北里大学

北里大学農医連携教育研究センター

31号

情報:農と環境と医療31号

2007/10/1
第20回「遺伝子とその周辺」研究会:盛会に終わる
「情報:農と環境と医療28号」で紹介した平成19年度北里大学第20回「遺伝子とその周辺」研究会が、盛会のうちに終了した。二日間にわたり、40課題の講演と16課題のポスターセッションが行われた。

薬学部(6)、獣医学部(8)、医学部(5)、水産学部(40)、理学部(17)、医療衛生学部(6)、生命科学研究所(6)、医療系研究科(11)、保健衛生専門学院(1)、研究支援センター(3)、北里研究所(2)、その他(5)の計107名が参加した。

講演のうち、25課題は学部単独、5課題は二学部以上の共同、10課題は他の大学や機関との共同研究であった。ポスター発表はそれぞれ、学部単独7課題、二学部以上5課題、および他大学など6課題であった。今後ますます他大学や研究機関との連携が望まれる。

「フラボノイドおよびフラボノイドを含む食品による疾患予防"農医連携をめざして」と題するポスター発表があった。この研究会にも農医連携の姿が認められた。

北里大学では"人間の生命と健康に関する分野"、"動植物と環境に関する分野"、そして"生命科学の基礎的研究を行う分野"において、それぞれ生命科学領域の教育・研究を実践している。対象とする生物は五界を網羅しており多様性に富む。これらに関わる教員・学生が一堂に会して研究発表を行い、相互理解を深めている。さらには、学部・研究所を越えた連携を強化し、本学における生命科学研究の発展を図ることもこの研究会の目的である。

本研究集会は全北里グループで展開されている研究のなかでも、遺伝子を扱う生命科学分野に焦点を充て、研究を発表し討論を行う。若い教員や大学院生の参加が多く、学術上の興味や問題点を共有し、技術的な問題も含めて互いに助け合い問題解決のヒントを得る場所としての特徴をもっている。農医連携の場の一つにもなる。
猛暑日と夏バテと熱中症
「情報:農と環境と医療29号」の「言葉の散策17:夏・秋・冬・春」の冒頭で次のことを書いた。

「暑い夏が続いている。「暑い」と和語で書けば、「きわめて」とか「とても」とか「たいへん」とか前に副詞をつけることでしか、その暑さを表現できない。しかし漢語にすれば、その暑さが分析的に表現できるから、暑さをことさら大げさに表現できる。酷暑、熱暑、炎暑、極暑、劇暑、激暑、蒸暑、倦暑、大暑、烈暑の砌(みぎり)、などと。」

猛暑日

気象庁も暑さをさらに分析的な表現にすべく、今年の4月から「猛暑日」なる言葉を新しく使い始めた。昨年までは、最高気温が25度以上の「夏日」、最高気温が30度以上の「真夏日」という分け方しかなかった。新しい「猛暑日」とは、最高気温が35度以上の日のことである。ちなみに、寒さを表現する「冬日」は、最低気温が0度未満になった日、「真冬日」は最高気温が0度未満の日である。

「猛暑日」が設定されたのは、地球温暖化やヒートアイランド現象などによって、夏の都市部で最高気温が35度以上になる日が多くなったためである。実際にいくつかの都市の昨年の気温を見てみると、「猛暑日」日数は、東京都心3日、名古屋市14日、大阪市17日、福岡市6日となっている。

今年初の「猛暑日」が出現したのは大分県豊後大野市で、5月27日午後1時10分に気温が36.1度となった。その後、8月に入り各地で猛暑日が立て続けに出現した。

「猛暑日」が続く日本列島は、8月15日も太平洋高気圧に覆われ、各地で厳しい暑さになった。群馬県館林では最高気温が40.2度に達し、全国では今年初めての40度以上の日を記録した。最近、国内で40度以上に達したのは、平成16年7月21日に甲府で40.4度を観測して以来だから3年目のことである。この日、北日本を中心に43地点で観測史上最高温度を記録した。

8月の猛暑日数の合計は、仙台市で1日、熊谷市で19日、東京都心で7日、柏崎市で1日、多治見市で20日、大阪市で14日、京都市で15日、高松市で9日、福岡市で6日、沖縄市で0日であった。

これまでの全国の歴代最高気温は、1) 山形、40.8度、昭和8年7月25日、2) かつらぎ、40.6度、平成6年8月8日、2) 天龍、40.6度、平成6年8月4日である。

翌8月16日、日本列島は勢力を強めた太平洋高気圧に覆われ、さらに暑さが増した。酷暑である。岐阜県の多治見で午後2時20分、埼玉県の熊谷で2時42分にそれぞれ40.9度を観測した。74年ぶりにわが国の最高気温の記録が塗り替えられた。これまでの記録は、上述したとおり山形の40.8度であった。

この日、埼玉県の越谷で40.4度、群馬県の館林で40.3度、岐阜県の美濃40.0度と、いずれも40度を突破した。関東や東海を中心に25地点で観測史上1位の暑さになった。東京都の練馬と八王子はともに38.7度で8月として最高気温の記録を更新した。

日本列島は翌々8月17日も太平洋高気圧に覆われ、東海および中部地方は酷暑に見舞われた。岐阜県の多治見では、16日に記録した国内史上最高気温の40.9度に迫る40.8度を記録した。15日には群馬県の館林で40.2度が記録されているので、国内で初めて40度を超えた日が、3日連続したことになる。

東京都心は37.5度で今年一番の暑さになり、最高気温が35度以上の「猛暑日」が3日連続したことになる。最低気温25度以上の熱帯夜が2日から16日間続いた東京では、17日未明の気温は30.5度で、全国で一番暑い夜であった。また、8月に入ってからの都心の平均気温(16日現在)は29.9度で、全国最高の沖縄県の石垣島の平均28.9度を上まわった。

気象庁によれば、南米ペルー沖で海面水温が低下する「ラニーニャ現象」の影響で太平洋高気圧の勢力が強まったことに加え、乾いた暖かい風が山を超えて吹き下ろす「フェーン現象」が起きたのが原因という。

暑さの猛威は日本だけに限らない。記録破りの異常な高温が、世界の各地で計測されている。国連世界気象機関(WMO)によれば、今年の1月と4月の世界の平均気温は、記録が残る1880年以降で最も高かった。

