北里大学

北里大学農医連携教育研究センター

61号

情報:農と環境と医療61号

2011/5/1
2010年度農医連携教育セミナーが開催された
文部科学省の平成21年度「大学教育・学生支援推進事業【テーマA】大学教育推進プログラム」に応募した北里大学の「農医連携による動物生命科学教育の質の向上」が、支援プログラムに選定された。このことについては、情報52号に詳しく紹介した(https://www.kitasato-u.ac.jp/jp/noui/spread/newsletter/no51-60/noui_no52.html#p01

このプログラムの目的は次のように表現できる。「農」は食を支えるとともに、環境保全といった多面的な機能を持ち合わせているうえに、古来、医食同源(いしょくどうげん)や身土不二(しんどふじ)などの言葉で表現されるように、人の健康や医療とも切り離せないものである。少し意味が異なるが「地産地消」という言葉もある。

このような視点に立てば、「農」と「医」を密接に連携させる手法を考案するべきであるが、これまで「農学」と「医学」は、それぞれの立場で独自に発展してきた歴史がある。人材養成など教育面においても例外ではない。農と医は、積極的な連携が重視されないまま今日に至っているのが現状である。

そのため、食の安全性の喪失や人獣共通感染症の発生など現代的な問題が生じている。このことは、持続的な発展を必要とする人間社会の構築そのものにも影響が及んでいる。今ほど、農医連携による教育・研究・普及の必要性が叫ばれる時代はない。

このプログラムの目的は、北里大学獣医学部動物資源科学科に「農医連携教育」を柱とした新しい教育課程を編成することによって、教育の質の向上を図り、次のような人材を養成をする教育にある。(1)生命倫理観、(2)創造的思考力、(3)課題探求能力、(4)コミュニケーションスキル・情報発信力、などの向上。

このプログラムを推進することによって、高い倫理観および農と医の複眼的視点を身につけた、農を中心とした幅広い領域で活躍が期待されるジェネラリスト型の人材が養成でき、その上で農と医の境界領域における専門基礎能力を有したスペシャリスト型の人材をも養成できると考える。21世紀に予測される環境・食と生命に係る諸課題と、それらを解決するための道筋を提起し自らの考えを提示できる力、そしてそれを実践する学生の育成が期待される。セミナーの内容は以下の通りである。

2010年度農医連携教育セミナー:農医連携教育プログラム2010年度の成果と展望

日 時: 2011年3月3日(木) 13:00~17:10
場 所: 北里大学 相模原キャンパス L1号館3F 33講義室
プログラム
13:00~13:10 挨拶:陽 捷行(農医連携委員会委員長/副学長)
13:10~14:00 基調講演:「農医連携と統合医療」 杉岡良彦氏(旭川医科大学)
14:00~14:10 Coffee Break
14:10~15:10 第一セッション:学生による農医連携プログラム報告会
  1. 医科実験動物学分野
  2. 動物介在活動・療法分野
  3. 食の安全分野
  4. 生殖補助医療分野
15:10~15:30 Coffee Break
15:30~16:45 第二セッション:学生による課題学習発表
  1. 医科実験動物学分野:動物実験の削減方法として用いられる代替法について考える
  2. 動物介在活動・療法分野:動物介在療法の目指すべき形~新しい分野の開拓とその模索~
  3. 食の安全分野:混ぜるなキケン? ~食べ合わせの科学~
  4. 生殖補助医療分野:胚培養士と不妊カウンセリングとのかかわり
  5. 生命倫理学:『動物の権利』とはなにか ~よりよい共生を求めて~
16:45~17:00 総合討論・意見交換会
17:00~17:10 講評

詳細はホームページを参照されたい(http://www.vmas.kitasato-u.ac.jp/noui/

第8回北里大学農医連携シンポジウムが中止された
平成23年4月20日に予定していた第8回北里大学農医連携シンポジウム「農医連携の現場:アメリカ・タイ・日本の例」は、東日本大震災および福島第1原子力発電所事故の発生により、余儀無く中止することになりました。お申込みいただいた方々には、ご迷惑をおかけすることになりました。ここにお詫び申し上げます。なお、関係者には事前に通知しております。

シンポジウムの内容については、以下の項目のように、従来通りの方法でアブストラクトなどを紹介していきますので、ご参照ください。なお、アブストラクトをご希望の読者は、次のアドレスにお問い合わせください(noui@kitasato-u.ac.jp)。

第8回北里大学農医連携シンポジウムの内容:1.開催にあたって
平成23年4月20日に開催予定であった第8回北里大学農医連携シンポジウム「農医連携の現場:アメリカ・タイ・日本の例」の開催趣旨と講演プログラムを紹介する。

開催にあたって
 
北里大学学長 柴 忠義

第8回北里大学農医連携シンポジウムの開催にあたり、主催者を代表して一言ごあいさつ申し上げます。 21世紀の予防医学が掲げる課題には、リスク評価・管理・コミュニケーション、疾病の発生予防、健康の質の増進などがあります。これらの医学分野における今日的な課題に対して、農学分野が積極的に取り組むことは、社会の健全な発展にとって極めて重要なことであります。「農医連携」の科学の確立と教育と普及が期待されている所以です。

