北里大学

農医連携教育研究センター 研究ブランディング事業

49号

情報:農と環境と医療49号

2009/4/1
第6回北里大学農医連携シンポジウムの内容:-食の安全と予防医学-(9)農医連携の架け橋としてのプロバイオティクスの可能性を探る
平成20年10月24日に開催された第6回北里大学農医連携シンポジウムのうち、演題「農医連携の架け橋としてのプロバイオティクスの可能性を探る」を紹介する。なお、「開催にあたって」「食品安全委員会の5年間の取組と今後の課題」「食生活の現状と課題‐健康維持・おいしさ・安全性の連携‐」「水産物の機能と安全性」「過酸化脂質と疾病」「サルモネラおよびカンピロバクター食中毒‐農の領域から‐」「海藻類多食者におけるヒ素による健康影響の問題点」「農医連携における遺伝子高次機能解析センターの役割」については、情報44号~47号に掲載した。

農医連携の架け橋としてのプロバイオティクスの可能性を探る

北里大学獣医学部教授 向井 孝夫

1.はじめに

我が国においては近年、消費者の健康ブームを背景に発酵乳製品をはじめとする多くのプロバイオティクス製品が市販されており、それらの中には特定保健用食品表示の許可を受けているものも多い。また、動物生産現場においても、飼料添加物としてプロバイオティクスの利用が増加している。一方で、プロバイオティクスの生体機能や病原微生物に対する種々の効果が科学的に明らかにされつつあり、医学領域においても補助的療法としてプロバイオティクスに注目が集まりつつある。

なぜ、プロバイオティクスに注目が集まってきたか、その背景には、腸内細菌叢の構成変化が宿主の健康に大きく関与しているという科学的根拠が蓄積されてきたからであり、予防医学的な観点から、整腸作用を示すプロバイオティクスの開発が進んできた。また最近の研究では、単に整腸作用だけでなくプロバイオティクスそのものが、直接、宿主の健康増進機能を持つことが明らかにされつつある。

このような観点から、プロバイオティクスは「食と医」、換言すれば「農学と医学」を結ぶ懸け橋となるといっても過言ではないだろう。今回のシンポジウムでは、プロバイオティクスや関連するプレバイオティクス、シンバイオティクスおよびバイオジェニクスについての基本概念を紹介するとともに、食品だけでなく動物への飼料添加物として用いられるプロバイオティクス等の有効性を概説し、農医連携における研究や教育の素材としてのプロバイオティクスの可能性を探る。

2.腸内細菌の役割

プロバイオティクスやプレバイオティクスを考える上で、腸内細菌叢と健康の関係を理解することは極めて重要である。ヒトの腸内には数百種類、糞便1gあたり1兆個以上の細菌が棲息していると考えられており、いわゆる腸内細菌叢を構成している。腸内常在細菌は互いに共生、拮抗しながら一定の菌叢を維持しており、外来性の病原性細菌の排除に働く重要な生体防御システムの一翼を担っている。腸内細菌叢は、腸管免疫システムの発達や維持においても重要な役割を演じており、感染、アレルギー、炎症性腸疾患等の発症あるいは抑制にも関与している。

また最近では、大腸内の発酵の過程で生じる短鎖脂肪酸の役割にもスポットが当てられている。短鎖脂肪酸の中で大腸において消費されるものは主に酪酸であるが、その機能として正常な腸上皮細胞の増殖促進、腸管運動の促進、炎症反応の調節、電解質の吸収促進など様々な生理効果が示されている。一方、がん細胞に対しては、アポトーシスを誘導する。

腸内細菌叢は一度確立すると比較的安定しているが、何らかの要因で菌叢が乱れると内在性の病原性が発揮される可能性がある。また、ある種の腸内細菌はアンモニアや硫化水素などの腐敗産物、細菌毒素、発がん物質を産出するので、このような菌が腸内細菌叢の中で優勢であり続けると、腸管に障害を与えて、大腸がんやさまざまな大腸疾患を引き起こすなど悪影響を及ぼす可能性がある。このように腸内細菌叢はヒト(宿主)の健康と密接に関連していることが明らかにされてきたが、腸内細菌叢を正常にコントロールするという観点からプロバイオティクスに注目が集まってきた。

3.プロバイオティクス、プレバイオティクス、シンバイオティクスおよびバイオジェニクス

プロバイオティクスとは抗生物質(antibiotics)に対比される概念で、生物間の共生(probiosis)を意味する生態学的用語を起源としており、Fullerによって提唱された「宿主の腸内菌叢のバランスを改善することによって宿主に有益な働きをする生きた微生物製材」という定義が広く受け入れられている。また、その後の研究成果から、死菌でも種々の有益な効果を示す菌株が見出され、現在では、「宿主の健康とその維持および増進に有益な効果を示す微生物調製物あるいは微生物細胞の構成物」として理解されている。「腸内菌叢のバランス改善」という観点から、プレバイオティクスという概念も重要である。

プレバイオティクスは「腸内に棲息する特定の有用な細菌の増殖を促進させる、あるいは活性化させる食餌性成分」と定義され、オリゴ糖や酵母エキスなどが利用されている。プレバイオティクスとプロバイオティクスを同時に与え、腸内菌叢の改善を図るというシンバイオティクスという概念も広がっている。また、光岡により提唱された新しい概念としてバイオジェニクスがあり、「直接あるいは腸内菌叢を介して、生体調節、生体防御および疾病予防に働く食品成分」と定義され、植物成分、ペプチドなどがその例として挙げられる。

4.プロバイオティクスとして注目される乳酸菌とビフィズス菌

現在、プロバイオティクスとして利用あるいは研究されている菌種は、属レベルでLactobacillus、Enterococcus、Bifidobacterium、Lactococcus、ClostridiumおよびBacillus等が挙げられる。これらの中で、注目され最も研究が進んでいるのがLactobacillus乳酸菌とビフィズス菌である。これらの菌種は健康なヒトの腸内菌叢を構成するとともに、人類の長い食生活の中で摂取してきたという経緯があり、その安全性が高いと考えられるからである。米国FDAのGRAS(Generally Recognized As Safe)リストにも多くの乳酸菌種が収載されている。

