北里大学

農医連携教育研究センター 研究ブランディング事業

14号

情報:農と環境と医療14号

2006/6/1
気候変動と健康影響
農業活動が地球環境の変動に大きな影響を及ぼしていること、また地球環境の変動が農業生産に大きな環境を与えていることについては、これまで「情報:農と環境と医療」のなかで語ってきた。

ここでは気候変動が健康に及ぼす影響を、主としてIPCC(気候変動に関わる政府間パネル)と世界保健機構(WHO)の報告書を中心に概略をまとめてみた。詳細については、この項の最後に挙げた資料を参照されたい。また、すでに「情報:農と環境と医療」のなかでもこの課題については触れている。例えば、1号の9p、14p、2号の3p、3号の10p、13号の12pがこの項目に関連する。

地球温暖化の現状

気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)の第3次評価報告書(IPCC報告書)は、地球上のさまざまな観測データにより、1861年以降の地球の平均地上気温が上昇を続けていることを明らかにした。この報告によると、20世紀中に地上平均気温は0.6±0.2℃、平均海面水位は10cmから20cm上昇しているという。

また、過去50年間の気温上昇による地球の温暖化のほとんどが、人為的な起源によるものであるとも結論づけている。

1750年代の産業革命以来、石油や石炭などの化石燃料が大量に消費され、加えて森林伐採による影響などにより、大気に大量のCO2、CH4、N2Oなどの温室効果ガスが放出された。このため、大気中のCO2濃度などが上昇し、地球の温暖化現象が促進された。過去20年間の大気へのCO2放出量の約4分の3が化石燃料の燃焼に由来する。

IPCC報告書は、温暖化現象の将来を予測している。これによると、地球の平均地上気温の上昇は、1990年から2100年までの間に1.4℃から5.8℃の範囲で、膨張などによる海面の上昇は9cmから88cmに達すると予測している。

過去1,000年の温度変化が約0.5℃であったのに対して、2100年までのたった100年間に平均気温で1.4℃から5.8℃も上昇するという予測は、驚異的な数字である。

WWF(世界自然保護基金)の国際北極プログラムの研究は、2026年~2060年の間に平均気温が2℃を超えると予想している。その時点で、北緯60度以上の地域は、3.2℃~6.6℃程度の平均気温上昇が認められることも予測している。その結果、北極海の海氷面積は1℃上昇あたり148万km2減少するとも予測している。

このように全地球の平均気温の上昇はわずかでも、局所的には増幅され、その変化はさらに拡大される。長年経験のなかった急激な変化に対して、地球全体のシステムがバランスを崩し、さまざまな局面で異常な現象が発生するであろうことは、容易に想像できる。

IPCC報告書は、温暖化の進行を緩和するための温室効果ガスの排出抑制を中心とする対策(Mitigation)の推進、温暖化によって予測される影響とそれらへの適応策(Adaptation)の評価・検討の必要性を指摘している。これに対して世界の国々が、各地域でこれらの問題を解決するための研究を促進している。

なお「地球温暖化の影響・適応」に関しては、国立環境研究所の地球温暖化プロジェクト影響・適応研究チームのホームページに詳しく紹介されている。

またIPCCは、現在2007年に発刊を予定している第4次報告書の作成に向けて活動を開始しており、2001年以降のこうした影響および対策分野の研究についても一連の成果をとりまとめつつある。わが国においても、この報告書に参加するため関連する研究期間や研究者が日夜努力を続けている。

地球温暖化の影響

IPCC報告書は、地球温暖化の影響として次のことを指摘している。

1)異常気象の増加:地球温暖化により、1日、季節、1年、10年の気候の変動性が変調・増大し、局地的な豪雨、暴風雨、熱波、寒波、干ばつなどの異常気象が増大する。さらに平均気温の上昇により、多くの地域に記録的な暑さがもたらされる。

2)食糧生産への影響:熱帯・亜熱帯での穀物生産量は減少し、需要に供給が追いつかなくなる。とくに発展途上国での影響は甚大となる。また、日本の穀物自給率は30%以下となり、先進国の中では極端に低く、食料安全保障の観点から問題視される。

3)健康への影響:感染性ウイルスを媒介とする蚊などの生息域(北限)が拡大され、感染の影響が大きくなる。マラリアの感染は年間3億人、死者は毎年100万人~300万人に達するといわれている。マラリアを媒介するハマダラ蚊は、15.5℃以上で繁殖するとされており、ハマダラ蚊の生息域が拡大され、その被害も拡大すると見られている。また、夏季において気温が高くなる頻度と期間が増加すると、とくに高齢者の死亡率が増加することがわかっている。

4)生態系への影響:すべての季節で海面水温が1℃上昇すると、珊瑚に深刻な白化現象が起こり、3℃の上昇で大規模な死滅が起こる。また平均気温が2℃上昇すると、同一植物の生息域が南北方向に300キロメートル移動するといわれている。しかし、種子植物の適応は年間1キロメートル程度しかないので、急速な生息域の移動により種子植物は絶滅するといわれている。

5)海面上昇の影響:沿岸地域での高潮、塩害などの増加やモルディブ、キリギス、マーシャル諸島、バハマ諸島などの小島嶼国の水没が予想される。

気候変動による健康への影響

健康への影響評価と適応策について、国際機関では世界保健機構(WHO)、世界気象機関(WMO)および国連環境計画(UNEP)が共同で検討しいる。また、わが国でも各省庁や大学などの研究機関が協力してこれに当たっている。

WHOがまとめている「健康影響評価および適応策」についての基本的な枠組みは次の通りである。地球温暖化の進行によって熱波、異常気象、気温、降雨量などさまざまな現象がさまざまな地域で生じる。これに伴って、人間へさまざまな健康影響が生じると予測されている。

健康に影響する直接的な事象は、次のとおりである。
  1. 気温の変化
  2. 異常気象の増加
  3. 大気汚染の悪化
  4. 動物媒介性伝染病の拡大
  5. 水および食物由来の伝染病の増加
  6. 食料や水供給の不足拡大

また、これらによる健康影響の主要なもに次の現象が挙げられている。
  1. 熱ストレスによる死亡や熱中症など
  2. 洪水と旱魃を介する影響
  3. エルニーニョ現象との関連で発生する影響
  4. 悪化する大気汚染による影響
  5. アレルギー疾患
  6. 感染性疾患
  7. デング熱やその他アルボウィルスによる疾患
  8. リーシュマニア症(注:サシチョウバエが媒介する皮膚病)
  9. ダニ媒介性疾患
  10. げっ歯類によって媒介される伝染病
  11. 飲料水に関連する疾患
  12. 低栄養

これらの問題は、なべて従来の公衆衛生(public health)の部門が対象としてきた環境要因そのものである。これらの事象は、地域保健・医療、予防医学、環境衛生、食品衛生、労働衛生など分野横断的に関わるため、各地域における取り組みが基本となる。とくに公衆衛生の活躍と他の分野の協力が期待される。