今年の5月中旬には、45~50度の熱波がインドを襲った。6月と7月には欧州東南部が熱波に見舞われ、ブルガリアで史上最高の45度を記録した。

気象災害もいろいろな国で多発している。6月中旬には中国南部で豪雨が続き、1350万人が被害を受けた。6月末にはアフリカのスーダンで季節はずれの大雨が降り、ナイル川が氾濫。1万6000戸が被災した。6月6日、アラビア海で発生したサイクロンは、かってない勢力でオマーン東部を襲い、50人以上の死者を出した。

一方、南半球は寒い冬となりチリやアルゼンチンで氷点下20度前後を記録、南アフリカでは26年ぶりに本格的な降雪をもたらした。アメリカ海洋局の調査によれば、北半球の冬にあたる昨年12月から今年の2月までの地球全体の平均気温は、1880年からの観測史上最も高いことが明らかになった。

昨年の12月から今年の2月の世界の平均気温は、20世紀の平均気温より0.72度高く、史上最高だった2003~04年の平均気温を0.07度上まわった。2月は史上6番目だが、1月が記録的な暖冬であったため平均気温が押し上げられた。地表の平均気温は観測史上1位であった。

海面全体の平均気温は、1997~98年に続いて2位であった。北半球の高緯度地域ほど温度上昇が著しいという。温暖化によって、北極やグリーンランドの海氷が溶解したことが裏付けられた。

地球生命圏ガイアがあたかも発熱しているかのように、天空から、大地から、海原から地球の悲鳴が聞こえる。

国立環境研究所:2030年の予測

国立環境研究所は7月2日、地球温暖化の影響で2030年の日本では、最低気温27度以上の「暑い夜」が現在の3倍に増えるとの予測を発表した。地球温暖化の影響は、遠い将来のことではなく20~30年という短い期間でも目に見えて現れることを指摘した。

世界有数のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使って試算した結果、日本では1981~2000年にひと夏に4~5回だった「暑い夜」(東京:最低気温27度以上)が、2011~30年は約3倍に増える。10通りのシナリオのいずれも増加する結果を得た。自然の変動より温暖化の影響の方が大きい。夏の「暑い昼」(最高気温35度以上)の頻度も約1.5倍になる。一方、冬の寒い夜(最低気温0度以下)・昼(最高気温6度以下)は3分の1程度に減った。世界のほとんどの地域で、同様の傾向が見られた。

地球温暖化については、2100年ごろまでを念頭に各国で将来予測が行われてきた。しかし最近、米国のハリケーン「カトリーナ」など温暖化の影響と考えられる異常気象が頻発しており、今後20~30年の近未来での温暖化の影響に関心が集まっている。

夏バテと漢方

北里研究所東洋医学総合研究所だより「漢方と鍼」は、平成19年7月号(第31巻2号)で通巻126号になる。この7月号に、「夏バテと漢方」と題した齋藤絵美さんの解説が載っている。「猛暑日」の話から始まり、夏バテの対応の仕方と漢方と夏バテの話がわかりやすく説明してあるので、要点のみを以下に紹介する。

夏になると食欲が無くなり、寝付きが悪く、体がだるいなどの現象が現れる。いわゆる夏バテである。夏バテは高温多湿な日本の夏に体が対応しきれないために起こる。暑さで胃腸の働きが悪化し食欲が低下する。そのため、食事が偏り、栄養バランスが乱れやすくなる。そのうえ多量の発汗により、ミネラル分も失われる。さらに屋外の暑い環境に身体が適応しようとして、体温を下げるために発汗・血管拡張が行われる。これに冷房が効いている部屋を出入りしたりすれば、ますます身体が対応しきれなくなり、体調が崩れる。

漢方では夏バテのことを「注夏病」といい、「脾」と呼ばれる胃腸の働きが「暑邪」「湿邪」によって損なわれるために起こるそうである。冷房や冷たい飲食物の過剰摂取など内外からの「寒邪」の影響も受ける。

対策は、症状や体質によって違う。胃腸が弱くてエネルギー不足の「気虚タイプ」の人は、栄養のバランスを考えた食生活が大切である。身体に熱がこもって脱水気味の「津液(しんえき)不足タイプ」の人は、炎天下での長時間の運動を避けたり、適度な水分の摂取が必要である。水分の過剰摂取でむくんだり冷房で具合が悪くなる「水毒冷え性タイプ」の人は、冷たい物の取りすぎや冷房を避け、温かい物を取るといい。

夏バテの代表的な漢方薬に清暑益気湯(せいしょえっきとう)がある。この薬は、主に「暑邪」が原因で「津液不足タイプ」の人によく効く。清暑益気湯は9種類の生薬で構成されている。その中の人参・黄耆(おうぎ)で元気をつけて、陳皮(ちんぴ)・白朮(びゃくじゅつ)で胃腸の働きを整え、五味子(ごみし)・麦門冬(ばくもんとう)で身体を潤す。

その他、症状に合わせて六君子湯(りっくんしとう)、補中益気湯(ほちゅうえっきとう)、十全大補湯(じゅうぜんたいほとう)、人参栄養湯、五苓散(ごれいさん)、五積散(ごしゃくさん)などが有効である。

熱中症の診断・治療・予防など

気象庁が今年の4月から「猛暑日」なる言葉を新しく使い始めたことは、冒頭に記した。「猛暑日」の他に、「熱中症」「藤田スケール」などの言葉も追加された。「藤田スケール」とは、竜巻などの強さを表す指標である。世界的に使われている数値で、F0からF5までの6段階に分けられている。

「熱中症」の発生は十数年前から顕著になっている。8月16日の記録的な「猛暑日」の影響により、東京都や埼玉県など5都府県で合計11人が熱中症で死亡した。死亡したのは埼玉県4人、群馬県、東京都各2人、秋田県、愛知県、京都府各1人である。なお、前日の15日には3人が死亡している。

40度を超える日が3日連続した翌8月17日、茨城、埼玉、千葉、東京、大阪、兵庫など10都府県で17人が新たに熱中症で死亡した。8月1日から17日までの死亡者は、これで56人に達した。

わが国における平成8~18年の熱中症による死亡者数の推移は、それぞれ9、15、10、20、18、24、22、17、17、23、17名である。詳しい情報は、厚生労働省のホームページを参照されたい。以下に「熱中症」の診断・治療・予防などについて簡単に紹介する。

熱中症(ねっちゅうしょう、Hyperthermia)とは、外気においての高温多湿等が原因となって起こる症状の総称をいう。高温障害である。病態の違いから以下の4つに大きく分類される。

熱失神(heat syncope)、熱疲労(heat exhaustion)、熱痙攣(heat cramps)、熱射病(heat stroke):日射病(sun stroke)とも言う。