5.ヒトに対するプロバイオティクスおよびプレバイオティクスの利用と問題点

医学や栄養学の面からある種の保健効果が期待できる場合に限り、特定保健用食品としての表示許可が認められる。プロバイオティクスにおいて、その有効性は特定保健用食品として許可された場合、「おなかの調子を整える食品」(整腸作用)として表示することができるが、この意義は大きい。すなわち、プロバイオティクスが腸内で増殖し、腸内腐敗菌の増殖を抑制、免疫機能の調節、がん産生関連酵素の不活化などの効果により、種々の保健機能を発揮することが期待されるためである。

また、最近では、in vitroや実験動物を用いての実験や、医薬の評価法に準じた無作為化されたプラセボ・コントロールによるヒト摂取試験によって、表1(省略)に示したように、感染症予防、アレルギー予防、炎症性腸疾患の軽減、抗コレステロール作用など、さまざまな保健効果が報告されている。

一方、解決しなければならない問題として、腸内細菌叢の個体差によってプロバイオティクスの効果が異なることが指摘されている。一種類のプロバイオティクスが万人に対して同様な効果を発揮することを期待することは難しい。そこで、今後は各個人が保有している腸内有用乳酸菌(ビフィズス菌)を利用した「テーラーメイド(オーダーメイド)・プロバイオティクス」の開発、各個人の腸内細菌叢のメタゲノム解析等の研究の進展によって個人に適応したプロバイオティクスの開発が期待される。

さらに、一部の疾患については、補助的療法としてプロバイオティクスの臨床面での有効性も期待されている。特に、米国では、プロバイオティクスの臨床面での応用として、感染性下痢症の治療、抗生物質関連下痢症の予防、乳幼児に対するアトピー性湿疹に有効であるとして、プロバイオティクスによる補助的療法を推奨する動きがある。

個人的な見解としては、その特性から考えても、プロバイオティクスに対して補助的療法を超えるほどの効果を期待することは難しいと考えている。予防医学的な観点からのプロバイオティクスの利用が好ましいのではないだろうか。

一方、個人が持っている腸内細菌叢の中の有用細菌を増殖させようという考えがプレバイオティクスであり、ヒトの消化管酵素では分解されにくく、そのまま大腸まで到達し微生物に利用される「難消化性オリゴ糖」が主な素材として利用されている。

その機能は、表1(省略)に記したプロバイオティクスと同様な効果が報告されている。プレバイオティクス効果の発想はもともと人工乳栄養児と比べて母乳栄養児の腸内菌叢がビフィズス菌優位であったという事実から生まれたものであったが、ごく最近、真のビフィズス菌増殖因子が、母乳中に含まれるラクト-N-ビオース構造をもつ二糖類であることが発見された。今後、人工乳を必要とする乳児への臨床的な利用を含め、食品への適用が期待されている。

食のプロフェッショナルである農学領域の専門家と医学的な観点からヒトでの効果を立証できる立場にある医学領域の専門家が協力し合うことによって、プロバイオティクスやプレバイオティクスの機能をさらに生かすことができるであろう。

6.家畜・家禽に対するプロバイオティクスの利用

現在、成長促進と飼料効率の改善の目的で、プロバイオティクスとしての生菌剤が飼料添加物として認められており、家畜・家禽生産現場において、プロバイオティクスは抗菌性物質(抗生物質及び合成抗菌剤)の代替品として注目されるとともに、使用量も増加している。その背景の一つには、家畜への抗菌性飼料添加物の給与による薬剤耐性菌の出現が危惧されていることがある。

これまで、抗菌性物質は家畜等の疾病の治療目的のための動物用医薬品としてだけでなく、成長促進剤として世界的規模で使用されてきた。特に後者の目的で使用する場合、長期間投与することから、動物体内で薬剤耐性菌が選択されるということが危惧されてきた。

このようなことから、EUでは、成長促進を目的とした動物への抗菌性物質使用を2006年1月から全面使用禁止とした。一方で、家畜生産現場から薬剤耐性菌の汚染が拡大するという考えに異論も出されており、動物への抗菌性飼料添加物の利用と薬剤耐性菌の出現の関連性については、科学的根拠に基づく定量的なリスク分析を行うべきであろう。いずれにせよ、現状では一部を除いた先進諸国では、抗菌性物質の治療目的以外への使用を禁止あるいは低減する方向へと向かっており、抗菌性物質を含む飼料添加物の代替品の開発が急務となっている。

抗菌性物質が家畜の成長促進に有効であるとされる理由として(1)幼若動物に対する潜在的な感染に対する予防、(2)腸内代謝の改善、(3)有害菌の抑制など、おもに腸内細菌叢を介した機序であると考えられているが、プロバイティクスやプレバイオティクスには同様の作用機序での成長促進や飼料効率改善効果が見出されている。

また、プロバイオティクスの家畜・家禽への利用は、抗菌性飼料添加物の使用量の低減としての観点だけではなく、動物個体の疾病予防や公衆衛生上問題となる病原性微生物の排除および腸内の腐敗産物の産生抑制による悪臭の防止等に関しても効果を示すことが示唆されており、注目されている。

現在、北里大学獣医学部では、物質循環型畜産を推進しているが、図2(省略)に示したサイクルの中にプロバイオティクスを導入することで、さらに個体の健康維持・増進、環境問題の改善や食の安全などに寄与するのではないかと考えている。動物の"おなか"を健全に維持することは、おいしい畜産物を消費者に提供することにつながり、間接的に我々の健康の維持に役立つであろう。

7.プロバイオティクスや発酵乳製品の感染予防効果に注目!

