改善、国際獣疫事務局による家畜健康・福祉の世界基準策定への取り組みが具体的な文献を紹介しながら解説される。
II.Plan & Action の「第1章:活気に満ちたEUの有機畜産」では、拡大するヨーロッパの有機畜産食品市場、"有機農場から有機食卓へ"を追求するイギリス第二位の大規模農場-シープドローブオーガニックファームの有機畜産-、有機農場のブランド戦略-イーストブルックファームの有機畜産-などが紹介される。
「第2章:日本のチャレンジャー」では、11箇所の具体的で特徴的な有機畜産の事例が以下のように紹介される。
事例の2番目は、北里大学獣医畜産学部附属フィールドサイエンスセンター(FSC)八雲牧場である。これは、100%自給飼料による牛肉生産と適合品種の選定の取り組みの物語である。センター長の萬田富治教授をはじめ、センターの全職員の努力の焦点が、資源循環型畜産に向けられている貴重な事例である。
ここでは、風土に根ざした放牧適合肉用牛の開発を目指した物語が展開される。八雲牧場の概況、牛肉生産量の状況、品種選定と交雑種の利用法、感染症防止・抗菌性強化の現状、完熟堆肥の調製や貯蔵施設の開発、物質収支の均衡を維持する方法、牛肉の機能性と安全性の評価、生産と消費の連携の強化、さらには「北里八雲牛」と命名した理由などが紹介される。
III.Future Design の「第3章:ここまできた有機畜産ガイドラインと食品安全システム」では、EU有機畜産規則の形成と題して、EUの有機農業政策の進展と有機畜産規則の骨子が紹介される。また、コーデックス有機畜産ガイドラインが紹介される。最後に、EUの食品安全システムの展開と題して、EUにおける農業と食品産業の連携、EUにおける食品安全システムの現状が紹介される。
「第4章:日本型有機畜産の発展のために」では、日本の家畜福祉に関する意識と法律・基準改正の論点が展開される。さらに、アニマルウエルフェアへの日本の対応が解説される。最後に日本型有機畜産アグリフードシステムの開発課題が紹介される。
資料として、コーデックス「有機生産食品の生産、加工、表示及び販売に係わるガイドライン」(2001.1.7抄訳)が掲載されている。
- 畜産動物が人間の生命と健康、豊かな生活のために貢献している役割を強く認識し、かれらが単なる農産物ではなく感受性のある生命存在として尊重され、その健康と福祉が保証される飼育環境条件を研究し、その整備方向を検討・提案することを目的とする。
- 野生生物との共存や畜産動物の福祉に関する研究を含め、農業における生物多様性と環境の保全、地域コミュニティの形成等の多面的機能の発展に向けて、総合的な政策立案・提言を行う。
- 研究事業は世界の研究者・市民のパートナーシップによって実現されるものであり、国際的な連帯のもとにすすめ、その成果を広く市民社会に公開する。
著者の一人である松木洋一氏は、この会の代表世話人である。安全な畜産食品は、家畜の健康と福祉を抜いては語れないという想いで、この本は書かれている。ここでは、「有機畜産」という世界の新しい潮流がていねいに紹介されている。
実践がきわめて重要であることを諭すように、大きく3部に分かれたこの本の構成はきわめて特異的である。その3部とは、I.Philosophy 有機畜産の背景と思想、II.Plan & Action 日本とヨーロッパの先駆者たち、III.Future Design 明日の有機畜産である。
I. Philosophy 有機畜産の背景と思想の序章 「ファームアニマルウエルフェアの時代-ヨーロッパの経験と国際獣疫事務所の活動-」では、家畜福祉とは何か、ヨーロッパのファームアニマルウエルフェアの歴史、食の安全と環境に直結する家畜福祉の改善、国際獣疫事務局による家畜健康・福祉の世界基準策定への取り組みが具体的な文献を紹介しながら解説される。
II.Plan & Action の「第1章:活気に満ちたEUの有機畜産」では、拡大するヨーロッパの有機畜産食品市場、"有機農場から有機食卓へ"を追求するイギリス第二位の大規模農場-シープドローブオーガニックファームの有機畜産-、有機農場のブランド戦略-イーストブルックファームの有機畜産-などが紹介される。
「第2章:日本のチャレンジャー」では、11箇所の具体的で特徴的な有機畜産の事例が以下のように紹介される。
- 全農の「安心システム」とトレーサビリティへの取り組み
北海道・宗谷岬肉牛牧場 - 自然・食・ヒトの健康を追求する地域資源循環型畜産の構築
北海道・北里大学八雲牧場 - 周年昼夜自然放牧の酪農でエコミルク
岩手:中洞牧場 - 有機畜産入門以前-有機農業とわが鶏-
茨城:魚住農園 - 乳業メーカーとの提携による日本初の認証有機牛乳
千葉:大地牧場 - 首都圏生協との提携によるHACCP牛乳への道
千葉:北部酪農協の天然牛乳運動 - 日本短角牛の復権などTHAT'S国産運動の先駆
東京:大地を守る会 - 漢方鶏、ハーブ豚、ホルモンフリー牛などこだわり畜産とトレーサビリティシステムの開発(株)ニチレイ
- 大規模酪農の破綻から「有機の里づくり」へ
静岡:JA富士開拓 - 株式会社を軸にしたネットワーク型経営で産直農業の発展
山口:秋川牧園 - 有機養鶏の実践とワクチン卵内接種免疫研究開発
徳島:石井養鶏農業協同組合
事例の2番目は、北里大学獣医畜産学部附属フィールドサイエンスセンター(FSC)八雲牧場である。これは、100%自給飼料による牛肉生産と適合品種の選定の取り組みの物語である。センター長の萬田富治教授をはじめ、センターの全職員の努力の焦点が、資源循環型畜産に向けられている貴重な事例である。
ここでは、風土に根ざした放牧適合肉用牛の開発を目指した物語が展開される。八雲牧場の概況、牛肉生産量の状況、品種選定と交雑種の利用法、感染症防止・抗菌性強化の現状、完熟堆肥の調製や貯蔵施設の開発、物質収支の均衡を維持する方法、牛肉の機能性と安全性の評価、生産と消費の連携の強化、さらには「北里八雲牛」と命名した理由などが紹介される。
III.Future Design の「第3章:ここまできた有機畜産ガイドラインと食品安全システム」では、EU有機畜産規則の形成と題して、EUの有機農業政策の進展と有機畜産規則の骨子が紹介される。また、コーデックス有機畜産ガイドラインが紹介される。最後に、EUの食品安全システムの展開と題して、EUにおける農業と食品産業の連携、EUにおける食品安全システムの現状が紹介される。
「第4章:日本型有機畜産の発展のために」では、日本の家畜福祉に関する意識と法律・基準改正の論点が展開される。さらに、アニマルウエルフェアへの日本の対応が解説される。最後に日本型有機畜産アグリフードシステムの開発課題が紹介される。
資料として、コーデックス「有機生産食品の生産、加工、表示及び販売に係わるガイドライン」(2001.1.7抄訳)が掲載されている。
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- 北里大学学長通信
情報:農と環境と医療 3号 -
編集・発行 北里大学学長室
発行日 2005年7月1日