北里大学

北里大学農医連携教育研究センター

51号

情報:農と環境と医療51号

2005/9/1
「情報:農と環境と医療」の再開にあたって
2005年5月に始まった北里大学学長室通信「情報:農と環境と医療」は、2009年の5月で満4年の歳月を経て、50号で終了しました。数ヶ月のお休みをいただきましたが、幸いにも読者の皆様に再び情報を提供できる機会に恵まれました。

さて、「情報:農と環境と医療1号」https://www.kitasato-u.ac.jp/jp/noui/spread/newsletter/no1-10/noui_no01.html の「はじめに」をふり返ってみましょう。そこでは、概ね次のような内容を書き留めております。

「分離の病」が今の世界を席巻している。人と人のつながり、親と子のつながり、生徒と先生のつながり、自然と人のつながり、事実と事実のつながり、文化と歴史のつながり、技術知と生態知のつながりなど枚挙に暇がない。

これらを整理すると、「分離の病」は次の4つにまとめられる。

「知と知の分離」、すなわち専門分野への没頭、専門用語の乱用、死語の使用などがあげられる。「知と行の分離」、すなわちバーチャル(virtual:仮想)と現実の分離、理論の構築者と実践担当者との分離などがある。「知と情の分離」、すなわちデタッチメント(detachment:認知的距離、科学知)とパフォーマティブ(performative:遂行的距離、生活知)の分離、客観主義への徹底、理論と情熱との極端な分離などがある。「過去知と現在知の分離」、すなわち文化の継承や歴史から学ぶ時間軸の分離、不易流行とか温故知新などの言葉でも表現できる。

一方、北里柴三郎の「医道論」は、医の基本は予防にあるという信念を掲げ、広く国民のために学問の成果を用いるべきであると述べている。ここには、学問と実践を結びつけた実学の思想がある。

具体的には、コレラ調査に出かけた長崎では、仕事の合間に町の道路、井戸、排水の状況など病気が発生した路地裏の環境を的確に観察している。また、寄生虫による肝臓ジストマ症については、肝蛭(かんてつ:キュウチュウ目(二生類)の扁形動物。体長は20~30ミリメートル)の肝臓への伝染経路を紹介している。これは、環境を観察する鋭い視線から得られた成果である。その結果、この肝蛭を有する蝸牛を食する羊に注意を促すことを指摘している。まさに学問を現実と結びつけた北里柴三郎の実学がある。

このように北里柴三郎の実学には、当然のことながら知の分離の病はなかった。われわれは先達のこの達見を学ばなければならない。本来、農業と環境と医療は分離されるべき事象ではないのである。

これらのことを念頭において「情報:農業と環境と医療」を提供する。この情報の提供が、環境を通した農と医の連携に役立てば幸いである。どんな成果が得られるか予想はつかないが、学問や教育や普及のために、あえてこの困難な道を目指さなければならない。

以上の書き出しのもとに、「知と知の分離」を少しでも「統合知」にするべく努力したこれまでの成果、すなわち環境を通した農と医療の連携の成果は、「情報:農と環境と医療50号」の「第6回北里大学農医連携シンポジウム‐食の安全と予防医学‐」の「北里大学の農医連携構想の現状」にまとめたので、関心のある方は参照ください(https://www.kitasato-u.ac.jp/jp/noui/spread/newsletter/no41-50/noui_no50.html)。また、養賢堂から出版した「北里大学農医連携学術叢書 第6号:食の安全と予防医学」(2009)にも類似した内容が掲載されています。

さて、これからも「統合知」をめざした農医連携の教育・研究・普及を推進しなければなりません。統合知は、基本的に次の三つの範疇に分けられると考えています。それは、「同値型の統合知」、「類似型の統合知」および「結合型の統合知」です。

「同値型」とは、同一もしくは隣接したものに基づき、例えば白色は白色で、赤色は赤色で統合することです。具体的には、食に供する農作物とヒトにとって共通な必須元素や微量必須元素、食品の成分バランスとヒトの栄養バランスなどに関する同値性の統合が考えられます。

「類似型」とは、観点による類似性に基づき、例えば赤色を鮮明な赤か、薄い赤か、夕日の赤かなど類似した赤で統合することです。具体的には、過剰な窒素肥料の施用による作物の倒伏と、過剰栄養によるメタボリックシンドローム、農地への過剰農薬とヒトへの過剰医薬などに関わる類似性の統合知があるでしょう。

「結合型」とは、異なったものを一つのものに結合するもっとも解りやすい統合です。例えば書物は、異なった色の表紙と内容と裏表紙の関係で成立するとした見方です。例えば鳥インフルエンザ問題の解決には、ウイルスをもつ渡り鳥に代表される環境と、食用にする鳥を飼育する農業と、タミフルなどの医薬品を開発する医療との連携です。また温暖化問題の解決には、農業生産と環境と健康に及ぼす温暖化の影響を切り離して考えることはできません。このような結合性の統合知を求めるのが、「結合型」といえるでしょう。

この「情報:農と環境と医療」では、これまで類型化のことが頭にありながら、さまざまな情報を無秩序に提供してきました。また北里大学農医連携シンポジウムでは、主として「結合型」の統合知を求めてきました。これからは、上述した三つの類型化に基づいた農医連携に関わる情報を提供することを心がけたいと考えています。それによって、農医連携の科学をさらに深化させたいと思います。これまで同様に、読者の皆様のご支援、ご鞭撻をよろしくお願い申し上げます。ご意見や感想などをお聞かせください。

地球温暖化:環境と健康と農林業への影響
いまや、地球環境問題に関しては様々な情報がある。しかし多くの場合、分野ごとの情報に止まりやすい。農医連携の視点から整理した情報は少ない。また、温暖化が農業生産や健康、さらには環境そのものにどのように関連しているか、といった統合的な情報を知ることは容易でない。そこで、現在多くの人びとの関心が深い地球温暖化問題について、不完全ではあるが農医連携の視点でこの項をまとめて、諸氏のご批判を浴びたい。流れは以下の通りである。
ノーベル平和賞

ノーベル賞委員会は、1970年代から地球温暖化問題に取り組んでいるアル・ゴア元米副大統領とIPCC「Intergovernmental Panel on Climate Change:気候変動に関する政府間パネル」に、2007年のノーベル平和賞を授与した。このことによって、地球の温暖化問題が世界のひとびとの掌中に届いたと同時に、これまで獲得された知と知が統合する統合知への動きが加速されたことになる。
地球温暖化とは?

地球に降り注ぐ太陽からの熱は、地球の表面を暖める。暖められた地表からは、その熱の一部が地球を覆う大気に放射される。この大気には、二酸化炭素(CO2)、メタン(CH4)、亜酸化窒素(N2O)などの気体(ガス)が含まれている。これらのガスには地表からの放射熱を吸収し、再び地表に戻す(再放射)働きがある。このようなガスを、「温室効果ガス」と呼ぶ。この再放射のお陰で、地球表面の平均気温は約15℃に保たれ、人間をはじめさまざまな生物が、生きていることができる。温室効果ガスによる再放射がなければ、地表からの放射熱はすべて宇宙に逃げ出してしまう。つまり、温室効果はわれわれが地球上で生きていくために不可欠な現象なのである。

問題は温室効果ガスの量である。1750年頃から始まった産業革命により、われわれは石油や石炭などの化石燃料をエネルギーとして活用することでCO2を、水田の拡大や反すう動物の増産でCH4を、窒素肥料の大量施用でN2Oを、多量に大気に排出しはじめた。人間圏が成立する前は、CO2もCH4もN2Oも自然の物質循環に即して、植物に利用されたり海洋や河川に吸収されたり大気や土壌で分解されたりして、地球全体でバランスがとれていた。しかし、近年の急激な人間圏の圧力により地球全体でのバランスが崩れ、温室効果ガスの濃度が上昇し続けてきた。

