7号
情報:農と環境と医療 7号
2005/11/1
「チーム医療教育」と「農医連携」に関する中間報告 1.北里大学におけるチーム医療教育プログラムの創出にむけて
第393号北里学園報の「平成17年度北里学園事業計画並びに収支予算」の項目に「事業計画」が掲載されている。その中の「組織の活性化」で、「生命科学の総合大学としての特質を発揮するため、"チーム医療"形成のための学部連携教育を実施するための具体策を、医療系学部と大学病院・東病院とともに検討していく」ことが謳われている。
平成17年10月7日に開催された平成17年度第5回北里大学学部長会で、表題に関する中間報告がなされた。ここにその一部を掲載する。
●チーム医療教育の趣旨・目的
医療の現場では、医師・看護師・臨床検査技師・理学療法士・薬剤師など多種多様な職種の医療従事者により医療チームが編成され、良質で安全な医療が行われている。このため、教育現場には、専門職種間の連携や相互理解、協働のあり方など、患者を中心としたチームの連携と適切なリーダーシップを発揮できるチーム医療教育の実践とその具体化が望まれている。
北里大学では、医学部、看護学部、医療衛生学部、薬学部の医療系4学部を擁し10職種に及ぶ専門医療人を育成しており、また学部と大学病院が同一キャンパスにあるチーム医療教育に好適な環境下にある。これら学部の特性を生かし、学部間及び学部・病院間の知識・技術、患者接遇を理解させ、職種間の相互理解と連携、協働できる能力や患者を総合的に診る能力を身につけさせる。
●平成18年度は、医療系4学部共通でチーム医療教育を展開する。19年度以降は18年度の試行結果から工夫・改善を加える。将来的には1週間の実施期間を設け、授業科目設定と単位認定(1単位)ができるプログラムの確立を目指す。平成18年度は、相模原キャンパスで、5月1~2日に開催予定。
●ワークショップおよび実行委員会のメンバーは次の通りである。
「チーム医療教育ワークショップ」:座長(伊藤俊洋副学長)、委員(外須美夫・黒田裕子・梅田徳男・石井邦雄・松野昴士)
「チーム医療教育実行委員会」:委員長(伊藤俊洋副学長)、副委員長(外須美夫教授)、委員(医学部:赤星透・山田勝・荻野裕・藤田孝昭、看護学部:城戸滋里・山浦昇・上澤悦子・中山聡、医療衛生学部:片桐真人・松永篤彦・廣瀬稔・小池三奈子・長山智奈美、薬学部:本間浩・望月真弓・黒山政一・小倉康則、学事部:遠藤尚光・古田土政彰・伊藤哲慈)
平成17年10月7日に開催された平成17年度第5回北里大学学部長会で、表題に関する中間報告がなされた。ここにその一部を掲載する。
●チーム医療教育の趣旨・目的
医療の現場では、医師・看護師・臨床検査技師・理学療法士・薬剤師など多種多様な職種の医療従事者により医療チームが編成され、良質で安全な医療が行われている。このため、教育現場には、専門職種間の連携や相互理解、協働のあり方など、患者を中心としたチームの連携と適切なリーダーシップを発揮できるチーム医療教育の実践とその具体化が望まれている。
北里大学では、医学部、看護学部、医療衛生学部、薬学部の医療系4学部を擁し10職種に及ぶ専門医療人を育成しており、また学部と大学病院が同一キャンパスにあるチーム医療教育に好適な環境下にある。これら学部の特性を生かし、学部間及び学部・病院間の知識・技術、患者接遇を理解させ、職種間の相互理解と連携、協働できる能力や患者を総合的に診る能力を身につけさせる。
●平成18年度は、医療系4学部共通でチーム医療教育を展開する。19年度以降は18年度の試行結果から工夫・改善を加える。将来的には1週間の実施期間を設け、授業科目設定と単位認定(1単位)ができるプログラムの確立を目指す。平成18年度は、相模原キャンパスで、5月1~2日に開催予定。
●ワークショップおよび実行委員会のメンバーは次の通りである。
「チーム医療教育ワークショップ」:座長(伊藤俊洋副学長)、委員(外須美夫・黒田裕子・梅田徳男・石井邦雄・松野昴士)
「チーム医療教育実行委員会」:委員長(伊藤俊洋副学長)、副委員長(外須美夫教授)、委員(医学部:赤星透・山田勝・荻野裕・藤田孝昭、看護学部:城戸滋里・山浦昇・上澤悦子・中山聡、医療衛生学部:片桐真人・松永篤彦・廣瀬稔・小池三奈子・長山智奈美、薬学部:本間浩・望月真弓・黒山政一・小倉康則、学事部:遠藤尚光・古田土政彰・伊藤哲慈)
アスベスト問題のこれまで
はじめに
平成17年6月29日、大手機械メーカーの「クボタ」は次のことを発表した。
石綿(アスベスト)を材料とするパイプや住宅建材の製造過程で働いていた社員、退職者さらには請負会社従業員の間で、がんの一種である「中皮腫(ちゅうひしゅ)」など石綿が原因とみられる疾病の患者が多数発生した。1978~2004年の間に計79人が死亡、現在療養中の退職者が18人いる。また、工場周辺に住んでいて中皮腫を発症した一般住民3人も確認されている。
このアスベスト被害に対して北里大学医学部教授で日本衛生学会理事長の相澤好治教授は、平成17年8月15日の読売新聞の「論点」で次のことを指摘した。以下にその「論点」の全文を掲載する。
大手機械メーカー「クボタ」がアスベスト(石綿)による健康被害の状況を公表したことをきっかけに、アスベスト製品を製造していた企業が続々と健康被害を明らかにした。労働者だけでなく、家族や工場周辺の住民も、がんの一種である中皮腫(ちゅうひしゅ)に冒されていた。多くの国民に広がる不安を早く解消するために、包括的な対策が必要である。
人々の不安の背景には、アスベストが特殊な物質ではなく身近で広く使われてきた製品で、誰もが吸い込んだ可能性があることが大きい。また、中皮腫が治りにくい病気で、30年から40年もの潜伏期間をもっていることがある。
化学物質による健康被害が社会問題になった例には、水俣病やイタイイタイ病などがある。だが、今回はこれまでのケースと違って特定の地域に限定されていない。これも人々を不安にさせている。
わが国はアスべスト対策を全く行ってこなかったわけではない。1975年に吹き付け作業を原則禁止などとし、95年に青石綿と茶石綿を、2004年には白石綿などを禁止した。欧州諸国と違って使用量が増加した時期から一定の規制が始まっているので、被害は諸外国より小さい可能性がある。ただし、対策が取られた後も被害が増えていなかったかどうか、十分な調査が必要である。
工場周辺の住民被害は重要である。アスベストが広く使われていて管理が多様だったことや、住民が移動していることなどを考えると、全国一律に健康診断を行うより、職場健診や作業環境測定結果などから、アスベストが発散した危険性の高い事業場を数か所選んで、周辺の追跡調査を行うのが有効だろう。
胸部エックス線写真で胸膜班(プラーク)が見つかれば、アスベストを吸い込んだことを示す。それがみつかった人の割合を分析すれば、工場周辺への過去の飛散の有無を推定できるだろう。
また、中皮腫の患者数は極めて少ないので、中皮腫が発生した場合、国は、患者の職域や居住地とともに登録し、アスベストの関連性を検証すべきである。こうした情報の収集と分析をすすめることによって、職場以外の患者への被害補償に必要なデータも集積できる。
