北里大学

農医連携教育研究センター 研究ブランディング事業

17号

情報:農と環境と医療17号

2006/9/1
わが国を取りまく環境変動の今(1)温暖化による永久凍土の後退・大型クラゲの大発生・東京の熱帯夜・尾瀬のミズバショウ・マイワシの漁獲量激減・漂流ごみ
はじめに

大地から海原から、そして天空から痛切な悲鳴が聞こえる。大地の土壌浸食、砂漠化、重金属汚染、地下水汚染、熱帯林の伐採、鳥インフルエンザなど、海原の栄養塩流入、エルニーニョ現象、赤潮、青潮、原油汚染、浮遊物汚染、海面上昇など、さらに天空の温暖化、オゾン層破壊、酸性雨、大気汚染など、悲鳴の原因は枚挙に暇がない。大地と海原と天空は、まちがいなく病んでいる。 これらの環境の変動に対して、多くの国や組織や個人が、政治や経済や産業や医や教育や倫理や哲学や、そして芸術までが、なべて躍起になって現象の解明や対策に苦慮している。人の生命を最優先にし、環境と経済が調和できる視座を求めて。

近年、健康と脳に対する関心の高まりには著しいものがある。その背景には時を超えた普遍的な理由とともに、時代に特有な事情があるのではないか。環境の劇的な変動と、化学合成物質を含め多くの非自然物質に取り囲まれた環境に、またテレビジョンやコンピュータというバーチャル(仮想的)な世界に、大地や天空と同じようにヒトの体も悲鳴をあげているのではないか。それも潜在意識のなかで。

そのような視点で、わが国を取りまく環境の変動を整理してみる。わが陸域と海域に見られる具体的な環境変動は、ひいては農の生業とヒトの健康に大きく関係していくと思考するからである。

内容は多岐に渡る。例えば、永久凍土の後退、東京の熱帯夜、マイワシの不漁、稲作の被害、西日本の海面上昇、サンゴの被害、冬越しするシカの増加、高山植物の消失、リンゴの減収、水田のメタン発生の増加、コメの収量の変動、漁獲量の減少、巨大クラゲの発生増加、ミズバショウの富栄養化、湿原の消失、摩周湖の透明度低下、ヤンバルクイナ絶滅の危機、砂丘喪失・海岸侵食、アオコの大発生、都市植物の暖冬異変、黒潮の大蛇行、植物プランクトン異変、鳥インフルエンザの驚異、台風による集中豪雨の増加、魚体のDDT集積、赤潮の増加、漂流ゴミの増加、増え続けるゴミなど。これらの中のいくつかを紹介する。今回はその第1回目である。

○ 温暖化による永久凍土の後退

永久凍土とは、高緯度地域や高山帯で、年間を通じて0℃以下の地温状態を少なくとも2年以上にわたって保っている土壌や岩盤のことをいう。カナダ、アメリカのアラスカ州およびシベリアなどに広く分布する。日本では、1970年に富士山(標高3,776メートル)で発見された。他では、富山県の立山と北海道の大雪山系白雲岳の周辺に分布している。

2002年10月に日本雪氷学会で発表された国立極地研究所、静岡大および筑波大の研究グループによる初の地中温度連続観測によれば、1976年の富士山南斜面(静岡県側)の地温調査では、永久凍土の下限は標高3,200メートル付近と推定されていた。しかし2000年の調査では、3,500メートル付近になり、凍土分布が約300メートル縮小していた。

富士山頂の年平均気温は、この25年間に0.8℃上昇している。8月の平均気温にあまり変化はないが、1月は約3℃、2月に1℃も上昇している。永久凍土の分布域は、冬季の凍結と夏季の融解のバランスで決まるといわれ、この分布域の縮小には、冬の気温の上昇が関係しているとみられる。永久凍土は気温の変化を非常に受けやすいと推定され、凍土が融解すると温室効果ガスの一つであるメタンガスが放出され、温暖化がさらに加速することになる。

なお、大雪山の永久凍土については、北海道大学大学院工学研究科北方圏環境政策工学専攻・寒冷地防災環境工学講座の岩花 剛氏らが研究を進めている。

参考までに。世界中の山岳氷河は、1980年代に10年間で約2メートル薄くなったが、1990年代にはその2倍の4メートルに達した。地球の平均気温は過去100年間で0.6℃上がり、1990年代は、過去1,000年間で最も熱い10年になった。

参考資料
  1. 藤井理行・福井幸太郎・池田敦・増沢武弘:富士山の地温分布変化が示す過去25年間の永久凍土の縮小、日本雪氷学会全国大会講演予稿集(2002)
  2. 日本経済新聞:2005年4月3日

○ 巨大クラゲの大発生

漁業情報サービスセンターのホームページによれば、7月21日~23日、対馬海峡西水道(対馬と韓国との間の水道)に3個体の大型クラゲの出現が確認された。8月1日、対馬周辺海域で数十個体から200個体が確認された。豆酸埼(対馬・厳原)の定置網に100個体の大型クラゲの入網が確認されている。

エチゼンクラゲと呼ばれるこのクラゲは、学名:Stomolophus nomurai、英語名:Nomura's jellyfish、刺胞動物門、鉢虫綱、根口クラゲ目、ビゼンクラゲ科、エチゼンクラゲ属に属する。大きさは傘の直径が通常40~100cmに達し、海棲で動物食である。

日本近海に発生するクラゲの中では最大で、ときとして傘の直径が2m重さ150kgを越すものがある。その大きさゆえに、成体になったものは他種のクラゲと間違えることはほとんどない。椀状の傘の下に多数の口腕を持ち、体色は灰色・褐色・薄桃色などの変異がある。刺胞(クラゲの仲間が持っている毒のある器官。ばね仕掛けのようになっていて、触れると小さな棘が飛び出す)は弱いらしく、ヒトが刺されたという報告はほとんどない。中華料理などに用いられる食用クラゲはこの種である。東シナ海で生まれると考えられており、対馬海流に乗って日本海を北上し、一部は津軽海峡を抜けて太平洋でも見られる。

大型の根口クラゲ類は分厚く歯ごたえのよい間充ゲル(中膠)組織を持ち、古くから中華料理などの食材として利用されてきたものが何種かある。 そうしたものは、しばしば生息海域に隣接した旧国名ごとに和名がつけられており、ヒゼンクラゲ(有明海:肥前国など)、ビゼンクラゲ(瀬戸内海:備前国など)などと命名されている。 エチゼンクラゲの場合は、福井県(越前国)の水産試験場場長の野村貫一氏から岸上謙吉博士のところへ標本が届けられて記載されたため、この名がつけられた。