その結果、温室効果がますます増強され地球上の表面温度が上昇してきた。20 世紀の100 年間で、地球の平均気温は0.6℃上昇した。数字だけみれば、ごくわずかな変化に思えるかもしれないが、この値は地球全体の平均値であって、赤道に比べ南極や北極域はもっと高い値を示している。

1990年代の10年間は、過去1,000年で最も温暖な10年となった。1998年には観測史上最高気温を、また2005年には史上2番目、2002年には3番目、2003年には4番目の高温を記録した。この気温の変化によって、地球上ではさまざまな影響が生じている。農業生産への影響もさることながら、人間の健康への影響と感染症もその例である。
国際的な取り組み

IPCC報告書など国際的な取り組みの流れについて書く前に、まず「気候変動」と「地球温暖化」の言葉についての統一的な認識、さらには「取り組みの形態」を理解しておく必要がある。
  • 気候変動: 気候変動という言葉は、地球の気候の変化について使われる言葉である。最も一般的感覚では、気温のほかに降水量や雲なども含むすべての要素の、すべての時間スケールの気候変化について使われる。気候が変動する原因には、自然の要素と人為的な原因がある。しかしながら近年の用法、特に環境問題の文脈では、現在の地球表面の平均的な温度上昇という地球温暖化についての研究に特定される。
    気候変動についての研究や提言の国際的な努力は、国連のUNFCCC(気候変動枠組条約)で調整されている。UNFCCCでは「Climate Change」という用語を人為的な変動、非人為な変化を「Climate Variability」と使い分けている。人為的な気候変動とは、人類の影響の可能性を示す言葉として用いられる。IPCCでは、同じClimate Changeという用語が人為的・非人為的な両方の変化をまとめ表記するのに用いられる。日本語訳では、「気候変動」を内包する言葉として気候変化と表記されることがある。
  • 地球温暖化: 地球温暖化とは、地球表面の大気や海洋の平均温度が長期的に見て上昇する現象である。生物圏内の生態系の変化や海水面上昇による海岸線の浸食といった、気温上昇に伴う二次的な諸問題まで含めて言われることもある。その場合「気候変動」や「気候変動問題」という用語を用いることが多い。特に近年観測されている、また将来的に予想される20世紀後半からの温暖化について指すことが多い。単に「温暖化」と言うこともある。 現在、温暖化が将来の人類や環境へ与える悪影響を考慮して、さまざまな対策が立てられ、実行され始めていることは読者の周知されているところである。
  • 自然・科学・評価・政策など: 気候変動と国際的な取り組みには表に示したように自然現象、科学、評価、政策、現状と未来などさまざまな形があり、内容も多岐にわたることである。
表:気候変化とさまざまな国際的な取り組み
 
自然現象全球温度は100年で0.6℃上昇したなどの現象
科学 IGBP、WCRP、IHDP、全球観測など多岐な分野にわたる研究
評価 IPCCの1~4次報告書・特別報告書、地球生命圏ガイア・ガイアの復讐など
政策地球サミット、京都議定書、美しい星50など
現状・未来排出量制御、意志決定など
IPCCなどの地球環境の評価が行われるためには、それなりの科学的根拠が必要である。そのために、これまで様々な国際的な地球環境共同研究計画が行われてきた。国際的なものとして、例えば次のような計画がある。
1. 地球圏‐生物圏国際共同研究計画:International Geosphere-Biosphere Programme(IGBP)

International Geosphere-Biosphere Programme(IGBP)
1986年に設立された国際科学会議(ICSU)が主催する学際的な国際研究計画である。気候変動に関する生物学的プロセスおよび化学的プロセスの相互作用に関する基礎的な知見を得ることに焦点をあてている。

 目的は、地球全体のシステム、生命を育む環境、地球全体のシステムで生じている変化および人間活動による影響の現れ方を支配する物理学的、化学的および生物学的プロセスの相互作用を記述し、理解することにある。

IGBPは、地球変動に関する科学の遂行のために国際的かつ学際的な枠組みを提供する。この枠組みは、世界各国の研究計画に広く利用されている。IGBPには政策的・政治的要素はなく、政策活動に対して可能な限り最良の科学的情報を提供することを目指すものである。
2. 地球環境変化の人間的側面研究計画:International Human Dimensions Programme on Global Environmental Change(IHDP)

International Human Dimensions Programme on Global Environmental Change(IHDP)
1990年に、国際社会科学評議会(ISCC)が発足させた組織である。発足した「地球環境変化の人間社会側面に関する国際研究計画:IHDP」は、人間・社会的側面からみた地球環境問題研究の学問的課題を選定するなど、世界的に地球環境問題に対する社会科学的手法を研究しようとするものである。

重要な研究プロジェクトの一つに、土地利用・土地被覆変化研究がある。わが国ではアジア太平洋地域における土地利用とその誘導因子に関する経緯データの整備と、それに基づいた土地利用変化の長期予測を目的とした研究などが行われている。わが国におけるIHDPの窓口は、日本学術会議である。
3. 世界気候研究計画:World Climate Research Programme(WCRP)

世界気象機関(WMO)が全体の調整を行っている研究計画で、1950年に設立された。目的は気候の予測可能性および人間活動の気候影響の程度を評価するために必要な基礎的気候システムおよび気候プロセスの科学的理解を展開させることにある。また、1992年のUNCED(国連環境開発会議)において策定されたアジェンダ21の実行を支援する役目も担っている。

WCRPの調査プロジェクトには、全球エネルギー・水循環観測計画(GEWEX)、気候変動及び予測可能性研究計画(CLIVAR)、熱帯海洋?全球大気研究計画(TOGA)、成層圏プロセスとその気候における役割研究(SPARC)、気候と雪氷圏計画(CliC)、海洋・大気間の物質相互作用計画(SOLAS)がある。今ではわが国にも、例えば、環境省に地球環境研究計画があり、全球システム変動、越境汚染大気・陸域・海域・国際河川、広域的な生態系保全、持続的な社会・政策研究などの研究計画が推進されている。他にも、各省庁で様々な研究計画があり一定の成果を得つつある
4. IPCCの誕生から第4次評価報告書まで

IPCCの誕生は、大洪水・干ばつ・暖冬といった世界的な異常気象を契機にWMO(世界気象機関)とUNEP(国連環境計画)が、気候と気候変動に係わる研究を開始したことに始まる。その後、気候変動に関する国際的な課題が増大するにつれ、変動に関する効果的な政策を講じるための包括的な科学情報が必要になってきた。そのため、1987年のWMO総会ならびにUNEP理事会でIPCCの設立構想が提案され、1988年に承認・設立された。

IPCCはもともと気候変動に関する国際連合枠組条約(UNFCCC)とは関係なく設立されたが、第1次評価報告書が気候変動に関する知見を集大成・評価したものとして高く評価されたことから、基本的な参考文献として広く利用されるようになった。

第1次評価報告書1990:気候変化の科学的評価WG I (温室効果ガスの増加と寄与率)、気候変化の影響評価WG II 、IPCC対応戦略WG III 、気候変化IPCC 1990 & 1992評価、第一次評価大要とSPM(Summary for Policy Makers)が出版されている。筆者はWG I の「第1章:温室効果ガスとエアロゾル」作成に日本から参加したが、当時は政府間パネルといえども手弁当での参加であったことが思い出される。

特別報告書1994:気候変動の放射強制とIPCCIS92排出シナリオの評価、気候変動の影響と適応策の評価のための技術ガイドライン、温室効果ガス目録のためのIPCCガイドライン、特別報告書1994SPMとその他の要約が出版されている。