筆者の研究室では、腸内乳酸菌の役割を解明することや、プロバイオティクス乳酸菌の感染予防効果に注目し、科学的根拠を得るとの立場から、いくつかの研究を分子レベルで進めている。

その一つは乳酸菌と病原性微生物との間で起こる付着の場の競合に着目したAnti-adhesion therapyである。これまで、サルモネラ菌の細胞付着を抑制するLactobacillus kitasatonis、胃がん原因菌との関連が示唆されているHelicobacter pylori受容体への付着を阻害するLactobacillus reuteri、食中毒原因菌Campylobacter jejuniの細胞への付着を抑制するLactobacillus gasseri菌を見出すとともに、付着阻害機構も解明してきた。

これらの乳酸菌は消化管上皮に直接付着する作用し、上皮細胞に対する自然免疫誘導能を持つことも示唆されている(図3:省略)。
また、薬剤耐性菌の出現が問題となっていることから、乳酸菌によって産生される新規抗微生物物質の検索も行っている。

8.おわりに・・・・プロバイオティクスと農医連携

乳酸菌やビフィズス菌がプロバイオティクスの主役を演じている状況であるが、これらの菌のプロバイオティクス効果は、菌株依存的であることが示されている。したがって、有用な機能を持つ菌株の効率的なスクリーニング法の開発等も必要となろう。そのようなことを含めてヒト用プロバイオティクスの開発は医学領域の研究者の協力なしでは、今や機能解明は進まない状況にある。すなわち、研究レベルでは農医連携が既に相当進んでいる状況にあり、両者の連携はより強まるであろう。

来年度から、北里大学医学部と獣医学部動物資源科学科では全国初の試みとして、農医連携教育を実施する方向で検討を進めている。現在、教育内容の検討を行っているが、食・環境と医を結ぶ材料としてプロバイオティクスは、最高の材料であると考え、プロバイオティクスを題材とした項目を掲げる予定である。

第6回北里大学農医連携シンポジウムの内容:-食の安全と予防医学-(10)機能性食品の可能性と限界
平成20年10月24日に開催された第6回北里大学農医連携シンポジウムのうち、演題「機能性食品の可能性と限界」を紹介する。残りの演題と総合討論については、次号以降に順次紹介する。なお、「開催にあたって」「食品安全委員会の5年間の取組と今後の課題」「食生活の現状と課題‐健康維持・おいしさ・安全性の連携‐」「水産物の機能と安全性」「過酸化脂質と疾病」「サルモネラおよびカンピロバクター食中毒‐農の領域から‐」「海藻類多食者におけるヒ素による健康影響の問題点」「農医連携における遺伝子高次機能解析センターの役割」については、情報44号~47号に掲載した。

機能性食品の可能性と限界
 
北里大学獣医学部教授 有原圭三

体に良い食品と言われると、「健康食品」という言葉が頭に浮かぶ方が多いかと思う。しかし、この健康食品、本当に体に良いかというと、かなり怪しい部分もある。実際に、「健康食品の摂取で健康被害」という話も少なからずあった。今年8月に発表された厚生労働省の調査では、強壮効果をうたった健康食品の約15%から薬事法で無許可の販売を禁じている医薬品成分が検出された。また、2005年の東京都の調査結果は、市販されている健康食品の85%は、その表示・広告が関係法令(薬事法、景品表示法、JAS法、健康増進法など)に違反または違反の疑いがあると指摘している。
一方で、多くの方がサプリメントなどの健康食品の効果に期待しており、最近の民間調査(50~79歳の男女500名を対象)では、48.8%が「普段サプリメントを摂取している」と答え、そのうちの87.3%が「毎日摂取」となっている。多少の疑問を抱きながら、健康食品を摂取している方も多いことであろう。ここでは、健康食品や機能性食品に対して、何をどこまで期待できるのか(可能性と限界)について論じる材料を提供したい。

2.健康食品は必要か?

「健康食品は本当に必要ですか?」という問いかけに対して、国立健康・栄養研究所の梅垣敬三先生は、「大部分の人はいらないと思う」と、あるフォーラムで答えられている。京都大学の村上明先生も、「多くの人は怠惰だから健康食品を利用する、健食に依存している多くの人は安直だ」と言われている。
筆者もお手軽過ぎる健康食品の利用には疑問を感じるし、そもそも「食と健康」の問題は、「食生活全体」で考えることが何より大切であると思っている。そのうえで私の考えを簡単に示せば、「健康食品は必要ないが、機能性食品は必要である」ということになる。この「機能性食品」については、よく耳にする言葉だが、重要なので次項で説明する。

3.健康食品と機能性食品

機能性食品に関係する研究をしている筆者としては、機能性食品と健康食品をひとくくりにされてしまうのは心外だが、残念ながら両者を同じようなものと思っている方は多い。筆者の頭の中では、一般の食品、健康食品、機能性食品、特定保健用食品、医薬品のおおよその関係は、下図(省略)のような感じになっている。
ただ、これに法律的な事情を加えると、健康食品と機能性食品を明確に区別することができない。健康食品と機能性食品の違いは、科学的根拠の有無と理解していただきたいと、筆者は考えている。健康食品については、「広く、健康の保持増進に資する食品として販売・利用されるもの全般」との行政的見解もあるが、科学的根拠がなく、単に「健康をイメージさせるだけの食品」が多い現状がある。このことが健康食品と機能性食品を区別しておきたい背景となっている。なお、「特定保健用食品」は、いくつかの条件をクリアした法的なお墨付きを得た機能性食品であると言ってよい(表示許可:797品目、2008年8月末現在)。

4.何のための「食と健康」か?