本来の繁殖地は黄海および渤海であると考えられており、ここから個体群の一部が海流に乗って日本海に流入する。対馬海流に乗り津軽海峡から太平洋に流入したり、豊後水道付近でも確認された例がある。

現時点では、生態について知られていることは少ない。生活史は既に知られている他の根口クラゲ類と同様である。餌は主に小型の動物プランクトンと考えられている。

近年、日本に輸入されるクラゲのかなりの部分をエチゼンクラゲが占めるようになった。これは、中国国内の活況でビゼンクラゲの需要が伸びていることもあるが、クラゲの質の善し悪しを知らない人が多いために、安いクラゲを仕入れて今までと同じ値段で客に出す中華料理店が増えているためとも考えられる。

加工の仕方によっては刺身のような食感が得られるため、日本国内でもその特性に合った利用法を追求しようという動きが広がっている。

このクラゲによる被害が問題になっている。最近このクラゲが大発生を繰り返しており、巨大な群が漁網に充満するなど、底曵き網や定置網といった、クラゲ漁を目的としない漁業を著しく妨害しているのである。またエチゼンクラゲの毒により、このクラゲと一緒に捕らえられた本来の漁獲の目的となる魚介類の商品価値を下げてしまう被害もでている。

1950年代、エチゼンクラゲが津軽海峡まで漂い、時節がら浮遊機雷と誤認され、青函連絡船が運行停止になったこともあった。古くからクラゲ漁を行っていない地域では、販路の確保や将来の漁獲の安定の見込みもないままに、クラゲ漁用の漁具や加工設備に膨大な投資を行って整備するわけにもいかないので、その対応に苦慮している。

大量発生の原因として、産卵地である黄海沿岸の開発進行による富栄養化、海水温上昇などの説が挙げられている。 また当地における魚類の乱獲によって動物性プランクトンが余ってしまい、それを餌とするエチゼンクラゲが大量発生、さらにはエチゼンクラゲの高密度個体群によって魚の卵や稚魚が食害されて、そのうえ魚類が減るという悪循環のメカニズムになっているのではないかとの指摘がある。いずれも仮説の域を出ておらず、今後の研究の進展が待たれている。

なお福井県では、「エチゼンクラゲ」の名称で報道される度に福井県産海産物のイメージが低下することを危惧して、「大型クラゲ」などと言い換えるよう報道各社に要望している。しかし、既に和名として一般に定着しており、また古来食用に漁獲されてきた水産資源としての知名度も高いだけに、この要望が実施されるかは疑問である。ところで、8月3日の産経新聞の見出しには「大型クラゲ」と表記されている。

これまでの来遊を整理する。大量来遊は、1938, 1958, 2002, 2003, 2005年であった。90年までは10年に1度の大量発生であったが、02と03年は連続して大量に発生した。一因は中国の経済発展にあるだろうといわれている。長江などからの栄養分の過多による中国海域の富栄養化、海岸の人工構造物の増加、地球温暖化による海水温の上昇、魚の乱獲など様々な原因が考えられているが、いまだ確証はない。

昨年の7月21日には、水産庁が地方自治体に大量発生を警告している。例年は8月上旬に日本近海に現れるが、この年は7月8日に対馬沖に漂着した。その後、対馬海流で北上し9月1日には秋田県で目撃された。さらに9月半ばには青森で目撃された。対馬沖の定置網に7月にかかるクラゲの数は例年数匹だが、03年は10匹、05年は200-300匹と大量であった。

さて、8月から9月にかけての大型クラゲの動向は如何に。

参考資料
  1. 読売新聞:2005年11月17日夕刊
  2. 日本経済新聞:2005年9月4日
  3. 独立行政法人 水産総合研究センター日本海区水産研究所ホームページ:http://jsnfri.fra.affrc.go.jp/
  4. 漁業情報サービスセンターホームページ:http://www.jafic.or.jp/kurage/index.html

○ 東京の熱帯夜の増加

気象庁は、過去100年間の観測結果をもとに地球温暖化や環境変化の見通しなどをまとめた「異常気象レポート2005」を2005年の10月28日に発表した。世界全体の気温が100年で約0.74℃、日本では約1.06℃の割合で上昇し、世界全体で異常高温が増加していることなどを予測している。

100年後には、日本での真夏日(最高気温が30℃以上)が関東や近畿の海岸部で15日前後、九州南部や南西諸島では25日以上増えると推定している。

なお、気象庁は一日の最低気温および最高気温により、それぞれの日を以下のように分類している。夏日(なつび)は、最高気温が摂氏25℃以上の日。真夏日(まなつび)は、最高気温が摂氏30℃以上の日。酷暑日(こくしょび)は、最高気温が摂氏35℃以上の日。真夏夜(まなつや)は、最低気温が摂氏20℃以上の日。熱帯夜(ねったいや)は、最低気温が摂氏25℃以上の日である。

気象庁はまだ正式には「酷暑日」という呼び方はしていないが、35℃以上の日数の統計は取っている。東京の都心で「酷暑日」が最も多かったのは1995年の夏で、13日あった。猛暑となった04年は6日、過去10年の平均は4.2日であった。95年からの東京の酷暑日は次の通りである。95年:13日、96年:2日、97年:3日、98年:3日、99年:0日、2000年:1日、01年:8日、02年:7日、03年:0日、04年:7日。

首都大学東京の三上岳彦教授は、東京都心の熱帯夜は数年以内に年間50日を超えると推定している。100年から80年前は5日程度だった熱帯夜が、1950年から1970年代には10日~20日に増加し、1980年から200年代には30日~40日に増加している。

東京都心の年平均気温は過去100年で3℃も上昇している。地球全体で0.6℃上昇しているので、その5倍という異常なスピードで温度が上昇していることになる。三上岳彦氏によれば、3℃のうち2℃程度はヒートアイランド現象によるものと推定される。

早稲田大学の尾島俊雄教授は、2010年までに都心部の年平均気温はさらに0.5℃程度上昇する可能性があると指摘している。ヒートアイランド現象は、局所的な集中豪雨を呼ぶことにもなる。

東京の温度が上昇するにつれ、クマゼミの北上がめだってきた。クマゼミは南方系のセミである。40年ほど前までは、大阪など関西でもそれほど多くなかった。しかし、最近その数が急増し、神奈川や東京など関東でも見られるようになった。