アスベストに代わる耐熱製品は多く開発されてきた。現段階では、それらの代替品に発がん性はないとみられているが、発がんまでの潜伏期間は長いので、代替製品の安全性についても科学的な検討を引き続き行う必要がある。
将来の健康障害を予防するには、事業所で自主的に取り組める「労働安全衛生マネージメント」という考え方を導入することが有効だ。職場の危険有害要因を事前に見つけ、危険性を低減させる対策を行い、労働災害の発生を防ぐというものだ。事業所ごとに安全衛生管理の計画を立てて実施し、それを評価した上で、さらに改善を加えるサイクルを継続することが肝心である。
アスベストによる中皮腫発生は、今後30年は続くと予想される。今のうちに被害者救済を確実に行う体制と、今後の化学物質障害対策のあり方を確立しておく必要がある。
的確にまとめられた上述の論点をもとに、「アスベストとは」、「アスベストはどこに使われているのか」、「アスベスト規制の流れ」、「わが国のアスベスト被害の歴史」、「がん発病との関連は」、「今後のゆくえ」などと題して、アスベスト問題を具体的に追ってみる。
1.アスベストとは
アスベスト(asbestos、石綿:いしわた、せきめん)は、造岩性珪酸塩鉱物のうち有益な繊維状変種に対する一般名である。溶岩が冷えて固まるうちに、結晶が細長く成長して繊維状になった鉱物で、主成分はケイ酸マグネシウム塩である。細くしなやかで、折れにくく、強い力でこすっても擦り減らない。耐熱性があり化学的に不活性である。角閃石石綿(Ca2Mg5(OH)2Si8O22:クロシドライト:青石綿、アモサイト:茶石綿、アンソフィライト、トレモライト、アクチノライト)と、蛇紋石石綿(Mg3Si2(OH)4O5:クリソタイル:白石綿)に大別される。主な産出国は、カナダ、南アフリカおよびロシアである。青石綿、茶石綿、白石綿の3種類が工業用として一般に使われた。
石綿という名前の通り、軽い綿状の性質がある。石綿製品には、直径0.5mm長さ1mm前後の繊維らしきものが見える。これは、直径0.1~1μm(ミクロン:1mmの1000分の1)の何千本の繊維がより合わさって一本に見えるにすぎない。石綿の繊維一本の細さは、だいたい髪の毛の5000分の1程度の細さである。
青石綿と茶石綿は、平成7年労働安全衛生法にもとづき製造などが禁止されている。白石綿は、平成16年労働安全衛生法に基づきこれも製造などが禁止された。残りのアンソフィライト、トレモライトおよびアクチノライトは産出が少ないので輸入されていない。
アスベストは、もともとオランダ語(asbest)である。英語ではアスベストス(asbestos)と呼ばれる。ギリシア語の"しない(ない)"という意味の「a」と、"消化できる"という意味の「sbestos」から来ている。
語源を辿れば、「永久不滅」を意味するギリシャ語に由来するという。太古から土器がひび割れないよう粘土に混ぜて使われていたほか、古代エジプトでは、ミイラを包むのに、アスベストで織った布が利用されていた。
平安時代に書かれた「竹取物語」で、かぐや姫が求婚者の1人に持参するように要求した燃えない「火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわごろも)」も、アスベストと思われる。江戸時代の発明家である平賀源内は、アスベストで布を織って火の中に入れた。すると、汚れだけが燃えた。これを「火浣布(かかんぷ)」として宣伝した。アスベストが大量に使用されるようになったのは、工業化が進んだ19世紀の後半以降である。優れた特性を併せ持ち、しかも安価なため、「魔法の鉱物」として重宝された。
2.どこに使われているか
酸やアルカリなど化学薬品に溶けないうえ、熱に強く燃えない。軽く綿のような繊維状を呈するので、布のように織ったり、糸に紡いだり様々な形に加工しやすい。何より、天然に広く産出するため価格が安い。産業界にとって、これほど都合のよい素材はなかった。
したがって用途は幅広い。断熱性、耐火性、電気絶縁性、耐酸性、吸音性、耐アルカリ性、対磨耗性に優れているため、鉄道車両、船舶、建設資材、電気製品、自動車、家庭用品、ボイラー暖房パイプの被覆などわれわれの日常生活に広く利用されていた。天井や壁にセメントと一緒に混ぜて吹き付けられたほか、劇場などではアスベストで織った防火カーテンまで現れた。薬品や熱に強いうえ密着性も高いことから、化学プラントや原子力発電所の配管の継ぎ手のパッキンにも使われた。
身近なところでは、化学実験用の金網、魚焼きの網や、トースター、ヘアドライヤーなどの電化製品の断熱用材料にも使われていた。接着剤や日本酒醸造のフィルターなどにも用いられ、用途は3000種類にも及ぶといわれる。
全国の小・中・高校でも天井などにアスベストが吹き付けられていた。かつて、その実態の一部が文部省の調査で判明し、「学校パニック」と呼ばれたこともある。アスベストが使われた屋根板や外壁材や断熱材などは、今も一般家庭に残っている。吹き付けと違い、こうした建材からはアスベストは飛散しにくく、日常生活で吸い込む可能性は低いが、古くなってひび割れた場合や、解体作業時には飛散する恐れがある。
アスベスト繊維が肺に突き刺さったりすると肺がんや中皮腫の原因になることが明らかになり、WHO(世界保健機関)ではアスベストを発ガン物質と断定した。日本でも、大気汚染防止法(1968)により、1989年に「特定粉じん」に指定され、使用制限または禁止されるようになった。また、1992年発効のバーゼル条約では有害廃棄物に指定され、各国間の越境移動が禁止されている。そのため、1970年代に年間30万トン前後が輸入されていたアスベストは、1990年代から輸入量が減少し、2000年には10万トン以下に、2004年には8千トン程度になっている。
3.日本と海外のアスベスト規制の流れ
海外では、国際労働機関(ILO)、世界保健機構(WHO)および米国産業衛生専門家会議(ACGIH)などが、わが国では厚生労働省、環境省、文部科学省、経済産業省および国土交通省などがこの問題に関与している。以下に規制の動きを整理した。○印は日本、●印は海外の動きを示す。
1959 ● 欧州で石綿と悪性中皮腫とのかかわりが報告される。
1964 ● 米国の研究者が「石綿にさらされた労働者の87%が肺に深刻な損傷」と報告。
1971 ○ 特定化学物質等障害予防規則(特化則)の制定。健康被害防止のため石綿などの人体に有害な化学物質の取り扱いを規制。
1972 ○ 環境庁が労働省労働衛生研究所に調査を委託。石綿の有害性についての海外文献から、石綿によって肺がんが引き起こされることや、工場周辺住民にも中皮腫などの健康被害が出ていることが判明。
● ILOの専門家会議が石綿による職業がん発生を指摘。
● WHOの下部組織・国際がん研究機関の専門家会議で石綿の発がん性を指摘。
1974 ○ 日本の石綿輸入量が35.2万トンでピークに。
● ACGIHが石綿の職業がん発生を指摘。
1975 ○ 特化則を改正。建設現場などでの石綿の吹きつけ作業を原則禁止。
1978 ● 米国政府が国民に石綿の危険性を警告。
1987 ○ 全国の小中学校で石綿使用が問題化。
1988 ○ 作業環境ごとの石綿の飛散量を規制する管理濃度を策定。
1989 ● WHOが青石綿と茶石綿の使用禁止を勧告。