20世紀の技術知が生んだ成果のなかには、われわれが生きていく21世紀の世界に、農医連携の教育や研究や普及が不可欠であることを示唆するものがいくつかあります。病気の予防、健康の増進、食品の安全、環境を保全する農業、癒しの農などは、その代表的な事象でしょう。そこでは、農と医の知の統合が必要とされています。「医食同源」とか「身土不二」などの言葉があるにもかかわらず、これまで農医連携の教育・研究・普及の重要性についてはそれほど強調されてきませんでした。

医と農はかつて同根で、現在でもなお類似した道を歩いています。医学には代替医療が、農学には代替農業があります。前者は西洋医学を中心とした近代医学に対して、それを代替・補完する医療であります。後者は化学肥料や農薬を中心とした集約的農業生産に対して、これを代替・補完する農法であります。いずれも、生命の探求を基盤にした科学がなすわざでしょう。21世紀に入り医学はヒトゲノム、農学はイネゲノムの塩基配列を解読する全作業を完了しました。これも農と医がともに生命科学の探求を志している結果であります。

このような視点から、北里大学では2005年から農医連携という新しい言葉を発信し、社会にさまざまな情報を提供してきました。なかでも北里大学農医連携シンポジウムでは、これまで「農・環境・医療の連携を求めて」「代替医療と代替農業の連携を求めて」「鳥インフルエンザ‐農と環境と医療の視点から‐」「農と環境と健康に及ぼすカドミウムとヒ素の影響」「地球温暖化‐農と環境と健康に及ぼす影響評価とその対策・適応技術‐」「食の安全と予防医学」「動物とヒトが共存する健康な社会」をテーマに、農医連携の必要性を強調してきました。さらに、農医連携の考え方を世界に発信するため、「Agriculture-Environment-Medicine」と題した英文の冊子を養賢堂から出版しております。

学祖北里柴三郎の「医道論」には、医の基本は予防にあるという信念が掲げられ、学問の成果は広く国民のために活用されて初めて学問たりうることが強調されています。ここでは、叡智を実践に移すことの必要性が説かれています。このことを念頭において、今回は「農医連携の現場―アメリカ・タイ・日本の例―」と題したシンポジウムを開催し、農医連携の科学が現場でどのように普及されつつあるかを紹介していただきます。

このシンポジウムにおいて、有意義で実践的な議論が展開され、農と環境と健康の連携に対し、新たな発想や示唆が生まれることを期待しております。開催に当たり、講演を快くお引き受けいただいた先生方、とくに遠くアメリカおよびタイから来訪いただいた先生方には心から感謝申し上げます。
プログラム

10:00~10:10開催にあたって北里大学学長
柴 忠義
10:10~10:40農医連携:世界の動向北里大学教授
陽 捷行
10:40~11:20北里大学における農医連携教育北里大学
向井孝夫・松下 治
11:20~12:00親子二代で取り組んだ有機野菜栽培農業生産法人有限会社豆太郎
須賀 利治
13:00~13:40カリフォルニアにおける健康食品の生産と利用T&Dウィリーファームズ
トム・ウィリー
13:40~14:20現代医療からみた農医連携の必要性エムオーエー奥熱海クリニック
佐久間 哲也
14:20~15:00タイにおけるハーブの医療活用ダムナンサドアック病院
スラット・レクタイ
15:20~16:00タイ国衛生省における農医連携の取り組みタイ国衛生省伝統・代替医療局
プラポッチ・ペトラカッド
16:00~16:40カリフォルニアにおける健康医療の実践カリフォルニア健康統合センター
デビッド・ウォン
16:40~17:30総合討論佐久間哲也・陽 捷行
第8回北里大学農医連携シンポジウムの内容:2.農医連携:世界の動向
平成23年4月20日に開催予定であった第8回北里大学農医連携シンポジウム「農医連携の現場:アメリカ・タイ・日本の例」のうち、演題「農医連携:世界の動向」を紹介する。残りの演題については、次号以降に順次紹介する。

農医連携:世界の動向
 
北里大学 陽 捷行

はじめに
北里大学では新たな学域として「農医連携」という概念を立ち上げ、平成17(2005)年度からこれに関する情報を「北里大学農医連携シンポジウム:1~8回」「北里大学農医連携学術叢書:1~9号」「情報:農と環境と医療:1~60号」などで発信している。これらの内容は、北里大学のホームページや刊行物などから知ることができる。

「情報:農と環境と医療:1~60号」の中に、「農・環・医にかかわる国際情報」という項目がある。これは、国際的な農医連携の研究・教育・普及の現状と動向を調査研究したもので、わが国における農医連携の科学を進展させるために設置した項目である。今回の「第8回北里大学農医連携シンポジウム:農医連携の現場‐アメリカ・タイ・日本の例‐、Agromedicine: Examples from the USA, Thailand and Japan」の機会を活用して、農医連携に関わる世界の動向を紹介する。

INI(International Nitrogen Initiative:国際窒素イニシアチブ)
対流圏に大量に存在する78%の窒素が、ハーバー・ボッシュ法により固定され始めて100年の歳月が経過した。100年前には地球上に固定される窒素は、自然界における窒素固定や稲妻などであったため、年間約90~140Tg(T=1012)であった。今では年間およそ270Tgもの窒素が、自然界の窒素固定のほかに、肥料製造、石油の燃焼などを通して地球上に固定されている。この値は年々増加の一途をたどっている。

窒素元素はプラス5からマイナス3までの荷電をもつので、自然界でさまざまな形態変化をする。その結果、窒素は土壌、大気、水、作物、食料を経由して地球上のいたる所で循環している。そのため過剰な窒素は、地下水の硝酸汚染、酸性雨の原因、湖沼などの富栄養化現象を起こす。さらに大気中では、オゾン層破壊の一因になるうえ温室効果ガスとしても作用する。