参考資料
  1. 産経新聞:2005年7月31日、8月14日

○ 尾瀬のミズバショウの富栄養化

平成17年11月8日、ウガンダ共和国で開催された「第9回ラムサール条約締約国会議」において、尾瀬(福島・群馬・新潟)が国際的に重要な湿地を保全するラムサール条約の新たな登録湿地として認められた。12月17日には、尾瀬保護財団設立10周年記念シンポジウムにおいて、ラムサール条約登録認定証交付式が行われ、環境省から尾瀬を囲む3県3市村に認定証が手渡された。

このような高層湿原独特の尾瀬で、生態系の変化が確認されつつある。東京農工大学の赤木右(たすく)教授の調査によれば、ハイカーのこぼした食べ物や食べ残された弁当が、この地の代表的な植物のコケ類へ過剰な窒素の供給源となり、植生に悪影響を与える可能性が高まっている。帰化植物により尾瀬の植生が危機にさらされていることはよく知られているが、それよりも問題なのは人間の行動なのである。

赤木教授は、登山者が歩く木道に沿う尾瀬ケ原の休憩場所24ヶ所のモウセンゴケを採取し、組織中の窒素含量を調査した。自然界にある窒素(N)は、質量数14の同位体14Nが99.63%以上を占める。残りの0.365%が、質量数15の同位体15Nである。しかし、自然の雨水を窒素供給源とする尾瀬のモウセンゴケの15Nの比率は、自然界の1.5倍も存在した。特に休憩場所が広く、人が多く集まる場所ほど15Nの比率が高かった。

一方、食物連鎖が上位である動植物(魚や肉類)ほど15Nが蓄積されている。赤木教授は、モウセンゴケの15Nの比率の高さは、ハイカーの弁当に由来していると解析した。食虫植物のモウセンゴケは、食べ残されたりこぼれた食品を食べた昆虫類を捕らえ、15Nを取り込んだと考えられる。人が多く集まる場所の富栄養化が原因なのである。

尾瀬の湿原は栄養源に乏しいため、それに耐えるコケ類などが生育し、独特な植生を形作っている。しかし、毎年30万人を超えるハイカーが入山し、さまざまな食品を持ち込み、排泄物を湿原に残す。湿原の栄養源が過剰になるのは当然のことなのである。

宇都宮大学の谷本丈夫教授らは2005年の日本生態学会で、木道に近いミズバショウほど葉も花も大きくなることを突き止めて報告している。原因の一つとして、木道近くの富栄養化を挙げている。

富栄養化のほか、地球温暖化による影響も心配されている。通常、ミズバショウは5月下旬頃から開花するが、その時期が地球温暖化によって早まっている、と指摘するのは国立環境研究所の名取俊樹主任研究員である。

寒冷地の山地の湿原に見られる多年草のミズバショウ。水芭蕉と書き、サトイモ科のミズバショウ属(Lysichiton camtschatcense)に属する。高さ20cm程度の春に開花する可憐な植物。山地の高層湿原の代表的な植物。この花が、富栄養化や温暖化により2mに近い巨大な葉を持つと思うと不気味な感じがする。巨大クラゲ、巨大ミズバショウ、巨大生物の出現は御免被りたい。

参考資料
  1. 伊藤祥子・谷本丈夫:尾瀬における植物群落への木道設置の影響、2004年日本生態学会、 ポスター発表、P2-009 (2004)
  2. 産経新聞:2005年8月22日
  3. 毎日新聞:2005年7月21日
  4. 名取俊樹:地球環境研究センターニュース、vol. 16, No. 9, 8-9 (2005)

○ マイワシの漁獲量激減

1980年代後半(1985~1989年)のマイワシの年平均漁獲量は272万トンであった。この時期、わが国は史上最高のマイワシ豊漁期を経験した。しかし90年代後半の漁獲量は、年平均24万トンに減少した。最盛期の約10分の1以下の漁獲量になった。その後、漁獲量は急減し2003年に5.8万トン、2004年に5万トン、2005年に2.7万トンと激減の一途を辿っている。

安くてそのうえ栄養価の高いマイワシが食卓から姿を消した。かつては庶民の味として親しまれたマイワシが高騰している。東京の築地市場ではこの5月、特大のマイワシ(約20cm)が一匹千円を超す値段で取り引きされたという。

何がマイワシの減少をもたらしたのか? その前に、マイワシの季節的に南北回遊する生態を知る必要がある。日本の太平洋側海域のマイワシは、西日本から東日本の沖合いを流れている黒潮流域で2月から4月の間に産卵する。受精卵は、時速3~5 kmで東へ向かう黒潮の流れに乗って運ばれながら発生し、産卵後2~3日でふ化して体長3 mmの仔魚になる。仔魚は、体長十数mmに成長するまでの2~3週間で、黒潮に運ばれて数百~千数百kmも離れた房総半島東の黒潮海流域に達する。この海域で成長した仔魚は、体長30 mmを超えると稚魚へ変態し、群れを作って親潮海域へ北上回遊する。夏の間に親潮海域で甲殻類プランクトンを飽食して体長100 mmを超えた稚魚は、秋になると道東、三陸沖を南下し、常磐沖の暖かい海域で越冬する。

1歳になった稚魚は、翌春再び親潮海域へ北上しエネルギーを蓄え、2歳の冬には黒潮流域まで南下して産卵する。2歳以上の成魚は季節的に南北回遊を繰り返し、冬には黒潮域で産卵し、夏には親潮域で索餌する。

マイワシの激減は、上述した生態系に対して海流の変化が生じたと考える説がいまのところ有力である。これには、北太平洋に位置するアリューシャン低気圧の勢力の衰えが関係しているのである。すなわち、アリューシャン低気圧が弱まると、冬場に吹く北風の勢いが衰えて、寒流の親潮が南下しにくくなる。その結果、暖流の黒潮が北上するため海水の温度が上昇する。そのため、マイワシの餌であるプランクトンの量が少なくなり、マイワシの餌場が縮小される。

では、何故アリューシャン低気圧の勢力が衰えているのか。それは、地球の温暖化と関係する。地球の温暖化で、北極付近から周囲に吹き出す空気の循環が強まっているからである。その結果、北太平洋では下降気流が発生し気圧が上がり、アリューシャン低気圧が弱まる。

一方、北太平洋上で左回りのアリューシャン低気圧の活動が強まると、ロシアなどの亜寒帯地方の冷たい風が海流の勢いを増し、親潮の南下が強まる。これにより海表面の水は冷やされ、海水の比重が高まる。その結果、海表面の水は窒素やリンなど栄養塩の豊富な深層水(水深200m以上)と混ざり合う。そのため栄養塩を餌とするプランクトンが増え、稚魚が成長しやすい環境になるという。