● 米環境保護局が1997年までに生産・輸入を段階的に規制すると発表。
1991 ● ECが青石綿と茶石綿の販売、使用を全面禁止すると発表。
1993 ● ドイツが一部を除き使用禁止。
1995 ○ 阪神・淡路大震災で倒壊した建物の解体工事で飛散し問題に。
○ 青石綿と茶石綿の製造や使用を禁止。
1996 ● フランスが一部を除き使用を禁止。
1999 ● EUが2005年までに石綿の使用を全面禁止。
2002 ○ 早大教授らが「40年間で10万人が中皮腫で死亡」の予測研究を公表。
2004 ○ おもな石綿製品の使用を原則禁止。
○ 世界アスベスト会議、東京で開催。
2005 ○ 厚労省が2008年までに使用全面禁止の方策決定。
○ 建築物の解体作業時の対策を定めた石綿障害予防規則を制定。
4.わが国のアスベスト被害の歴史
1975 昭和50・ 9 大阪府下の石綿(アスベスト)産業に従事し、18年間に死亡した労働者61人のうち、18人が肺がん死と判明。発がん性物質が含まれているとして、「アスベスト」の吹きつけ施工が禁止。
1986 昭和61・ 6 ILO(国際労働機関)総会で、アスベスト規制条約を採択。
1988 昭和63・ 7 横須賀市の住友重機の元従業員8人、同社にアスベストによるじん肺被害の損害賠償を求め横浜地裁に提訴。
1989 平成 1・ 2 大気汚染防止法の規制対象にアスベスト(石綿)が追加される。
1995 平成 7・ 5 クロシドライト(青石綿)とアモサイト(茶石綿)の使用も製造も禁止。
1996 平成 8・ 5 大気汚染防止法改正。アスベストの飛散防止に関する規定など。
2004 平成16・10 クリソタイル(白石綿、温石綿)の組成式はMg6Si4O10(OH)8。日本では2004年10月から使用禁止。しかし、一部の用途に限っては、2006年まで使用が認められている。2008年までには全面禁止予定。
2005 平成17・ 7 厚生労働省から平成11年度から16年度までの間に、全国の労働基準監督署において石綿による肺がんまたは中皮腫の労災認定を受けた労働者が所属していた事業場に関するデータが公表された。
2005 平成17・ 8 政府はアスベスト(石綿)問題関係閣僚会議を開き、石綿を扱ってきた工場の従業員の家族や周辺住民、労災を受けずに死亡した従業員らを救済する新法を制定する方針を正式決定した。労災認定を受けた181の事業所を追加発表。石綿製品を製造・加工してきた384の事業所も新たに公表。
政府は平成17年8月26日の関係閣僚会議で、従業員の家族や周辺住民、労災を受けずに死亡した従業員らを救済する新法を、厚生労働、環境両省が補償対象や財源などを協議し、来年の通常国会に提出する計画でいる。
5.がん発病との関連
アスベストの直径は、平均0.036μmである。最も細いもので0.02μmである。空気中の滞在期間が長い。無風状態で3mの高さから落下させると、床に落ちるまで十数時間かかったとの報告もある。そのため呼吸とともに体内に吸い込みやすい。痰とともにはき出される場合もあるが、気道の奥深くまで入り込み、肺を包み込む膜などに突き刺さる。
中皮腫という病気が広く知られるようになった。アスベストとの関連が強く、発症する患者が増えてきたためだが、診断がつきにくく見逃しもあるようだ。アスベストが原因でも、中皮腫ではなく肺がんになる人もいる。隠れたアスベスト被害者が多いと専門医はいう。
中皮腫は、肺を包む胸膜や消化器を囲む腹膜など「中皮」という膜組織にできるがんである。発症は100万人に数人程度のまれな病気で、有効な治療法は少ない。前述したように、アスベストの繊維は細いもので0.02μmである。肺に入ると異物と認識され、免疫細胞から攻撃される。一部はタンパク質にくるまれた「石綿小体」として無害化されるが、大部分はとがったまま残り、15~20年で石綿肺(じん肺の一種)、15~40年で肺ガンを招くことがある。肺で病気を起こさなくても、体液の流れで胸膜や腹膜へ移動した「とげ」が組織を刺激しつづけ、20~50年に中皮腫を起こすことがある。これが発生メカニズムの有力な説である。
中皮腫と石綿肺のいずれも治療の難しい病気である。とくに中皮腫は、アスベストとの関連性が高く、発症者の8割が仕事でアスベストを吸い込んだことが原因とされている。本人も知らずにアスベストを吸い込んでいる場合が多い。潜伏期間は中皮腫で30~40年できわめて長い。その間は自覚症状もほとんどなく、発症まで危険性に気づかないことも珍しくない。
国際労働機関(ILO)は9月18日、世界の労災の実態に関する報告書を発表している。この中でアスベストが原因で死亡した労働者は、毎年約10万人に上ると推定している。中国は12万2606人、インドは6万4894人、日本は1万278人である。アスベスト被害だけを取り上げた国別集計はない。また、ヨーロッパでも同様のアスベストによる被害が多く見られ、2020年までに肺ガンや中皮腫による死亡者は50万人に上ると推計されている。
アスベストによる健康被害で、厚生労働省から労災を認められた人の中には、アスベストが吹き付けられた現場で働いていた電気工事の作業員や、アスベストを運んでいたトラック運転手、港湾労働者などアスベストを直接扱わない職種の人も少なくない。オーブンに断熱材としてアスベストが使用されていたため、菓子製造工場の従業員が中皮腫を発症した例もある。アスベストをどの程度吸うと、健康被害が生じるのか詳しいことはわかっていない。
近年になって、アスベスト繊維を大量に吸った場合に、人体に悪影響を与えることが判明した。アスベストは、WHOの付属機関IARCにより発癌性がある(Group1)と勧告されている。アスベストは、肺線維症、肺がんの他、稀な腫瘍である悪性中皮腫の原因になるとされている。したがって、世界的にアスベストの使用が削減・禁止される方向にある。
6.今後のゆくえ
吸い込んでから発病まで長い潜伏期間があることから、アスベストは「静かな時限爆弾」とも呼ばれる。日本には、1969年以降1993年までカナダや南アフリカなどから年間20万トンを超えるアスベストが輸入された。1974年には35万トンを超えていた。時限爆弾が爆発する時期が来たと言える。
厚生労働省は、1995年から人口動態統計で中皮腫の死者数を集計している。その数は年々増加して2003年には878人に達した。先にも述べたように、今年の国際労働機関(ILO)は、1万278人と報告している。早稲田大学の村山武彦教授(リスク管理)は、これまでの死者数の推移などをもとに、2040年までに約10万人が中皮腫で死亡すると推計する。
また、世界11か国のアスベストの消費量と中皮腫の死者数を解析した研究では、アスベスト170トンにつき1人が中皮腫で死亡していた。この結果から、今後中皮腫による死者は、日本では年間2000人を超えることが予想される。
過去に輸入されたアスベストの総量は、988万トンである。このうち9割が建材として使われた。今後、こうした建材が解体される時に飛散するアスベストをどう防ぐかが大きな課題である。オゾン層破壊物質のクロロフルオロカーボンの課題と同じ状況にある。
なお、この「アスベスト問題のこれまで」については、北里大学医学部の相澤好治教授に校閲いただいた。記して謝意を表する。