この窒素循環は地球規模で変動している。そのため、過剰窒素は環境汚染や地球規模の変動のみならず人間の健康にも影響を及ぼし始めた。大気や水が運ぶ過剰な窒素は、呼吸の病気、心臓病、および各種の癌に関係している。また過剰な窒素は、アレルギーを引き起こす花粉を増産させている。さらに、肥満の蔓延という問題にも直面している。一方では、西ナイルウイルス、マラリアおよびコレラなど各種の病原菌媒介病の活動に影響を及ぼす可能性がある。

この地球規模および人間環境での窒素負荷に対し、窒素の適正な管理をめざし、3年に一度国際会議が開催されている。1998年の第1回(オランダ)、2001年の第2回(米国)、2004年の第3回(中国)、2007年の第4回(ブラジル)に引き続いて、2010年はインドで第5回が開催された。詳細はホームページを参照されたい。

第5回のテーマは「持続的発展に向けた活性窒素の管理‐科学・技術・政策‐」で、次の6つのセッションにわたり、オープニング講演・研究発表・討論・総合討論が12月3日から7日にかけて行われた。内容は「食料保障」「エネルギー安全保障」「健康と環境破壊」「生態系保全と生物多様性」「気候変動」「統合知」に関するものである。

なお、第3回の会議の最終日には、窒素負荷軽減と食料・エネルギー生産向上を両立させるための行動計画である「窒素管理のための南京宣言」が採択され、国連環境計画(UNEP)に手渡された。今回の会議の情報は、http://n2010.org/ から、この会議の母胎である「国際窒素イニシアチブ(INI)」の情報は、http://www.initrogen.org/から見ることができる。

筆者は、第3回INIの副会長で「窒素管理のための南京宣言」の採択と、この宣言を国連環境計画(UNEP)に提出する行動に携わった。また、第5回の「気候変動」セッションのオープニングで「大気変動に及ぼす亜酸化窒素の影響と施肥土壌から発生する亜酸化窒素の制御技術:Effect of Nitrous Oxide on Atmospheric Environmental Changes and Strategies for Reducing Nitrous Oxide Emissions from Fertilized Soils」と題した講演を行った。

参考資料
  1. http://n2010.org/
  2. http://www.initrogen.org/
  3. 情報:農と環境と医療58号、11-13(2010)

地球圏‐生物圏国際協同研究計画(IGBP)‐地球変動と健康プロジェクト(GEC&HH)‐
International Geosphere-Biosphere Program:IGBPは、国際科学会議(International Council for Science)が1986年に実施を決定し、1990年から開始した複合・学際的な国際協同研究である。この研究は、全地球システムを解明し、百年後の地球を予測するという壮大な研究目的を持つ。IGBP第1期は2003年に終了し、2004年より第2期の活動が10年間の予定で開始されている。
大気圏、水圏、地圏及び生物圏に関係する科学者が、分野と国境をまたがってネットワークを作り、地球規模のスケールで協同して研究に取り組んでいるものである。このIGBPは地球環境変動に関する他の研究計画との連携強化を目指している。その組織のなかに、ESSP(Earth System Science Partnership:地球システム科学パートナーシップ)がある。ESSPの活動の一つに共同プロジェクトがある。そのプロジェクトの一つに、GEC&HH(Global Environmental Change and Human Health)がある。詳しくは原文を参照されたい。

参考資料
  1. 小川利紘・及川武久・陽 捷行編:地球変動研究の最前線を訪ねる、アサヒ・エコ・ブックス・清水弘文堂書房(2010)

国際土壌科学会議‐土壌と安全食品と健康‐
1924年に設立された国際土壌科学会議は、第18回目の国際会議を2006年7月9日から7日間、アメリカのフィラデルフィアで開催した。土壌科学会議は次の4部門から構成されている。 1)Soil in Space and Time、2)Properties and Processes, 3)Soil Use and Management、4)The Role of Soils in Sustaining Society and Environment.

4番目の部門は5分野からなる。このうち、4-2) Soils, Food Security and Human Health がここで紹介する分野である。この4番目の部門は、3人の演者を立て「土壌と健康」と題するシンポジウムを開催した。またこの 4-2)分野は、「食物と健康の栄養分に影響する土壌の質」と題したポスターシンポジウムを開催した。詳細はホームページでみることができる。

演題1:Science for Health and Well Being(健康と幸福のための科学)
演題2:From Aspergillus to Timbuktu: African Dust, Coral Reefs and Human Health
(遠くまで運ばれるカビ:アフリカのダスト、珊瑚礁および人の健康)
演題3:Soil & Geomedicine(土壌と地質医学)
ポスターシンポジウム「食物と健康の栄養分に影響する土壌の質」

参考資料
  1. http://www.colostate.edu/programs/IUSS/18wcss/
  2. 情報:農と環境と医療 15号、1-6(2006)

オランダ・ワーへニンゲン大学とワーへニンゲン食品科学センター
オランダにあるワーへニンゲン大学は、1998年にワーへニンゲン農業専門大学(Wageningen Agricultural University)とオランダ国立農業関連機関とを統合して、WUR(Wageningen University & Research Centre)に再編された。さらにWURは、Van Hall Larenstein応用科学大学と統合し教育・研究領域を拡大した。