第2次評価報告書:気候変化1995では、気候変化の科学WG I 、気候変化の影響・適応・緩和:科学的及び技術的分析WG II (温室効果ガスの削減技術)、気候変化の経済的・社会的側面WG III 、UNFCC第2条の解釈における科学的・技術的情報に関する統合報告書(3作業部会のSPM)が出版されている。

第3次評価報告書:気候変化2001では、科学的根拠WG I 、影響・適応・脆弱性WG II 、緩和WG III 、統合報告書が出版されている。

第4次評価報告書:気候変化2007では、気候変動緩和の技術・政策及び対策、第2次評価報告書で使われた単純気候モデルの紹介、大気中温室効果ガス:物理・生物・社会経済的影響、二酸化炭素排出制限案の影響、気候変動と生物多様性が出版されている。

 他にもIPCC特別報告書、気候変動の地域影響:脆弱性の評価1997、航空機と地球大気1999、技術移転の手法上および技術上の課題2000、排出シナリオ2000、土地利用・土地利用の変化および林業2000、第3次評価報告書における横断的事項に関するガイダンス・ペーパー、水に関するルールを変える気候:水と気候に関する対話統合報告書などがある。現在、第5次評価報告書の作成に向けて鋭意努力が続けられている。
環境への影響

以下の内容は、前出した北里大学農医連携学術叢書第5号(2009)に原沢英夫氏が執筆したものを参考にした。地域的な気候変化により、多くの自然生態系が影響を受けている。気温上昇のため、温暖化の影響が世界各地で顕在化している。とくに熱波、干ばつ、豪雨、洪水などの異常気象が発生し、多くの犠牲者がでるなどの影響が顕在化している。IPCC第4次評価報告書では、すべての大陸とほとんどの海洋で雪氷圏や生態系、さらに一部の社会経済システムにも温暖化の影響が表れていることを、科学的事実に基づいて判定している。具体的な例としては以下のような現象が挙げられている。

  •  氷河湖(氷河が縮小する時に溶け出した水が溜まってできた湖)の増加と拡大/永久凍土地域における地盤の不安定化/山岳における岩なだれの増加
  • 春季現象(発芽や開花、鳥の渡り、産卵行動など)の早期化/動植物の生息域の高緯度、高地方向への移動
  • 北極及び南極の生態系(海氷生物群系を含む)及び食物連鎖上位捕食者における変化
  • 多くの地域の湖沼や河川における水温上昇
  • さらに人間社会については、以下のような影響が顕在化している。ただし、雪氷圏や生態系への影響に比べると、温暖化以外の要因も関連するために、その確からしさ(IPCCでは確信度と呼ぶ)は中程度である。

  • 北半球の高緯度地域の農業や林業:耕作時期の早期化、火災や害虫による森林撹乱
  • 健康被害:ヨーロッパでの熱波による死亡、媒介生物による感染症リスク、北半球高・中緯度地域におけるアレルギー源となる花粉など
  • 北極:北極圏の人間活動(例えば、氷雪上での狩猟や移動)
  • 低標高山岳地帯:山岳スポーツなどの人間活動

2001年に公表された第3次評価報告書では、温暖化による社会経済システムへの影響については、気候変化以外の要因の影響と区別が困難であるとして、事例が示されていなかったが、今回は明らかに気温上昇などの影響が社会や経済に影響が表れていることを指摘している。

主要な分野への影響は次のとおりである。

  • 淡水資源への影響:今世紀半ばまでに年間平均河川流量と水の利用可能性は、高緯度及び幾つかの湿潤熱帯地域において10~40%増加し、多くの中緯度および乾燥熱帯地域において10~30%減少すると予測される。
  • 生態系への影響:多くの生態系の回復力(resilience)が気候変化とそれに伴う撹乱及びその他の変動要因が同時に発生することにより今世紀中に追いつかなくなる可能性が高い。
  • 植物及び動物種の約20~30%は、全球平均気温の上昇が1.5~2.5℃を超えた場合、絶滅のリスクが増加する可能性が高い。
  • 今世紀半ばまでに陸上生態系による正味の炭素吸収はピークに達し、その後弱まる。あるいは、排出に転じる可能性が高く、これは気候変化を増幅する。
  • サンゴ礁への影響:約1~3℃の海面温度の上昇により、サンゴの温度への適応や気候馴化がなければ、サンゴの白化や広範囲な死滅が頻発すると予測されている。
  • 農業・食料への影響:世界的には、潜在的な食料生産量は、地域の平均気温の1~3℃までの上昇幅で、増加すると予測されている。それを超えて上昇すれば、減少に転じると予測される。
  • 沿岸域への影響:2080年代までに、海面上昇により毎年の洪水被害人口が追加的に数百万人増えると予測されている。洪水による影響を受ける人口はアジア・アフリカのメガデルタが最も多いが、一方で小島嶼は特に脆弱である。

IPCCは世界全体を対象としているが、特にアフリカ、アジアなど地域ごとの予測についても情報をまとめている。アジアにおける影響は以下のようにとりまとめられている。なお、日本への影響については、アジアの小地域のうち東アジアに入っていることから、影響研究の結果がすべて盛り込まれているわけではない。このため、日本への影響については、IPCCと並行する形で、これまでもとりまとめられてきた。最近では、環境省地球温暖化影響・適応研究委員会が日本への影響・適応の情報をとりまとめ公表している(環境省地球温暖化影響・適応研究委員会:2008)。

アジアへの影響は、IPCC報告書を担当した(独)国立環境研究所の原沢英夫氏が前出した北里大学農医連携学術叢書第5号(2009)に、以下のようにまとめている。各項目につけた記号■と○は、それぞれ中程度および高い確信度であることを示している。ここで確信度は、IPCC報告書の執筆者が文献を包括的に読解し、専門的判断を加えて、主要な記述や結論に付記している確からしさのレベルを示している。
  • ヒマラヤ山脈の氷河の融解により、洪水や不安定化した斜面からの岩なだれの増加、及び次の20~30年間における水資源への影響が予測される。これに続いて、氷河が後退することに伴う河川流量の減少が生じる。
  • 中央アジア、南アジア、東アジア及び東南アジアにおける淡水の利用可能性は、特に大河川の集水域において、気候変化によって減少する可能性が高い。このため人口増と生活水準の向上とあいまって、2050年代までに10億人以上の人々に悪影響を与える。
  • 沿岸地域、とくに南アジア、東アジアおよび南東アジアの人口が密集しているメガデルタ地帯は、海からの洪水(いくつかのメガデルタでは河川からの洪水)の増加に起因して、最も高いリスクに直面すると予測される。
  • 気候変化は、急速な都市化、工業化、及び経済成長と相まって、自然資源と環境への圧力を構成するものであり、アジアのほとんどの途上国の持続可能な開発を侵害すると予測される。
  • 21世紀半ばまでに、穀物生産量は東アジア及び東南アジアにおいて最大20%増加し得る反面、中央アジア及び南アジアにおいては最大30%減少し得ると予測される。これらを足し合わせ、人口成長と都市化を考慮すると、いくつかの途上国において、非常に高い飢餓のリスクが継続すると予測される。
  • 主として洪水と干ばつに伴う下痢性疾患に起因する地方的な罹患率と死亡率は、地球温暖化に伴う水循環の予測される変化によって、東アジア、南アジア、及び東南アジアで増加すると推定される。沿岸の海水温度が上昇すると、コレラ菌の存在量、毒性が増加する。
健康への影響