参考資料
平成17年6月29日、大手機械メーカーの「クボタ」は次のことを発表した。
石綿(アスベスト)を材料とするパイプや住宅建材の製造過程で働いていた社員、退職者さらには請負会社従業員の間で、がんの一種である「中皮腫(ちゅうひしゅ)」など石綿が原因とみられる疾病の患者が多数発生した。1978~2004年の間に計79人が死亡、現在療養中の退職者が18人いる。また、工場周辺に住んでいて中皮腫を発症した一般住民3人も確認されている。
このアスベスト被害に対して北里大学医学部教授で日本衛生学会理事長の相澤好治教授は、平成17年8月15日の読売新聞の「論点」で次のことを指摘した。以下にその「論点」の全文を掲載する。
大手機械メーカー「クボタ」がアスベスト(石綿)による健康被害の状況を公表したことをきっかけに、アスベスト製品を製造していた企業が続々と健康被害を明らかにした。労働者だけでなく、家族や工場周辺の住民も、がんの一種である中皮腫(ちゅうひしゅ)に冒されていた。多くの国民に広がる不安を早く解消するために、包括的な対策が必要である。
人々の不安の背景には、アスベストが特殊な物質ではなく身近で広く使われてきた製品で、誰もが吸い込んだ可能性があることが大きい。また、中皮腫が治りにくい病気で、30年から40年もの潜伏期間をもっていることがある。
化学物質による健康被害が社会問題になった例には、水俣病やイタイイタイ病などがある。だが、今回はこれまでのケースと違って特定の地域に限定されていない。これも人々を不安にさせている。
わが国はアスべスト対策を全く行ってこなかったわけではない。1975年に吹き付け作業を原則禁止などとし、95年に青石綿と茶石綿を、2004年には白石綿などを禁止した。欧州諸国と違って使用量が増加した時期から一定の規制が始まっているので、被害は諸外国より小さい可能性がある。ただし、対策が取られた後も被害が増えていなかったかどうか、十分な調査が必要である。
工場周辺の住民被害は重要である。アスベストが広く使われていて管理が多様だったことや、住民が移動していることなどを考えると、全国一律に健康診断を行うより、職場健診や作業環境測定結果などから、アスベストが発散した危険性の高い事業場を数か所選んで、周辺の追跡調査を行うのが有効だろう。
胸部エックス線写真で胸膜班(プラーク)が見つかれば、アスベストを吸い込んだことを示す。それがみつかった人の割合を分析すれば、工場周辺への過去の飛散の有無を推定できるだろう。
また、中皮腫の患者数は極めて少ないので、中皮腫が発生した場合、国は、患者の職域や居住地とともに登録し、アスベストの関連性を検証すべきである。こうした情報の収集と分析をすすめることによって、職場以外の患者への被害補償に必要なデータも集積できる。
アスベストに代わる耐熱製品は多く開発されてきた。現段階では、それらの代替品に発がん性はないとみられているが、発がんまでの潜伏期間は長いので、代替製品の安全性についても科学的な検討を引き続き行う必要がある。
将来の健康障害を予防するには、事業所で自主的に取り組める「労働安全衛生マネージメント」という考え方を導入することが有効だ。職場の危険有害要因を事前に見つけ、危険性を低減させる対策を行い、労働災害の発生を防ぐというものだ。事業所ごとに安全衛生管理の計画を立てて実施し、それを評価した上で、さらに改善を加えるサイクルを継続することが肝心である。
アスベストによる中皮腫発生は、今後30年は続くと予想される。今のうちに被害者救済を確実に行う体制と、今後の化学物質障害対策のあり方を確立しておく必要がある。
的確にまとめられた上述の論点をもとに、「アスベストとは」、「アスベストはどこに使われているのか」、「アスベスト規制の流れ」、「わが国のアスベスト被害の歴史」、「がん発病との関連は」、「今後のゆくえ」などと題して、アスベスト問題を具体的に追ってみる。
1.アスベストとは
アスベスト(asbestos、石綿:いしわた、せきめん)は、造岩性珪酸塩鉱物のうち有益な繊維状変種に対する一般名である。溶岩が冷えて固まるうちに、結晶が細長く成長して繊維状になった鉱物で、主成分はケイ酸マグネシウム塩である。細くしなやかで、折れにくく、強い力でこすっても擦り減らない。耐熱性があり化学的に不活性である。角閃石石綿(Ca2Mg5(OH)2Si8O22:クロシドライト:青石綿、アモサイト:茶石綿、アンソフィライト、トレモライト、アクチノライト)と、蛇紋石石綿(Mg3Si2(OH)4O5:クリソタイル:白石綿)に大別される。主な産出国は、カナダ、南アフリカおよびロシアである。青石綿、茶石綿、白石綿の3種類が工業用として一般に使われた。
石綿という名前の通り、軽い綿状の性質がある。石綿製品には、直径0.5mm長さ1mm前後の繊維らしきものが見える。これは、直径0.1~1μm(ミクロン:1mmの1000分の1)の何千本の繊維がより合わさって一本に見えるにすぎない。石綿の繊維一本の細さは、だいたい髪の毛の5000分の1程度の細さである。
青石綿と茶石綿は、平成7年労働安全衛生法にもとづき製造などが禁止されている。白石綿は、平成16年労働安全衛生法に基づきこれも製造などが禁止された。残りのアンソフィライト、トレモライトおよびアクチノライトは産出が少ないので輸入されていない。
アスベストは、もともとオランダ語(asbest)である。英語ではアスベストス(asbestos)と呼ばれる。ギリシア語の"しない(ない)"という意味の「a」と、"消化できる"という意味の「sbestos」から来ている。
語源を辿れば、「永久不滅」を意味するギリシャ語に由来するという。太古から土器がひび割れないよう粘土に混ぜて使われていたほか、古代エジプトでは、ミイラを包むのに、アスベストで織った布が利用されていた。
平安時代に書かれた「竹取物語」で、かぐや姫が求婚者の1人に持参するように要求した燃えない「火鼠(ひねずみ)の皮衣(かわごろも)」も、アスベストと思われる。江戸時代の発明家である平賀源内は、アスベストで布を織って火の中に入れた。すると、汚れだけが燃えた。これを「火浣布(かかんぷ)」として宣伝した。アスベストが大量に使用されるようになったのは、工業化が進んだ19世紀の後半以降である。優れた特性を併せ持ち、しかも安価なため、「魔法の鉱物」として重宝された。
2.どこに使われているか
酸やアルカリなど化学薬品に溶けないうえ、熱に強く燃えない。軽く綿のような繊維状を呈するので、布のように織ったり、糸に紡いだり様々な形に加工しやすい。何より、天然に広く産出するため価格が安い。産業界にとって、これほど都合のよい素材はなかった。
したがって用途は幅広い。断熱性、耐火性、電気絶縁性、耐酸性、吸音性、耐アルカリ性、対磨耗性に優れているため、鉄道車両、船舶、建設資材、電気製品、自動車、家庭用品、ボイラー暖房パイプの被覆などわれわれの日常生活に広く利用されていた。天井や壁にセメントと一緒に混ぜて吹き付けられたほか、劇場などではアスベストで織った防火カーテンまで現れた。薬品や熱に強いうえ密着性も高いことから、化学プラントや原子力発電所の配管の継ぎ手のパッキンにも使われた。