熱失神の原因は、直射日光の下で長時間行動しているような場合に起きる。発汗による脱水と末端血管の拡張によって、体全体の血液の循環量が減少した時に発生する。突然の意識の消失で発症する。体温は正常であることが多く、発汗が見られ、脈拍は徐脈を呈する。治療として、輸液と冷却療法がある。

熱疲労の原因は、多量の発汗に水分・塩分補給が追いつかず、脱水症状になったときに発生する。症状は様々で、直腸温は39度程度まで上昇するが、皮膚は冷たく、発汗が見られる。治療には、輸液と冷却療法を行う。

熱痙攣の原因は、大量の発汗後に水分だけを補給して、塩分やミネラルが不足した場合に発生する。症状は、突然の不随意性有痛性痙攣と硬直で生じる。体温は正常であることが多く、発汗が見られる。治療として、食塩水の経口投与を行う。

熱射病の原因は、視床下部の温熱中枢まで障害されたときに、体温調節機能が失われることにより生じる。症状として、高度の意識障害が生じ、体温が40度以上まで上昇し、発汗は見られず、皮膚は乾燥している。緊急入院で速やかに冷却療法を行う必要がある。

発症する環境は次のようである。前日より急に温度があがった日。温度が低くても多湿であれば起こりやすい。室内作業をしている人が、急に外に出て作業した場合。作業日程の初日~数日間、午前中では10時頃、午後では13時から14時頃に発症する。

発症の素因として、5歳以下の幼児、65歳以上の高齢者、肥満者、脱水傾向にある人(下痢など)、発熱のある人、睡眠不足などがあげられる。

予防には次のことを実行すると良い。運動前に内臓(胃など)の負担にならない程度に出来るだけ多くの水分を取る。発汗によって失った水分と塩分の補給をこまめに行う。スポーツドリンクなど塩分と糖分を飲みやすく配合した飲み物も良い。睡眠を十分に取る。十分に休憩を取りながら作業する。体感温度を下げる方法として、日射を防ぐ、通風を確保する、扇風機の風を作業場所へ向ける、スポット冷房する、作業服の内部へ送風する(そういう作業服がある)、蓄冷剤を利用する、水の気化熱を利用して体温を下げるなどの工夫を行う。一人で作業させると、発見が遅れることになりかねないので、複数で作業すると良い。

無理な運動は避け、体調不良のときは高温環境での運動は控え、水分とともに塩分をこまめに補給するなどして気を配ることが必要。特に高齢者、小児は運動をしなくても、室内にいても、熱中症になりうることを記憶しておく必要がある。

かかった場合の応急措置は、次の通りである。経口補水塩またはスポーツドリンクなどを飲ませる。ただし、冷たいものを大量に飲ませると胃痙攣がおきることがあるので注意が必要。また、スポーツドリンクではナトリウム濃度が低いため、病的脱水時にこれを与えると低ナトリウム血症から水中毒を誘発する可能性がある。特に乳幼児等には注意が必要で、経口補水塩の投与が望ましい。

霧吹きで全身に水を浴びせて、気化熱によって冷やす。霧吹きがないときは、口に水を含んで吹きかけても良い。そのときの水は冷たくなくて良い。一気に水をかけるとショックが大きいので、冷たい缶ジュースや氷枕などを腋のした、またなどの動脈が集中する部分にあてて冷やすのが良い。

涼しい場所で休ませる。木陰、クーラーの効いたところで、衣服を緩めるのが良い。近くにそのような場所がないときは、うちわなどで早急に体を冷やす。

速やかに病院などに連れて行く。躊躇せずに救急車を呼ぶ。移動させるのに人手が必要と思えば大声で助けを呼ぶ。汗をかいていないとしても、体温が高くなくても熱中症の可能性はある。脱水していれば、汗はかくことができない。

体温調整が出来なくなっているためか、高温多湿の体育館内での運動中などに寒気を訴える場合があり、そういったときは熱中症の兆候を疑ってみた方がよい。自覚症状で熱中症だと感じることは、まずない。自分で大丈夫だと思っても「おかしい」と思った時にはもう遅いかもしれない。

おわりに

猛暑日、2030年の高温予測、夏バテ、漢方、熱中症を通して、環境と健康の問題を書いてきた。この夏のデータを使用したため、さらに9月号は英文情報を発刊したため、この項の情報が10月号になってしまった。来夏以降、温暖化はますます進むであろう。この項の内容が、来夏に少しでも役立つことを願って終わる。

付録:今夏の天候のまとめ

気象庁は9月3日、今夏(6~8月)の天候のまとめを発表した。8月16日には、埼玉県の熊谷と岐阜県の多治見で40.9度を記録した。これによって、国内最高気温の記録が74年ぶりに塗り替えられることになった。また、7月下旬から8月にかけて、全国101の地点で観測史上最高気温を記録した。気象庁は8月の猛暑の原因として、ラニーニャ現象と太平洋・チベット高気圧などを挙げている。

猛暑日数の新記録は埼玉県の熊谷で19日、富山で14日であった。8月の平均気温は、山口県の萩と鹿児島県の阿久根で28.2度と観測史上最高を更新した。

参考資料
中国産食品の実態:養殖ウナギなど
中国から輸出される食品の安全性に、多くの国が当惑している。「農と環境と医療」に関する情報を提供するこの冊子も、この問題を避けては通れない。今回は「中国産食品の実態:養殖ウナギ」と題して、その詳細を探る。 2007年6月28日、アメリカ食品医薬品局(FDA)はウナギやエビなど5種の魚介類の輸入を禁止する措置をとった。米国での使用が禁じられている抗菌剤が、中国で養殖された魚介類から検出されたのである。05年には日本でも中国産ウナギから今回と同じ抗菌剤が検出されていた。

禁輸の対象になったのは、ウナギ、エビ、ナマズ、デイス(コイ科)、バサ(ナマズの一種)である。検出された抗菌剤は、発がん性があるとされるニトロフラン、マラカイトグリーン、ゲンチアナバイオレットと、菌の耐性を強める可能性があるフルオロキノンである。これらは養殖中の病気を防止するために使われており、魚介類の体内に残留したと見られる。

FDAが、06年10月から07年5月の間に中国産の養殖魚介類89サンプルを検査した結果、このうち22件で抗菌剤の残留が確認された。ただし、残留量はほとんどが検出可能な最低量を少し上まわった程度で、残留濃度は極めて低く、商品の回収措置などは取らない。健康被害も報告されていないという。