温暖化による直接影響には、暑熱、熱波の増加、熱中症、死亡率の変化(循環器系、呼吸器系疾患)が挙げられる。異常気象の頻度によっては、障害や死亡の増加が考えられる。温暖化の間接影響としては、媒介動物などの生息域、活動の拡大、動物媒介性感染症(マラリアやデング熱)が増加する。また、水、食物を介する伝染性媒体の拡大や下痢や他の感染症の増加が予想される。さらに、海面上昇による人口移動や社会インフラ被害が、障害や各種感染症リスクを増大させるであろう。大気汚染との複合影響も考えられる。その結果、喘息やアレルギー疾患の増加が予想される。

危機的状況にある地球の温暖化が、農業生産と環境およびヒトの健康や生活に及ぼす負の影響は、極めて重大である。干ばつ、塩類化、土壌浸食などによる環境と食料の問題はもとより、熱射病、紫外線増加、デング熱、マラリアなどによる健康と医療の問題は、いずれも人類の未来に暗雲の影を落としている。

IPCCの報告書は、温暖化による健康影響の主要なものに次の現象を挙げている。(1)熱ストレスによる死亡や熱中症など、(2)洪水と干ばつを介する影響、(3)エルニーニョ現象との関連で発生する影響、(4)悪化する大気汚染による影響、(5)アレルギー疾患、(6)感染性疾患、(7)デング熱やその他アルボウイルスによる疾患、(8)リーシュマニア症(注:サシチョウバエが媒介する皮膚病)、(9)ダニ媒介性疾患、(10)げっ歯類によって媒介される伝染病、(11)飲料水に関連する疾患、(12)低栄養。

なかでも、感染性ウイルスを媒介とする蚊などの生息域(北限)が拡大され、マラリア感染の影響が大きくなる。マラリアの感染は年間3億人、死者は毎年100万~300万人に達すると予想されている。マラリアを媒介するハマダラ蚊は、15.5℃以上で繁殖するので、温暖化によりハマダラ蚊の生息域が拡大され、その被害も拡大すると見られている。また、夏季において気温が高くなる頻度と期間が増加すると、とくに高齢者の死亡率が増加することがわかっている。
1. 感染症とは?

微生物が体内に侵入し感染することによって起こる病気の総称と定義される。ウイルスや細菌などの病原体が、野生動物や家畜などの自然宿主から、蚊やダニなどの媒介動物を介して、飲料水や食物を介して、あるいは人から人に直接侵入するために起こる病気である。感染症を引き起こす病原体には、ウイルス、細菌、原虫、寄生虫、真菌(カビ)など、さまざまなものがある。一般的には次のような条件があると、感染症にかかりやすくなる。(1)人の体に侵入する病原体の数や侵入の機会が多い。(2)病原体の自然宿主や媒介する生物が多い。(3)病原体が侵入しやすい居住空間や生活様式である。(4)公衆衛生の状態がよくない。

地球温暖化(とくに気温や降雨量の変化)との関連が示唆されている感染症として、リフトバレー熱、マラリア、デング熱、コレラ、セントルイス脳炎、ハンタウイルス肺症候群がある。これらは、WHOが1998 年のエルニーニョ現象による地域気象の変動によって発生が増加したとする感染症である。このうち、マラリアなどでは降雨の変化の影響が大きい。また、とくにバングラデシュで発生したコレラは、海面温度や海面上昇により影響を受けるプランクトンの分布変動が影響していると考えられている。

これらのうち、蚊に媒介される感染症のマラリア、デング熱、ウエストナイル熱、日本脳炎などが、温暖化とともに増加すると予測している報告がある。しかし媒介動物の分布は、気温とともに降雨や地表水の状態にも大きく依存しているので、気温上昇のみでは説明しきれない。このことから、温暖化と感染症の将来予測は不確実な面があることも事実である。

世界保健機関(WHO)のリスク評価結果では、国際的には栄養不良、下痢、マラリア、洪水の順に死亡リスクが小さくなる傾向が示されている。これらについて、具体的な適応策を考えるためには、気温以外の他の気象条件や、媒介動物の生態の変化、脆弱性の高い集団の変化、衛生環境の整備、治療や予防のための技術や必要な資源の変化などによる間接的な影響も同時に考慮することが重要となる。
2. 話題になっている感染症の例:ウエストナイル熱・脳炎

ウエストナイルウイルスは、北米、アフリカ、欧州から中央アジアに広く分布している。自然界では鳥と蚊の間でウイルスが維持されているが、人に感染することもある。人が感染すると、高熱や脳炎などを引き起こす。流行地域の拡大には、感染した鳥が広域に飛行することが関係していると考えられている。過去数年で、ニューヨークを起点として全米に急速に拡大しており、毎年数千人の患者と約100人の死亡者が発生している。また、シベリアなどの寒冷地域でも発生している。

 温帯地域では、ウエストナイルウイルスによる患者が発生するのは、夏から秋にかけてである。温暖化によって、ウイルスを媒介する蚊の発生時期や地域が変化すると、この感染症にかかるおそれのある地域や時期も、広がったり増えたりすることがあるかもしれない。このように、動物が媒介する感染症では、媒介動物や自然宿主の生態と、気温上昇によるその変動が、流行拡大に大きく関連する可能性がある。

アメリカのウエストナイル熱・脳炎の患者数と死亡者数について、2003、2004、2005年の死亡者数/患者数は、264/9862、88/2470、119/3000人であった。
3. わが国における動物媒介性感染症

日本脳炎 : 日本脳炎は、国内に存在する日本脳炎ウイルスによって起こる重篤なウイルス脳炎である。日本脳炎という名称だが、極東から東南・南アジアにかけて広く分布している。世界的には、年間3.4万人の日本脳炎患者が報告されている。日本、韓国、台湾での流行は、ワクチン接種により阻止されている。根絶された訳ではない。国内の患者数は年間10人以下である。2005年には7名の患者が発生した。患者の発生は西日本に多く見られるが、この感染症を人に媒介する日本脳炎ウイルス感染蚊は、北海道を除く全国にいる。厚生労働省では毎年夏季に日本脳炎ウイルスの蔓延状況を調べている。それによると、日本脳炎ウイルスを持った蚊は毎年発生しており、国内でも感染の機会はなくなっていない。

日本脳炎ウイルスは、日本などの温帯では水田で発生するコガタアカイエカが媒介する。熱帯では、数種類の蚊が媒介する。人から人への感染はない。ブタなどの体内でいったん増えて血液中に出てきたウイルスを、蚊が吸血時に取り込み、1、2週間後にその蚊に人が刺されると感染する。

日本脳炎ウイルスの活動(感染蚊の活動)は、気候との関連がある。とくに夏季の気温が高い年には、日本脳炎ウイルスの活動が活発となる。もちろん日本脳炎の発生は、気温のみによって決定されるわけではない。しかし温暖化によって日本脳炎媒介蚊の生息域が拡大し、蚊の活動も盛んになれば日本脳炎の発生域が拡大し、ワクチン接種などの対策を十分にとらないと、患者数も増加していくであろう。
 
マラリア :わが国に生息する9種のハマダラカの中で、マラリアの媒介に係わるのは4種類である。水田地帯に多く発生し、いずれも夜間に活動して血を吸う性質(夜間吸血性)を持っている。1960年代に比べると発生数が減少したと言われている。その原因として水田地帯の環境変化、稲作法の変化などが考えられる。石垣島では熱帯熱マラリアの媒介蚊として知られているコガタハマダラカの生息が確認されている。

マラリアの流行には、(1)マラリア原虫を血液中に持った患者が存在すること、(2)媒介するハマダラカが分布し、(3)その媒介蚊の媒介能力が高く、(4)ヒト吸血嗜好性が高いことが影響する。また媒介蚊の発生に適した気象条件も重要で、高緯度地方や海抜が高い地域ではハマダラカの発生数が少なく、活動する期間が限定される。