ワーヘニンゲン大学には植物科学(Plant Sciences)、動物科学(Animal Sciences)、環境科学(Environmental Sciences)、農工・食品科学(Agrotechnology& Food Sciences)、社会科学(Social Sciences)の5つの専門領域があり、Van Hall Larenstein応用科学大学には、農村環境管理(Rural and Environmental Management)、畜産管理(Animal Husbandry and Management)、商業管理(Business and Management)の3つの応用科学領域がある。またワーへニンゲン大学院(WGS)には7つのコースがあり、農医連携に関する分野に、栄養学・食品工学・農業生命工学・健康部門(VLAG)がある。

VLAGはオランダ語の「Voeding Levensmiddelentechnologie、Agrobiotech-nologie en Gezondheid」(Feeding Food Technology, Agrobiotechnology and the Health)の頭文字で、4つの大学と5つの調査機構で構成されている。将来に向けて食品工学の技術分野を革新するために、栄養学と健康という異分野の交流を促進させるための機関である。

一方、1997年に設立されたワーへニンゲン食品科学センター(Wageningen Center for Food Sciences)は、この10年間「食と栄養学の先端機関」であり続けている。その研究内容は、栄養学と健康(Nutrition & Health)、構造と機能性(Structure & Functionality)、微生物機能性と安全(Microbial Functionality & Safety)の3分野から構成されている。

栄養素と健康の分野では、血管合併症を含む肥満、メタボリック症候群と胃腸の関門機能や炎症との関係に焦点をあてた研究や、赤身肉と大腸癌の関係、発酵食品と消化されにくい炭水化物の保護機能の研究などに取り組んでいる。また、構造と機能性の分野では、必要な栄養素(低脂肪、低炭水化物、減塩、高タンパク)を備えた食べ物を開発するための研究、微生物機能性と安全の分野では、食品の安全性制御への新しいアプローチに焦点をあてた研究に取り組んでいる。

参考資料
  1. WUR HP:http://www.wur.nl/uk/
  2. VLAG HP:http://www.vlaggraduateschool.nl/particip.htm
  3. ESP HP:http://www.graduateschool-eps.info/
  4. 情報:農と環境と医療 54号、10-12(2010)

RIVM(国立公衆健康環境研究所)
RIVMはオランダ語の「Rijksinstituut voor Volksgezondheid en Milieu: National Institute for Public Health and the Environment」の頭文字の略で、公衆衛生と栄養と環境保全分野の専門的な知識を総合化する国立の研究所である。主にオランダ政府のための機関で、とくに福利厚生と運動、住居と空間計画と環境、農業と自然と食料品質管理の3つの省庁の指示で、政策と社会的関連の問題を取り扱っている世界の動向を認識したうえでの国家組織である。

健康リスクと環境問題は本来国境を越えたものであるから、健康と環境からの脅威が効果的に減少するのであれば、人種を超えた協調が必要である。RIVMは専門知識と調査結果を共有することで、公共医療と環境に関連する国際的取り組みに協力している。

RIVMの専門家と調査研究員は共同研究プロジェクトに従事し、アドバイザーや専門家として参加している。RIVMはWHO(世界保健機関)、FAO(国際連合食糧農業機関)、UNEP(国連環境計画)、IAEA(国際原子力機関)のような国連の専門機関と親密な関係がある。もちろんその調査・監視・モデル化・危機評価の結果は、公共医療・食料の安全性・環境に関する政策を支えるために生かされている。約1500人以上が働いていて、大きく4つの部門に分けられる。

  • オランダ感染症制御センター(Centre for Infectious Disease Control Netherlands : CID)
  • 公共医療・医療サービス部門(Public Health and Health Services Division)
  • 栄養・薬・消費者安全部門(Nutrition、Medicines and Consumer Safety Division)
  • 環境安全部門(Environment and Safety Division)

参考資料
  1. RIVMホームページ:http://www.rivm.nl/English
  2. RIVM紹介パンフレット
  3. 情報:農と環境と医療 54号、12-13(2010)

コペンハーゲン大学
コペンハーゲン大学(Copenhagen University)は、デンマーク薬学大学、ロイヤル獣医・農業大学およびコペンハーゲン大学が2007年1月1日に統合され、北欧でもっとも大きい大学になった。研究の環境と科学的アプローチの多様性がこの大学の際だった特色であり、強みでもある。この大学には次の8学部がある。

健康科学部(Faculty of Health Science)、人文科学部(Faculty of Humanities)、法学部(Faculty of Law)、生命科学部(Faculty of Life Science)、薬学部(Faculty of Pharmaceutical Sciences)、理学部(Faculty of Science)、社会科学部(Faculty of Social Science)、神学部(Faculty of Theology)。

健康科学部は、北欧で最も大きい動物研究所を所蔵している。この学部は、国内外の研究グループのすべての教育とサービスのために、以下のような中核となる機関や研究室を監督している。遺伝子導入マウス・分子画像・実験動物の体全体へのX線照射・ガンマセル装置を含む実験医学科での実験的手術・行動障害・生物静力学・機能ゲノム研究のWilhelm Johannsenセンターでの生物情報工学・3D研究室・Rodent Metabolic Phenotypingセンター。

生命科学部には、長い伝統があり立派な研究が行われている。しかし、国際社会と歩調を合わせて新しい専門的な研究を探求する必要性を理解する分野でもある。ここでは、伝統的食物・農業・獣医科学分野が、ナノ技術・植物バイオ技術・再生産技術・生体臨床医学・化学療法学などの新しい分野や、生物情報学のような課題にまたがる分野や、さらには生命倫理・動物生態調査などの分野、とくに倫理的指向性のある分野と連動している。