FDAによれば、魚介類へのニトロフラン、マラカイトグリーンの使用は中国でも禁じられている。フルオロキノロンの使用は中国では認められているという。

一方、群馬県でも7月13日県内のスーパーマーケットで販売されていた中国産の冷凍のうなぎかば焼きから、国内では養殖魚などへの使用が禁止されている合成抗菌剤(マラカイトグリーン)の代謝物が検出されたと発表した。微量のため、継続して摂取しない限り健康への影響はないという。群馬県食品監視課によると、このかば焼きは徳島市の水産物販売会社「徳島魚市場」が今年3月ごろ、約20トンを中国から輸入したという。

国内で消費されるウナギは年間約10万トンで、うち7割が中国産、1割が台湾産である。国産が減り続ける一方、中国からの輸入は80年代から増え始めた。

2006年の食料輸入額のうち、約22%は米国が占めている。これに次ぐのが中国で約17%に相当する。しかし、1990年の実績は米国32%、中国6.5%であった。ここ十数年の中国の台頭ぶりには目を見張るものがある。

中国からの食料輸入品目を2005年の貿易統計でみれば、額面で最も多いのは「鶏肉調整品」、次いで「うなぎ調整品」、そして「冷凍野菜」、「生鮮野菜」と続く。その一方で、輸入食材から違反物質が最も多く検出されているのが中国産の食品である。

その件数を見ると、2006年の違反件数は全体で658件のうち、中国からの輸入品が234件である。そのうちの46件はウナギでもっとも多い。続いて、ショウガ31件、キクラゲ28件、ニンニクの芽15件、ネギ11件と続く。

このような事象に対して、厚生労働省はホームページで「中国産養殖鰻のマラカイトグリーン検出について」と題して次のような解説をしている。

「輸入時のモニタリング検査において、中国産養殖鰻加工品から、我が国では食品中に含有してはならないと定められている合成抗菌剤マラカイトグリーン*が検出されたことから、本日以降輸入される中国産養殖鰻及びその加工品の全輸入届出について、マラカイトグリーンの検査を実施することとしましたのでお知らせします。

また、これまでに輸入された中国産養殖鰻についても、諸外国において検出事例が報告されていることなどから、念のため、在庫品の監視を行うよう各都道府県等に依頼したところです。

なお、当該品の輸入時の検査については、登録検査機関の受託体制が整い次第、検査命令とする予定です。

*緑色の合成色素で、繊維等の染色、観賞魚の水カビ病の治療などに使用されているが、養殖水産動物への使用は禁止されている」

厚生労働省のホームページでは、さらに「中国産養殖鰻のマラカイトグリーン検出について」の情報を整理し、質問と回答の形でまとめている。重要な部分をここに抜粋するが、詳細はホームページを参照されたい。内容は平成17年8月29日に記載されたものである。

  • 今回、中国産鰻から検出されたマラカイトグリーンの濃度は、微量(0.044ppm、0.006ppm)であるため、通常の鰻の摂取量であれば健康への影響はない。
  • マラカイトグリーンは、緑色の合成色素で、わが国では合成抗菌剤として観賞魚の水カビ病 の治療などに使用されているが、養殖水産動物への使用は禁止されている。また、食品衛生法上の規制として、食肉、食鳥卵、魚介類は、別途基準がある場合を除き、合成抗菌剤を含 有してはならないと定められているので、マラカイトグリーンが検出された食品は、流通、 販売できない。
  • 諸外国においても中国産鰻からマラカイトグリーン検出事例が報告されているので、念のため、国内の在庫品の調査等を行うよう各都道府県等に依頼している。最新の検出事例につい ては、http://www.mhlw.go.jp/topics/yunyu/tp0130-1.html を参照されたい。
  • 厚生労働省では中国から輸入される養殖鰻について、今後次のような対応をとる。すなわち、8月4日以降、中国産養殖鰻およびその加工品の全輸入届出について、輸入時にマラカイトグリーンの検査を実施する。また、登録検査機関の受託体制が整ったことから、8月29日から、食品衛生法第26条第3項に基づく検査命令を実施している。なお、この検査に合格し なければ輸入・流通は認められない。

いま、他にも世界中で中国製品の健康に及ぼす危険性を問題視する声が高まっている。きっかけは、アメリカ政府や日本政府が以下のような事象を今年の3月から相次いで公表したことによる。

  • 中国産の煉り歯磨きから毒物が検出された:中国製の歯磨き粉から、有機物質ジエチレング リコール(DEG)が検出され、輸入販売業者が自主回収を進めている。医薬品に混入する恐れがあり、大量に摂取すると急性中毒を起こすとして、米国では使用が禁止されている。

DEGは本来、プラスチック原料や凍結防止剤など工業製品に使われる。しかし甘みがあり、 安価なため、薬や食べ物に混入される事例が絶えない。米国では、1937年飲み薬への混入で105人が死亡する事故があった。DEGを大量に飲むと急性中毒を起こし、吐き気やめまいな どの症状のほか、肝臓や腎臓に影響が及ぶとされる。

95~96年のハイチで、風邪薬シロップに混入して88人の子らが死亡した事故があった。米疾病対策センター(CDC)が調査した結果、推定中毒量の中央値は体重1キロ当たり1.34ミリリットルとなる。体重60キロの人ならコップ半分に相当する。

DEG混入による死亡例を歴史的に追ってみると、次のようである。米国(1937年、105人死亡)、南アフリカ(67年、7人)、スペイン(85年、5人)、インド(86年、14人)、ナイジェリア(90年、47人)、バングラデシュ(90~92年、51人)、アルゼンチン(92年、26人)、ハイチ(95~97年、88人)、パナマ(06年、100人)。

  • 中国製の子供用装飾品およびおもちゃに鉛:米の輸入業者は、鉛が含まれている子供用装飾品を自主回収した。米消費者製品安全委員会(CPSC)は7月6日まで、中国製の子供向けネックレスやブレスレットなどに高濃度の鉛が合まれていたとして、輸入業社フューチャー・ インダストリーズ(ニュージャージー州)が約2万個の装飾品の自主回収を開始した。

対象製品は「エッセンシャルズ・フォー・キッズ・ジュエリー・セッツ」。05年8月から07年4月にかけて1ドル(約123円)前後で全米で販売された。被害は報告されていないが、CSCは、誤って鉛を摂取すれば健康に悪影響を及ぼす恐れがあるとしている。同社によれば、日本には輸出されていないとのこと。

中国で製造された幼児向けおもちゃ「きかんしゃトーマス」や、別の中国製装飾品からも高濃度の鉛が見つかっており、中国製品の鉛含有問題に関心が高まっている。これについては、日本にも輸入されていた。