夜間にハマダラカに刺される頻度は、人々の夕方から夜間にかけての行動や住宅構造に関係する。わが国の現在の住宅構造を考えると、毎晩多数の蚊に吸血される可能性はほとんどなく、現在の生活が自然災害などで破壊されない限り、マラリアの流行が起こる可能性は相当低いと考えられている。
 
都市部で懸念されるデング熱 :第二次世界大戦中の1943年に、長崎、呉、神戸、大阪などでデング熱が流行した。戦域が一番拡大し、外地から頻繁に商船や軍艦が入港した時期である。また、防空法で各家に防火水槽の設置が義務づけられていた。それらの水槽にヒトスジシマカを含む多数の蚊が発生していたとの報告がある。

当時、デング熱の媒介蚊として最も知られているネッタイシマカが生息していたという推測も否定できない。しかし、大部分はヒトスジシマカによる流行であったと考えられている。2002年にはハワイで小規模なデング熱が流行したが、この流行もヒトスジシマカによるものであった。

東南アジアの多くの地域では、ネッタイシマカとヒトスジシマカは異なる分布をしている。ネッタイシマカは主に都市部に、ヒトスジシマカは都市部近郊から郊外に分布している。この分布状態から、都市部の人口が密集している地域で流行するデング熱は、ネッタイシマカによることが多い。しかし温帯地域であるわが国では、都市部でのヒトスジシマカの発生密度が高いため、デング熱の流行に関わる可能性が高いと考えられる。

猛暑日など :気象庁は暑さを分析的な表現にするため、2007年の4月から「猛暑日」なる言葉を新しく使い始めた。猛暑日とは、最高気温が35℃以上の日のことである。猛暑日が設定されたのは、地球温暖化やヒートアイランド現象などによって、夏の都市部で最高気温が35度以上になる日が多くなったためである。実際にいくつかの都市で猛暑日が増加している。例えば、大阪市は2006年に17日を記録している。猛暑日による健康影響は、今後さまざまな形で現れて来るであろう。他にも温暖化による健康への影響は、さまざまあるが紙数の都合で省略する。
農林業への影響

以下の内容は、前出した北里大学農医連携学術叢書第5号(2009)に林 陽生氏が執筆したものを参考にした。最近、環境省地球温暖化影響・適応研究委員会は、地球温暖化が日本のさまざまな分野へ及ぼす影響について最新の研究をレビューした報告書を発表した(環境省地球環境局:2008)。これは、日本における影響の実態、予想される影響、社会的要素を考慮した脆弱性評価、適応策、今後の課題について網羅的にまとめたものである。ここではその中から、森林生態系と農業生態系に関する内容を要約して紹介する。詳細については、インターネットにて公開されているので参照されたい。
1. 森林生態系への影響

自然林のなかで、ブナ林や亜高山帯針葉樹林に影響が現れていることが指摘されている。現在、太平洋側の低標高域に分布するブナ林は若木が少なく、夏季の高温や冬季の積雪が少ないといったブナにとって限界の生育環境にあると考えられる。特に低山の山頂付近に分布する場合は、温暖化するとブナの分布下限が山頂より高くなってしまうため、最も早い時期に衰退すると予想される。

筑波山はこのうちの一つである。亜高山帯針葉樹林でも同様の影響が現れている。現在のブナ林の分布適地は、今世紀中ごろには44%~65%へ、今世紀末には7~31%にそれぞれ減少することが予測されている。白神山地世界遺産地域では、ブナ林の分布適地は大きく減少してミズナラなどの落葉広葉樹に変わっていくことが指摘されている。

森林は気温や風雪などの気象に関わる要因の他に、オゾンなどの大気汚染物質、動物による食害、昆虫が媒介する病原菌、マツ材線虫病などの要因で枯死する。温暖化に伴い、気象要因以外の影響も増大して森林を衰退させていると考えられる。

富士山の南斜面では、1976年には永久凍土の下限が標高3100~3300mに存在していた。しかし、22年後の1998年の調査には、標高3200~3400mへ移動し、標高差で100mの永久凍土地帯が消失した。現在の温暖化が継続すると、永久凍土は山頂付近に不連続に分布するのみとなる。標高が低く、かろうじて高山分布がみられる山岳では、「追い落とし現象」が顕著になり、標高の低い地域の植物と混生状態になることが予想される。

生物季節も変化している。全国で観測された1961~2004年の植物季節データによれば、春から夏にかけてツバキ、ウメ、タンポポ、サクラ、フジ、ハギの開花と、イチョウの開芽が年々早まる傾向がみられる。またアジサイの開花、秋におけるイチョウの黄葉、カエデの紅葉は遅くなっている。
2. 農業生態系への影響

日本の代表的な農業生態系のなかで、水稲栽培にどのような影響が及ぶだろうか。地球規模の環境変動の根源的な原因は、大気中の温室効果ガスとエアロゾル濃度の上昇であり、これに加えて地球規模の熱収支・水収支の変化、エル・ニーニョやラ・ニーニャの発現である。これらが、干ばつや洪水を誘導し、よりスケールの小さい気候システムに変調を与える。その結果、日本列島周辺に多様な環境変動が起こり、食料生産に影響する。こうした影響を軽減するための適応策は、アジア地域固有の社会的要因をも視野に入れて実施する必要がある。

ところで農林水産省は、地球温暖化に対する適応策を講じるために「気象変動に適応した水稲生産技術に関する検討会」の開催や「水稲高温対策連絡会議」を設置し、本格的な検討に着手している。そのなかで、2001年に「高温による水稲作への影響と今後の技術対策に関する資料集」を、2002年に「近年の気候変動の状況と気候変動が農作物に及ぼす影響に関する資料集」を公表した。これらの資料集は、水稲ばかりでなく、コムギ、ダイズ、野菜、果樹、茶などの生産物への影響の実態と将来予測を示したもので、指針として幅広く利用できる。

栽培期間の気温上昇を背景として、関東農政局管内ではコシヒカリを安全に栽培するガイドラインを示したパンフレットを生産者へ配布し、そのなかで5月5日以降に田植えを行うことを奨励した。さらに、品種によっては5月下旬~6月上旬といった従来よりも遅い時期の田植えを奨励した。栽培期間を遅らせることにより、登熟期の高温による登熟不良を回避するのが狙いである。

最近20年間における地域別の水稲作況指数について、九州地域では1991年の台風被害、1993年の冷害などとともに、1999年および2004年以降の低下が起こっている。1999年と2004年に起こった現象は登熟期間の高温による負の影響と考えられ、地球温暖化が水稲栽培に及ぼす影響の具体的な事例として注目されており、対策が検討されている(農林水産省、2006)。

対策としては、栽培時期を遅らせること、また従来品種に代わる高温耐性に優れた品種を開発することが考えられている。後者については、高温耐性に加えて良食味の品種「にこまる」の開発が進み、2007年から福岡県や佐賀県で栽培されはじめた。

現在の日本における水稲栽培では、出穂後40日間の平均気温が21.9℃の場合に最も潜在収量が多い。現実的な条件とは言い難いが、温暖化により日平均気温が一律に上昇する場合を想定すると、潜在収量の減収率は、気温が2℃上昇すると約6%、2.5℃上昇すると約10%になる。これらの推定は単純であるが、地域気候シナリオを利用した詳細な予測結果と比較してもほぼ同様な結果である。

出穂最盛期後の平均気温が一定値を超えると登熟度が低下すると同時に、品質低下が顕著になることが知られている。水稲の登熟度に関する研究によると、登熟度は温度条件のみならず光条件にも依存する。舛屋(2008)はこの点に注目し、1999年と2004年の九州地域を対象として、出穂後20日間の平均気温(最高気温、最低気温)と日照時間の出現傾向を調べた。その結果、高温と寡照が複合した効果により作況指数の低下の規模が増大するメカニズムについては、さらに解明が必要であるとした。こうした現象をモデル化し将来予測に活用することが望まれる。
わが国の環境変動の現状