WHOは、気候変動による健康リスク評価の枠組みや手法の具体的な内容について、「気候変動と健康―脆弱性と適応の評価法」と題するドキュメントでは、各国がそれぞれこの種の評価を進めることを前提に、そのための方法と手段を以下の10の項目に分け説明している。
  1. 定量的健康インパクト評価
  2. 温度に関連したインパクト
  3. 屋外大気汚染
  4. 自然災害(洪水、暴風雨など)
  5. 動物媒介伝染病
  6. 飲料水性および食物性の疾患・下痢
  7. 成層圏オゾン層破壊
  8. 食品安全性
  9. 脆弱人口
  10. コスト(医療サービス経済セクターへのインパクト)

なお、日常的には地球温暖化と気候変動はほぼ同義語として用いられているが、気候変動も健康から見れば生活環境の一部の変化であり、オゾン層の破壊による紫外線の増加や、その他の地球規模の環境変化や、身近な地域環境を包括するものではない。

環境と健康全般を対象としているWHOでは、「気候変動と健康」の関係を、「地球規模の環境変動と健康(Global Environmental Change and Health)」の枠組み中に位置づけている。後者には、オゾン層破壊と紫外線増加のほか、森林破壊と土壌崩壊、生物多様性の減少、新鮮な水の減少なども含まれることになる。

上述した10の項目のうち、下痢性疾患群や動物媒介性伝染病のうちマラリアやデング熱などについては、すでに具体的なインパクト(リスク)評価を試み、モデル的な公表が行われている。

気候変動と健康影響

IPCC報告書は、気候変動によって発生する人間の健康影響を、次のようにまとめている。まず異常気象(嵐、洪水、サイクロン)が増えると、とくに途上国では感染症流行のリスクが上昇する。また熱波が増加し湿度が高くなるため、大気汚染がある都市では、しばしば影響が増強される。

気候変動によって、マラリアやその他の動物媒介性伝染病が伝播する地理的範囲が拡大する。そのうえ、水系および食品による媒介性疾患が増加する。これらの影響の深刻度は、適応策に関する能力や効率的な展開によって異なる。

わが国を含む温帯アジアの予測では、幸いなことに世界的に見て比較的影響は少ないと考えられる。しかし、強大な台風が発生し異常気象が頻発し、海面上昇により海浜が失われ、高温による健康への悪影響などが現れる可能性が高いと指摘されている。この中でも、高温の健康への悪影響、とりわけマラリアの蔓延の可能性について注目する必要がある。

世界保健機構(WHO)によると、途上国では栄養事情が改善され、それにより乳幼児死亡率が低下し、人の寿命が延びている。しかし一方では、マラリア、デング熱、コレラのような動物媒介性の疾病や水系伝染性病は増加している現状がある。

1.マラリア

現在、マラリアの感染者数は全世界で約5億人、発症者は1億人以上で、死亡者は年200万人に及ぶと推定されている。これらの数字は、HIVなどの死亡率の高い疾病に隠れて目立たないが、マラリアは世界最悪の健康問題といっていい。

IPCC報告書の数値モデル研究によると、2100年までに気温が3~5℃上昇すれば、世界のマラリアの潜在感染危険地域は著しく拡大する。50年後には、そこに住む感染人口の約45%から約60%に増加し、年間感染者数は5~8千万人も増加すると予測されている。それまでには、わが国の西日本一帯も潜在感染危険地域に含まれるという。また米国の南部一帯は既に危険地域に含まれつつあり、感染者の増加が報告されている。

このため「気候変動と人間の健康」では、アフリカにおける「マラリア分布モデル」が図式化されている。これはマラリアに対するアフリカの地域別の適合性を推定したものである。このモデルは、寄生虫や媒介生物に対する気候や降雨量による生物学的な制約条件を基に作られている。

「マラリア季節モデル」も作られている。アフリカのマラリア流行期間の分布図である。気候変化によるマラリアの潜在的な流行に関するいくつかの予測では、流行持続期間が延長し、地域によっては蚊よけ用ベッドネットを1シーズンに2回利用することになるところも出る。

アフリカ大陸のマラリア分布と人口分布を組み合わせたモデルを使って、マラリア流行地域の人口も推定している。マラリアは、気候変動のさまざまな予測モデルの種類にかかわりなく拡大すると予測されている。

エルニーニョが発生すると、一部の地域では旱魃や洪水が発生し、その地域の安定した生態系が崩れる。例えば洪水は土手を崩壊し、蚊の発生分布を変える。また地表水を汚染する。これらはいずれも疾病流行をもたらす要因になる。このことをベネズエラで発生したエルニーニョとマラリア発生の相対的な変化で明らかにしたデータが、「気候変動と人間の健康」に掲載されている。マラリア流行とエルニーニョとの間には相関が認められるのである。

マラリアのリスク評価の試みは続く。マラリアの発生に関与する要因群をまとめ、最初に温度、降雨量や湿度、土地被覆率あるいは地域の対策資源などが変化することによって媒介蚊の生息状況が変化することを明らかにしている。その結果、蚊自体の感染率、密度あるいは人を刺す率などが変化し、また、人の免疫系の変化と相まって、最終的にマラリアの罹患率が変化することがまとめられている。

中でも最も重篤な熱帯熱マラリア(falciparum malariz)の発生リスクを推定するためのグローバルな前提条件を明確にしている。ここではアフリカの研究から得られた温度および降雨量とマラリア罹患率に関する量‐反応関係(MARAモデルと呼ばれている)を基本としている。

2.デング熱

デング熱の将来リスク推定には、マラリアと異なり絶対湿度の将来予測が使われている。それは、現時点におけるマラリアの発生リスクが絶対温度との関連で整理されているからであろう。実際の罹患率はリスク人口に比例して増加することが前提とされている。

デング熱については、WHOの地域区分別に2020年の発生率の増加(相対リスク)が推定されている。現状のまま気候変動が生じなければ、リスク人口は32億人、対策を何も施さない場合には41億人になり、10億も増加することが予想される。

3.下痢性疾患

WHOによる下痢性疾患群の温度上昇に伴うリスク評価例を紹介する。下痢性疾患には、各種の消化器系感染症やコレラなどの伝染病など種々の原因が考えられる。一般的には、加療を要した重篤なケ‐スを対象としたリスク評価が現実的と考えられる。途上国では、とくに若年人口における消化器系感染はなお重要な健康リスクとなっている。

WHOのリスク評価は、まず原因となる要因群と関連疾病群との関係を整理することから始まる。具体的な事例から気温と発生率との関連を調べ、気温上昇によってどの程度増加する可能性があるか(リスク)が計算される。ペルーのリマの事例では、年間を通して病院を下痢性疾患で訪れた日患者数は気温と強い相関を示している。