  • 中国製原料でサルモネラ菌。米で菓子回収:全米に売られているスナック菓子がサルモネラ菌に汚染され、自主回収されていたことが、米食品医薬品局(FDA)などの調べで、7月3日にわかった。メーカーによると、中国製の原材料が使われている調味料が原因の可能性が高いという。18週で57人感染した。米疾病対策センター(CDC)によると、3日までに18州 で57人のサルモネラ菌感染が報告され、感染者の多くが幼児という。
  • 中国産原料を使用したペットフードを食べた犬や猫が死んだ:原因は、ペットフードの原料 である小麦グルテンに有機化合物メラミンが混入していたためである。メラミンは、尿素とアンモニアを反応させて製造され、主に合成樹脂の材料に使われる。
  • パナマで中国の風邪薬の服用による死者が多数確認された:中国でジエチレングリコールを グリセリンと偽って輸出した。パナマでシロップの風邪薬に使用された。確認されただけでも100人以上(主に乳幼児)が死亡、死亡報告数は350人を超した。

参考資料
Agromedicine を訪ねる(11):Journal of Agromedicine
以下のことは、「情報:農と環境と医療 10号」ですでに書いた。「農医連携」という言葉は、生命科学全般を思考する北里大学で新しく使用しはじめたものだ。それに相当する英語に、例えばAgromedicine がある。1988年に設立された The North American Agromedicine Consortium (NAAC) は、Journal of Agromedecine という雑誌とニュースレターを刊行している。この雑誌の話題には、農業者の保健と安全性、人獣共通伝染病と緊急病気、食料の安全性、衛生教育、公衆衛生などが含まれる。Journal of Agromedicine の第12巻1号の目次を紹介する。

第12巻1号
  • Preface: Pesticide-Related Illnesses
  • Contact Dermatitis in Agriculture
    Keywords: Irritant dermatitis, allergic contact dermatitis, agricultural chemical
  • Neurotoxicity of Pesticides
    Keywords: Pesticides, insecticides, fumigants, toxicity, nervous system diseases/chemically induced, Parkinson's Disease, peripheral neuropathy
  • Reproductive Disorders Associated with Pesticide Exposure
    Keywords: Pesticides, reproduction, pregnancy, human development, fertility, abortion, spontaneous, teratogens, fetal growth retardation, breast feeding, neurotoxicity syndromes
  • Carcinogenicity of Agricultural Pesticides in Adults and Children
    Keywords: Pesticides, occupational exposures, environmental exposures, childhood cancer, cancer incidence
  • Surveillance for Pesticide-Related Disease
    Keywords: Pesticides, pesticide-related disease, disease clusters, population-based surveillance, poison control, exposure monitoring
  • Managing Pesticide Chronic Health Risks: U.S. Policies
    Keywords: Pesticides, pesticide risk management, biomonitoring, biologicals
  • Appendix A: Informational Sources on Pesticides and Health
  • Appendix B: Pesticide Intoxication Reporting Forms
本の紹介 31:健康・老化・寿命"人といのちの文化誌" 黒木登志夫著、中公新書 1898(2007)
著者は56歳のときに早期の直腸がんになり、63歳のときには狭心症を体験した71歳の医者である。71年の歳月は、人に多くの知識と豊かな知恵を授ける。多くの知識は知恵の彩度を高め、豊かな知恵は知識の温度を高める。生物と地球は相互に強く影響を与えて共進化してきたように、この著者の場合、知識と知恵が自己の内部で共進化していると想われるほど、内容が豊かである。

例えば表題の「健康・老化・寿命」について、健康、老化、寿命がそれぞれ独立に存在するものでなく、健康は病気を内包し、若さは老いを内包し、寿命は死を内包していると考え、死は生の対極としてではなく、その一部として存在すると思考する視点にも共進化の姿がみえる。

健康、老化、寿命という人生そのものともいえる広いテーマをまとめるにあたって、著者は四つの視点を挙げている。

第一の視点は、時間の軸である。時間軸には、歴史と進化が含まれる。来し方行く末というか、われわれはどこから来てどこに行こうとしているか、という視点であろう。ヒトの進化は目に見えないが、現在も進行中である。このような立場で病気を診ると、新しい発見があり、納得のいく説明が可能になるという考え方である。

第二は生態学の視点である。病気はもっとも個人的な出来事であるが、社会的存在の人としての表れである。また他の生物と比較することにより、ヒトの健康、老化、寿命は、より立体的に理解できる視点である。ヒトは環境の中にあって、はじめてヒトであるという考え方である。

第三は、科学者たちのドラマを眺める視点である。科学者は、真理を追究する求道者のような存在という見方に対して、偉大な発見の裏には醜い競争、自己顕示、さまざま疑惑があるという見方である。紙の表には必ず裏があるように、手のひらには必ず甲があるように、科学上の発見の裏には人間の理想にはほど遠い何かがある。

第四の視点は文学にある。科学的な記載に潤いを与え、説得力を持たせるために文学、絵画、浪曲、オペラ、映画、TV、詩歌など100編以上の作品が紹介される。本書の副題が「人といのちの文化誌」たる所以である。

この本の著者の思いが、「はじめに」の最後に記されているので、そのまま記述する。「この本は、健康の秘訣、老化防止、死に対する心構えなど、現実的な問題についてはあまり応えていない。しかし、健康、老化、寿命についてより基本から知りたい方、その背景についての知的好奇心をおもちの方のご期待に応えることができたとすれば、著者としてのさいわいである。」

著者は「おわりに」で、謙虚にこの本について次のように記している。「すぐには役に立たないかも知れないが、生命と病気への基本的な理解がなければ、病気にきちんと対処することはできない。その意味で、読んで損になる本ではないと思っている。」。

この項の執筆者は、知的で、好奇心旺盛で、面白がり屋で、欲がない人に出くわしたとき、なんといい人に巡り会わせたかと感謝する。そして、その人との友好が末永く保たれていることに、人生の歓びを感ずる。これと同じように、この本は友人のようだと書けば直喩で、友人だと書けば、隠喩になるのだろうか。いずれにしても、時折開けばその都度友好が結ばれる類の本である。年齢に関係なく20歳の人でも60歳の人でも、友達になってくれる良い本である。

前段が長くなった。さて、内容にはいる。「寿命・老化」の各章で、現在の最長寿国の日本の現状と忍びよる老化が解説される。「肥満・糖尿病・循環器疾患・がん・感染症・生活習慣」の各章で現在の人々の病とその対処法が紹介される。最後の九章では、ヘルマン・ヘッセの「老いる」が冒頭に紹介され、「別れ」が語られる。