参考資料
  1. コペンハーゲン大学ホームページ:http://research.ku.dk/
  2. 情報:農と環境と医療 54号、13-14 (2010)

メリーランド大学
農医連携(Agromedicine)とは、医学と農学の専門家が農家、農業者および消費者の健康と安全を促進するために協力・連携する分野である。メリーランドの農医連携プログラムは、環境汚染にさらされている農業者以外の住民をも対象にしている。このプログラムは、広く農薬に焦点をあて、健康管理を専門にワークショップや教育活動を行っている。またメリーランド大学を本拠として、農薬教育や評価プログラムなどの教育を行っている。協力団体は、郡や地域の普及教育者、学内普及専門家、医学・看護学の専門家、メリーランド毒物センター、メリーランド・デラウエア州地域健康教育センター(AHEC)およびメリーランド州農政部である。

メリーランド農医連携プログラムは、保健医療従事者や他の専門家にセミナーや教材を提供する。テーマは用語の定義、関連する法律や規則の簡単な批評、農薬の使用と汚染のパターン、農薬の潜在的な健康への影響、現在の農薬に関連する健康への概念や問題、汚染の歴史、農薬に関連した病気の診断と治療などである。セミナー参加者には、医療従事者のための農薬原論と農薬汚染の認識・管理に関する2冊のマニュアル本が提供される。現在のセミナーは看護学校、衛生学者、移民や季節労働者の治療をする医者のために提供されている。有害物質疾病登録機関(ATSDR)では、環境医学におけるケーススタディを扱っている。

参考資料
  1. 情報:農と環境と医療 55号、7-8(2010)

南カロライナ医科大学
農医連携プログラム(AP)は、南カロライナ医科大学(MUSC)の医における公衆衛生・公共サービス科の課題のひとつである。このプログラムは、1984年のClemson大学との連携に始まる。農業従事者や消費者である国民の健康と安全を改善するために、医学と農業を連携する革新的なアプローチとして、1986年にWKケロッグ財団によって創出された。国家的に新しい指導的なものと認識されている。APには、公共サービス・教育・調査の3つの分野がある。

  • 公共サービス:APは南カロライナの46地区のすべてに亘る。Clemson大学の協同拡張サービスと通常サービスプログラム機関は、日常的にクライアントを援助するためのAPを紹介する。APの教師とスタッフは、保健医療の専門家や一般の人に年間300件の相談を提供している。相談の範囲は、電話での問い合わせ、綿密な文献レビューの調査、全国的な専門家との協議、適切な機関や保健医療サービス提供者の紹介などさまざまである。農薬による農業現場や住居汚染が、相談件数の半分をこえている。他には、節足動物や蜘蛛の刺傷、食品の安全性、水質などの相談も頻繁にある。APは専門の文献、雑誌・新聞などのライブラリーであり、支援協議委員会に基づいてコンピュータ化された文献データーベースの役目も果たしている。
  • 教育:APは州全体の数千人に年間約50回の講義を提供している。講義内容の約60%は、農業者、農業関連産業従事者および市民団体向けである。残りの講義は、病院や医療専門家向け、南カロライナ医科大学の医療者や学生向けである。また、南カロライナ州全体の家庭プログラムの7つの教育サイトで、住民向けに配信される。南カロライナ医科大学では、医学生は1ヶ月選択科目としてAPを取得する。家庭医学を学ぶ住民は、労働環境プログラムで提供される必須の講義の一部として農医連携の訓練を受ける。講義に加えてAPに関わる教授とスタッフは、講義に加えてパンフレットやビデオテープ、医師のための自己学習論文、コンピュータ支援教育構成単位を含む数年にわたる広範囲な教材開発などを行った。またAPは、出版物を通じた教育も行っている。
  • 農医連携のニュースレター:Agromedicine Program Update が毎月発行され、州全体の農業と医療の専門家に配布されている。ニュースレターは農医連携に関する継続的な教育を提供し、APでの現在の開発に関する最新の情報を読者に提供している。他に、診断と管理に対する農業従事者のガイド(AG-MED: The Rural Practitioner's Guide to Agromedicine, Diagnosis and Management at Glance)を発刊している。
  • 調査:公共サービス相談を通して行われる個々の事情に即した調査に加えて、APは農医連携に関する調査を行っている。例えば、農薬汚染に関する疫学的研究やダニ媒介疾患、農民の死亡率パターン、農薬汚染に対する防護服、田舎のこどもや農家の家族のストレスによる騒音性難聴などを含む数年に及ぶ調査活動がある。調査結果は教育プログラムに組み込まれ、農業従事者や医療従事者に共有される。

参考資料
  1. 情報:農と環境と医療 55号、8-10(2010)

タイ
ワットポー伝統医学・マッサージ学院、ダムナンサドアック郡立病院(ラーチャンブリ県)、チャオ・プラヤー・アバイブベ病院(プラチンブリ県)、タイ国衛生省伝統・代替医療局主催「農業・環境・健康(農医連携)セミナー」、文部省特別教育局チョンブリ県職業訓練センターを訪問して、様々な情報を得たが、今回は直接タイの農医連携について、ダムナンサドアック市立病院(Damnoensaduak Hospital:ラーチャンブリ県)のスラット(Surat Lekutai)病院長と、タイ衛生省伝統・代替医療局最高顧問のプラポッチ(Prapoj Petrakard)医師にお話しいただく予定であった。スラット氏は農医連携への関心が高く、病棟の間に菜園を設け、自然農法で栽培した作物を患者に提供している。さらに、元気が回復した患者には、その農地で野菜を作ることを勧めている。