1961-1990年から2000年までの温度上昇による下痢リスク人口の増加を推定している。温度が1℃上昇すると、下痢性疾患は国民総生額(GDP)が6000ドル未満の諸国で5%増加するとして、1961-90年から2000年までの温度上昇により全世界で2.4%増加したと推定している。

なお国内では、環境省の研究プロジェクトの「戦略的研究開発領域」で、平成17年度から「温暖化の危険な水準及び温室効果ガス安定化レベル検討のための温暖化影響の総合的評価に関する研究」がはじまった。このなかに、「健康面からみた温暖化の危険性水準情報の高度化に関する研究」が含まれており、環境変動と健康評価に関する研究成果が期待される。

● 最後に、IPCC第三次評価報告書(影響・適応・脆弱性)に掲載されている影響関連の用語解説のうち、健康影響にかかわる用語を国立環境研究所のホームページから引用させていただいた。記して謝意を表する。

マラリア(Malaria)

風土性あるいは流行性の寄生虫症で、マラリア原虫(原生動物)属によりもたらされ、ハマダラカ属の蚊を媒介して伝染する。高熱発作と全身障害を引き起こし、年間約200万人の死亡者を出す。

感染症(Infectious diseases)

一人の人間から別の人間に感染する、あらゆる疾患。直接肉体接触、病原体に汚染された物体の共同使用、媒介性生物、あるいは咳や息から放出された感染飛沫の拡散により発生する。

脆弱性(Vulnerability)

システムが気候の変動性および極端現象を含む気候変化の悪影響を被りやすい、または十分に対処できない度合い。脆弱性は、システムが受ける気候変動の特徴、規模、および割合、システムの感度、および適応力の相関関係である。

デング熱(Dengue fever)

蚊媒介のウィルス性伝染病で、特徴的な症状が関節や背中の激しい痛みであることから、しばしばbreakbone fever(骨折熱)とも呼ばれる。ウィルス感染が進行するとデング出血熱(DHF)やデングショック症候群(DSS)を引き起こし、死に至ることもある。

動物媒介感染症(Vector-borne diseases)

蚊やダニなど媒介生物により宿主間でうつる病気(例:マラリア、デング熱、リーシュマニア症)。

媒介動物(Vector)

昆虫などの生物で、一つの宿主から別の宿主へ病原体を伝染させる。→動物媒介感染症(vector-borne diseases)

参考資料
  1. http://www.data.kishou.go.jp/climate/cpdinfo/ipcc_tar/spm/spm.htm
  2. Rosentrater, L: Evidence and Implications of Dangerous Climate Change in the Arct, WWF (2005)
  3. 気候変動と人間の健康‐リスクと対策‐:マクマイケル・キャンベルーレンドラムら編、日 本語版監修、(独)国立環境研究所
  4. Climate Change and Human Health -Risks and Responses SUMMARY, WHO (2003)
本の紹介 17:カナダの元祖・森人たち、あん・まくどなるど+磯貝 浩著、清水弘文堂書房(2004)
この本は、カナダの有機水銀中毒症(疾患)にかかわる「知」と「情」を統合しようとした稀有な本である。「情」は「知」の温度を高め、彩度を鮮やかにする。その結果、目的が明確になる。少し長くなるけれども、このことを紹介するため、わが国の水俣病にかかわる「知」と「情」を代表する2冊の本を紹介する。そのあとで、この本の紹介に入る。

有機水銀が原因であったわが国の水俣病は、環境・水産・医療の連携が最も必要であった歴史的な公害問題だ。この水俣病は、1954年(昭和29年)に水俣湾周辺で猫の狂死が頻発するという形で現れた。今から52年も前の話だ。

それから2年経過した1956年(昭和31年)になると、水俣湾の魚介類を常食する人々に異常な病気が多発した。それが工場廃水の水質に関係することが明らかになっていった。この年の4月21日、異常中枢神経疾患の5歳の女児が新日本窒素水俣工場付属病院で診察を受け、入院した。続いて5月1日、付属病院長から水俣保健所に「原因不明の脳症状患者4名発生」という報告があり、水俣病が公式に確認されたのだ。それから今年で丁度50年、半世紀の歳月が経過したのだ。

熊本大学研究班が、水俣病の原因が有機水銀中毒によるという報告書を厚生省に提出したのは、それから3年後の1959年(昭和34年)の11月だった。今から47年前のことだ。猫の狂死が頻発してから、水俣は5回目の秋を迎えていた。

この本は、カナダの先住民の有機水銀中毒症を追跡調査した貴重なものだ。この本の理解を深めるために、わが国の水俣病に関する冒頭に記した2冊の本を紹介するのは意味があるだろう。

ひとつは、西村 肇・岡本達明による「水俣病の科学、日本評論者(2001)」だ。科学者の目で水俣病の発生を克明に追う。ほかの一冊は、石牟礼道子の「苦海浄土‐わが水俣病、講談社文庫(1972)」だ。小説家が「私小説」の形で追う記録ともいえる作品だ。中毒の原因である有機水銀という化学物質を、前者は「メチル水銀(CH3Hg)」という化学式で、後者は「苦海という水俣の風土」を表す言葉で追う。この両者に接近することが、真の意味での水俣病理解に繋がると思うからだ。

「水俣病の科学」は、次の文章から始まる。「歳月はいつも重い意味を持ちます。水俣病事件の場合、最初の二年半、それから三年、さらに九年、そこからはるかな歳月を経ること三十二年、合わせて約半世紀の歳月が水俣病の因果関係解明の里程標を示しています。」

二十世紀に起きた世界でも最大・最悪の公害といわれた水俣病。発見までの2年半、それから原因物質の発見まで3年、政府の公害認定までさらに9年、そこからはるかな歳月を経ること32年とは、1968年の政府の公害認定からこの本が書かれた現在までの時間である。

1950年代から熊本の水俣湾周辺で、住民に手や足のまひ、言語障害などきわめて深刻な健康被害が出た。水俣市にある新日本窒素(現チッソ)水俣工場から水俣湾に排出された「メチル水銀」がその原因だった。

どうしてこのような悲劇が起きたのか。膨大なデータと気の遠くなるような歳月を費やして、克明に事実を解明し、この公害をまとめたのが「水俣病の科学」だ。著者は結語で述べる。「私たちもまた加害者ではなかったのか? そしてあなたも」と。

「水俣病の科学」は、序章・第1‐3章、結語、あとがき、「補論」なぜ水銀が有機物に結合するか、さらには索引からなる。序章の最後の文章には、「水俣病の科学」を科学する姿が如実に示されているので、以下にそのまま引用する。