身近なところでは、化学実験用の金網、魚焼きの網や、トースター、ヘアドライヤーなどの電化製品の断熱用材料にも使われていた。接着剤や日本酒醸造のフィルターなどにも用いられ、用途は3000種類にも及ぶといわれる。
全国の小・中・高校でも天井などにアスベストが吹き付けられていた。かつて、その実態の一部が文部省の調査で判明し、「学校パニック」と呼ばれたこともある。アスベストが使われた屋根板や外壁材や断熱材などは、今も一般家庭に残っている。吹き付けと違い、こうした建材からはアスベストは飛散しにくく、日常生活で吸い込む可能性は低いが、古くなってひび割れた場合や、解体作業時には飛散する恐れがある。
アスベスト繊維が肺に突き刺さったりすると肺がんや中皮腫の原因になることが明らかになり、WHO(世界保健機関)ではアスベストを発ガン物質と断定した。日本でも、大気汚染防止法(1968)により、1989年に「特定粉じん」に指定され、使用制限または禁止されるようになった。また、1992年発効のバーゼル条約では有害廃棄物に指定され、各国間の越境移動が禁止されている。そのため、1970年代に年間30万トン前後が輸入されていたアスベストは、1990年代から輸入量が減少し、2000年には10万トン以下に、2004年には8千トン程度になっている。
3.日本と海外のアスベスト規制の流れ
海外では、国際労働機関(ILO)、世界保健機構(WHO)および米国産業衛生専門家会議(ACGIH)などが、わが国では厚生労働省、環境省、文部科学省、経済産業省および国土交通省などがこの問題に関与している。以下に規制の動きを整理した。○印は日本、●印は海外の動きを示す。
1959 ● 欧州で石綿と悪性中皮腫とのかかわりが報告される。
1964 ● 米国の研究者が「石綿にさらされた労働者の87%が肺に深刻な損傷」と報告。
1971 ○ 特定化学物質等障害予防規則(特化則)の制定。健康被害防止のため石綿などの人体に有害な化学物質の取り扱いを規制。
1972 ○ 環境庁が労働省労働衛生研究所に調査を委託。石綿の有害性についての海外文献から、石綿によって肺がんが引き起こされることや、工場周辺住民にも中皮腫などの健康被害が出ていることが判明。
● ILOの専門家会議が石綿による職業がん発生を指摘。
● WHOの下部組織・国際がん研究機関の専門家会議で石綿の発がん性を指摘。
1974 ○ 日本の石綿輸入量が35.2万トンでピークに。
● ACGIHが石綿の職業がん発生を指摘。
1975 ○ 特化則を改正。建設現場などでの石綿の吹きつけ作業を原則禁止。
1978 ● 米国政府が国民に石綿の危険性を警告。
1987 ○ 全国の小中学校で石綿使用が問題化。
1988 ○ 作業環境ごとの石綿の飛散量を規制する管理濃度を策定。
1989 ● WHOが青石綿と茶石綿の使用禁止を勧告。
● 米環境保護局が1997年までに生産・輸入を段階的に規制すると発表。
1991 ● ECが青石綿と茶石綿の販売、使用を全面禁止すると発表。
1993 ● ドイツが一部を除き使用禁止。
1995 ○ 阪神・淡路大震災で倒壊した建物の解体工事で飛散し問題に。
○ 青石綿と茶石綿の製造や使用を禁止。
1996 ● フランスが一部を除き使用を禁止。
1999 ● EUが2005年までに石綿の使用を全面禁止。
2002 ○ 早大教授らが「40年間で10万人が中皮腫で死亡」の予測研究を公表。
2004 ○ おもな石綿製品の使用を原則禁止。
○ 世界アスベスト会議、東京で開催。
2005 ○ 厚労省が2008年までに使用全面禁止の方策決定。
○ 建築物の解体作業時の対策を定めた石綿障害予防規則を制定。
4.わが国のアスベスト被害の歴史
1975 昭和50・ 9 大阪府下の石綿(アスベスト)産業に従事し、18年間に死亡した労働者61人のうち、18人が肺がん死と判明。発がん性物質が含まれているとして、「アスベスト」の吹きつけ施工が禁止。
1986 昭和61・ 6 ILO(国際労働機関)総会で、アスベスト規制条約を採択。
1988 昭和63・ 7 横須賀市の住友重機の元従業員8人、同社にアスベストによるじん肺被害の損害賠償を求め横浜地裁に提訴。
1989 平成 1・ 2 大気汚染防止法の規制対象にアスベスト(石綿)が追加される。
1995 平成 7・ 5 クロシドライト(青石綿)とアモサイト(茶石綿)の使用も製造も禁止。
1996 平成 8・ 5 大気汚染防止法改正。アスベストの飛散防止に関する規定など。
2004 平成16・10 クリソタイル(白石綿、温石綿)の組成式はMg6Si4O10(OH)8。日本では2004年10月から使用禁止。しかし、一部の用途に限っては、2006年まで使用が認められている。2008年までには全面禁止予定。
2005 平成17・ 7 厚生労働省から平成11年度から16年度までの間に、全国の労働基準監督署において石綿による肺がんまたは中皮腫の労災認定を受けた労働者が所属していた事業場に関するデータが公表された。
2005 平成17・ 8 政府はアスベスト(石綿)問題関係閣僚会議を開き、石綿を扱ってきた工場の従業員の家族や周辺住民、労災を受けずに死亡した従業員らを救済する新法を制定する方針を正式決定した。労災認定を受けた181の事業所を追加発表。石綿製品を製造・加工してきた384の事業所も新たに公表。
政府は平成17年8月26日の関係閣僚会議で、従業員の家族や周辺住民、労災を受けずに死亡した従業員らを救済する新法を、厚生労働、環境両省が補償対象や財源などを協議し、来年の通常国会に提出する計画でいる。
5.がん発病との関連
アスベストの直径は、平均0.036μmである。最も細いもので0.02μmである。空気中の滞在期間が長い。無風状態で3mの高さから落下させると、床に落ちるまで十数時間かかったとの報告もある。そのため呼吸とともに体内に吸い込みやすい。痰とともにはき出される場合もあるが、気道の奥深くまで入り込み、肺を包み込む膜などに突き刺さる。
中皮腫という病気が広く知られるようになった。アスベストとの関連が強く、発症する患者が増えてきたためだが、診断がつきにくく見逃しもあるようだ。アスベストが原因でも、中皮腫ではなく肺がんになる人もいる。隠れたアスベスト被害者が多いと専門医はいう。
中皮腫は、肺を包む胸膜や消化器を囲む腹膜など「中皮」という膜組織にできるがんである。発症は100万人に数人程度のまれな病気で、有効な治療法は少ない。前述したように、アスベストの繊維は細いもので0.02μmである。肺に入ると異物と認識され、免疫細胞から攻撃される。一部はタンパク質にくるまれた「石綿小体」として無害化されるが、大部分はとがったまま残り、15~20年で石綿肺(じん肺の一種)、15~40年で肺ガンを招くことがある。肺で病気を起こさなくても、体液の流れで胸膜や腹膜へ移動した「とげ」が組織を刺激しつづけ、20~50年に中皮腫を起こすことがある。これが発生メカニズムの有力な説である。
中皮腫と石綿肺のいずれも治療の難しい病気である。とくに中皮腫は、アスベストとの関連性が高く、発症者の8割が仕事でアスベストを吸い込んだことが原因とされている。本人も知らずにアスベストを吸い込んでいる場合が多い。潜伏期間は中皮腫で30~40年できわめて長い。その間は自覚症状もほとんどなく、発症まで危険性に気づかないことも珍しくない。