参考資料
  1. 各種パンフレット
  2. 情報:農と環境と医療 57号、15-21(2010)

土壌と健康 2.アースイーター:古代と近代の食土に関する見解(その1)
はじめに

この文章を読まれる誰もが、土壌を食べたことがある。とくに金銭的に豊かな人や先進国に住んでいる多くの人びとにとって、このことは驚きであろう。どんな人でも偶然に土壌を口にする。この無意識のうちに行われる土壌摂取は、例えば指に付着した細かい(通常250μm以下)土壌粒子を口に運ぶことに由来する。とくに4歳までの幼子は、ものの判別に口を使うので、このような現象が認められる。それはいわゆる「手から口への行動」と呼ばれている。専門家によれば、この行動は他の年齢の子供に比べて2~4歳ぐらいの幼児が多いという(Calabrese and Stanek 1994)。

食事の準備中や、あるいは野菜や他の食料品に付着したり、個人の衛生状態によったり、さらには土壌と接触する職業などさまざまな要因によって、無意識のうちにどれくらいの土壌が体に入るのだろうか。このようなかたちで摂取される土壌の量を把握するには、さらなる調査が必要であるが、いままでのデータによれば、幼児の摂取量は一日100mg以下の範囲である(Bind他 1986: Calabrese他 1997: Davis and Mirick 2006; Van Wijnen他 1990)。幼児の研究例に比べればデータが少ないが、大人の土壌摂取量は、職業や日々の生活形態で異なる(Davis and Mirick 2006)。10の摂取例のデータによると、大人の平均量摂取量は10mg/dayである(Staneck他 1997)。

意識的に土壌を摂取する人がいることを知ると、多くの人がかなり驚く。この習慣は、「食土:geophagy」または「土食症:geophagia」として知られている。言葉の出典は二つのギリシャ語、ge(地球)とphag(食べる)に由来する。 多くの場合、これは異食症すなわち異常な種類や量の物質を口から摂取する欲求症状として診断されている(Lacey 1990)。アメリカの有毒物質・疾病登録所局によると、この土壌異食症は日に約1000-5000mgの土壌を何度も摂取する(ASDR 2000)。しかし土壌を食べる多くの人びとは、これより多量の土壌を摂取している。

古代
初期の人類は土壌を食べていたようだが、最初に意図的に土壌を摂取したのは古代エジプトである。黄褐色オーカー(Ochre:粘土と鉄オキシ水酸化物の混合)が、病気に対する医学的治療薬として利用されていた(Carretero他 2006)。

ギリシャの哲学者ヒポクラテス(Hippocrates:460-377BC)は、食土について以下のように述べた最初の人として記録されている。「妊婦が土壌や木炭を渇望し、これを食べると子どもはこれらの結果としての兆候を現わす」(Woywodr and Kiss 2002)。ギリシャ人のアリストテレス(Aristotle:384-322BC)は、土壌は癒しや宗教的な目的で意図的に摂取されると記している。このように、ヒポクラテスとアリストテレスの影響と、それに続く数多くの書物により、ギリシャやローマの哲学者は食土についてよく認知していたと思われる。

ディオスコリデス(Pedanius Dioscorides)は「マテリアメディカ: De materia medica(約65AD)」という書物で、次のことを記述している。すなわち、シノップ(Sinop:黒海に近いトルコ共和国に位置)の赤い土壌はおそらく鉄酸化物が豊富な粘土で、肝臓の慢性的病気に処方され、サモス土壌(他の書物では、しばしばテラサミアと引用されるギリシャのサモス島に由来)は粘土鉱物のカオリンが豊富で、水から体内に摂取した種々の毒素と反応するために使われている(Riddle 1985)。

プリニウス(Gaius Plinius Secundus)は、77ADに百科事典を完成した。そこには、圧縮された形態のカオリナイトであるサモスの石は、生ビールを飲んだときに(飲むことで懸濁)胃の中和で消化を促進し、めまいを和らげ、こころの動揺を正常にするために使われる、と記載されている。

薬剤としての他の土壌について、シノップ粘土は1デナリウス(約4g)の摂取で月経が止まる、レムニアン(テラレムニアン)は嘔吐や喀血の場合、ビールを飲む分量を酢にいれて与える、脾臓と腎臓の障害や過度の月経にはビールの分量を与える、また毒ヘビのひと噛みに治療薬と同様に使う、それゆえ全ての解毒剤として使うことができる、などと記載されている(Rackham 1938)。

セルサス(Aulus Cornelius Celsus)もテラレミナについて、チベリウス(Tiberius)皇帝時代(14-37AD)に蓄積された彼の医学誌(De medicine)で語っている。そこでは、土食症の兆候として人間の皮膚の色(蒼白)について書かれている。「私は特別な種類の疾病にある指標となる兆候を伝える。黄疸にかかっていないとき顔色が悪い人は、頭痛に悩まされているか土食症である」(Spencer 1935)。そのように、土食症と貧血の間の関連は早い時期の文献に表れる。顔色が蒼いのはこの症状の指標になる。