現在、健康食品市場の規模は、1兆6,000億円程度とみられている。サプリメント類だけで、約7,000億円である。大衆薬(風邪薬、胃腸薬、目薬、滋養強壮保健薬、ビタミン剤など)の市場規模が約6,100億円なので、かなりの大きさであると言えよう。大衆薬市場は、10年ほど前には1兆円に迫る規模であったが、2005年に特定保健用食品に逆転された(下図:省略)。
これは関係者にとっては大きなニュースとなった。市場的な魅力(規模や発展性)が、多くの怪しい健康食品の登場の一因となったことは否定できないであろう。ただ、最近の家計調査結果は、健康食品に対する支出が頭打ちになっていることを示しており、市場拡大の限界も囁かれるようになってきている。これが良い方向に働き、悪質な健康食品の淘汰や優れた機能性食品の誕生につながることを期待している。
マスコミも、「食と健康」をこぞって扱ってきた。もちろん視聴者や読者のニーズがあってのことだが、特にテレビは視聴率が稼げるネタとして、番組を作ってきた感がある。受け手が「情報番組」として有難く活用しても、送り手が「バラエティー番組」として安易に制作していれば、悲劇的である。テレビ番組の影響力は大きく、市民講座などの質疑の際にも、テレビの存在を強く感じることがある。「白インゲン豆事件」以降、番組作りもだいぶ慎重にはなったようだが、「喉元過ぎれば・・・」ということも危惧される。
ちょっと話がずれた感もあるが、業界もマスコミも「食と健康」を真摯に取り扱ってこなかった面があり、これが今日の健康食品が抱える問題にもつながっていそうである。

5.特別用途食品も機能性食品

「アレルギー低減化米」(低アレルゲン米)の誕生は、米アレルギーに悩む方々には大きな福音になったことと思う。1993年に、「特定保健用食品第1号」として資生堂が「ファインライス」という製品名で発売したもので、歴史的にも意義のある機能性食品である。現在、ファインライスは特定保健用食品ではなく、「特別用途食品」の中の「病者用食品」として位置付けられている。特別用途食品として法律で定められているのは、病者用食品、妊産婦・授乳婦用粉乳、乳児用調製粉乳、高齢者用食品などがあり、505件の食品が許可されている(2008年3月現在)。
病者用食品などの特別用途食品は、機能性食品としてやや特殊な存在ではあるが、その必要性は非常に高い。筆者も、咀嚼・嚥下困難者用食品(高齢者用食品)の開発にかかわったことがあるが、この種の食品の開発は、社会的意義が大きいものと考えている。

6.食生活と食育

「朝ご飯にガムを食べてきた」と平気な顔で言う小学生の話を紹介した書籍(『亡食の時代』、扶桑社新書)が、昨年、評判になった。ちょっと信じがたいようなこの類の話は、最近の学校現場では珍しくないとのことだ。大人が食生活を考えずに、安易に健康食品へ依存する風潮も、無関係ではないのかもしれない。2005年に施行された「食育基本法」には、賛否両論あったが、食生活も国が考えなければならない状況になっているのだろう。
第1回農医連携シンポジウム(2006年3月10日開催)で、本学医学部長の相澤好治教授が、「医学から農医連携を考える」と題した講演をされた。その中で、食育の重要性について強調し、「『食品』に限定せず、『食』全体を包括し、従来の食品科学を食科学として体系化することが必要と思われる。」と述べられている。機能性食品の意義は重要であるが、あくまでも「食生活全体」を考えることが優先され、これは「農医連携」の大きな目標のひとつであろう。
さらに、第2回農医連携シンポジウム(2006年10月13日開催)では、本学獣医学部の萬田富治教授が、「環境保全型畜産物の生産から病棟まで」と題した講演で、北里大学八雲牧場において自給飼料100%で生産される安全・安心な牛肉が北里大学病院で患者さんの食事として利用されている話を紹介された。萬田教授は、「『農と環境と医療』の連携をここに見ることができる」とも語っておられる。八雲牧場における試みは、公開講座等により市民へも伝えられており、北里大学の食育活動とも言えよう。

7.科学的根拠と消費者への伝達

機能性食品が、イメージだけの健康食品と明確に異なるためには、その保健的作用に科学的根拠が存在しなければならない。第1回農医連携シンポジウムで、日本大学生物資源科学部の春見隆文教授は、「人間の健康と機能性食品」と題した講演の中で、「ニュートリゲノミクスとテーラーメイド食品」について強調された。DNAマイクロアレイを用いることにより、遺伝子発現に対する食品成分の影響の網羅的解析が盛んに行われるようになり、食品の働きと科学的根拠の関係解明が一歩前進した感がある。筆者は、食品タンパク質の分解により生成するペプチドの機能解析と食品への応用を検討しているが、DNAマイクロアレイを用いた解析を導入しており、得られる結果には大きな期待をしている。
科学的根拠を得る技術は進歩したが、一方でそれを消費者に伝えることの難しさに、機能性食品の限界も感じる。現在、機能性食品の一部は特定保健用食品として厚生労働省からの許可を受けたうえで、ある程度の効果・効能を表示できる。しかし、特定保健用食品以外の機能性食品では、せっかくのデータを活用するすべがない。特定保健用食品として認められにくい食品もあるので、現在の特定保健用食品制度だけでは不十分に思われる。
メーカーは、薬事法等の関係法規や厚生労働省の通達などを考慮し、製品名やパッケージの表示に苦労しているが、必ずしも消費者に製品コンセプトをうまく伝えておらず、誤解を招いたり、場合によっては怪しげな印象を与えている。制度を複雑にすることには賛同しないが、現在の制度が完成度の高いものとも思えない。1993年に特定保健用食品制度が施行された後、2001年からは保健機能食品制度が発足した。これにより、新たに「栄養機能食品」が登場したが、これらの用語をきちんと理解している消費者は非常に少ない。
ところで、よく「特許出願中」とか「特許取得」との表示をしている食品を見かける。しかし、いったい何が特許の対象となっているのかよくわからない場合も多い。また、近年、特許庁から出された「新規性・進歩性の改訂審査基準」により、機能性食品の「用途発明」が認められにくくなり、機能性食品開発には逆風となっている。