国際労働機関(ILO)は9月18日、世界の労災の実態に関する報告書を発表している。この中でアスベストが原因で死亡した労働者は、毎年約10万人に上ると推定している。中国は12万2606人、インドは6万4894人、日本は1万278人である。アスベスト被害だけを取り上げた国別集計はない。また、ヨーロッパでも同様のアスベストによる被害が多く見られ、2020年までに肺ガンや中皮腫による死亡者は50万人に上ると推計されている。
アスベストによる健康被害で、厚生労働省から労災を認められた人の中には、アスベストが吹き付けられた現場で働いていた電気工事の作業員や、アスベストを運んでいたトラック運転手、港湾労働者などアスベストを直接扱わない職種の人も少なくない。オーブンに断熱材としてアスベストが使用されていたため、菓子製造工場の従業員が中皮腫を発症した例もある。アスベストをどの程度吸うと、健康被害が生じるのか詳しいことはわかっていない。
近年になって、アスベスト繊維を大量に吸った場合に、人体に悪影響を与えることが判明した。アスベストは、WHOの付属機関IARCにより発癌性がある(Group1)と勧告されている。アスベストは、肺線維症、肺がんの他、稀な腫瘍である悪性中皮腫の原因になるとされている。したがって、世界的にアスベストの使用が削減・禁止される方向にある。
6.今後のゆくえ
吸い込んでから発病まで長い潜伏期間があることから、アスベストは「静かな時限爆弾」とも呼ばれる。日本には、1969年以降1993年までカナダや南アフリカなどから年間20万トンを超えるアスベストが輸入された。1974年には35万トンを超えていた。時限爆弾が爆発する時期が来たと言える。
厚生労働省は、1995年から人口動態統計で中皮腫の死者数を集計している。その数は年々増加して2003年には878人に達した。先にも述べたように、今年の国際労働機関(ILO)は、1万278人と報告している。早稲田大学の村山武彦教授(リスク管理)は、これまでの死者数の推移などをもとに、2040年までに約10万人が中皮腫で死亡すると推計する。
また、世界11か国のアスベストの消費量と中皮腫の死者数を解析した研究では、アスベスト170トンにつき1人が中皮腫で死亡していた。この結果から、今後中皮腫による死者は、日本では年間2000人を超えることが予想される。
過去に輸入されたアスベストの総量は、988万トンである。このうち9割が建材として使われた。今後、こうした建材が解体される時に飛散するアスベストをどう防ぐかが大きな課題である。オゾン層破壊物質のクロロフルオロカーボンの課題と同じ状況にある。
なお、この「アスベスト問題のこれまで」については、北里大学医学部の相澤好治教授に校閲いただいた。記して謝意を表する。
参考資料
- マグローヒル科学技術用語大辞典、日刊工業新聞社(2000)
- 環境史年表 1868-1926 明治・大正編:下川耿史著、河出書房新社 (2003)
- 環境史年表 1926-2000 昭和・平成編:下川耿史著、河出書房新社 (2003)
- http://www.asbestos-center.jp/asbestos/qanda.html#anchor2
- 読売新聞朝刊:8月6, 15日(2005)
- 朝日新聞朝刊:8月27日(2005)
- フリー百科事典:ウィキペディア(Wikipedia)
- 産経新聞:9月20日(2005)
本の紹介10:「食品報道」のウソを見破る食卓の安全学、松永和紀著、家の光協会 (2005)
トンボの目は、1万個以上の単眼からなる複眼で構成されている。「我輩は猫である」のネコも、その主人である教師も目は単眼が二つあるにすぎない。筆者は常日頃、複眼を所持したいと願っているが、一向にその願いは叶えられない。もう少し徳を積めば願いは聞き入れられるかと、ささやかな夢をもちながら廊下のゴミを拾ってゴミ箱に捨てているが、いまだ徳も複眼も得られない。
この本の著者は、幸せなことに若くして複眼を所持しておられる。どうして若いと分かるのか。本を丸ごと読めば自ずと推察がつく。その目とは、科学者の目、消費者の目、評論家の目、母親の目、哲学者の目、生産者の目、歴史家の目、常識家の目、教育者の目など、まさに百家の目をもってこの本は書かれている。
例えば、木酢液が登場する。「常識的に見れば、木が燃やされるだけでこれほど多岐にわたる効果が出てくるとは考えにくいのです」と、常識家としてのすなおな解説がある。
生産者としての目は、次の文章から分かる。「手で虫を捕る人件費を考えれば、使用を認められた農薬を使うほうが安上がりというわけです」。母親の目が次の文章に現れている。「食事は母親が作って子どもに食べさせる場合が多いので、"私のせいで我が子をあんなふうに死なせるわけにはいかない"という強い意志が、女性を牛肉不買へ突き動かしたとも考えられます」。
数字、単位、グラフのトリックを加工されたグラフを用い解説する場面は、まさに教育者の目であろう。リスクの解説に、フグ毒を例にとって解説する場面は、教育者の目に拍車をかける。フグの肝に毒があり、時には人を殺すほどのものがあることが分かっている。これがリスク評価である。フグ毒は猛毒だからフグは食べない、ということにはなっていない。調理人が肝臓や卵巣を取り除く調理法を講習で学び、資格を得て料理するという制度が作られている。これがリスク管理である。フグ毒のことはすでに多くの人が知っており、フグを自分で調理して食べる人はあまりいない。これがリスクコミニュケーションの結果である。妙に説得力がある。
また、「中国の農薬野菜については、単にその薬害にふれるだけでなく、見栄えの良い野菜を望んだ私たちの姿勢も問い直さなければならない」という思考は、内なる反省をする哲学者の思考であろう。さまざまな学問の原論を語っているように筆者には感じられる。
第1章では、マスメディアによる「食品報道」の実例が紹介される。第2、3、4章では、なぜそのような「問題のある報道」になるのかを整理し、構造的な問題点に迫る。そして、より正確で深い情報をどのようにして得て、どんな筋道で考えたらよいかを検討する。第5章では、これからの日本の食の課題を浮き彫りにする。そのなかに、将来きわめて重要になる食料増産技術や環境問題を織りなしている。どの章でも、食品、農業、科学技術にまつわる最新の話題が豊富に織り込まれている。
われわれは、この本によって科学情報の読み解き方を知ることができる。名著である。
読み終わると、将来にわたる多くの問題点が指摘されていることに気づく。例えば、有用な資源の使い方、文化を守る目の育成、報道のあり方、科学技術の限界の認識、農薬を使う有機農薬の認識、天然至上主義の異常さ、消費者の内なる反省、無農薬表示の問題点、ジャーナリストの検証の必要性、全く科学的でない学者、一貫した報道の姿勢、新聞記者の勉強不足と社内の構造的問題などなど、枚挙に暇ない。もう一度書く。実に名著である。目次は以下の通りである。
序章 私たちの暮らしの現在と未来のために
第1章 話題の記事の、アッと驚くウソを見破る
第2章 科学記事はこうして作られる
第3章 科学記事を正しく見極めるには
第4章 正しい食品情報を簡単に得る方法
第5章 〝食と農〟今後の焦点はこれだ!!