第一章:寿命"世界最長寿国、日本

最初から強烈なレトリック(説得術)が用いられる。江國香織の「すみれの花の砂糖づけ」が引用される。「どっちみち 百年たてば 誰もいない わたしもあなたも あのひとも」。100年たったら、あの人もいないのだから、いま何を悩む必要があるのだろうか。すべての生物には寿命がある、と。

この章では、利己的な遺伝子の選択、伸びつづけるヒトの寿命、なぜヒトの寿命が伸びたのか、細胞の寿命、寿命を決める遺伝子、そして誰もいなくなった、などの項目が設定され具体的な解説がある。最後のまとめはこうである。

「線虫の寿命遺伝子の研究から、寿命はカロリー摂取と関係していることが分かった。実際、寿命を延ばすには、カロリーを制限するのが一番確かな方法である。原生動物、ミジンコ、グッピーなどで、カロリー摂取を制限すると、寿命は1.4倍から2倍近く延長する。マウス、ラット、イヌなどの哺乳動物でも、通常の食事量を40%程度抑えたとき、もっとも寿命が延びることが分かっている。

カロリー制限で寿命が延びるのは、進化論的に考えても納得がいく。生物は常に飢餓にさらされてきた。そのような環境で生き残るためには、カロリーが制限されたときに、寿命を延ばし、条件がよくなったときに子孫を残す。カロリー制限は長い進化の歴史のなかで、種の保存のために重要な役割を果たしてきたであろう。」

この章での分かりやすい事項を紹介する。大きい動物ほど寿命が長い。体重が16倍になると寿命は2倍になる。ヒトの寿命が延びたのは医学の進展だけではなく、人の命を大事にし、人間としての権利が尊重されたこと、健康な生活を送るための経済的基盤ができたことなどがある。

これまでに寿命に関する遺伝子は、少なくとも12種類分離されている。そのうちの一つ、クロックという遺伝子に変異が起こると、寿命が1.5倍に伸びる。線虫一生の間の脱糞回数はほぼ3万回に対して、人生80年とするヒトは、やはり一生の間の排便回数は線虫と同じ3万回。となると、便秘がちのヒトは長生き、下痢がちのヒトは短命? そんなことがあるのか?

第二章:老化"日残リテ昏ルルニ未ダ遠シ

「人といのちの文化誌」に最もふさわしい章である。藤沢周平の「三屋清左右衛門残目録」、有吉佐和子の「恍惚の人」、レンブラントの「23才から63才までの自画像」、藤樫士樹の「詩歌」、鳥居和夫の「俳句」、ジャック・ニコルソンの映画「アバウト・シュミット」、キケローの「老年について」、トルストイの「アンナ・カレーニナ」、サムレウ・ウルマンの「青春とは」、マッカーサー「リーダーズダイジェスト」、黒木登志夫の「俳句」、児玉昌彦の「短歌と絵による心象写真集」などの作品が随所に登場する。

この章では、忍びよる老化、老化をどう捉えるか、いつまでも美しく健康に、老化遺伝子を探して、などの項目が解説される。

この章の科学的解説では、マウスの老化遺伝子の同定が興味深い。それはこれまで知られていなかった新規の遺伝子で、生命の糸を紡ぐギリシャ神話の女神に因んで、クロトーと名付けられた。ヒトもクロトー遺伝子を持つ。とすれば、ヒトの老化もクロトーで説明できるのだろうか。これに関してはさまざまな報告があるという。なぜ生き物は老化するのか、長い間のもっとも素朴な質問に答えられる日が近づいているようだと、著者は語る。

老化のプロセスの見方も興味深い。老化のプロセスは人によって大きく違う。人は歳をとると、みな一様になると考えられていた。しかし、今では人は歳をとるにしたがい一様ではなくなるという。老人と老化に対する価値観の変化が生じた。マイナス思考とプラス思考の違いであろう。人は歳とともに個性的になる。これまでの豊かな人生経験がさまざまな形で現れてくるのである。読んでいて、元気が出る。

「人といのちの文化誌」からみると、「アンナ・カレーニナ」と「青春とは」のなかの表現が老年に勇気を与えてくれる。前者はこうである。「若さという幸福はみな似かよっているが、老人にはそれぞれの幸せがあり、悲しみがある。歳をとるとは、個人差が広がっていくプロセスといってもよい」。後者はよく知られている。「青春とは年齢でなく、心の持ち方だ、というウルフマンの詩は、・・・・・・・・夢を持ち、勇気と冒険心をもち、目を輝かせ、感動し、子供のような好奇心をもち、胸をときめかせ、挑戦する歓びをもっていれば、80歳でも青春なのだ」。

第三章:肥満"もう一つの栄養失調

メタボリック症候群では、腹囲が最初の診断基準になる。肥満の指標に使われるBMI(Body Mass Index)は、兵士の体格測定が基準になっている。よく知られているように、BMIは、体重(キログラム)を身長(メートル)の二乗で割ることにより簡単に求めることができる。BMIが広く受けいれられるようになったのは、肥満係数としての信頼性に加えて、得られた数値が覚えやすく使いやすい20から30程度の数ということもあった。日本では、BMI値が18.5以下を「やせ」、25以上を「肥満」としている。

上述の内容の詳細は、「あなたは太っていますか」という項で詳細に解説される。その他に、脂肪の常識、小太り止まりの日本人、なぜ中年太りになるか、などが解説される。続いて、「なぜ現代人は太るのか」、「肥満遺伝子の発見」という項が設けられている。

この章の最後に、肥満解消の王道が語られる。「ただ一つ確実で安全な方法は、エネルギーの出入りを調節することである。カロリーを摂り過ぎないようにし、運動でエネルギーを消費する。支出より収入が多ければ豊かになると言う家庭経済の原理と同じであるが、ただ一つ違うのは、家計の場合は収入に消費を合わせるのに対して、健康のためには消費に収入を合わせなければならない点である。さらに、運動で筋肉が強くなると、インスリンが働きやすくなり、基礎代謝が上がる。何の工夫もない方法のように思えるが、これが体重コントロールの王道であることは確かだ」。

第四章:糖尿病"恐るべき合併症

平安王朝時代に栄華を極めた藤原道長が、糖尿病であったことは書物でよく目にする。ここでは「紫式部日記絵巻」と藤原実質の「小右記」を紹介しながら、藤原道長の糖尿病とその合併症である狭心症、心筋梗塞、視力の衰えの実態を明らかにする。