8.ペットフード開発で感じたこと

筆者は、ペットフードメーカーに勤務する卒業生からの相談をきっかけに、数年前にペットフードの研究に着手した。幸いにして、多くの方の協力が得られ、農林水産省の大型競争的研究資金も得ることができ、ペプチド性ペットフード素材の開発に成功した。詳細については、これに伴って設立した大学発ベンチャー企業(株式会社フード・ペプタイド)のホームページ(http://foodpeptide.com)をご覧になっていただきたい。
人間の場合、「不味くても体に良さそう」な食品を摂取することがあるが、ペットフードの場合、不味いものは食べてくれないので、商品として成り立たない。また、新しい機能性ペットフードに代えても、何ら変化が表れないないと、飼い主は続けて購入してくれない。ペットフードの方が、人間の食品よりも、当たり前の基準で選択されている部分があるような気がする。機能性食品も機能性ペットフードも、「美味しくて体に良い」が基本だと思っている。今後、ペットフード開発での経験を、食品に活用できるかもしれない。

9.おわりに ~「連携」の大切さ~

いささか総花的な話になってしまったが、「食と健康」を考えるきっかけになればと思っている。また、筆者の力量不足もあり、機能性食品の実質的な「可能性と限界」にまで踏み込むことはできなかったが、議論の材料は提供できたのではないだろうか。
「農医連携シンポジウム」でもあるので、最後に「連携」の大切さを訴えて、しめくくる。食と健康の問題は、農医連携なくして本質的アプローチができない。機能性食品の研究開発では、産学官連携も重要であろう。また、大学に勤務する筆者は、これまで卒業生との連携に大いに助けられたし、これからも大切にしていきたい。もちろん、公開講座などを通しての市民(消費者)との交流も、われわれにとっては貴重な連携機会である。


「農医連携論」の概略:10.重金属・臨床環境医学からの視点
平成20年度から開始した「農医連携論」の講師と講義内容(情報:40号の1~3p参照)のうち、「1.農医連携入門、2.医学からみた農医連携、3.農学からみた農医連携」の概略は、情報:40号の3~11pに、「4.東洋医学および代替医療からみた農医連携」の概略は、情報:42号の5~11pに、「5.代替農業論」の概略は、情報:43号の8~14pに、「6.環境保全型畜産」の概略は、情報:44号の10~14pに、「7.鳥インフルエンザ?感染と対策?」の概略は、情報:45号の6~16pに、「8. 高病原性鳥インフルエンザとワクチン対策」の概略は、情報:46号の11~16pに、「9. 重金属元素の生物地球化学的循環?カドミウムとヒ素を中心に?」の概略は、情報:47号の5~8pに紹介した。今回は「10.重金属・臨床環境医学からの視点」について、講師のパワーポイントからその概略を紹介する。

○ 講義の要旨
臨床環境医学とは...
環境情報リテラシー、リスク・リテラシー
最近注目される有害金属による健康障害
ヒトとヒ素の長い関わり
ヒ素中毒の生じる場面と発症機序
まとめと提言

○ 外部環境因子と健康被

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○ 食の安全と不安

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○ 臨床環境医学(Clinical Ecology)
人環境起因性健康障害を全般的に取り扱う/予防・早期発見(診断)・治療・環境対策/環境情報リテラシー/リスク・コミュニケーション仕組み作り
臨床医学、衛生学公衆衛生学、環境保健学、環境健康学、毒性学(中毒学)、住居学など

○ 正しいリスク・コミュニケーションの必要性
過小リスクと過大リスク:人によって受け取り方はまちまち・・・安心と不安
現代人はリスク過敏/不確実性をどう評価するか/不確実なものをどう伝えるか/人は確実なものを求める傾向
リスコミの仕組み作りの重要性・・・大学教育においても重要な課題

○ 有害金属による健康障害
Toxic Metal Syndrome (H.R. Casdorphら)/Chemical Brain Injury (K.H. Kilburn)/胎児期・脳の発育期の曝露・・・発達途上の脳にダメージ/成人・・・認知症・パーキンソン病発症との関連性/発癌

○ 自閉症、注意欠陥・多動性障害(ADHD)、学習障害(LD)と環境
P. Grandjean ら Lancet, 368:2167-78, 2006.:
発達途上にある脳にダメージを及ぼす可能性のある物質を202種類リストアップ/その中で毒性が確認されているものは、鉛、水銀、ヒ素、PCB、トルエン
→ 環境と遺伝子(遺伝的背景)との相互作用

○ 胎生初期の発達と環境汚染化学物質の影響

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○ ヒ素による健康障害
20世紀産業界:銅精錬所、非鉄精錬所、ヒ素鉱山、農薬工場・・職業性曝露・・多数の慢性ヒ素中毒患者、肺癌の発生/食品:森永ヒ素ミルク事件、イギリスビール事件(急性)、ドイツワイン事件(慢性)/医薬品:サルバルサン・梅毒治療(芳香族有機ヒ素)、フォ ーレル水(亜ヒ酸カリウム)・・長期使用者では、皮膚癌の発生をみている。

○ 人間とヒ素のかかわり:「治療薬」として
古代ギリシアの古くから治療に用いられた記録がある/不老長寿の秘薬(漢方薬:雄黄は現在でも中国の漢方薬店にある/抗炎症剤、解毒剤など)

○ 人間とヒ素のかかわり:近代医学
フォーレル(Fowler's)水:亜ヒ酸カリウム(19世紀から20世紀初め/尋常性乾癬、梅毒、リウマチ、癌、など万能薬)
梅毒:芳香族有機ヒ素・アルスフェナミン(商品名:サルバルサン(salvarsan)/1910年エールリッヒと秦佐八郎による合成化学療法剤)
歯科歯髄失活剤:亜ヒ酸パスタ(ネオアルゼンブラック)
白血病:亜ヒ酸0.1%溶液(2004年)に白血病治療薬として厚労省より承認、適用は再発又は難治性の急性前骨髄球性白血病