実際、アリューシャン低気圧が活発だった1988年以前は、マイワシの仔魚の生育環境はよかった。しかし1988年以降は、海水温の上昇が引き金となり、プランクトンと餌場は減少し、マイワシが減り始めている。

加えて、将来成魚となる前の0~1歳魚の乱獲と、カツオなどの肉食魚類の増加がマイワシの資源量の減少に追い打ちをかけた可能性も考えられる。マイワシに限らず、水産資源の長期的な増減が気象の変動に起因することはすでに多くの漁業関係者が認めるところである。

参考資料
  1. 産経ホームページ:http://www.sankei.co.jp/eco/news/2005/03/14-2.html
  2. 徳島新聞ームページ
  3. 産経新聞:平成17年4月10日
  4. 東京大学海洋研究所海洋生物資源部門資源生態分野ホームページ:http://otolith.aori.u-tokyo.ac.jp/

○ 漂流ごみの増加

環境省は、海洋環境保全施策の一環として日本周辺海域における海洋汚染の実態を総合的に把握し、その汚染機構を解明するための基礎資料を得ることを目的に、昭和50年(1975)から平成6年(1994)の20年間にわたり「日本近海海洋汚染実態調査」を実施している。

一方、平成6(1994)年に発効した国連海洋法条約により、沿岸国の排他的経済水域までの海域の環境保全が求められようになった。わが国でも平成8(1996)年7月に本条約を発効し、管轄する海域の環境保全の責務を担うこととなった。

これを受けて環境省は平成10(1998)年度から、日本近海海洋汚染実態調査の内容を拡充し、海洋環境モニタリング調査を改めて開始した。これが、「海洋環境モニタリング調査(1995~)」である。なお、「日本近海海洋汚染実態調査」終了後の平成7(1995)年から9(1997)年の間に行われた「海洋環境保全調査」は、「海洋環境モニタリング調査」への円滑な移行・発展のために行われたものである。ここでは、主に東京湾、伊勢湾、大阪湾、福岡湾などの海域を調査している。これらについては、参考資料に示したホームページを参照されたい。

平成17年9月22日には、「平成15年度海洋環境モニタリング調査結果について」の報道が以下のように行われている。

「環境省では、平成15年度海洋環境モニタリング調査結果を取りまとめました。この調査は、日本周辺海域の調査地点における陸域からの汚染による水質・底質への影響やプラスチック類漂流物の量、海洋生物に蓄積される汚染物質の濃度等について調査することにより、海洋の汚染状況を把握することを目的としています。

大阪湾沖及び沖縄本島南西沖を対象とした今回の調査では、従来のデータと比較して著しい海洋環境の変化は認められませんでしたが、海洋環境の経年的変化等を把握するため、今後も継続して調査を行い、総合的な解析を実施していく予定です。

また、他地点と比較して高い濃度が検出された、廃棄物の投入処分海域の有機スズ化合物と大阪湾沖のPCBについて、追加調査を含め検討を行った結果、人の健康に影響を及ぼす可能性は低いことが示されました。」

これらは、平成15年度の調査結果である。その後、新たに漂流ごみに悩む西表島の事実が判明してきた。

防衛大学校の山口晴幸教授(自然環境、環境地盤工学)は、八重山諸島の海岸線に打ち上げられた漂着ごみを、1997年から春と夏の2回に分けて毎年継続して調査している。昨年の調査は、3月26日から4月5日までの11日間で、6島22カ所に及ぶ。

昨年の竹富町西表島の調査結果によれば、特にマングローブ河口域に、発泡スチロールなどのプラスチックごみが約1万個余り漂着していたことが判明した。この量は、前年の漂泊量の約1.8倍に相当した。一昨年の春からは、西表島の仲間川、ユツン川河口域、船浦湾西岸域の3河口域を調査した。そのうち、ユツン川河口域と船浦湾西岸域のマングローブ(約9000平方メートル)で確認された漂着ごみの種類、数および国籍などを明らかにした。

昨年の春の調査で確認したごみの総数は、1万1,116個、前年の6,173個に比べ約1.8倍増加していた。100平方メートルあたりの総ごみ数は124個(前年55個)で、国籍不明ごみが9,293個、外国製1,700個、日本製123個であった。最も多い漂流ごみはプラスチック類で6,347個(56.8%)、次いで漁具類が4,502個(40.3%)、瓶類が217個(1.9%)となっており、注射器などの医療廃棄物や廃タイヤなども多かったという。

国籍が判明する漂流ごみでは、中国製が1,099個(64.6%)、韓国製が294個(17.3%)、台湾製が246個(14.5%)となっていた。

山口教授は「マングローブ内はプラスチックごみの腐食が進むと、有害物質が溶け出し、湿地汚染にも発展する」と警告している。また、「生態系への影響も懸念されることから、早急に実態を把握して何らかの対策を講じる必要がある」と述べている。

急成長が続く中国の問題は、「巨大クラゲ」のみならず「漂流ごみ」にも影響が及ぶ。中国ではごみの量の増大に加えて、ごみを処理するシステムの構築が残されている。わが国のようなごみ回収リサイクルのシステムが十分に整っていない問題がある。近隣諸国がごみ対策を取らない限り、流れ着くごみはますます増加するであろう。

漂流ごみは海岸に打ち上げられるから見える。ごみを処理する能力があればこれを処分できる。植物の根は見えないように、海中に漂い見えない漂流ごみが問題である。漂流ごみが氷山の一角とすれば、いまなお漂流しているごみはその何倍もあるだろう。海にごみを流さないシステムを世界中の国で早急に確立しなければならない。確立しても実行されるかどうかが、また問題になる。漂流ごみの前途は決して明るくない。海原の悲鳴が聞こえる。

参考文献
  1. 産経新聞:平成18年1月22日
  2. 八重山毎日新聞:平成17年6月16日
  3. 第4海区海上保安本部ホームページ:http://www.kaiho.mlit.go.jp/04kanku/
  4. 環境省ホームページ:http://www.env.go.jp/water/kaiyo/monitoring.html
農・環・医にかかわる国際情報:6.アメリカの農医連携教育・研究
農・環・医にかかわる国際情報として、これまで、1)INI:国際窒素イニシャティブ(1-9p)、2)地球圏-生物圏国際共協同研究計画(IGBP)‐地球環境変動と人間の健康‐(2-3p)、3)地球環境変動と健康‐ドイツ科学共同体特別計画(案)(3-10p)、4)オランダ・ワーヘニンゲン大学(5-7p)および5)国際土壌科学会議‐土壌と安全食品と健康‐を紹介してきた。