「私たちは「常識」から出発しながら事実を集め、発見を繰り返しながら一歩一歩「科学」に近づいていきました。遅々たる歩みではありましたが、歳月は力です。ばらばらに見えた発見が急に一つにまとまって全体が浮かび上がるときが来ました。そして私たちはついに、メチル水銀の生成機構を解明するとともに、二つの謎を解き、チッソ水俣工場からのメチル水銀排出量を捜査以来の過去にさかのぼって正確に推定することに成功しました。その結果、これまで理解できなかった一つ一つの事実が、鉄のような必然性をもって展開していった惨劇の一コマ一コマであることがはっきりと見えるようになったのです。」

第1章は、関係者からの当時の水俣工場の様子の聞き取りを含めながら、水俣チッソのアセトアルデヒド工場の全容が、工場の内部に立ち入り語られる。アセトアルデヒドは、オクタノールをはじめとするブタノール、酢酸など塩ビ以外の重要な有機製品の原料である。したがって、合成繊維をはじめとする化学製品の原料として欠かせない。石灰岩と石炭から生成されたカーバイドからアセチレンが作られる。アセチレンからアセトアルデヒドが作られるが、その触媒として水銀が使われる。これらのことが、工場の図解、工場の技術者、戦後の技術革新、追求の道を閉ざしたチッソ、廃水処理の実体と変遷などの項目のもとに解説される。

第2章は、ドラマチックな追跡の物語である。「水俣病の発生」から「海域へのメチル水銀排出量」が追跡される。食習慣から水俣病の発生を追跡し、その原因が「魚介類のメチル水銀濃度」であることを検証する。つづいて、海域の生態系汚染機構の解明を通して「海水中のメチル水銀濃度」を推定する。最後に、排水拡散理論から「海域へのメチル水銀排出量」を推定する。この因果関係を明らかにする手法と努力は本書の圧巻である。

第2章の最後で、著者は語る。「私たちは、長い時間かけて集めた膨大な諸々のデータの持っている意味をできるだけ読み解き、水俣湾の生態系、海水中のメチル水銀の挙動、魚介類の汚染実態、排出されたメチル水銀量の推定、底泥の無機水銀のメチル化機構、水俣湾の底生魚と不知火海の魚の汚染機構などの基本問題を検討し、その成果を総合することにより、環境・生態系汚染の全体像と残された問題を明らかにした」と。

第3章では、「メチル水銀生成機構」から「海域へのメチル水銀排出量」が追跡される。第2章では、当時のデータをもとに半定量的に「海域へのメチル水銀排出量」が推定される。この章では、第2章の確信を基礎に、定量的手法を駆使してメチル水銀排出量を求め、それがいつどんな原因でどのように変わったか精密に明らかにする。「メチル水銀生成機構」を明らかにし、反応速度論から「反応器内メチル水銀生成量」を推定する。さらに、プロセス工学理論から「プロセスからのメチル水銀排出量」を明らかにし、廃水処理原理の活用により「海域へのメチル水銀排出量」を明らかにする。

生成機構の解明もまた圧巻である。ここでは科学する喜びまで感じられる。著者は語る。「新しい化学である有機金属化学に基づいてメチル水銀の生成機構を初めて本格的に論じたのが本章であり、その結果をまとめたのが図3-3です。古い化学と新しい化学の違いは、アセトアルデヒドの生成の過程、特にその中間体の構造にはっきりあらわれています。この違いを生んだ最大の原因は、原子と原子の結合に対する考え方の差です。古い化学では、金属は他の元素と同じように単に結合する手がある原子としてしかとらえていませんが、新しい化学ではある種の金属(遷移金属)は二重あるいは三重結合そのものに結合してその一本を切る働きがあると考えます。・・・・それは科学者、特に化学者の心理に原因があります。多くの化学者は、実験報告で確認されていること以外は考える対象にしません。・・・・・」。

最後に、海域へのメチル水銀排出量の経年変化と水俣病被害の進行状態との関係が明らかにされる。すなわち、「アセトアルデヒド生産量と周辺海域へのメチル水銀排出量推定」、「メチル水銀排出量と水俣周辺住民のへその緒の水銀濃度」、「メチル水銀排出量と胎児性水俣病患者発生数」および「メチル水銀排出量と非典型水俣病患者発生数」がそれだ。

結語では、科学と技術の方法論に関する多くの提言がある。「新しい科学の見方」、「リスク基準」、「安全性の考え方」、「日本の科学のあり方」「科学のもつ一方向性と双方向性」、「世の中に役に立つこと」、「内分泌攪乱物質」、「日本の環境科学の成果の外国への発信」など。なお、著者はこれを英訳して世界に発信しようとしている。この努力に敬意を表したい。すでに完成したのであろうか。

「水俣病の科学」は三つの特徴を持つ。一つは、自然科学と人文科学の研究者が共同して成した希有な作品であること。環境科学の解明とは、まさにこの例が示すもの以外のなにものでもない。二つめは、感動なくしては読めない書である。かつて、世に感動を与えた環境にかかわる本に、レーチェル・カーソンの「沈黙の春」、シャロン・ローンの「オゾン・クライシス」、シーア・コルボーンらの「奪われし未来」などが挙げられる。「水俣病の科学」は、これらに勝るとも劣らない傑作だ。最後は、研究者への魂を込めた研究の方法論が語られていることだ。若い研究者のみならず、熟成した研究者にとっても必読の書だ。

つづいて「苦海浄土」にうつる。渡辺京二は「石牟礼道子の世界」でこの作品を次のように解している。「実を言えば苦海浄土は聞き書きなぞではないし、ルポルタージュですらない。ジャンルのことをいっているのではない。作品成立の本質的な内因をいっているのであって、それでは何かといえば、石牟礼道子の私小説である」と。

「本の紹介」といっても、この本が小説であるからには、この項の紹介は執筆者の能力範囲を越えることになる。したがって、この小説についての紹介は、必要に応じて石牟礼道子の文章をそのまま記載するに留める。

水俣湾やその近辺の風景が、気持ちの悪いほどの静けさで語られる。「ボラのみならず、えびも、コノシロも、鯛も、めっきりすくなくなった。水揚量の急激な減少にいらだった漁師たちは、めいめい、無理算段して、はやりはじめていたナイロン網に替えたりしたが、猫の育たなくなった浜に横行するネズミに、借金でこしらえたせっかくのナイロン網を、味見よろしく、齧られたりする始末であった」と。

若い頃村のスターだった44号患者の「さつき」について、彼女の母親は語る。「おとろしか。おもいだそうごたなか。人間じゃなかごたる死に方したばい、さつきは。わたしはまる一ヶ月、ひとめも眠らんじゃったばい。九平と、さつきと、わたしと、誰が一番に死ぬじゃろかと思うとった。いちばん丈夫と思うとったさつきがやられました。・・・・上で、寝台の上にさつきがおります。ギリギリ舞うとですばい。寝台の上で。手と足で天ばつかんで。背中で舞いますと。これが自分で産んだ娘じゃろうかと思うようになりました。犬か猫の死にぎわごった。・・・」と。