この本の著者は、幸せなことに若くして複眼を所持しておられる。どうして若いと分かるのか。本を丸ごと読めば自ずと推察がつく。その目とは、科学者の目、消費者の目、評論家の目、母親の目、哲学者の目、生産者の目、歴史家の目、常識家の目、教育者の目など、まさに百家の目をもってこの本は書かれている。
例えば、木酢液が登場する。「常識的に見れば、木が燃やされるだけでこれほど多岐にわたる効果が出てくるとは考えにくいのです」と、常識家としてのすなおな解説がある。
生産者としての目は、次の文章から分かる。「手で虫を捕る人件費を考えれば、使用を認められた農薬を使うほうが安上がりというわけです」。母親の目が次の文章に現れている。「食事は母親が作って子どもに食べさせる場合が多いので、"私のせいで我が子をあんなふうに死なせるわけにはいかない"という強い意志が、女性を牛肉不買へ突き動かしたとも考えられます」。
数字、単位、グラフのトリックを加工されたグラフを用い解説する場面は、まさに教育者の目であろう。リスクの解説に、フグ毒を例にとって解説する場面は、教育者の目に拍車をかける。フグの肝に毒があり、時には人を殺すほどのものがあることが分かっている。これがリスク評価である。フグ毒は猛毒だからフグは食べない、ということにはなっていない。調理人が肝臓や卵巣を取り除く調理法を講習で学び、資格を得て料理するという制度が作られている。これがリスク管理である。フグ毒のことはすでに多くの人が知っており、フグを自分で調理して食べる人はあまりいない。これがリスクコミニュケーションの結果である。妙に説得力がある。
また、「中国の農薬野菜については、単にその薬害にふれるだけでなく、見栄えの良い野菜を望んだ私たちの姿勢も問い直さなければならない」という思考は、内なる反省をする哲学者の思考であろう。さまざまな学問の原論を語っているように筆者には感じられる。
第1章では、マスメディアによる「食品報道」の実例が紹介される。第2、3、4章では、なぜそのような「問題のある報道」になるのかを整理し、構造的な問題点に迫る。そして、より正確で深い情報をどのようにして得て、どんな筋道で考えたらよいかを検討する。第5章では、これからの日本の食の課題を浮き彫りにする。そのなかに、将来きわめて重要になる食料増産技術や環境問題を織りなしている。どの章でも、食品、農業、科学技術にまつわる最新の話題が豊富に織り込まれている。
われわれは、この本によって科学情報の読み解き方を知ることができる。名著である。
読み終わると、将来にわたる多くの問題点が指摘されていることに気づく。例えば、有用な資源の使い方、文化を守る目の育成、報道のあり方、科学技術の限界の認識、農薬を使う有機農薬の認識、天然至上主義の異常さ、消費者の内なる反省、無農薬表示の問題点、ジャーナリストの検証の必要性、全く科学的でない学者、一貫した報道の姿勢、新聞記者の勉強不足と社内の構造的問題などなど、枚挙に暇ない。もう一度書く。実に名著である。目次は以下の通りである。
序章 私たちの暮らしの現在と未来のために
- 生活に深く入り込む科学情報
- 「みのもんた症候群」はまだ続くのか?
- 科学技術に支えられる現代の食
- 自分で正しい情報を探す、それがポイントだ!!
第1章 話題の記事の、アッと驚くウソを見破る
- 中国産冷凍ホウレンソウの危険度は?
- 無農薬農業が危ない?
- 天然物神話と木酢液
- 農薬が使える有機農業って-!
- BSE問題の本質に迫る!
- 遺伝子組み換えは危険な食品?
- 「ヒジキ、食べないで」はホント?
- カドミウム米と電池の関係
- 養殖フグのホルマリン使用問題
- マルハナバチは害虫か?
第2章 科学記事はこうして作られる
- 新聞記者はオールラウンドプレーヤー
- 事実を伝えるのは難しい
- センセーショナルが最優先なんて
- 仮説を事実として報道する怖さ
- 誤りを正さないマスメディア
- 「ナンチャッテ学者」の不思議な存在
- 経済部記者が書く科学記事
- でも、ジャーナリズムには役割がある
第3章 科学記事を正しく見極めるには
- 有名人のお墨付きにはご用心
- 「体験談は信用度ゼロ」と思え!!
- 動物実験にごまかされてはいけない
- 記事広告にも気をつけて
- 数字、単位、グラフのトリック
- 毒性の種類と量に注目する
- 学会発表は信用できるか?
- 目指せ!『ネイチャー』『サイエンス』
第4章 正しい食品情報を簡単に得る方法
- 取っ掛かりは新聞やテレビでいい
- 情報をさかのぼる
- インターネットは宝の山
- お気に入りの「道案内」を持とう
- 地元の自治体に尋ねてみる
- 行政と市民団体、どちらを信じる?
- シンポジウム、講演会を覗いてみる
- 思い切って、科学雑誌オンライン版にアクセス
- 知識の更新と軌道修正を心がける
- 生活者の勘、財布との相談も大事
第5章 〝食と農〟今後の焦点はこれだ!!
- 最大のリスクは食料自給率
- 日本が糞尿に埋もれてしまう
- 残留農薬制度が変わる
- 天然物に含まれる発がん物質
- 押し寄せる動物由来感染症
- 抗生物質耐性菌との闘い
- 微量でも問題、食物アレルギー
- 増え続ける健康食品の安全性
- 遺伝子組み換えが世界を席巻
- 遺伝子組み換えの問題点
- 情報をオープンにすることが「武器」になる
第1回 薬用植物セミナー「薬用植物と新たな農への取り組み」の開催
「情報:農業と環境と医療 2号」で薬学部附属薬用植物園の紹介をした。そこでは、薬用植物園の概要と農医連携の役割について以下のように記述した。
「全地球的な環境破壊による植物資源の消失から貴重な遺伝子資源を守るために、ヒマラヤやアマゾン産などの薬用資源のフィールド調査および栽培条件を検討し、植物組織培養技術による植物遺伝子資源の保存育成法を確立している。各保存植物の評価は、植物形態学的、化学的、免疫薬理学的評価に加えて遺伝子解析法により行っている。」
また、薬用植物園を農医連携のプラットホームとして捉える考え方も次のように記述した。「この薬用植物園は次のような重要なプラットホーム的な役割がある。この役割は、農業と環境と医療を考える上でもっと深く検討する必要がある。1.市民のための医療関係団体との交流、2.薬草を含む「農業と市民農園」の創設、3.入院患者と薬草園の活用、4.薬草資源のインベントリー」
一方、「情報:農業と環境と医療 3号」では「新都市農業推進協定書の締結:北里学園と相模原市」と題して、北里学園理事長(柴 忠義)と相模原市長(小川勇夫)の間で、「新都市農業推進協定」が締結されたことを報告した。
協定の趣旨は、薬用植物の試験・研究および普及・啓発事業を通じて、健康、環境、ビジネスの視点で新たな都市農業の創出を進めて、「相模原市新都市農業推進計画」の実現を図ることにある。
これは、北里大学薬学部附属薬用植物園が新たに学外に設置するサテライト型モデル実験園を中心に、シンポジウムの開催など薬用植物の普及・啓発事業、薬用植物園の開放による薬用植物の栽培体験、講習・相談事業、薬用植物の研究成果を応用した栽培技術や加工・流通システムの開発など新たなアグリビジネスの創出事業を行うための協定である。この協定により、下溝・磯部地区にサテライト型モデル実験園(16a)として「北里サテライトガーデン」が開園された。
上記の第1回薬用セミナー「薬用植物と新たな農への取り組み」は、協定に基づいての開園に即して開催されるものである。その開催要領などは、以下の通りである。
目 的:北里大学と相模原市は、新たな都市農業の創出を目指して「新都市農業推進協定」を締結し、薬用植物を通じた連携事業を展開している。その取組みの一環として、薬用植物に関する普及啓蒙を図るとともに、新たな農に対する関心を高め、健康・環境・新都市農業を視点とした新しい農業の振興を図る。
日 時:平成17年11月5日(土)、午前10時から午後3時
会 場:総合体育館会議室および北里サテライトガーデン(モナの丘に隣接)
主 催:北里大学薬学部附属薬用植物園・相模原市(経済部農政課新都市農業推進室)