○ 人間とヒ素の関わり:治療薬以外の薬品として
防腐剤:CCA(クロム・銅・ヒ素)/住宅金融公庫融資の条件として土台木に処理義務付け
害虫駆除:白蟻駆除剤(防蟻剤)、亜ヒ酸
害獣駆除:猫いらず(石見銀山)、亜ヒ酸
農薬:1998年まで使用
爆竹の添加剤など:硫化ヒ素(雄黄鉱そのもの)
生活用品:半導体(化合物半導体の原料)/ガラス(板ガラスの添加物:ガラスの透明度が増す、気泡を消す、脱色)

○ 人間とヒ素の関わり:飲食品とヒ素
ヒジキ(ホンダワラ科):無機ヒ素(5価)が高濃度(乾燥ヒジキ:10‐100μg/g)
わかめ・昆布・海苔:無機ヒ素は少なく、ジメチルヒ素化合物(アルセノシュガー)
魚介類:有機砒素が多い( TMA(トリメチルヒ素化合物):アルセノベタイン arsenobetaine(毒性は極めて低い))
温泉水:無機砒素が高濃度のものがある(0.01~1mg/L超)

○ 急性~慢性ヒ素中毒が生じる場面:ヒ素曝露の機会(日常生活・労働現場)
治療薬としての使用による副作用:疾病が軽快・治癒しても副作用が現れる・・・・・皮膚癌
食品汚染:
森永ヒ素ミルク事件(乳質安定剤に事故的に混入)
イギリス・ビール事件(Lancet 1:496,1901)
ドイツ・ワイン事件 (Klin Wochensch 19:523, 1940)
空気汚染:土呂久鉱山周辺/笹ヶ谷鉱山周辺/中国貴州の石炭燃料による室内空気汚染

○ 慢性ヒ素中毒が生じる場面:ヒ素曝露の機会(日常生活・労働現場)
職業性ヒ素中毒:ヒューム(昔のヒ素精錬、現在の精錬所)/粉塵:ガラス工業、半導体産業
環境性ヒ素中毒(天然の飲料水汚染):中国、バングラデシュ、インド、タイ、アルゼンチン、メキシコなど
環境性ヒ素中毒(人為的な汚染源):茨城県神栖町(現:神栖市)で、ジフェニルアルシン酸を主成分とする有機ヒ素化合物(2003年)

○ ヒ素の慢性中毒の症状
皮膚(色素異常・角化症)/末梢神経/末梢循環/精神神経/造血器への障害/皮膚及び内臓悪性腫瘍(皮膚癌・肺癌・肝血管肉腫・膀胱癌など)

○ びまん性色素沈着と色素脱失班/手掌・足底皮膚角化症/多発ボーエン病、皮膚癌

○ ヒ素の毒性発現の機序

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○ ヒ素の代謝

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○ ヒ素の化学形態別毒性比較

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○ DMAによる発癌(動物実験)

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○ 酸化的DNAダメージ

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○ ヒ素曝露濃度と皮膚症状の相関

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○ 中国での飲料水を介した慢性ヒ素中毒 調査フィールド
○ 中国内モンゴル自治区の郊外農村
○ 飲料水改善から1年後のフォローアップ調査
○ 手掌角化症の改善
○ 足底角化症の改善
○ 皮膚色素異常の改善
○ 飲料水改善による8-OHdGの改善

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日本学術会議第二部主催の公開シンポジウム 「生命を守る医と食の安心、安全」が開催された
日本学術会議は、20期(2006年)から従来の7部制(文学、法学、経済学、理学、工学、農学、医学)から3部制(人文系、生命系、理工系)になった。これまで日本学術会議は各学会の組織を基盤とし、各学会関係の研究連絡委員会と学術会議の活動で支えられてきた。この改革は、これまでの学会活動、科学研究費の分配、各分野の研究動向に少なからぬ影響を及ぼす。

例えば、20期からの学術会議は、課題中心に委員会を組織し、社会のための学術を全面に出す方向にある。また領域別の活動が希薄になり、分野横断的な課題別活動が中心になると期待されている。今回の公開シンポジウムもそのよい例であろう。

学術会議のこれまでの領域、「理学」と「農学」と「医学」が新しい「生命系」に変革する姿は、「農と環境と医療」を連携させようとする北里大学の思いとも類似するところがある。知と知の分離を克服することの重要性は、強調されてもされすぎることはないが、果たして、この3部制がすべてを解決するものでもないであろう。というのも農学にしろ医学にしろ、人文系と理工系の成果と思考を抜きにしては、成立しないからである。

例えば、学術会議においては環境は「理工系」に属している。むしろ、環境は「生命系」に属すべきだと筆者は考えている。いずれにしても日本学術会議は、この国の学術の大本である。いずれの大学も研究所も、日本学術会議の方向性を注意深く見つめながら、今後のわが国のための教育や研究を志向しなければならない。20期の取組みがますます発展することを大いに期待したい。

今回のシンポジウムは、農医連携の重要性を強調するシンポジウムでもあった。以下に、開催趣旨と講演のタイトルと演者を紹介する。


開催主旨

当シンポジウムでは、高度に発展を遂げた現代の日本社会が抱える種々の問題の内、生命を守るための基本的な問題、すなわち医の問題と食の問題に焦点を当てた。現在の問題点を浮き彫りにすると同時に、安心・安全なシステム構築への提言や努力について、各会の専門家による解説が行われる。

第1部 プロローグ
1.いのちを守る遺伝子:本庶 佑(内閣府総合科学技術会議常任議員)

第2部 医の安心、安全のために
2.医療の器機:安心できるシステムの課題:永井良三(東京大学大学院医学系研究科教授)
3.新たな感染症発生への対応:岡部信彦(国立感染症研究所感染症情報センター長)
4.産科医療の安心、安全の保証‐看護学からの提案‐:山本あい子(地域ケア開発研究所)
5.薬の安心、安全と薬学:望月眞弓(慶應義塾大学薬学部教授)