夏目漱石の「明暗」に出てくる「お延」の叔父も、糖尿病であった。このようにわが国で糖尿病という名前が定着したのは、明治時代の終わりなのである。それまでは、紀元前の中国の医学書「皇帝内経素門」に出てくる「消渇(しょうかち)」が長く使われていたようである。

コッポラ監督の「ゴッド・ファーザー」の主役は、糖尿病の役をみごとに演じているそうだ。糖尿病性昏睡症状、腹痛、呼吸の乱れ、精神の錯乱、意識レベルの低下などを見事に演じきったのである。彼を倒したのは、銃弾ではなく高血糖睡眠と低血糖発作であった。

この章では、生活習慣病としての糖尿病、昏睡と合併症、インスリンを作れない糖尿病、インスリンの発見などの項で、この病気の恐ろしさが解説される。

読んでいて恐ろしくなる。無知は悪であり病であると思えるほど、糖尿病の症状は怖い。まず糖尿病は、がんと同じようにそのままにしておくと悪くなる一方である。自覚症状がなく合併症が待っている。

まず神経症状である。末梢神経や自律神経がやられる。足が痺れ、針を刺すような痛みに悩まされる。傷が進行しても気付かず、切断に追い込まれる。勃起障害も神経障害による。次に血管がねらわれる。眼の網膜が出血し、失明にいたる。

高血糖のため、腎臓の濾過機能が低下する。人工透析が必要になる。壊疽になったら足を切断しなければならない。免疫力も落ちるので感染しやすい。大血管がやられると、心筋梗塞、脳梗塞になる。がんにも罹りやすい。とくに、肝がんと卵巣がんの増加が目立つ。

糖尿病患者に最初にインスリンを投与した医者の一人、キャンベルは「糖尿病には二種類しかない。"速やかに死にいたるもの"と、"ゆっくりと時間をかけて死んでいくもの"の二つである」と述べている。

第五章:循環器疾患"血管が詰まる、破れる

メタボリック症候群という言葉が、2年前から市民権を得て世間を闊歩している。単身赴任地から自宅に帰るこの項の執筆者に、家内が何度もこの言葉を吐く。テレヴィジョンの宣伝に何度も登場する。友人同士でも、この言葉とともに腹をつつきながら暴飲暴食をする。日本語に訳すと、代謝症候群ということになる。1999年にWHOが提唱し、2005年に日本内科医学会が基準値を発表した。

メタボリック症候は、腹囲を基準とする健康のための肥満の診断指標値である。いわばサッカーのイエローカードに相当する。肥満に加えて、高血圧、高血糖、高脂血が重なると相乗効果が生じ、心疾患や脳卒中などのリスクが増加する。

診断基準の基礎となるのは、当然肥満である。基準となる腹周は、男85、女90cmである。この値を超えると、高血圧(130/85mmhg以上)、高血糖(110mg/dl以上)、高脂血(中性脂肪150mg/dl以上かつ/またはHDLコレステロール40mg/sl以下)の三項目中、二項目が該当すると、めでたくメタボリック症候群という診断名がつく。

この章では、「王様か私」の選択、脈拍"象は30回・マウスは600回、血圧"日本の農村から世界標準、メタボリック症候群"生活習慣病予備軍、狭心症と心筋梗塞"悲鳴をあげる心臓、脳卒中"卒然として邪風に中る、の項で循環器疾患の怖さが解説される。

この章には、興味深いことが満載されている。次の質問の回答を知りたい方は、是非この本をお読みください。1)長生きの秘訣は? 2)脈拍数と寿命は関係しているか? 3)世界の血圧の標準値はどこの国から? 4)塩を多く摂るとなぜ血圧が上がるのか? 5)キリンの血圧はなぜ高い? 6)心臓病のリスクは人の性格と行動パターンに影響するか? 7)修道女は、歳をとっても高血圧にならないか? 8)脳梗塞になりやすさを決める遺伝子は分かってきたか? などなど。

第六章:がん"敵も身の内

著者はがんになる。自分のがんを論文にまとめて発表した著者は、がん研究者としてそのことが夢であったようだ。このことは、何となくよく分かる。脳に自分を見ている自分があることの面白さ、不思議さ、歓びに似通っている。この章の副題"敵も身の内"にも相通じるものがある。

この章は、次の項からなるがん発見の大物語でもある。ヘモ・ハイデルベルグ、がんよおごるなかれ、細胞社会の反乱者、がんを作る化学物質、がんを作る微生物、がんを作る遺伝子。

この章の読みどころ。俳句や詩歌17編。がんに関わるわが国の先駆的研究。ピロリ菌の発見とノーベル賞。がん遺伝子発見の競争。ナポレオンの秘密。などなど。

第七章:感染症"終わりなき戦い

この章では、人間がこれまで戦い続けてきたペスト、コレラ、病原性大腸菌O157、結核、エイズが歴史の哀調の調べと共に語られる。今では忘れ去られたこれらの病気が、人間の生きてきたことの悲しみを蘇えさせる。副題の「人といのちの文化誌」らしい語りぐさがここで読みとれる。

中世のヨーロッパ都市を崩壊させたペスト菌の発見の項目では、コッホをはじめわが北里柴三郎や青山胤通の業績が歴史の流れと共に語られる。わが国のコレラの流行が、幕末の黒船来航と関連しているという歴史のとらえ方は、病気が別の幕末事件を起こしたことを思わせ興味深い。

病原性大腸菌O157が、実は志賀 潔の発見した赤痢菌の毒素をもつようになった大腸菌であることには、驚かされる。O157については、今でも年間4,000人近くの患者が発生しているという。

結核は「ロマンと哀史」という副題でまとめられている。内容は、結核という文化、女工哀史、菌は愛よりも強し、結核菌の発見、などの項目で解説され、啄木の「一握の砂」をはじめ、堀辰雄の「病」などが紹介される。

エイズの焦点は、HIVの発見にあてられる。この項こそが、科学者たちのドラマを眺める視点である。科学者は、真理を追究する求道者のような存在という見方があるが、はたしてそうか。偉大な発見の裏には醜い競争、自己顕示、さまざま疑惑がある。科学上の発見の裏には人間の理想にほど遠い何かがあることがここで紹介される。

HIVの発見にともなう4人の科学者の醜い闘争と、国家間の特許に絡む利害追求が紹介される。読んでのお楽しみである。読んでいて、科学における人間の闘争が書かれた次の二冊の本が思い出された。ワトソンとクリックが「二重ラセン」で語る、エックス線写真の盗み。シャロン・ローンが「オゾンクライシス」で語るマクドナルドの自殺。