今回はアメリカのメリーランド大学の農医・教育、南カリフォルニア医科大学、ノースカロライナ農医研究所、サウスカロライナ農医プログラム、サウスカロライナ医科大学、南海岸農医センター、北アメリカ農医連携共同事業体などの概略を紹介する。さらに詳しく知りたい方は、それぞれのホームページを参照されたい。

メリーランド大学の農医・教育
アグロメディシン(Agromedicine)とは、医学と農学の専門家が農家、農業者および消費者の健康と安全を促進するために協力・連携するものである。メリーランドの農医連携プログラムは、環境汚染にさらされている農業者以外の住民をも対象にしている。このプログラムは、広く農薬に焦点をあて、健康管理を専門にワークショップや教育活動を行っている。またメリーランド大学を本拠として、農薬教育や評価プログラムなどの教育を行っている。

協力団体は、郡や地域の普及教育者、学内普及専門家、医学・看護学の専門家、メリーランド毒物センター、メリーランド・デラウエア州域健康教育センター(AHEC)およびメリーランド州農政部である。

北アメリカ農医協力・連携共同事業体:http://www.agromedicine.org/Newsletters/
北アメリカ農医協力・連携共同事業体(The North American Consortium: NAAC)は、土地供与医科大学(Land-grant and Medical Universities)の計画チームワークを支え、食料と繊維に関わる農家、農業従事者、それらの家族、地域社会の人々および消費者の健康促進と病気予防を促進するためにある。

農医連携は、農業生産物とそれを扱う農業者・その家族・消費者の健康と安全を促進する健康と農業の専門家の協力体である。農医連携は、農学と医学を結合させることによって、農業、林業、水産業に関係する人たちの健康と安全に焦点をあてている。これは、農業大学、医療大学さらにはそれらの関係者との協力によって達成されるものである。

農医連携の範囲やねらいは、農林水産加工業による生産物やそれを活用する実施者や仲介者など全ての人々に及ぶ。この包括的な取り組みは、複合的な統合である。農医連携に興味ある分野の例に、農における化学物質(安全、毒性、腫瘍学、奇形学など)、難聴、皮膚ガン、農業ストレス、他に予防分野、職業・環境医学、rural health and primary care がある。
本の紹介 20:医療崩壊−「立ち去り型サボタージュ」とは何か−小松秀樹、朝日新聞社(2006)
これは、虎の門病院泌尿器科部長の現場からの痛烈な報告書である。医療の現状はどうか、医療の何がおかしいのか、医療をどうすればいいのか。医療の現状を報告し、その対策を緊急提案した本である。

表紙の帯には、次のことが書かれている。「現在、日本の医療機関は二つの強い圧力にさらされている。医療費抑制と安全要求である。この二つは相矛盾する。相矛盾する圧力のために、労働環境が悪化し、医師が病院から離れ始めた。現状は、きわめて深刻である。医療機関の外から思われているよりはるかに危機的である。」

「はしがき」の冒頭で著者は語る。「本書はもともと検察に提出した意見書である。これを膨らませて一般向けに書き直した。研究でも評論でもない。現場の医師としての立場の本である。危険な状況にある日本の医療を分析し、崩壊させないための対策を提案した。」と。

2002年12月8日、慈恵医大青戸病院の患者が低酸素脳症のため死亡した。2003年9月、この病院の医師3名が逮捕され、事件が大々的に報道された。数日間の嵐のような報道で、極悪非道の医師像が国民に刻印された。この事件に対して「はしがき」は続く。「私は、報道に含まれる悪意と憎悪に慄然とした。医療側のみならず、メディア、警察、検察にも大きな問題があると認識した。同様な事件が繰り返されると、患者と医師の対立が増幅され、日本の医療は崩壊すると危惧した」と。

著者の思いは既に出版した冊子、「慈恵医大青戸病院事件 医療の構造と実践的倫理:日本経済新聞社、2004」の冒頭に書かれているという。以下、その本の冒頭の文章をそのまま引用する。

「私は、今夏の事件の処理は今後の医療の方向を決めると思っている。普通の医師まで警察とマスコミを恐れるようになっている。曖昧な理由により犯罪者にされかねないと思い始めている。これが医師の診療活動に影を落としはじめている。医師と患者の信頼関係も崩れてきた。医師は危険を伴う治療方法をとりたがらなくなりつつある。このままでは、将来、外科医を志す人材がいなくなる事態も到来しかねない。医療における罪の明確な定義なしに、医師に刑事罰を科すと医療を崩すことになりかねない。」

その後、日本の医療は著者の懸念どおりになってきた。崩壊のスピードは著者の予想をはるかに上回っている。医師がリスクの高い病院診療から離れ始めた。外科を志望する医師が東大や慶大で激減した。産科診療が日本中で成立しなくなりつつある現象が、新聞を賑わしている。内科医まで病院を離れ始めたという。

著者はこのような医療の荒廃を克服すべく、「はじめに」の終わりの文章を次のように結ぶ。「少数意見であろうが、意味ある原論を、日本の社会は尊重する。日本では、古より、ことばには神秘的な霊力、すなわち、言霊があると信じられてきた。現在の医療危機を危惧しつつも、言霊のくに日本の問題解決能力に期待して努力を続けたい。」

このような「はしがき」に書かれた現実や思いの下に、この本「医療崩壊」は、次のような構成で執筆されている。
  1. 何が「問題」なのか
  2. 警察介入の問題
  3. 社会の安全と法律
  4. 事件から学ぶこと
  5. 安全とコスト
  6. イギリス医療の崩壊
  7. 立ち去り型サボタージュ
  8. 大学・大学院・医局の問題
  9. 厚生労働省の問題 
  10. 医療の崩壊を防ぐために
結論:今こそ医療臨調を
資料1:世間の常識・医師の非常識
資料2:医療事故被害者救済策としてのADR(裁判外紛争処理)の可能性

I 何が「問題」なのか

医療について、患者と医師の間で考え方に大きな齟齬があることの指摘がまずなされる。患者は病気はすぐ発見され、医療は万能で、たちどころに治療できると思っている。一方、医師は、医療には限界があるばかりか、危険なものであることを知っている。その上、メディア、警察、司法が患者側に立つため、この齟齬が社会問題にまでなっている。

そこで、人生と医療、医療の不確実性、安心・安全の考え方などが語られる。その中で、検査にしろ治療にしろ、医療は体にとって基本的によくないこと、健康な人に有害無益であること、不確実性を有することなどが極めて明解に、人生観を加えながら解説される。