以下に示すわが国の環境変動の事例は、温暖化の影響を受けた現象とは必ずしも言えないし、単なる周期的な気象変動によるものかも知れない。さらに、これらの現象のなかには必ずしも科学的に立証されていないものも含まれる。事例を紹介し、温暖化問題に警笛を加えたい。

数ある事例のうち、紙面が許す範囲で「内温暖化による永久凍土の後退-真白き富士の嶺は-」と「続出する猛暑日」について紹介しよう。

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わが国の環境変動:事例1~15
1. 温暖化による永久凍土の後退-真白き富士の嶺は-

富士山といえば、わが日本人の心の古里。古来から多くの歌人、画家、小説家によって、その雄大さ、美しさ、遼遠さが賞賛され続けてきた。大雪山といえば、天然記念物のナキウサギで生態学者の好奇心をかき立ててきた。その富士山と大雪山の自然が変わりつつある。地球の温暖化に伴って。
山岳永久凍土の報告の歴史は古い。富士山および大雪山については、それぞれ1972年および1974年の報告がある。永久凍土とは、高緯度地域や高山帯で、年間を通じて0℃以下の地温状態を少なくとも2年以上にわたって保っている土壌や岩盤のことをいう。しかし、国際的には温度の基準のみで定義される。したがって、永久凍土中の水分状態については未解明の部分が多い。

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わが国の環境変動:事例16~30

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わが国の環境変動:事例31~45
永久凍土はカナダ、アメリカのアラスカ州およびシベリアなどに広く分布する。日本では、1970年に富士山(標高3,776メートル)で発見された。他では、北海道の大雪山系白雲岳の周辺と富山県の立山に分布している。国立極地研究所、静岡大および筑波大の研究グループにより初めて地中温度の連続観測が開始され、その結果が平成14年(2002)

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わが国の環境変動:事例46~60

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わが国の環境変動:事例61~73
10月の日本雪氷学会で発表された。1976年の富士山南斜面(静岡県側)の地温調査では、永久凍土の下限は標高3,200メートル付近と推定されていた。しかし2000年の調査では、3,500メートル付近になり、凍土分布が約300メートル縮小していた。20年間で標高約200メートルの凍土が消失した。

 静岡大学理学部の増沢武弘教授らは、2006年から山頂の植物や地温の変化を5-10年ごとに継続調査する計画でいる。富士山頂の年平均気温は、1976年から2001年までの25年間に0.8℃上昇している。8月の平均気温にあまり変化は認められないが、1月には約3℃、2月には1℃も上昇している。永久凍土の分布域は、冬季の凍結と夏季の融解のバランスで決まるといわれ、この分布域の縮小には、冬の気温の上昇が関係しているとみられる。

 永久凍土は気温の変化を非常に受けやすいと推定され、凍土が融解すると温室効果ガスの一つであるメタンガスが放出され、温暖化がさらに加速することになる。なお、大雪山の永久凍土については、北海道大学大学院工学研究科北方圏環境政策工学専攻・寒冷地防災環境工学講座の岩花 剛氏らが研究を進めている。気温、放射、湿度、風、地温、土壌水分などが測定されている。

ヒマラヤ氷河の観測を続ける名古屋大学環境学研究科の上田 豊教授によれば、この20年間で小型の氷河が目に見えて小さくなっている。小型氷河110の内、約9割が山頂に向かい後退していた。世界中の山岳氷河は1980年代に10年間で厚さが約2メートル薄くなったが、1990年代は2倍の4メートルに達した。地球の平均気温は過去百年間で0.6度上がり、1990年代は、過去1000年間で最も熱い10年だった。

さて、富士山における永久凍土の後退は、われわれの環境と心にどのような変容をもたらすであろうか。温暖化は、こと自然環境のみならず、われわれの育んできた文化をも変容させるのではないか。
続出する猛暑日

暑い夏が続いている。「暑い」と和語で書けば、「きわめて」とか「とても」とか「たいへん」とか前に副詞をつけることでしか、その暑さを表現できない。しかし漢語にすれば、その暑さが分析的に表現できるから、暑さを具体的に比較できるような気がする。酷暑、熱暑、炎暑、猛暑、極暑、劇暑、激暑、蒸暑、倦暑、大暑、烈暑など。

気象庁も暑さをさらに分析的な表現にすべく、平成19年(2007)の4月から「猛暑日」なる言葉を新しく使い始めた。2006年までは、最高気温が25度以上の「夏日」、最高気温が30度以上の「真夏日」という分け方しかなかった。新しい「猛暑日」とは、最高気温が35度以上の日のことである。ちなみに、寒さを表現する「冬日」は、最低気温が0度未満になった日、「真冬日」は最高気温が0度未満の日である。

「猛暑日」が設定されたのは、地球温暖化やヒートアイランド現象などによって、夏の都市部で最高気温が35度以上になる日が多くなったためである。実際にいくつかの都市の2006年の気温を見てみると、「猛暑日」日数は、東京都心3日、名古屋市14日、大阪市17日、福岡市6日となっている。2007年初の「猛暑日」が出現したのは大分県豊後大野市で、5月27日午後1時10分に気温が36.1度となった。その後、8月に入り各地で猛暑日が立て続けに出現した。「猛暑日」が続く2007年の日本列島は、8月15日も太平洋高気圧に覆われ、各地で厳しい暑さになった。群馬県館林市では最高気温が40.2度に達し、全国では同年初めての40度以上の日を記録した。最近、国内で40度以上に達したのは、平成16年(2004)7月21日に甲府で40.4度を観測して以来だから3年目のことである。この日、北日本を中心に43地点で観測史上最高温度を記録した。

昨年の8月の猛暑日数の合計は、仙台市で1日、熊谷市で19日、東京都心で7日、柏崎市で1日、多治見市で20日、大阪市で14日、京都市で15日、高松市で9日、福岡市で6日、沖縄市で0日であった。昨年までの全国の歴代最高気温は、1) 山形、40.8度、1933年7月25日、2) かつらぎ、40.6度、1994年8月8日、2) 天龍、40.6度、1994年8月4日である。

翌8月16日、日本列島は勢力を強めた太平洋高気圧に覆われ、さらに暑さが増した。酷暑である。岐阜県の多治見で午後2時20分、埼玉県の熊谷で2時42分にそれぞれ40.9度を観測した。74年ぶりにわが国の最高気温の記録が塗り替えられた。これまでの記録は、上述したとおり山形の40.8度であった。この日、埼玉県の越谷で40.4度、群馬県の館林で40.3度、岐阜県の美濃40.0度と、いずれも40度を突破した。関東や東海を中心に25地点で観測史上1位の暑さになった。東京都の練馬と八王子はともに38.7度で8月として最高気温の記録を更新した。

日本列島は翌々8月17日も太平洋高気圧に覆われ、東海および中部地方は酷暑に見舞われた。岐阜県の多治見では、16日に記録した国内史上最高気温の40.9度に迫る40.8度を記録した。15日には群馬県の館林で40.2度が記録されているので、国内で初めて40度を超えた日が、3日連続したことになる。

東京都心は37.5度で昨年一番の暑さになり、最高気温が35度以上の「猛暑日」が3日連続したことになる。最低気温25度以上の熱帯夜が2日から16日間続いた東京では、17日未明の気温は30.5度で、全国で一番暑い夜であった。また、8月に入ってからの都心の平均気温(16日現在)は29.9度で、全国最高の沖縄県の石垣島の平均28.9度を上まわった。