講演プログラムI(会場:総合体育館会議室)
○ オープニング挨拶:
北里大学薬学部附属薬用植物園・園長 吉川孝文 10:00~10:10
○ 土と農・環境・医療:
北里大学 陽 捷行 10:10~10:50
○ 相模野が柴胡が原と呼ばれていた頃:
相模原市博物館・学芸員 秋山幸也 10:55~11:35
○ 有機農法と北里サテライトガーデンについて
日本オーガニック推進協議会・理事長 山崎 泉
北里大学薬学部附属薬用植物園 渡邊高志 11:40~12:20
昼 食:
※昼食は参加者各自対応。
※体育館駐車場とモナの丘駐車場間をバスでピストン運行 12:30~13:30
講演プログラムII(会場:北里サテライトガーデン)
○ 北里サテライトガーデンの見学 13:30~15:00
総合司会 北里大学薬学部附属薬用植物園 助教授 川口基一郎
案内世話人 渡邊高志、桑田俊夫(農業法人グリーンピア相模原「モナの丘」代表取締役)
「全地球的な環境破壊による植物資源の消失から貴重な遺伝子資源を守るために、ヒマラヤやアマゾン産などの薬用資源のフィールド調査および栽培条件を検討し、植物組織培養技術による植物遺伝子資源の保存育成法を確立している。各保存植物の評価は、植物形態学的、化学的、免疫薬理学的評価に加えて遺伝子解析法により行っている。」
また、薬用植物園を農医連携のプラットホームとして捉える考え方も次のように記述した。「この薬用植物園は次のような重要なプラットホーム的な役割がある。この役割は、農業と環境と医療を考える上でもっと深く検討する必要がある。1.市民のための医療関係団体との交流、2.薬草を含む「農業と市民農園」の創設、3.入院患者と薬草園の活用、4.薬草資源のインベントリー」
一方、「情報:農業と環境と医療 3号」では「新都市農業推進協定書の締結:北里学園と相模原市」と題して、北里学園理事長(柴 忠義)と相模原市長(小川勇夫)の間で、「新都市農業推進協定」が締結されたことを報告した。
協定の趣旨は、薬用植物の試験・研究および普及・啓発事業を通じて、健康、環境、ビジネスの視点で新たな都市農業の創出を進めて、「相模原市新都市農業推進計画」の実現を図ることにある。
これは、北里大学薬学部附属薬用植物園が新たに学外に設置するサテライト型モデル実験園を中心に、シンポジウムの開催など薬用植物の普及・啓発事業、薬用植物園の開放による薬用植物の栽培体験、講習・相談事業、薬用植物の研究成果を応用した栽培技術や加工・流通システムの開発など新たなアグリビジネスの創出事業を行うための協定である。この協定により、下溝・磯部地区にサテライト型モデル実験園(16a)として「北里サテライトガーデン」が開園された。
上記の第1回薬用セミナー「薬用植物と新たな農への取り組み」は、協定に基づいての開園に即して開催されるものである。その開催要領などは、以下の通りである。
目 的:北里大学と相模原市は、新たな都市農業の創出を目指して「新都市農業推進協定」を締結し、薬用植物を通じた連携事業を展開している。その取組みの一環として、薬用植物に関する普及啓蒙を図るとともに、新たな農に対する関心を高め、健康・環境・新都市農業を視点とした新しい農業の振興を図る。
日 時:平成17年11月5日(土)、午前10時から午後3時
会 場:総合体育館会議室および北里サテライトガーデン(モナの丘に隣接)
主 催:北里大学薬学部附属薬用植物園・相模原市(経済部農政課新都市農業推進室)
講演プログラムI(会場:総合体育館会議室)
○ オープニング挨拶:
北里大学薬学部附属薬用植物園・園長 吉川孝文 10:00~10:10
○ 土と農・環境・医療:
北里大学 陽 捷行 10:10~10:50
○ 相模野が柴胡が原と呼ばれていた頃:
相模原市博物館・学芸員 秋山幸也 10:55~11:35
○ 有機農法と北里サテライトガーデンについて
日本オーガニック推進協議会・理事長 山崎 泉
北里大学薬学部附属薬用植物園 渡邊高志 11:40~12:20
昼 食:
※昼食は参加者各自対応。
※体育館駐車場とモナの丘駐車場間をバスでピストン運行 12:30~13:30
講演プログラムII(会場:北里サテライトガーデン)
○ 北里サテライトガーデンの見学 13:30~15:00
総合司会 北里大学薬学部附属薬用植物園 助教授 川口基一郎
案内世話人 渡邊高志、桑田俊夫(農業法人グリーンピア相模原「モナの丘」代表取締役)
言葉の散策 1:「医」と「医療」の由来
語源を訪ねる 語意の真実を知る 語義の変化を認める
そして 言葉の豊かさを感じ これを守る
そして 言葉の豊かさを感じ これを守る
「医」。旧字は醫。+酉。は医(えい)を(う)つ形。矢を呪器(じゅき)としてこれを毆ち病魔を祓う呪的行為を毆(殴)という。またそのかけ声をという。酉は酒器。その呪儀に酒を用いる。古代の医は巫医(ふい)であった。ゆえに字はまたに作る。
医(えい)と醫とはもと別の字。医はうつぼ(矢を入れる袋)。は秘匿(ひとく)のところに呪矢を収め、かけ声をかけて祓う呪術で、その声をいう。醫・はその声義を承(う)ける。
澄んでいる酒の意。ひいて、昔、清酒を薬の補助として使ったところから、病気を治す、また、病気を治す人、「くすし」の意に用いる。別体字()は、巫女が祈祷(きとう)して病気を治す意。教育用漢字はもと別字だが、俗に醫の省略形として用いられていたものによる。
「医療」とは、医術を用いて病気を治すこと。治療。療治。出典は、中国の後漢の「韋彪伝」に、「骨立異常なり。医療すること数年、乃ち起つ。学を好み洽聞(こうぶん)、雅より儒宗と称せらる。」とある。また続日本記に、「勅曰、如聞、天下諸国疫病者衆、雖加医療猶末平復」とある。
参考資料
字通:白川 静、平凡社(1997)
大字源:角川書店(1993)
日本国語大辞典:小学館(1979)
言葉の散策 2:「医」のことわざ
語源を訪ねる 語意の真実を知る 語義の変化を認める
そして 言葉の豊かさを感じ これを守る。
そして 言葉の豊かさを感じ これを守る。
● 医は三世(さんぜ):医術には、世代を超えての長い経験と修業とが必要であるという意。 出典:「礼記-曲礼・下篇」の「医不三世服其薬」。三代も続いて医者をしているほどの、 経験が豊かで信頼できる医者の薬でなければ服用しない(服用すべきではない)。
● 医は意なり:医術は、思慮と工夫とによって会得するもので、口先の説明や著書などによっ ては、悟り得ないものである。出典:唐の名医、許胤宗(きょいんそう)が、人から著述を すすめられた時、「医者意也、在人思慮、又脉候幽微、苦其難別、意之所解、口莫能宣」と いったという「旧唐書-方伎田伝許胤宗」の故事。
● 医は死なざる病人を治す:医者は寿命のある病人をなおすことができる。死病には治療を施 す方法がないということ。出典:「読本・開巻驚異侠客伝-2」の「鄙語(ひご)にいわず や、医は死なざる病人を治すと、その死病に到りては倉公・華陀もいかがはせん」。
● 医は仁術:医術は病人を治療することによって、仁愛の徳を施す術である。人を救うのが医 者の道である。医道は仁道。出典:「黄表紙・高漫斉行脚日記-下」に「まったく古庵儀は 医者ににあわぬ不身持。言語道断。医は仁の術なりといふではないか」とある。
● 医は衣なり威なり異なり稲荷:「医は意なり」をもじって医者をひやかしたことば。
● 医は信ぜざればその病癒えず:かかりの医者を信じて任せきる気持ちにならなければ、病気 はなおらない。
● 医を学べば人を費やす:医学修業のためには多くの人命を材料として費やす。その修行の厳 しさ、または酷薄さをいう
参考資料
日本国語大辞典、小学館(1979)
故事俗信 ことわざ大辞典、小学館(1983)
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- 北里大学学長通信
情報:農と環境と医療 7号 -
編集・発行 北里大学学長室
発行日 2005年10月1日