最後は「ワクチンと抗生物質の発見」で締めくくられる。ここには、ジェンナーが自分の子供でなく、別の少年に牛痘の注射をしていたという事実が書かれている。子供の頃に習った美談が事実でなかったことに、いささか驚いた。ただし、息子には別の実験を行っていたようで、ジェンナーの名誉のためにこのことは記載しておかねばなるまい。

第八章:生活習慣"タバコ、食事、運動、健康診断

感染症が克服されると、次に待ちかまえていたのは、がん、循環器疾患、脳卒中であった。個人が責任を持たなければならない生活習慣病である。この章は極めて明解である。


1.個人が責任をもつ生活習慣病、2.まずタバコをやめる、3.ほしいままに食事をすれば、諸病を生じ命を失う、4.運動で脂肪を燃やす、5.健診を受けよう。大切なのは、予防と早期発見である。

第九章:別れ"逝きし人、遺された人々

この章は、「死ですべてが終わるのではない、亡き人はいつまでも遺された人々の心のなかで生き続けている」という思いで次の項目で書かれている。

「自分が消える恐怖」、「最後におだやかな死を」、「父が死んだ。父から見れば、私が死んだ」、「あれはまだずっと先のこと」、「恋人を残し、絵を残し、戦地に赴く若者」、「死で人生は終わる、つながりは終わらない」、「死者と一緒に消える人々、風景」、「人は死ねばゴミになる」、「自然に還る」、「遺された人々」、「別れ」。

四照花(やまぼうし)の一木(ひとき)覆ひて白き花咲き満ちしとき母逝き給ふ:皇后陛下
言葉の散策 18:人と病人と故人
語源を訪ねる 語意の真実を知る 語義の変化を認めるそして 言葉の豊かさを感じ これを守る

「農と環境と医療」で取り扱っているいずれの語彙も、人(ひと)が積極的に関与している事象だ。「農」と「医療」は当然としても、「環境」もまたしかりである。

なぜなら、環境とは自然と人間との関係に関わるもので、環境が人間を離れてそれ自体で善し悪しが問われているわけではない。両者の関係は、人間が環境をどのように観るか、環境に対してどのような態度をとるか、そして環境を総体としてどのように価値づけるかによって決まる。すなわち、環境とは人間と自然の間に成立するもので、人間の見方や価値観が色濃く刻み込まれるものだから。

だから、人間の文化を離れた環境というものは存在しない。となると、環境とは自然であると同時に文化であり、環境を改善するとは、とりもなおさずわれわれ自身を変えることに繋がる。まさに、人間が関与する事象なのである。

さて、いま人間と書いて「にんげん」と読んだ。人(ひと)は生まれ、人間に成長し、いつか病人(びょうにん)となり、死ねば故人(こじん)となる。読み方の違い、「ひと」と「にん」と「じん」はどう違うのであろうか。気にかかるので、すこし「人」について散策してみる。

「人」は象形で、立っている人を横から見た形である。正面から手足を広げて立っているのが「大」、体をかがめた人を横から見た形が「勹(ほう)」、人の腹の中に胎児のいる形は「包・孕」、人が頭上に火の光を載せている形は「光」、「さい」を載せている形は兄、踵をあげて爪先立ちしている人を横から見た形は「企」である、と白川 静の「常用漢字」にいう。

同じ人でも、生きている人は病人で「にん」だが、死ねば故人で「じん」と言い方が変わるのは何故だろう。芸人は「にん」で芸能人は何故「じん」なのか。そこで、思いつくままに、「にん」と「じん」を挙げてみた。

まず「にん」。人間、犯人、管理人、芸人、仲買人、弁護人、人気、人形、人情、人参、人数、人相、人束、人非人、人夫、人別帳、調理人、弁護人、病人、苦労人、死人、非人、罪人、職人などなど。

次は「じん」。新人、人為、異邦人、人位、人員、軍人、芸能人、文化人、人煙、人屋、人家、人界、人海戦術、人格、人権、人絹、人件、人口、人工、人国記、人骨、人後、人災、人才、人材、人事、人種、人証、真人、神人、人心、人臣、人身、人生、人性、人税、人跡、人選、人造、人体、人智、人知、人畜、人道、人頭税、人道、人徳、人品、人物、人文、人糞、人望、人脈、人民、人命、人名、人面、人毛、人力、人倫、人類、狂人、故人、読書人、変人、貴人、奇人、宇宙人、日本人、外国人、原始人、偉人、老人などなど。

さて、「にん」と「じん」では法則性があるのだろうか。「にん」には一時的な役割を示す傾向があるのかも知れない。「病人」はいつか治ることが多いので、一時的な現象と捉えることができる。「悪人」はいつかは「善人」に、善人はいつかは悪人になる。でも、「人間」はいつまでも人間だし。どうも一般的な傾向を見つけるのは難しい。

一方、これに対して「じん」には一生つきまとう傾向がないだろうか。「故人」は末永く、永久なものを意味するのではないか。「狂人」は死んでも、とことん狂人。「変人」はいつまでも変人。でも、本人はそれに気がつかない。「日本人」は永久に日本人。「人骨」はイヌの骨にはなれない。「人徳」は、どうしても獲得できない生まれながらのもの。でも、「新人」はいつか「旧人」になるから、必ずしもそうではないのだろうか。こまった。

「ひと」は人に何かをつければいくらでも成立しそうだ。人あしらい、人当たり、人集め、人熱れ、人一倍、人怖じ、人買い、人垣、人影、人型、人形、人柄、人聞き、人嫌い、人斬り、人斬り包丁、人食い、人臭い、人気、人恋しい、人声、人心地、人事、人込み、人事、人差し指、人里、人様、人攫い、人騒がせ、人触り、人質、人死に、人知れず、人少な、人擦れ、人それぞれ、人集り、人助け、人頼み、人魂、人違い、人使い、人疲れ、人付き合い、人手、人出、人でなし、人手不足、人通り、人泣かせ、人懐かしい、人懐っこい、人波、人並みなど。

他にも、助っ人、一人、盗人など「人」さまざまだ。外国人にとって、日本語はいたく難しいだろうと人事(ひとごと:じんじ、ではない)ながら思い至った。どなたか法則性を発見された方は、教えてください。
*本情報誌の無断転用はお断りします。
北里大学学長通信
情報:農と環境と医療31号
編集・発行 北里大学学長室
発行日 2007年10月1日