医療に限らず、わが国の安心・安全志向がいかにいびつであるのか、リスクの大家である中西準子氏の文章を引用し、読者にその理解を促す。

「安全を得るためには通常莫大な費用がかかるので、自分で支払う場合にはほどほどのところで誰もが妥協するが、責任が他にあるとなれば、その要求も際限なく大きくなってしまう。[安全]は、目指すべき方向性を示す目標のはずだったが、いつのまにか、際限のない安全を要求する権利があるという誤解に発展している。そして、それが満たされないと、不安になるのである。いや、不安を言い募っていいと思うのである。それは自分の責任ではないから。」

「不安との闘いという個人の心の課題がいつの間にか国や企業の責任に代わりつつあることを実感するのである。これではかえって不安、不安という人が増える。」

さらに、「名古屋地裁判決」、「とげとげしい医師患者関係の直接的原因」、「医療裁判の欠点」、「医療水準」、「加藤吉雄弁護士の見方」、「医事紛争の患者側当事者の分類」、「病院経営者、管理者と現場の齟齬」、「一方的謝罪要求」などの項目を設け、医療に関わる全てのひとびとに、「自己の目的と関心を追求する独立せる人格として互いに相手を尊敬し配慮すべし」いう思いが語られる。この章は、次の文章で終わる。

「[会話としての正義]は一方的なものではない。医事紛争の場面では、患者と医療側の双方が尊重すべきことがらである。[会話の作法]が正義の基底をなしていることを、社会は十分に認識していない。崩壊しつつある日本の医療の現状をみるとき、[会話の作法]が社会の適切な営為に不可欠であることを、医療事故被害者、医師、ジャーナリスト、そして、法曹人が深く認識することを願う」。当たり前だと思う常識が崩れつつあるのだ。

II 警察介入の問題

警察官は、医療については一般の患者と同様の認識しか持っていないこと、医療への過大な期待を患者と共有すること、容易に患者やその家族の信条に同調することなどが、最初に強調される。

それらのことを説明し、警察の説明責任を明確にするために「警察の医療への介入」、「三宿病院事件」、「医療過誤の調査は誰が行っているのか」、「捜査手法」、「脳動脈瘤破裂事件」、「民事裁判対策としての刑事事件化」、「過失犯罪と報道」、「[世論]とは何か」、「警察当局の判断」、「現場の警察官」、「警察権力の心理的影響」の項目が設けられ、最後に「警察の説明責任」が問われる。

著者は警察への信頼が失われることにならないように、警察庁長官に国民と医療従事者に合理的回答を求める次の5点の質問をする。

1)警察は医療を取り締まれるだけの科学的知識があるのか、など。2)医療に対する過剰な取り締まりの制禦はあるのか、など。3)民事裁判でいうところの「医療水準」を警察ではどう考えるのか。4)医療に関し、業務上過失致死傷罪で捜査に着手するかどうかの判断は現場まかせか、など。5)医療事故を刑事事件として扱うことが医療全体に大きい影響を与えている。医療保険の責任は誰が取るのか、など。

III 社会の安全と法律

この章では、安全を最近の科学的アプローチで扱おうとする学問と、現行の法律との間に矛盾があることの指摘がなされる。そして、法律に適切かどうかの判断基準があるのかとの問いかけがある。さらに、法律が不適切だと思われるとき、変革の道筋は何かを思索する。

これらのことが、「刑法は世界を統べるか」、「リスクマネジメント」、「インシデント報告」、「オカレンス報告」、「踏切事故」、「法律家の思考様式」、「医師の思考様式」、「演繹と帰納」、「批判受容力」の項目で解説される。

なかでも、「法律家の思考様式」と「医師の思考様式」の違いは重要である。まず、法律家の思考様式。検察官は刑法、刑事訴訟法、判例の世界に生きている。法律は国ごとに大きく異なる。検察官の扱う範囲は国内に限定される。個々に書かれた法律と判例が思考と判断の基準であり、動的な変化がない。法律家は現在の法律に囚われる。思考が過去の文書の解釈に偏りすぎる。

続いて、医師の思考様式。医学は、あらゆる学問を取り入れる柔軟性を持つ。現代の医学はさまざまな方法で知識を集積している。医療には細分化された知識もあるが、それをまとめる努力も常に行っている。医療の基本的言語は統計・確率である。

概ね両者の違いを以上のように指摘し、次のように「法律家の思考様式」を切り、法律家の自戒を求める。「科学や世界情勢はわが国の刑法や刑事訴訟法と無関係に大きく変化していく。変化を正しく認識し、適切に対応するためには、現在を歴史の動きの中で捉えること、科学を含めて現代社会を広く理解すること、さらに、未来への豊かな想像力が必要である。検察官の日常業務がそれなりに知的であることは想像に難くない。しかし、知的活動の幅があまりにも狭いのではないか。・・・・」と。

「演繹と帰納」の項目も興味深い。刑法は、業務上過失致死傷罪の理念に基づき有罪を決める。民事裁判では、不法行為や責務不履行の理念に基づき賠償を求める。いずれも、理念からの演繹である。一方、自然科学の世界では、事実を集めて統一的な理論を考える。帰納である。

科学の基本が帰納であることは間違いない。医療裁判の領域でも、事実を収集して全体像をながめ、その上で理念が適切かどうかを判断すればよいと、著者は喝破する。

この章の最後は、「批判受容力」で終わる。「医師にとってもっとも重要な能力は、自己への批判をおだやかに検討し、これを向上の機会とすることである」との内省が語られる。そのためにも、自覚的エリートとなり、放置すれば確実に崩壊する日本の医療制度を良い方向に転換させようとするかけ声が掛けられる。この国を思う著者の志がひしひしと伝わる章である。

IV 事件から学ぶこと

2002年11月に起こった慈恵医大青戸病院事件の報告書を熟読した著者が、自ら学んだことを「出血」、「輸血はなぜ遅れたか」、「気腹解除後ショック」、「[報告書]の問題点」、「[報告書]に記載された手続き上の問題」、「事件の原因と対策」の順に事実を明らかに説明する。

その結果、医療事故は複合的に発生することを明らかにする。事件の再発を防ぐために行うべきことは、輸血業務の整備と輸血教育、大学病院における新規技術偏重の抑制と制禦、さらには説明と同意の徹底であると、結論する。

V 安全とコスト

安全には膨大な費用がかかる。メディア、警察、法律家は費用の問題を無視してきた。費用という現実そのものを無視した議論で責任を負わせられることに、医療従事者は絶望している。このことを解説するために、以下の国別医療費の比較などを紹介し、「外来診療報酬の2.93倍の格差」、「日本医師会」、「責任本位制」、「人員配置」、「人工呼吸器事故」、「認知症患者行方不明事件」の項目を設け、安全とコストの解説が行われる。