二丁櫓の舟は夫婦舟である。不知火海のゆったりした波を、茂平とゆきは櫓を漕ぐ。舟の上は彼らの天国であった。しかし、ゆきは患者になった。「・・・・うちゃ入院しとるとき、流産させらしたっぱい。あんときのこともおかしか。なんさま外はもう暗うなっとるようじゃった。お膳に、魚の一匹ついてきたったもん。うちゃそんなとき流産させなはった後じゃけん、ひょくっとその魚が、赤子(やや)が死んで還ってきたとおもうた。頭に血が上がるちゅとじゃろ、ほんにああいうときの気持ちというものはおかしかなあ。

うちにゃ赤子は見せらっさんじゃった。あたまに障るちゅうて。・・・・魚ばぼんやり眺めとるうちに、赤子のごつも見ゆる。・・・・早う始末せんば、赤子しゃんがかわいそう。あげんして皿の上にのせられて、うちの血のついとるもんを、かなしかよ。始末してやらにゃ、女ごの恥ばい。・・・・・」と。

者によって、病室の夜中の風景が語られる。「みんなベッドに上げてもろうて寝とる。夜中にふとん落としても、病室みんな、手の先のかなわん者ばっかり。自分はおろか、人にもかけてやることできん。口のきけん者もおる。落とせば落としたままでしいんとして、ひくひくしながら、目をあけて寝とる。さみしかばい、こげん気持ち」と。

石牟礼道子が、患者の言い表していない思いを言葉として「苦海浄土」になぜ書けたか。そのことは、次の文章から容易に推察できる。「この日はことにわたくしは自分が人間であることの嫌悪感に、耐えがたかった。釜鶴松のかなしげな山羊のような、魚のような瞳と流木じみた姿態と、決して往生できない魂魄は、この日から全部わたくしの中に移り住んだ。」

ここらで、本当に紹介したい本、「カナダの元祖・森人たち」に入ることにする。だが、その前に再び横道にそれたい欲望に駆られる。それは、著者のあん・まくどなるどの経歴と彼女と磯貝 浩の関係である。このことについては、残念ながら紙数の関係で磯貝 浩の「みなさんひとあしおさきにさようなら」を参照していただきたい。

「カナダの元祖・森人たち」は、まえがき(34p)、1章:ホワイトドッグの先住民たち(117p)、2章:グラシイ・ナロウズの先住民たち(195p)、あとがき(5p)、解説(7p)、資料編(17p)から構成されている。全443ページのうち、131ページは大判の写真で占められている。ほかの残りのページにも所狭しと数多くの写真が掲載されている。資料や文献の紹介は7ページに及ぶ。型破りの本といえるのかもしれない。

カナダの森の中で川や湖ととともに生きてきた先住民は、有機水銀に冒され、水俣病に苦しんでいる。このことを生の声と写真でわれわれに届けてくれたこの本は、カナダ首相出版賞を受賞する。いろいろな出会いを満載したのこのカナダの旅は、声と写真でたくさんの人にさまざまなメッセージを送る。カナダの水俣病の現地訪問の旅は、民俗学の旅でもあるのだ。

「まえがき」では、有機水銀中毒が起きた社会的かつ地理的背景、現地調査の方法が解説される。さらに、白人社会の常識をもつ人のインタビューも紹介される。

カナダ・オンタリオ州ドライデン市にあるリード製紙の子会社ドライデン化学が、1960年代はじめから1970年代なかばにかけてワピグーン水系に水銀を流し続けた。ドライデン化学の排水溝から約130キロ下流の村、グラシイ・ナロウズ(2章)と、そこからさらに約30キロ下流の村、ホワイトドッグ(1章)の先住民オジブワ族が、排水溝から流れた有機水銀によって冒された。どちらの村も先住民指定居住地の中にある。

著者はこの村を5年間にわたり合計11回調査し、113人に「いきあたりばったり(任意抽出)方式」で話を聞き、その結果を写真とともに、生のまま野帖にまとめた。それがこの本なのである。

インタビューされた白人キャスリーン・キャンベルは、トロント大学で公衆衛生の学位を習得した看護師で、グライシイとホワイトドッグで1946年から59年まで指定居住区の巡回看護師とその管理職に従事していた。ここでは、キャンベル家3代にわたる村人たちとの交流を含むさまざまなインタビューの内容が紹介される。

著者は、最後に1960年代のはじめから今日まで尾をひいている先住民の有機水銀中毒症の問題を聞こうとする。キャスリーンは著者の質問を最後まで言わせない。「水銀たれ流しの話を耳にしたので、すぐにカメラを持って、ワビグーン・リバーのほとりに写真をとりに行きました。ドライデン化学工業から15キロメートルほど下流の岸辺にね。川の状態は想像を絶するほどひどかった。水はにごり、汚れきっていた。一目見て、どうしようもない状態であることが、はっきりとわかりました」。「有機水銀中毒症(疾患)問題、どう思いますか?」著者は聞く。「ただ、ただ、絶句、です」と。

最初に「水俣病の科学」「苦海浄土」を対照的に紹介した。なんと、この本は「メチル水銀(CH3Hg)」という科学と、「苦海という水俣の風土」という言葉が共存している本なのだ。この両者が一冊の本の中に共存している。真の意味での水俣病を理解させるために、「知と情の統合(インテグレート)」がなされている。「はじめに」の中に4ページにわたる詳細な科学的な「注」があり、生の声と写真が共存している。それこそ、いい意味で「絶句」だ。

「1章 ホワイトドッグの先住民たち」では、62才の村の助役を筆頭に子供たちを含め合計45人の村人と1頭の熊をインタビューする。インタビューの後、コメント(解説や意見)、モノローグ(自問自答、独白)が入る形で現地調査は続く。インタビューの内容、長さ、コメント、モノローグはさまざまで、1ページに満たない人から21ページに及ぶ人までいる。まさに「いきあたりばったり」だ。この人々をして語らしむる方法は、カナダの有機水銀中毒症の本質を独特な力でもって人に迫るものがある。

番外編の「ホワイトドッグ周辺の森に住むクマ」は、川や湖の魚と森のキノコや木の実(ベリー)などを食しながら森の中に住む年齢不詳のクマとの出会いを描写したものだ。森の草むらに座って焦点の定まらない目で、ぼんやりと筆者たちを眺めているこのクマが、有機水銀中毒症かどうかは定かでない。

「2章 グラシイ・ナロウズの先住民たち」では、48歳の前教育長・現村長のサイモン・フォビスターの11ページにわたるインタビューから、「人にとって、水銀は悪」とただの1行を語る15歳の中学生ケン・アシンのものまで、68人の人々との出会いが克明に書かれている。