第3部 食の安心、安全のために
6.変わる国際環境と日本の食料・農業:生源寺眞一(東京大学大学院農学生命科学研究科長・教授)
7.化学物質の次世代・子どもへの健康影響‐食の安全を考慮して‐:岸 玲子(北海道大学大学院医学研究科教授)

第4部 エピローグ
8.生命を守る医と食の安心、安全を構築するために‐小児科医の立場から‐:五十嵐 隆(東京大学大学院医学系研究科教授)

資料の紹介 10:森林浴が働く女性の免疫機能を高める
つくば学園都市にある(独)森林総合研究所では、季刊誌「森林総研」を発刊している。その第3号に掲載されているのが表題の記事である。そこには、森林浴によって女性の抗がん免疫能が上昇し、その効果が持続し、さらにストレスホルモンが低下するという研究内容が掲載されている。

この研究は、(独)森林総合研究所環境計画研究室長の香川隆秀氏と日本医科大学公衆衛生学の李郷氏によって行われたものである。香川氏は拙著「環境保全と農林業:朝倉書店、1998」の「保健休養機能」の章を担当したこの分野の先達である。

研究の内容は次の通りである。東京都内の大学付属病院に勤める女性看護師13名が、長野県信濃町にある森林セラピー基地「癒しの森」に滞在する。ブナやミズナラの落葉広葉樹林や、スギ人工林などのセラピーロードを、森のガイドと一緒に二日間ゆっくり散策する。

森林浴の翌朝8時に採血し、がん細胞やウイルスを殺傷するNK(ナチュラル・キラー)細胞の活性やNK細胞が放出してがん細胞を攻撃するというパーフォリン、グラニューライシン、グランザイムAとBといった抗がんタンパク質の量などを測定する。また、血圧や心拍数を上昇させる副腎の分泌物であるアドレナリンの尿中濃度を測定する。さらに、森林浴の持続効果を調べるために、森林浴の一週間後と一ヶ月後に同様な測定をする。

その結果、東京在住のときに比べ被験者のNK活性は、二日間の森林浴によって38%も高まった。活性値は一週間後も33%の高い値を維持した。また、免疫能は一ヶ月後でも10%高く持続した。尿中のアドレナリン濃度は、森林浴一日目で57%、二日目で68%も低下した。

アドレナリン:副腎髄質から分泌されるホルモン。血糖量を高める作用を持ち、インシュリンと拮抗的に働いて血糖量の調整を行う。また、心臓の働きを強めて血圧をあげ、気管を拡張させる。強心剤、止血剤、喘息鎮静剤として利用。驚いたときなどにも分泌される。

Agromedicine を訪ねる(15) :Journal of Agromedicine
以下のことは、「情報:農と環境と医療10号」ですでに書いた。「農医連携」という言葉は、生命科学全般を思考する北里大学で新しく使用しはじめたものだ。それに相当する英語に、例えばAgromedicineがある。1988年に設立されたThe North American Agromedicine Consortium(NAAC)は、Journal of Agromedecineという雑誌とニュースレターを刊行している。この雑誌の話題には、農業者の保健と安全性、人獣共通伝染病と緊急病気、食料の安全性、衛生教育、公衆衛生などが含まれる。Journal of Agromedecineの目次は、これまでもこの情報で創刊号から紹介している。今回は、第13巻2号と3号の目次を紹介する。

第13巻2号
  • Aging Issues and Agricultural Health and Safety
  • A Conference on the Aging Farm Community: Using Current Health and Safety Status to Map Future Action
  • America's Aging Farmers: Tenacious, Productive, and Underresearched
  • Health Care Delay of Farmers 50 Years and Older in Kentucky and South Carolina
    Keywords: Elder, access, farmer, health
  • Older Farmers' Prevalence, Capital, Health, Age-Related Limitations, and Adaptations
    Keywords: Farmers, aging, capital, health, injury
  • The Aging Farm Population and Rural Aging Research
    Keywords: Aging research, rural definition, aging farmers
  • Implications of the Aging Process: Opportunities for Prevention in the Farming Community
    Keywords: Aging, older farmers, geriatric medicine, mental health, prevention
  • Sleep: A Good Investment in Health and Safety
    Keywords: Sleep, injury, health, management

第13巻3号
  • On-Farm Safety Program
    Keywords: Hazards, PTO, safety survey, safety training, tractor
  • Relationship Between Sleep Loss and Economic Worry Among Farmers: A Survey of 94 Active Saskatchewan Noncorporate Farms
    Keywords: Agriculture, farm, injury, sleep, worry
  • Prevalence of Asthma Among Youth on Hispanic-Operated Farms in the United States- 2000
    Keywords: Agricultural workers, asthma, Hispanics, youth
  • Occupational Noise Exposures Among Three Farm Families in Northwest Ohio
    Keywords: Family health, noise, occupational exposure
  • Estimating the Prevalence of Disability within the U.S. Farm and Ranch Population
    Keywords: Agricultural, census, disability, farm, injury, labor, population, prevalence, ranch
  • Injuries and Deaths Occurring as a Result of Bull Attack
    Keywords: Animal, bull, death, forensic medicine
  • Book Review: Asian Crops And Human Dietetics Usha Rani Palaniswamy

コラム:蛍雪の功
若い読者のなかには、「蛍雪の功」の内容をご存じない方がおられるやもしれない。蛇足ではあるが、その意味と語源と由来について簡単に触れる。「蛍雪」は、苦労して勉学に励むことを、「功」は成し遂げた仕事や功績を意味する。語源と由来は、以下のような中国の史書の故事による。