医療費はその国の対GDP比で比較されるそうである。2000年のわが国の医療費は、主要先進7ヶ国の中ではイギリスに次いで低い。高い順に対GDP比を列挙すると、アメリカ:13.1%、ドイツ:10.6%、フランス:9.3&%、カナダ:9.2%、イタリア:8.3%、日本:7.6%、イギリス:7.3%になるそうである。

それぞれの項目のなかでも、医療を教育や環境を含めて人類が共有すべき「社会的共通資本」と捉える経済学者宇沢弘文氏の考え方は、大変興味深い。このことは、次の章でも紹介される。ちなみに、宇沢弘文氏の定義する「社会的共通資本」とは、「一つの国ないし特定の地域に住むすべての人々が、ゆたかな経済生活を営み、すぐれた文化を展開し、人間的に魅力ある社会を持続的、安定的に維持することを可能にするような社会的装置を意味する。」

VI イギリス医療の崩壊

医療費の抑制と医療への攻撃を継続されたイギリスでは、医師の士気が完全に崩壊したという。さらに、イギリスの医療事情は、日本の医療の近未来を暗示しているという。そのことを具体的に「診療待ち・検査待ち・入院待ち・手術待ち」、「NHS:National Health Service、国民保健サービス」、「イギリスの医師の不幸」、「士気の崩壊と社会思想」の項目で説明する。

最後の「社会的共通資本の正しい姿:三分一湧水」では、医療に社会的共通資本の配慮が必要であると説く。医療は、農業で用いられてきた三分一湧水と同様に維持管理が必要な脆弱な共有財であることを十分認識する必要があると、著者は言う。利用するには、自己の欲望の制禦、他の利用者への配慮を怠ってはならない、と著者は内省する。

代替農業と代替医療、イネゲノムとヒトゲノムと同じように、社会的共通資本の考えの中の湧水と医療にも、農と医の類似性が認められる。

VII 立ち去り型サボタージュ

この本の副題「立ち去り型サボタージュとは何か」の章である。内容は佳境に入る。日本の勤務医は、経済が前提とする自己の利益の拡大を図る経済主体ではない。自らの知識や技量に対する自負心と、病者に奉仕することで得られる満足感のために働いていると、著者は語る。

この自負心と満足感が損なわれようとしている。それは、社会が後押しして肥大化した患者の権利意識である。そのため、勤務医が厳しい労働条件の中で患者のために頑張ること、そのものを放棄しはじめたのである。理不尽な攻撃を受けながら、だまって相手に奉仕せざるをえない状況が続けば、医師の誇りと士気は大きく損なわれる。この状況がイギリスに酷似していると、著者は語る。

以下、「勤務医の考え方と医師不足」、「医師の立ち去り型サボタージュ」、「さらに深刻な看護師の状況」、「京大病院人工呼吸器エタノール事件」の項目で具体的な内容が語られる。

「勤務医の考え方と医師不足」では、北里大学前医学部長の吉村博邦教授がまとめた医師不足が顕在化した要因、厚労省大臣官房統計情報部の資料、「医師数の年次推移」などが紹介される。

「医師の立ち去り型サボタージュ」は、本書の圧巻である。麻酔科医、東京近郊の市立病院産婦人科・長野県総合病院・Y県F市立病院、都立病院、虎の門病院の専攻医制度、東大病院研修医、の話がドラマチックに紹介される。しかし、これらの事象は決してドラマではないのである。

「さらに深刻な看護師の状況」では、看護系の専門雑誌のことが紹介される。著者は、看護師が辞めていく記事の多さに驚く。留めの話はこうだ。指導的立場の看護師の一人が、雑誌の座談会で次のように語っているという。「新人看護師が辞める選択をするのは当然至極。その方が正常だ。」と。ちなみに、日本看護協会の調査によれば、2003年度に卒業した看護職員の12人に1人が、1年以内に辞めるという。

この章の最後は、「京大病院人工呼吸器エタノール事件」で締められる。この事件で、新人看護師に執行猶予付きの禁固刑が確定した。この刑は、上司や同僚看護師を含む病院のシステムの責任を、彼女が代わって引き受けたようなものであると、著者は語る。

VIII 大学・大学院・医局の問題

他の国に比べ、わが国の大学は医療に大きな影響力をもつ。その大学が医療の閉鎖性と封建制の象徴になっている。患者からの医療への批判や攻撃に、大学が大きな理由を提供している。このことを説明するために、「大学の属性の問題」、「大学院」、「医局」、「昭和大学藤が丘病院事件」の項目が設けられる。

印象的なのは、教授が仮想現実の世界から抜けきれず、論文のインパクト・ファクターを金科玉条のものと信じている姿だ。退官時にインパクト・ファクターの数字が書き込まれた論文の目録を配布する教授がいたそうだ。著者も書いているが、あまりの子供っぽさに驚く。まるで、バーチャルの世界だ。この現象は、医学の世界だけに限られたことではあるまい。

著者の思いはこうだ。「同じ顔ぶれで狭い穴蔵に閉じこもっていると、医療の水準を向上させることは出来ない。長い時間の間に、隔絶した差が生じうる。高い水準を直接目でみなければならない。医局の枠を超えた交流が、医療の水準向上に必須であることは間違いない。」

IX 厚生労働省の問題

ここでは、「政策のリアリティ」、「厚生行政と薬害エイズ事件」、「司法の限界」、「ルール厳格化は責任放棄」および「ALS患者のたん吸引問題」の項目を通して厚生労働省の行動の特性とその原因についての見解が述べられる。

X 医療の崩壊を防ぐために

医療の崩壊を防ぐため、1)医療事故の防止、2)紛争の処理・解決、3)適切な社会思想の醸成、にわたる対策が必要であると説く。中でも、紛争を解決する制度の構築が急務であると強調している。

1)医療事故の防止、と2)紛争の処理・解決、については様々な具体的な事例が紹介される。3)適切な社会思想の醸成、については「適切な社会思想の醸成、ジャーナリズムの問題」という項目を設け、死生観とジャーナリストの自己責任と勉学の必要性などが懸命に語られる。ジャーナリストに向けて発される「自由と責任」、「わがままと無能の横行」なる言葉は、ことジャーナリストだけに向けられた言葉ではありはしまい。

結論:今こそ医療臨調を 

医療は、家族と患者・医師・医療従事者・厚労省・警察・マスコミ・裁判官・検察官など多岐にわたる職種の人びとによって成立している「現実の生きもの」である。したがって、医療についての考え方に齟齬があって当たり前であろう。