20歳のときにグラシの村長(チーフ)になったサイモンとのインタビューは、移住問題、水銀汚染の話し合い、政治、コミュニティー内のこと、話し合いへのこぎつけ、など政治的な状況や村の歴史などがわかって興味深い。

次は「解説」である。この本がカナダ首相出版賞を受賞したことは、すでに述べた。この解説では、この賞を受賞するにいたる過程での推薦状が披露される。環境省地球環境局の水野 理氏が書いたものだ。日本の水俣病の話から、日本の公害行政の来し方、日本人の民族的な特性などをうまく織り成し、なめらかな表現でこの本の特徴が表現されている。

最後は「資料編」だ。熊本学園大学教授原田正純氏が書きおろした「カナダ先住民地区における水銀汚染事件の医学的所見(1975-2002)」である。発端、環境汚染の事実、住民の健康障害、27年目の訪問、行政の対策、前回調査との比較と奨励、考察(カナダでは1975年には発症していたと考えられる・27年前には軽症、無症状が現在では典型的水俣病に)、要約、文献から構成されている。

注1:熊本大学の原田正純氏(当時)および水俣協立病院の藤野糺氏らは、1975年にホワイトドッグとグラシイ・ナロウズの二つの村の出かけている。そこで、先住民を対象に現地調査、被害者たちの検診などを行い、すでに水俣病と判断している。

2002年8月に再訪し、57人の先住民の水俣病検診を行い「受診者の80%が水俣病と考えられる」と結論している。

注2:静かな水俣湾で生じた疾患が、国によって公式に「水俣病」として確認されてから5月1日で丁度50年、半世紀の歳月が経過した。

参考資料
  1. 水俣病の科学:西村 肇・岡本達明、日本評論社(2001)
  2. 苦海浄土‐わが水俣病‐:石牟礼道子、講談社文庫(1972)
  3. みなさんひとあしおさきにさようなら:礒貝 浩著、清水弘文堂書房(2004)
水俣病発生から?年・公式確認から50年
水俣病が公式に確認されてから、平成18年5月1日で丁度50年。半世紀の歳月が経過した。1956年4月23日、5歳11か月の女児が新日本窒素(現在のチッソ)水俣工場付属病院小児科に入院した。5月1日、水俣保健所が「原因不明の奇病発生」として水俣病を公表した。これが後に水俣病の「公式確認」となった。この年、50人が発病し11人が死亡した。

この長く辛い半世紀をどのように表現したらいいのであろうか。数字の世界で表現すれば、50年は18,262日、千日修行を18回も行うほどの時間である。情や怨念の世界では、やはり「石牟礼道子の世界」のおもいを感じとることであろう。そのためには、彼女の著書「苦海浄土」を読むことになる。これを越える作品はない。

いま、平仮名でおもいと書いた。国語の「おもふ」は感情が「おもて」に表れることである。「面(おも)」を動詞化した語である。白川 静の「文字逍遙」によれば、「おもふ」には、思・念・想・懐・憶・欲・以為・惟など数多くの漢字表記があるという。

「石牟礼道子の世界」のおもいは、 恐らく「懐」であったろう。懐の旁は衣と涙とに従う字で、死者の襟もとに涙を垂れる意である。すなわち死喪の礼で、死者と決別する意である。その懐(ちか)しかった人のことが、折にふれて懐(なつか)しく懐(おも)いだされるのであろう。残念なことであるが、わが国の国語表記では今では「思う」ことはできるけれども、「想う」こと、「念う」こと、「憶う」ことや、「懐う」ことができない。

年配の方には周知の事実であるが、若い人々に水俣病にかかわる事実を継承したい思いで、河出書房新社の「環境史年表:明治・大正、昭和・平成」(2004)を中心に、以下に水俣病にかかわる史実を年代順に整理してみた。なお、ここでは直接水俣病とは関係のない環境と関わる水銀についても列記した。

水俣病は、チッソ水俣工場の排水に含まれていたメチル水銀が魚介類に蓄積し、まずそれを食べた猫が踊るようにして死に、次に魚介類を食べた漁民やその家族が発病したものである。昭和7年から微量な水銀が排出されていたとみられ、31年に公式に確認される前から症状を訴えていた患者も数多くいる。視野狭窄、感覚障害、運動失調などさまざまな症状が現れる。母親の胎内で水銀に侵された胎児性患者も確認された。

明治14年 7月(1881):後藤幾太郎、水銀中毒・炭酸ガス中毒にふれた医学論文で、慢性中毒として職工の発病に注意を喚起。

明治22年 9月(1889):医学士島村俊一が鏡職工の水銀中毒について報告。

昭和 3年 1月(1928):警視庁管下15工場の水銀取扱い作業者190人中、12人に水銀中毒が発見される。いずれも男性。

昭和21年 2月(1946):日本窒素がアセトアルデヒド、酢酸工場の排水を無処理で水俣湾へ排出。

昭和24年頃 (1949):水俣湾でタイ、エビ、イワシ、タコなどが獲れなくなる。

昭和27年 (1952):熊本県水俣で最も早期の認定胎児性患者が出生。ただし認定は20年後。

昭和28年 8月(1953):熊本県水俣湾で魚が浮上し、ネコの狂死が相次ぐ。以後、急増。

昭和28年12月(1953):熊本県水俣市で5歳の少女(溝口トヨ子)が原因不明の脳障害と診断される。後に水俣病認定患者第1号となる。

昭和29年 (1954):熊本県水俣でのちに水俣病と認定された患者が12人発生。ほかに5人死亡。

昭和31年 (1956):米の水銀残留問題が起こる。昭和32年7月、農林省が調査を開始。

昭和31年 4月(1956):5歳11か月の女児が新日本窒素(現在のチッソ)水俣工場付属病院小児科に入院。5月1日に水俣保健所が「原因不明の奇病発生」として水俣病を公表。後に水俣病の「公式確認」となる。この年、50人が発病し11人が死亡。

昭和31年 6月(1956):水俣市で上村智子が胎児性水俣病患者として誕生。目は見えず、耳はわずかに聞こえる程度。のち水俣病裁判の原告の1人となる。昭和52年12月5日死去。21歳。