国立環境研究所は2007年7月2日、地球温暖化の影響で2030年の日本では、最低気温27度以上の「暑い夜」が現在の3倍に増えるとの予測を発表した。地球温暖化の影響は、遠い将来のことではなく20~30年という短い期間でも目に見えて現れることを指摘した。世界有数のスーパーコンピュータ「地球シミュレータ」を使って試算した結果、日本では1981~2000年にひと夏に4~5回だった「暑い夜」(東京:最低気温27度以上)が、2011~30年は約3倍に増える。10通りのシナリオのいずれも増加する結果を得た。自然の変動より温暖化の影響の方が大きい。夏の「暑い昼」(最高気温35度以上)の頻度も約1.5倍になる。一方、冬の寒い夜(最低気温0度以下)・昼(最高気温6度以下)は3分の1程度に減った。世界のほとんどの地域で、同様の傾向が見られた。
主な参考資料

  1. 環境省HP
  2. 国立感染症研究所HP
  3. 全国地球温暖化防止活動推進センターHP
  4. 気象庁HP
  5. 気候変動と人間の健康-リスクと対策-:マクマイケル・キャンベルーレンドラムら編、日本語監修、(独)国立環境研究所(2006)
  6. 厚生労働省HP
  7. 陽 捷行編著:地球温暖化-農と環境と健康に及ぼす影響評価とその対策・適応技術-、北里大学農医連携叢書 第5号、養賢堂(2009)
  8. 陽 捷行著・ブルース・オズボーン写真:この国の環境を心した人びと、アサヒエコブックス、清水弘文堂(2009) 印刷中

本の紹介 41:プラン B 3.0 ‐人類を救うために‐、レスター・ブラウン著、環境文化創造研究所、ワールドウォッチジャパン(2008)
著者のレスター・ブラウンは、食料、エネルギー、環境など地球規模で発生している問題点を鋭く指摘し、それに対してどのように対応したらよいか、すぐに実施すべきことは何かを具体的に提示してきた。これまでも、地球環境問題に取り組むワールドウオッチ研究所、アースポリシー研究所を創設するとともに、「エコ・エコノミー」「エコ・エコノミー時代の地球を語る」「プランB」「フードセキュリティー」「プランB 2.0」などを発刊し、環境問題に警鐘を鳴らし続けている。活動の持続性と内容の深さは、まさに超人的である。この本を紹介する前に、氏のひととなりとエコ・エコノミーに関わる上述した過去の本の一部を紹介をする。

ひととなり:かつてワシントン・ポスト紙は、彼を「世界で最も影響力のある思想家」と評したことがある。この項の筆者は、1997年の第13回国際植物栄養科学会議で氏と招待講演を共にした。そのときの氏の出で立ちが忘れられない。壇上の氏は、蝶ネクタイにズック姿でその装いをきめていた。装いからも、何か新しいタイプの思想家であり実践家を想起させられた。

氏は、アメリカのラトガーズ大学農学部を卒業した後、米国農務省の海外農業局所属の国際農業アナリストになった。この間、メリーランド大学で農業経済理学修士、ハーバード大学で行政学修士を取得している。1964年、農務長官の対外農業政策顧問に、66年に農務省の国際農業開発局の局長に就任した。69年に公務から離れ海外開発会議を設立している。氏はこの間、発展途上国の人口増加に対応できる食料増産計画の課題に深く関わった。

地球環境問題の分析を専門とする民間研究機関として、1974年にワールドウォッチ研究所が設立された。氏の独自性が発揮されるようになるのは、この研究所で84年から発刊され始めた「地球白書」の執筆からであろう。地球の診断書とも言うべき「地球白書」は約30の国語に翻訳され、世界の環境保全運動のバイブル的な存在になっている。

氏の思想は、人口の安定と気候の安定の二つに集約できる。過剰の人口増加は、食料生産の増大を要求する。食料の増産は、土地の劣化や水不足をもたらす。工業化の成功は、耕地面積の縮小と食料輸入国への変遷を生じ、多量の化石燃料の消費に転じる。

このような考えを背景として書かれた「だれが中国を養うのか」は、中国から激しい反論を受けたが、中国の食料政策の転換を促進した。氏の分析は、自然科学的データをもとに社会科学的手法を取り入れているので、提言に説得性がある。

環境問題が世界の経済を変えると説く。地球の生態系により負担の少ない産業こそが、未来の成長産業であり、このような経済へのシフトは、最大の投資機会であると主張する。再生可能なエネルギー業界、リサイクル業界、高エネルギー効率の交通産業などがそれである。

「エコ・エコノミー」:このような思想的な背景の元に書かれたのが、最初に出版された「エコ・エコノミー」である。本書が執筆された背景に三つのことがある。第一は、人類は地球を救うための戦略レベルでの闘いに敗れつつある。第二は、私たちは環境的に持続可能な経済(エコ・エコノミー)のあり方について明確なビジョンをもつ必要がある。そして第三は、新しいタイプの研究機関(エコ・エコノミーのビジョンを提示するだけでなく、その実現に向けての進展状況の評価をたびたび行う機関)を創設する必要があるということである。

ワールドウォッチ研究所を発足させたとき、氏たちは森林減少、砂漠化、土壌浸食、放牧地の劣化、生物種の消失を憂慮していた。漁場の崩壊についても心配し始めていた。しかし現在、懸念される問題は、その当時よりはるかに多くなっている。例えば二酸化炭素濃度の絶え間ない上昇、地下水位の低下、気温上昇、河川の枯渇、オゾン層の破壊、発生頻度と破壊力を増す暴風雨、氷河の融解、海面上昇、サンゴ礁の死滅などが加わっている。

しかしこの間、氏たちは多くの戦術レベルでの闘いで勝利を得てきたが、地球の環境悪化に歯止めをかけるために「人類がとるべき行動」と「実際にとっている行動」とのあいだのギャップは開きつづけている。何とかして、こうした状況を変えなくてはならない。「エコ・エコノミー」という題の本の目的は、エコ・エコノミーというビジョンの輪郭を描くことである。

これらの目標を達成するために、新しいタイプの研究機関が設立された。2001年5月にできたアースポリシー研究所(Earth Policy Institute)がそれである。「エコ・エコノミー」すなわち"Eco-Economy : Building an Economy for the Earth"は、当研究所の最初の出版物である。

この本は3部から成る。第1部は「環境へのさまざまなストレスとその相互作用」で、これまで報告されてきた気候、水、暴風、森林、土壌、種の絶滅などの変動が解説される。さらに、これらの環境変動の相乗作用は、予想を超える脅威を持つと解説される。第2部は「環境の世紀の新しい経済」で、人類の挑戦である「エコ・エコノミー」が解説される。第3部は「エコ・エコノミーへの移行」で、人口の安定化、経済改革を実行する政策手段などが語られる。

第3部の最終章の最後の節「まだ時間はあるのか」が、最も関心の深いところであろう。ここでは、「模様眺めの時間はない」が「改革断行の時間はある」という。「人類が力を合わせて持続可能な経済を構築するのか」、または「環境的に持続不可能な今日の経済を衰退するがままに放置するのか」、そのどちらかである。中道の道はないと言い切る。重要なことは、「環境は経済の一部ではなく、経済が環境の一部である」と語り、環境的に持続可能な経済の必要性を述べていることである。

「エコ・エコノミー時代の地球を語る」:「エコ・エコノミー」に続き、氏がアースポリシー研究所で発刊した第二作目の作品であり、3部からなる。第1部のタイトルは「生態学的な赤字がもたらす経済的コスト」と題して、われわれは今、大きな「戦争」を闘っていると解説する。この闘いとは、「拡大する砂漠」と「海面上昇」である。第1章では、中国において、生態学的な赤字がどのようにして砂漠化につながったかが論じられる。第2章では、生態学的な赤字が食料供給にもたらす悪影響について取り上げ、土壌と水の不足をどのように解消していくかを考える。第3章では、自然の炭素吸収能力を超える炭素排出が気候をかく乱すること、炭素排出を減少させることの必要性、環境的持続可能性の達成のための市場改革が論じられる。