そこで、著者は次のようにみんなで努力しようと語る。「具体的対策を考える前に総論部分での認識を一致させる努力が必要である。一致できなくても、どのように認識が違うのかを互いに理解する必要がある。大きな権限を持つ国民的会議を開催し、医療とはどのようなもので、何ができて何ができないのか、人間にとって死はいかなるものか、現在の医療の問題は何なのか、危機を回避するための対策はどのような理念に基づくべきものかについて、国民的合意を形成することを提案する。いうなれば「医療臨調」である。・・・・・・・・。国家的事業として患者と医療側の相互不信を取り除く努力をしないと取り返しのつかないことになる。事態は急を要する」と。
Agromedicine を訪ねる(5):Journal of Agromedicine
以下のことは、「情報:農と環境と医療 10号」ですでに書いた。「農医連携」という言葉は、生命科学全般を思考する北里大学で新しく使用しはじめたものだ。それに相当する英語に、例えばAgromedicine がある。1988年に設立された The North American Agromedicine Consortium (NAAC) は、Journal of Agromedecine という雑誌とニュースレターを刊行している。この雑誌の話題には、農業者の保健と安全性、人獣共通伝染病と緊急病気、食料の安全性、衛生教育、公衆衛生などが含まれる。

今回は第5回目として、Journal of Agromedicine の第5巻の目次を紹介する。

第5巻1号(1998)
  • Indoor Misuse of Agrichemicals: The Re-Discovery of Pesticide Abuse in the U.S.
  • Nonvenomous Animal-Related Fatalities in the United States Workplace, 1992-1994
  • A Pilot Study of the Prevalence of Streptococcus suis in Pigs and Personnel at Five Indiana Swine Operations
  • Review of the Literature: Streptococcus suis Infections of People
  • Kentucky AgrAbility: Helping Disabled Farmers Return to the Land
  • Farm Youth and Horse-Related Injuries: A Case for Safety Helmets
  • A Cooperative Experience in Rural Health Education for Medical Students

第5巻2号(1998)
  • Introduction to the W.K. Kellogg Agricultural Safety and Health (ASH) Initiative
  • The South Carolina Farm Leaders for Agricultural Safety and Health Educational Program
  • Prevention of Secondary Injuries/Disabilities Among Farm Families Affected by Physical Disabilities: A Consumer Responsive Approach
  • Agricultural Hazards Reduction Through Stress Management
  • The Farmworker Health and Safety Institute (FHSI)
  • The Farm Partners Program: Addressing the Problem of Occupational Stress in Agriculture
  • Physician Training in Agricultural Safety and Health: The Emory Agromedicine Training Project
  • The California Agricultural Safety and Health Education Training (Cal ASET) Project
  • Evaluation Findings of an Agricultural Health and Safety Community Leadership Development Process
  • Empowering Farm Women to Reduce Hazards to Family Health and Safety on the Farm
  • Innovative Approaches to Farm Safety and Health for Youth, Senior Farmers and Hea lth Care Providers
  • The Agricultural Safety and Health (ASH) External Evaluation Summary

第5巻3号(1998)
  • How to Avoid Epidemiologic Failure: A Word of Caution from an Expert
  • Case Study: Hypotension, Nausea and Vertigo Linked to Hydrogen Cyanamide Exposure
  • Causes of Fatalities in Older Farmers vs. Perception of Risk
  • Nitrate Content of Well Water on Central New York Dairy Farms
  • Evaluation of the ColilertR Test for Detection of Verotoxin-Producing Escherichia coli in Water: A Tool for On-Farm Food Safety
  • Rural Health Care in the US: The Past and the Future
  • Assessment of Farmers' Acceptance of Veterinarians as Human Health Advocates
  • Some Physician Perceptions of Migrant and Seasonal Farm Worker Health in 45 Rural Georgia Counties
  • Agromedicine Literature Searching Is Multidisciplinary: Using Computerized Biblio graphic Data Enhances Searching

第5巻4号(1998)
  • Food Safety Is Part of Agromedicine
  • Perceptions of Access to Medical Care Among Iowa Farmers
  • Non-Fatal Agricultural Injuries and Risk Factors Among Colorado Female Farmers
  • Field-Based Monitoring of Agricultural Workers for Overexposure to Cholinesterase-Inhibiting Pesticides: Evaluation of a Trial Program
  • Fire Ant Anaphylaxis: Two Critical Cases in South Carolina
  • Cultural Challenges in Agricultural Health
言葉の散策 9:「言葉」と「散策」の語源
これまで、このシリーズでは「医と医療の由来:7-13」、「医のことわざ:7-23」、「生・病・老・死:8-21」、「生・病・老・死のことわざ:8-22」、「農と農のことわざ:9-15」、「環境:8-22」、「元気:12-16」、「土は生きている・土-生-世-姓:13-15」の語源を扱ってきた。今回は、シリーズのもともとの表題である「言葉」と「散策」の語源を追ってみよう。

言葉の語源は、言(こと)+端(は)の複合語である。古く、言語を表す語は言(こと)が一般的で、「ことば」という語は少なかった。言には事(こと)と同じ意味があり、言は事実にもなり得る重い意味を持つようになった。そこから、言に事実を伴なわない口先だけの軽い意味を持たせようとし、端を加えて「ことば」になったと考えられている。

葉(は)は、古く「言海」に「葉ハ繁キ意ト云」とあり、「日本国語大辞典」に「葉は言詞の繁く栄えることをいう。葉は木によって特長があるように、話すことによって人が判別できるということから。」とある。奈良時代の『万葉集』では「言葉」「言羽」「辞」の三種類の文字が使われ、「言羽」も軽い物言いを表現しているといえる。平安時代の『古今和歌集』や『土佐日記』では平仮名の「ことば」、『枕草子』では「詞」が使われ、室町時代の『徒然草』では「言葉」が使われている。

「散策」という言葉は、唐代の中ごろに登場する。宋の蘇軾(そしょく)に、「散策して塵人に遊び、手を揮いて此の世に謝せん」の句がある。唐の白居易(はくきょい)には、「日は西にして杖と履を引き、散歩して林の塘に遊ぶ」の句がある。「散策」と「散歩」は、いずれも気ままで無目的なそぞろ歩きである。このシリーズでも、農と環境と医療にかかわる言葉のそぞろ歩きをしている。

参考資料
  1. 日本国語大辞典:小学館、昭和55年(1980)
  2. 言海:大槻文彦、明治37年(1904)
  3. 興膳 宏:日経新聞、漢字コトバ散策
*本情報誌の無断転用はお断りします。
北里大学学長通信
情報:農と環境と医療17号
編集・発行 北里大学学長室
発行日 2006年9月1日