昭和32年 4月(1957):水俣保健所の実験で、水俣湾内で獲れた魚介類を与えたネコに奇病発生。

昭和33年 8月(1958):熊本県が水俣湾海域内での漁獲を禁止。

昭和34年 6月(1959):鹿児島県出水市でも水俣病患者が発生。

昭和34年 7月(1959):熊本大学研究班が有機水銀説を発表。

昭和34年 9月(1959):日本化学工業協会の理事が有機水銀説を否定。

昭和34年11月(1959):厚生省食品衛生調査会が水俣病の原因を有機水銀化合物と結論。

昭和36年 3月(1961):水俣市で岩坂美子(3歳)死亡。病理解剖で胎児生水俣病と確認。

昭和37年11月(1962):水俣病審査会、脳性小児マヒ患者16人を胎児性水俣病と認定。

昭和38年 2月(1963):熊本大学が水俣病の原因はメチル水銀化合物で、これは水俣湾内の貝や新日本窒素工場の汚泥から抽出されたと公式発表。

昭和40年 5月(1965):新潟大椿教授ら新潟県衛生部に「原因不明の水銀中毒患者が阿賀野川下流域海岸地方に発生」と警告。新潟水俣病発生の公式認定。

昭和40年 7月(1965):新潟県衛生部、阿賀野川下流の魚の販売を禁止。

昭和41年 3月(1966):白木博次東大教授ら、水銀農薬の使用禁止を衆議院科学技術振興特別委員会で訴える。

昭和41年 5月(1966):農林省が水銀系農薬の非水銀系への切り替えを通達。

昭和42年 4月(1967):厚生省研究班が新潟水銀中毒事件は昭和電工鹿瀬工場の排水による第2水俣病と発表。

昭和42年 6月(1967):患者が昭和電工を提訴。新潟水俣病1次訴訟。初の本格的公害裁判。

昭和43年 5月(1968):チッソ水俣工場がアセトアルデヒド製造を中止。メチル水銀化合物の排出終わる。

昭和43年 8月(1968):厚生省が水銀工場194のうち50工場の排水を調査し、37工場に警告。

昭和43年 9月(1968):国が「チッソ水俣工場の排水中のメチル水銀化合物が原因」と公式見解発表。公害病に認定。

昭和44年 1月(1969):石牟礼道子「苦海浄土‐わが水俣病」刊行。

昭和44年11月(1969):公害被害者全国大会開催。水俣病、イタイイタイ病、三池鉱山の一酸化炭素中毒、森永ヒ素ミルク中毒、カネミ油症などの被害者代表百数十人が集まる。

昭和46年 3月(1971):昭和45年5月からこの月にかけて山口県徳山・岩国水域のヘドロから113.7ppm, 97.88ppmなど高濃度の水銀検出。

昭和46年 7月(1971):1月に検査されたマグロ漁船員100人の頭髪から最高69ppm、平均27ppmの総水銀量が検出されていたことがわかる。

昭和46年 7月(1971):山形県酒田港の海底の泥から1万4,000ppmを超える鉛をはじめ、異常な高濃度のヒ素・水銀が検出される。

昭和46年 9月(1971):新潟水俣病裁判で、新潟地裁が昭和電工鹿瀬工場の排水が原因と断定、原告76人に2億4,931万円の賠償を命じる。確定。

昭和46年10月(1971):水俣病患者が新たに16人認定される。患者総数150人、うち死者48人。

昭和46年12月(1971):イラクで種子消毒用水銀を誤って飲食した農民に水銀中毒が発生、死者6,000人、重症1万人。

昭和46年12月(1971):新潟県で阿賀野川川上・中流地域の8人を含む14人が新たに新潟水俣病患者に認定される。

昭和47年 8月(1972):マグロを常食の都職員21人の毛髪から最高25.62ppm、13人から10ppmの水銀が検出される。1日に100~150gのマグロを食べていた。

昭和47年12月(1972):熊本・鹿児島両県知事、天草の住民も含む52人の水俣病患者を認定。患者総数は344人となる。うち死亡62人。

昭和48年 (1973):環境庁が水銀値25ppm以上の底質(海底や川底)はすべて除去することを決める。これに基づき水俣湾の汚泥除去と埋め立てが行われる。

昭和48年 3月(1973):熊本地裁、水俣病民事訴訟で、被告チッソの「過失責任」を断定。患者1人当たり最高1,800万円(総額9億3,000万円)の賠償を命じる。上訴せず確定。

昭和48年 6月(1973):東京都衛生局、築地の中央卸売市場に入荷したマグロ・カジキ類の8割以上から高濃度の水銀を検出と発表。水銀汚染パニックが起こる。

昭和48年 6月(1973):厚生省、魚介類の水銀暫定基準を決定。「小アジなら1週間に12匹ま で」など魚の安全献立表を発表。

昭和48年 6月(1973):石川県小松市の飼い猫に水俣病に似た症状が発生していることが判明。マグロ・フレーク缶詰を6か月間常食して発症したもの。

昭和48年 7月(1973):北海道獣医師会でも同様の25例が報告される。

昭和48年 7月(1973):琵琶湖産魚介類のPCBおよび水銀汚染で滋賀県が安全宣言。

昭和48年 9月(1973):水俣市の水俣病認定患者が自殺。

昭和49年 8月(1974):5歳で水俣病に冒され、18年間危篤状態だった松永久美子が死亡。水俣病患者100人目の死者。

昭和49年 9月(1974):環境庁が水銀・PCBによる水質汚染により、漁獲規制の必要地域は全国で26か所と発表。

昭和50年 3月(1975):チッソ幹部が水俣病の「殺人、傷害罪」で告訴される。昭和63年2月、チッソ元社長ら業務過失致死罪で有罪判決。

昭和50年 6月(1975):徳山湾の水銀ヘドロ浚渫工事、費用全額を企業負担で開始。

昭和50年 7月(1975):水銀汚染被害が発生しているカナダ・オンタリオ州のインディアン集落より、住民代表らが水俣病の実態把握のため日本を訪問。

昭和51年 5月(1976):熊本地検、水俣病でチッソ関係者を業務上過失致死傷害罪で起訴。4大公害事件で初の刑事訴追。昭和54年3月22日、熊本地裁で有罪判決(高裁支持)。

昭和52年 4月(1977):不知火海総合学術調査団医学斑が「住民検診の結果、申請者の8割に水俣病の疑いがあり、4割は臨床的にも水俣病。汚染地域指定以外にも疑いのある者が多い」と報告。

昭和52年 7月(1977):環境庁が水俣病の認定基準「後天性水俣病の判断条件」を発表。

昭和52年 8月(1977):運輸省、水俣湾内公有水面の埋め立てを認可。

昭和54年 3月(1979):熊本地域水俣病に関わる刑事事件で、被告の元チッソ幹部2人に有罪判決。

昭和55年 5月(1980):水俣病認定申告者が国・県も被告に加え提訴。第3次訴訟。以後申請者の提訴が相次ぐ。平成5年、地裁が国・県の発生拡大責任を全面的に認める判決。

昭和58年11月(1983):東京都公害研が「水銀を含む乾電池を他のゴミと共に消却すると、WHOの基準を70~330倍上回る水銀が排出される」と発表。

昭和60年 7月(1985):厚生省の諮問委員会が水銀入りの使用済み乾電池について「環境保健上の問題はない。従って分別回収の必要もない」と安全宣言を出す。のちに問題化。