鉄欠乏による貧血(IDA)は、次の理由で土食症と関係している:a)土壌はもともと鉄を吸着する機能があるため、摂取された土壌が胃腸への鉄吸収を阻害する、b)腸内寄生虫は、土壌の供給によって血液の鉄を失う、c)摂取した土壌は、食料としての鉄源に置き換わる効果がある(Moore and Sears 1994; Young 2007)。

ギリシャの哲学者ガレン(Galen 129-216AD)は、薬剤としてのレミアン土壌に大変興味があったので、その源泉であるレムノス島のHephaistias町近くの丘へ出かけ、土壌薬の錠剤がどのようにつくられるかを学んだ、と記録されている(Sweet 1935)。巫女は土壌と水を混ぜ、石を取り除き、空気が乾燥する前に軟らかい錠剤にし、癒しに関連するもののひとつである女神ディアナの印をつける(あるいは封印する)。レミアン土壌の商標をつけた錠剤は神聖と見なされ、約200年前でさえ広い地域にわたって評判が高く、商品価値があった。

産科医で小児科医であったAD2世紀のギリシャの医師ソラナス(Soranus)は、異食症に言及している。食土は妊娠に関連していて、通常受胎後約40日で開始され、一般的には約4ヶ月間持続する習慣がある(Temkin 1956)。この妊娠期間中に摂取される土壌は、習慣的に食されるものではない品目のひとつと認識されている。

アミダ(Amida:今ではディヤルバクルのトルコの都市)のアエチウス(Aetius)は、6世紀に産科に関する本を編集し、同様な所見を述べている。アエチウスは「約2ヶ月の妊婦は、現存している鳥のカササギ(何でも口にする)に由来する異食症とよばれる不調が現れる。女性は異なる物質、すなわち香辛料のきいたもの、塩っぽいもの、土壌、卵の殻、灰などを要求する」と書いている(Wegscheider, Woywodt and Kiss 2002)。

初期ビザンチン帝国時代にも、神聖な土地の土壌が超自然的な癒しの役割として利用されている(Vikan 1984)。粘土を含むそのような土壌は、粉末にされ生ビールのように消費されたり、粉末を練り粉にして体に塗り込んで使われる。

中世
土壌摂取に関して、中世に書かれた記録は比較的少ない。古代ペルシアの医者で哲学者のイブン・シーナー(Ibn Sina: 980-1037、欧米ではアビセンナ『Avicenna』として著名)は、土食症の治療には鉄剤が効果的であることに気づき、制御できない食土への欲求について解説している。このようなどうにもならないほどの欲求は、「死ぬまで見捨てられた」ものであり、不適切な土壌摂取の致命的な結果である。

中世ヨーロッパのこの時期には、婦人科と産科の両方の学問は助産学校によって広く行われており、Trotula of Salernoには妊娠中の土食症の治療が次のような文脈で解説されている:しかし、もし妊婦が陶土やチョークや石炭を欲しがったら、砂糖で調理した豆を与えること(Mason-Hohl、Woywodt and Kiss 2002に記述)。

ヨーロッパにおける14、15および16世紀のルネッサンスに関連する芸術・文学・学問の再生は、この期間の土食症に関する多くの報告書と丁度符合する。英語で書かれた最初の文献として知られているのは、ジェフリー・チョーサー(Geoffrey Chaucer, おそらく1343-1400)が14世紀の終わりに「赤土アルモニアカ」について言及したものである。それは淡い赤の薬効のある粘土で、アルメニアから輸入された。「Canon's Yeoman's Prologue and Tale」の中で食べ物や他の毒の解毒剤として使われた、と書かれている(Schmidt 1974)。

意図的な土壌摂取については、同じ時代の1398年にJohn Trevisaが、百科事典のような13世紀のラテン語の書物「De proprietatibus rerurn」(物の秩序について:1240~1250年の間に書かれた)を英語に訳した著書で言及している。それはBartholomaeus Anglicusによって書かれたもので、人は時として土壌のような有害な物質を要求するように食欲が変化することに気づいた(Parry-Jones and Parry-Jones 1992)。

ルネサンス時代に書かれた最初の薬の本では、terra sigillata(ラテン語のsigillum 、つまり封印)したレミニアン土壌に言及している。およそBC100年から効果のある有能な薬として使われている。土壌錠剤は、ガレンが訪問した時にダイアナの公印で押印されていたが、この薬剤の歴史を通して使われているさまざまな印が出現する(Thompson 1913;Nielsen 1974)。だからその源を識別するための商標をつくり、顧客の信頼を得る助けとした。錠剤は一年のうちたった一日しか作られなかった。

この製造業で作られたものは、これまででもっとも長きにわたる薬剤として知られている(Robertson 1986)。値段は高く維持された。それゆえ様々な価値ある有益な薬となる土壌は、ヨーロッパの国々で開発が進められた。都合のよいように偽造者は印を偽造した。テラシギレタの品種は、赤痢やペストを含む種々の病気や、解毒剤に使われたと記録されている。

Thompson(1913)は、これらの薬剤の医学的価値が計り知れないと結論を下したにもかかわらず、19世紀の中頃までに薬局から消失したと解説している。しかしながら、Black(1956)はレムニアン土壌を再評価した。すなわち、土壌成分はイオンを置換する性質があるので、金属中毒に対してこれらの薬剤は有効であることを明らかにした。