中国の晋(65-419)の時代に車胤(しゃいん)と孫康(そんこう)という貧乏な青年がいた。官吏になることを望んでいたが、夜に本を読むための油を買う金もない。そこで車胤は、夏の世に蛍を数十匹捕まえて絹の袋に入れ、蛍の光で勉学に励んだ。孫康は、冬の夜の窓辺に雪を積み上げ、雪の明かりで勉学に励んだ。二人の努力は報われ、後に高級官吏へと出世した。

今年もまた満開の桜のもとに、新しい学生を迎える。新たな年を迎える元旦のときと同じように、心の底から喜びが湧いてくる。「時間」には、新しいも古いもないことを十分わかっていながらも毎年抱くこの思いは、新入生が学舎に学び、巣立ち、そして新しい堅固な日本を創造してくれるであろう期待と願望がなせる業であろう。

「論語」にある。「吾れ十有五にして学に志し、三十にして立つ」。七十歳をすぎた孔子(前551-479)が、ある弟子に告白した言葉である。十五歳で学問をしようと思い立ち、三十歳でその基礎が固まった。これで、これからの人生はやっていけるという自信をもったというのである。

この言葉の内容は容易でない。学んで基礎固めをするのに、十五年の歳月が必要というのである。学ぶということは、これほどの覚悟がいるものだと読むことができる。ゆめゆめ、装飾品を身につけるような軽い気持ちで大学の門に入ることはできない。もちろん、この言葉は七十歳になったときの孔子の言葉であるから、若い人に簡単に分からないだろうが、学び始める前に、しっかりと頭に入れておくべき言葉であろう。

再び「論語」である。「学びて時に之を習う、亦説(よろこ)ばしからずや」。この「習う」はおおむね復習することであると解釈されている。もう少し考えれば、学んだことをしっかり練習しろ、と読むこともできる。さらには、復習や練習なんか誰だって説ばしくないだろうから、学んだことが、あとからたいそう役に立ったことを「習う」の意味だと解釈すれば、そのあと出てくる「亦説ばしからずや」が本当に生きてくる。そうでないと、筆者のような復習や練習をよろこびと思わない輩には、この「習う」は、どうも実行できない。

続いて吉田松陰(1830-1859)である。松陰は、読書についていくつかの言葉を残している。そのなかの一つに印象的な言葉がある。「志を立ててもって万事の源となす、書を読みてもって聖賢の訓(おしえ)をかんがう」。何事をするにも志(心のゆくところ、心ばせ)がなければ、なんにもならない。志しを立てることがもっとも重要である。その志を達成するためには、聖賢の書いたあらゆる書物を読んで、その内容を理解する。その後、教えに従うのではなく、聖賢の教えを参考にして自分の考えをまとめることが大切であると解釈できる。

次は発明王のトーマス・エジソン(1847-1931)である。"Genius: one percent inspiration and 99 percent perspiration." この世の中に存在しなかったなにかを発明するためには、汗をかくほどに多くの事象を学び、そのことを理解し、素直に真似る。そうすると、Aという事実とZという事実が繋がり、すばらしい思いつきが現出し、新しい発見がある。これを天才という。

言葉は真似ることで憶える。覚えた言葉を脳が記憶し、考えることがはじまる。すなわち、思考は、模倣からはじまるのである。アメリカを訪れたら、乞食でも英語をしゃべっていた、という冗談ともつかない感想は、模倣の必要性を明確に語っている。赤ん坊がだんだん覚えていく言葉は、模倣以外の何ものでもない。

独創的な思想や言葉をもって、この世に生まれた者などいるわけがない。しかし、生まれてから死ぬまで模倣を続ける人と、エジソンのように模倣からなにかを創造して、社会に遺産を残す人とわかれることだけは確かである。しかし、このことと人生の失敗と成功、幸福と不幸はほとんど関係ない。まったく別の話である。だから、生きていることに妙味がある。

「来し方行く末」という言葉がある。模倣するとは「来し方」をしっかりと把握することであり、創造するとは「行く末」を切り開くことである。しかし、「行く末」がみえても成功や幸福がそこに生まれるとは限らない。成功や幸福は自分自身にあるからである。

社会で生きていくために大きな影響を及ぼすと考えられる知識や教養は、両刃の剣であることが往々にしてある。己をそこなうこともある。それは、学ぶことへの意識に依存する。学問を経世済民のためにやるのか、趣味でやるのか、生きるための縁(よすが)としてやるのか、食べるためにやるのか、自分を装う装飾品ためにやるのか、などによって人の勢いが異なるからである。

学校や本のなかだけで得られた知識や教養から抜け出られなければ、それらは幻想にすぎない。知識や情報が横溢した現代の社会は、幻想のなかにいるのと同じことなのかも知れない。こうした眩惑に侵されず、自分の目で見て、自分の皮膚で感じて、自分の頭で考えて、自分の体で行動できる人間になってもらいたい。孔子も松陰もエジソンも、同じようなことを違う言葉で言っているような思いがする。。

模倣する自己と、創造する自己をはっきりと自分のなかで確認しながら、二度とない大学生活を満喫できる学生に育てあげたいものである。

温暖化の影響で、入学式には桜の花がすでに散っているかも知れない。しかし、咲くも散るも桜の花は、はるかなる古代から蜻蛉洲(あきつしま)に生ける人びとの心を騒がす。桜については、誰にでも独自の記憶や想いが秘められているであろうが、次の三つの和歌はあまりにも有名で、古くから多くの日本人に愛されてきたものである。新入生と桜を想って三つの和歌を紹介する。

  • ひさかたの 光のどけき 春の日に 静心なく 花の散るらむ(紀 友則:平安前期)
  • ねがはくは 花の下にて 春死なむ その如月の 望月のころ(西行法師:1118-1190)
  • 敷島の 大和心を 人問はば 朝日に匂ふ 山桜花(本居宣長:1730-1801)
*本情報誌の無断転用はお断りします。
北里大学学長通信
情報:農と環境と医療49号
編集・発行 北里大学学長室
発行日 2009年4月1日