昭和62年 3月(1987):水俣病第3次訴訟で、熊本地裁がチッソとともに初めて国と県の責任を認め、総額6億7,400万円の支払いを命じる。

昭和63年 3月(1988):水俣病の刑事裁判で、最高裁がチッソ元社長と元工場長の上告を棄却、懲役2年・執行猶予3年の有罪判決。起訴以来32年。

平成 2年 3月(1990):水俣湾埋め立て事業完了。

平成 3年11月(1991):中央公害対策審議会、水俣病と認定されなかったいわゆるグレーゾーンの人たちの総合救済策を環境庁長官に答申。

平成 4年 (1992):水俣市が「環境水俣賞」を創設。

平成 4年 1月(1992):アルカリ電池の水銀使用ゼロに。

平成 4年12月(1992):水俣市の中学校の調査で、水俣病の偏見から文通を断られたり、修学旅行でからかわれるなどの差別に悩むケースが多いことがわかる。

平成 5年 3月(1993):熊本地裁、水俣病第3次訴訟第2陣判決で国・県の責任を再び認定。

平成 5年 8月(1993):国立環境研究所の調査で、日本人の毛髪には外国人より2~3倍も高い水銀が含まれていることが判明。「日本人は魚を多く食べるためではないか」と推測される。

平成 7年10月(1995):水俣病被害者・弁護団全国連絡会議は政府・与党の最終解決案を受け入れ、事実上の決着。

平成 7年12月(1995):政府、水俣病の未確認患者問題につき最終解決策を決定、村山首相、原因の確認・企業への対応の遅れを首相として初めて陳謝。国の法的責任には触れず。

平成 8年 5月(1996):水俣病訴訟が和解。16年ぶりに終結。被害者側、訴訟取り下げへ。

平成 9年 7月(1997):熊本県が水俣湾の安全を宣言。水俣病の公式発見から41年ぶり。仕切り網が撤去され、23年ぶりに漁場が復活。

平成11年 6月(1999):東京・八王子の農薬工場跡地で、高濃度水銀汚染の除去作業により、周辺住民が健康被害を訴える。

平成17年10月(2005):未確定患者が熊本地裁に集団提訴。

参考資料
  1. 環境史年表 明治・大正:下川耿史著、河出書房新社(2004)
  2. 環境史年表 昭和・平成:下川耿史著、河出書房新社(2004)
  3. 産経新聞:平成18年4月30日
  4. 文字逍遙:白川 静著、平凡社(1994)
北里大学におけるチーム医療教育の試行プログラムが実施された
チーム医療教育プログラムが北里大学で創設されたことは、情報の前号(13号)ですでに紹介した。今回は、試行プログラムの実施結果を報告する。

期間:平成18年5月1日(月)~2日(火)

場所:相模原キャンパス

出席者:771名(薬学部:4年生241名、医学部:5年生99名、看護学部:4年生113名、医療衛生学部:4年生(理学療法学専攻及び作業療法学専攻は3年生):318名)

担当教職員:174名(ワークショップ委員・実行委員19名、ファシリテータ(学部教員)135名、事務系職員20名)

実施プログラムの概要:
  • 講義「北里大学4学部の新しいチーム医療教育」斎藤豊和(医療衛生学部長)
  • ビデオ視聴「4学部の紹介」「北里におけるチーム医療」
  • チームディスカッション(学生を90のチームに分割)
    チームワーク1「チームによる行動」を考え、まとめる
    チームワーク2「チーム医療とは何か」を考え、まとめる
    チームワーク3「与えられた課題(テーマ)1~9」に取り組む
    1救急医療、2大災害時の医療現場、3感染、4高齢者医療、5脳血管障害、6がん治療、7糖尿病、8神経難病、9生活習慣病
  • チームディスカッション報告会
  • 総合討論(優秀チーム報告会)
  • 合同懇親会

終了後のアンケート結果(回収率90%)によれば、多くの学生が「他学部の学生と交流、協働できたと」「他学部、他職種のことを知ることができたこと」を挙げ、この授業に対する総合評価(満足度)に対する回答は「満足」「まあ満足」が84.5%と高かった。
Agromedicine を訪ねる(3):Journal of Agromedicine
以下のことは、「情報:農と環境と医療 10号」ですでに書いた。「農医連携」という言葉は、生命科学全般を思考する北里大学で新しく使用しはじめたものだ。それに相当する英語に、例えばAgromedicine がある。1988年に設立された The North American Agromedicine Consortium (NAAC) は、Journal of Agromedecine という雑誌とニュースレターを刊行している。この雑誌の話題には、農業者の保健と安全性、人獣共通伝染病と緊急病気、食料の安全性、衛生教育、公衆衛生などが含まれる。

今回は第3回目として、Journal of Agromedicine の第4巻の目次を紹介する。

第4巻1/2号(1997)
  • Introduction to the Proceedings of the Third NIOSH Agricultural Health and Safety Conference
  • Lessons Learned and Hypotheses Generated from the W. K. Kellogg Agricultural Safety and Health Initiative Cluster Evaluation
  • Report on the University of Iowa International Workshop on Agricultural Health and Safety
  • Air Quality Assessments in the Vicinity of Swine Production Facilities
  • Strategies for Effective On-Farm Hazard Surveillance Visits
  • The Keokuk County Rural Health Study: Preliminary Results of Environmental Exposu re Assessments
  • Respiratory Health and Allergy Among Young Farmers and Non-Farming Rural Males in Denmark: The SUS Study
  • Humoral Immune Responses to Pig Urinary Proteins and Respiratory Health of Pig Farmers
  • Potential Predictors of Airborne Concentrations of Aflatoxin B1
  • Rapporteur Report: Intervention, Education and Communication
  • Agricultural Occupational Health Nurse Training and Certification: Addressing the Need for Occupational Health Professionals in Agricultural Environments
  • Difficult Decisions: A Simulation That Illustrates Cost Effectiveness of Farm Safety Behaviors
  • Insurance Incentives for Safe Farms
  • Health and Safety in Australian Agriculture-Linking Research, Data and Action
  • Agricultural Chemical Safety Awareness Program for Farm Wives and Children
  • Rapporteur Report: Pesticides, Ergonomics, Priority Assessment
  • Change in Cholinesterase Levels and Self-Reported Symptoms Over Two Years
  • The Hazards of Organophosphates: UK Risk Assessments of Sheep Dips in Historical and Contemporary Context
  • Ergonomics of Cow Milking in Sweden

今回の挿絵・八代海(不知火海)と東西する「天草灘」の素描は、奇しくも情報の内容「水俣病」に近接する場所が描かれたものでした。
*本情報誌の無断転用はお断りします。
北里大学学長通信
情報:農と環境と医療14号
編集・発行 北里大学学長室
発行日 2006年6月1日