第2部は「見逃せない世界の動向」と題して、「エコ・エコノミー」の構築に向けて、その進展状況を図る尺度として12の指標を選び、これらを解説する。その指標とは、世界人口、世界経済、穀物生産量、海洋漁獲量と水産養殖量、森林面積、水の需給状況、炭素排出量、地表平均気温、氷河と氷床、風力発電、自転車生産台数および太陽電池出荷量である。

第3部では、20項目の「エコ・エコノミー最新情報」が掲載されている。それらは、「エネルギーと気候」、「人口と保健衛生」、「食料生産と土地と水資源」、「漁業、林業における生物多様性の喪失」および「エコ・エコノミーに向けて」に整理されている。

「プランB」:この本では、経済の再構築についての議論が深められる。さらに、この作業が急を要する理由を説明する。昔の人びとは、地球の自然資源という資産から生じる利子で暮らしていた。しかし現在の私たちは、この資源そのものを消費して生活している。この自然の資源を崩壊・消耗する前に調整することが私たちの緊急課題なのであると解く。

第1部では次のことが解説される。この50年間に、世界人口は倍増し経済も7倍に拡大したが、それにつれて地球に対する人間の要求は限界を超すようになった。地球が継続して与えてくれる以上のものを求め、環境のバブル経済を作り上げた。

第2部ではそのことが詳解される。第3部では、解決策を即実行しなければバブル経済はいずれ破裂することが強調される。第4部ではターニングポイントと題して、そのような事態を避けるため、優先順位の早急な見直しと世界経済の再構築を掲げた新たな取り組みである「プランB」が提案される。

従来と同じ経済活動を続けるのが「プランA」であれば、「プランB」は次のようなものである。私たちに残された可能性は「生態系の真実」、つまり危機的状況を取引価格に反映できる、新たな市場システムからのシグナルに基づいた、早急な構造改革のみである。具体的には、まず税制を改革する。所得税を減税し、化石燃料などの燃焼など、環境を悪化させる行為に対する環境税によって、環境的コストを内部化する。発信されるシグナルが現実を反映するように、市場システムを改革しなければ、消費者として、企業経営者として、あるいは政策立案者としての私たちは、誤った判断を重ねることになるだろう。正しい情報を欠いたままで下される経済判断と、そこから生じる経済実態の歪みは、最終的には経済の後退をもたらしかねない。

養老孟司が「いちばん大事なこと-養老教授の環境論」で書いているように、現在のグローバル化した経済とは、落語の八と熊の地球規模の花見酒である。環境を問題にする立場は、たる酒の量を問題にする。だから自然が破壊されるという。経済を問題にする立場は、金のやりとりを問題にする。環境はどうでもいいのか。自然がなければ経済は成り立たないし、あり得ないのである。結局、「環境は経済の一部ではなく、経済が環境の一部」なのである。

「プランB 2.0」:この本では、「プランB」に新たな資料や章が追加され、さらに「プランB」への熱烈な反響にこたえることも重要な視点としている。次の要点が強調される。

  • 穀物、食肉、石油、石炭、鉄鋼の世界主要産品のうち石油以外の消費量は、現在でも中国がアメリカを超えている。中国の国民総所得、消費量が今後さらに増大すれば、それを達成するための資源は地球にない。
  • 石油生産はピークに達していると予測される。石油に代わって輸送に必要なバイオ燃料が重要になり、燃料作物(小麦、トウモロコシ、大豆、サトウキビなど)と食料作物との栽培で競争関係が生まれ、経済活動も大きく変化するであろう。石油価格の上昇が食料の生産コストに影響を及ぼし、さらに、燃料作物栽培のための開墾、伐採は動植物の多様性への脅威であり、生態系のかく乱を招くことが懸念される。
  • 経済を支える耕地、放牧草地、森林、漁場など環境システムが崩壊すると、そこで生計を立てる人々の貧困の解消はない。森林の保護と修復(植林など)、耕地土壌の保全と回復(不耕起栽培、最小耕転法など)、地下水位の安定、漁業資源の再生(海洋保護区ネットワーク構築など)、動植物の多様性の保護(自然公園・ホットスポット)、放牧草地の修復と、地球環境を修復するには年間総額930億ドルの追加予算が必要である。環境劣化が経済の衰退にまで到達しないよう、国際的な取り組みが緊要である。
  • 温暖化防止に向けて化石燃料から風力発電への移行など新たなエネルギー獲得のための技術開発が進行している。日常生活でもエネルギーの利用効率を高めることが求められ、新技術によるハイブリッドカーへのシフト、省エネ型の家庭電化製品、太陽光を利用した熱温水器などが効果的である。太陽光、地熱エネルギー資源などの活用も有望であり、気候や地下資源など各国でそれぞれの条件にもっとも適ったエネルギー計画を立てることが望まれる。
 
世界経済は生態学の法則を尊重した環境革命を避けることはできない。エコ・エコノミーの構築に参加する企業こそが大きな利益を生み勝者になる。経済再構築の必要性を認識し、個人個人の立場からの役割を果たすことが環境問題を解決する。著者は「人々の懸念の高まりが政策決定プロセスを正しい方向に導き始め・・・、経済の進歩が維持されるような方法で人間と環境との関係が築かれるようになるだろう」と期待している。

「プラン B3.0」:やっと、本書にたどり着いた。前著の「プラン B2.0」では「ストレス下にある地球と困難に陥った人類文明を救う」をテーマにしていたが、本書では「人類文明を救うために力を結集する」をテーマにしている。前著では、破綻しつつある国家が少なからず存在することを報告していた。今回は、「破綻しつつある国家」は「破綻しつつある人類文明」の初期兆候であると指摘している。

「プラン B3.0」には最優先すべき目標がある。「気候の安定」「人口の安定」「貧困の解消」「地球の生態系の修復」がそれである。気候の安定をめざす構想の中心になるのは、地球の気温上昇を最小限に抑えるために、2020年までに二酸化炭素排出量の80%削減をめざす詳細なプランであると、強調する。

「自然システムの"限界点"」と「政治システムの"転換点"」とは、どちらが先に来るのだろうか-私たちはそのただ中にいると語り、早い時期の転換点を切望している。そのために、世界のエネルギー経済を再構築し、気候を安定させるための技術はすでにあると言う。現在の課題はそれを実行する政治的意志を確立することである。さらに、人類文明を救うことは、スポーツ観戦とは違う。だれもがグランドに立ち、自らの役割を果たすことで、初めて可能になると叫ぶ。内容は、次のような三部13章からなる。

第 I 部:「世界は今後どうなってしまうのだろうか」不安をもたらす現状

第1章:21世紀の世界は「余剰」から「不足」の時代へ/第2章:ピークオイルとフード・セキュリティー/第3章:近年の急激な気温上昇がもたらしている異変/第4章:水不足が世界の至るところで深刻化する/第5章:人間の飽くなき欲求に圧倒される自然のシステム/第6章:衰退のさまざまな初期兆候

第 II 部:破滅を回避する選択"プランB"の取組み

第7章:貧困を解消し、人口を安定させる/第8章:病んだブループラネットを修復する
第9章:80億人のフード・セキュリティー/第10章:持続可能でウエルビーイングな歳を設計する/第11章:二酸化炭素排出量削減をめざし、省エネを/第12章:再生可能なエネルギーへシフトする

第 III 部:エコ・エコノミーへの選択

第13章:新しい未来を築くために手を携えよう
表の出所/レスター・ブラウンのこと/監訳者あとがき

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北里大学学長通信
情報:農と環境と医療51号
編集・発行 北里大学学長室
発行日 2009年9月1日