16、17、18世紀
16世紀まで多くの医者は、とくに年頃の少女や若い婦人を悩ますIDA(鉄欠乏性貧血)が明白な特徴を表すクロロシスについて書き始めた。Woywodt and Kiss(2002)は、この時代の前後に異食症を扱った多数の医学的論文を解読して、原因(精神的不調)と治療法(鉄サプリメント)と習慣の特質(妊娠に関連する欲求)を詳細に解明した。そのような情報に有益な考察を以下に補足する。

この点においては、医者であり司祭でもある後にケンブリッジ大学の副総長となるJohn Covelが、1677年のレムノスへの訪問でテラシギラタとその使い方である「優れた解毒作用」について説明している。すなわち解毒剤の解説である(Bent 1893)。コベルは、8月6日の日没の3時間後、ちょうどその日に採掘した土壌がきわめて神聖であると書いている。それを用いて稀なうえに有益な薬剤をつくる。

ちょうど2年前に島を訪れた船舶の司祭Henry Teongeは、土壌が「地球上のある特異な場所から一晩の内にやぶからぼうにどのようにやってきたか」を日記に記録している。それだから、この時期のある特別な日の日没のあとにその土壌が出土されたことが証明される(Teonge,Robertson 1986に記載)。

地球上を探索することも、実際の幅広い空間的な視点を念頭において食土を明らかにする結果となった。食土が1492年のコロンブスの新大陸の発見以前に行われていたことは、疑いようがない。1528年から1536年まで南アメリカを探索したAlvar Nunez Cabeza de Vacaは、土壌の摂取におぼれる部族について書いている。そこでは飢饉の時は空腹の苦しみを和らげるため、食べ物を甘く口当たりのいいものにするため、メスキート(Prosopis Juliflora:豆科の低木)の果実と土壌を混ぜる(Bandelier 1905)。

食土に関する南アメリカのもっとも古い記録は、1587年のポルトガルの開拓者Gabriel Soares de Sousaが記載している。そこでは、ブラジルのトゥピナンバ族で自殺をする部族について書いている。「嫌悪感に駆られたとき、死ぬと決心するほど悲嘆にくれたとき、彼らはひどく痩せて顔や目が膨らむまで毎日少し土壌を食べる。そして最終的に死ぬ(Laufer 1930)」。

しかし、食土はアメリカインディアンに限られたものではない。その習慣は、少なくとも18世紀のはじめまでのカロライナの白人の中でもみられた(Lawson 1709)。Marett(1936)は、おそらく食土の伝統がスペイン開拓者によって南アメリカからもたらされたと解説している。

Hunter(1973)もまた、食土文化がアフリカからもたらされたと書いている。新大陸へ移動した奴隷は、胃腸の痛みを軽くするために粘土を摂取した。また、彼らは食土が回虫とも関連していたうえ、妊娠中は栄養素の供給のために役立つという伝統的・文化的な理由などから粘土を食べる習慣を続けた。

さらにHaller(1972)は、植民地の奴隷の子どもたちの間に食土を模倣する習慣が広がったことの重要性を書き留めている。しかし一方では、貧しい食事の胃を満たすか、消化不良を整えるため「土壌による吸収」を要求するためでもあった。 また奴隷は、死ぬと魂がアフリカの故郷に戻ると信じていたので、自殺するための共通な方法として過剰に土壌を食べた。・・・・この項つづく

本の紹介 60:メディカルエッセイ集:バビンスキーと竹串、渡辺 良著、かまくら春秋社(2010)
本書は、北里研究所の石館武夫理事の友人である渡辺医師によって書かれたエッセイである。著者は大学を卒業後、はじめの五年間は精神病院の精神科医として、ついで総合病院の神経内科医として、さらにこの十年間は横浜で働いてきたマルチチャンネルの町医者である。神経学を勉強していた頃には、家族ともども英国に留学した国際人でもある。この間に書かれた文章をメディカルエッセイ集としてまとめたのが本書である。

医者でなければ「バビンスキーと竹串」などという題名が、一体何のことなのであるか皆目分からない。無知な筆者などは、本の題名を見たとき焼き鳥の一種が串刺しにでもなっているのかと思ったほどである。読み進むうちに、この表題のエッセイに出くわした。バビンスキーとはこうなのである。

数ある有名な神経徴候にバビンスキー徴候がある。錐体路(運動神経線維ニューロンの遠心性経路で延髄の錐体を通る経路のこと。随意運動の指令を伝える)の障害を意味するとされるこの徴候は、古典的でありながら病態や意味づけなどは未だに議論が残されている。

この徴候の有無をしらべるのに、鍵の先を使い足のうらをこするという。著者の学んだイギリスの病棟では、竹串のような細い棒をこれに使う。著者は帰国後、焼き鳥用の竹串を使った。好都合なことに、この竹串の鋭端はスクリーニングとして感覚検査の痛覚をしらべるのに十分な鋭さをもっている。かくして病棟回診をする著者は、白衣の胸ポケットにこれを差し込んで院内を歩く。焼き鳥とまるで関係ないわけではなかったので、この項を書いている筆者はほっとした。

さて、エッセイの中から心に残った文章を断片的に掲載することで、この本の紹介としたい。「老いた身体の中こころが徐々に閉じ込められていくかのような人生の終末期に会って、その極度に制限された空間のなかで彼女は実は驚くほど主体的に生きているのではないか」「『彼は死んだのではない・・・・・彼は生きてしまった・・・彼は生き終えたのだ』というモンテーニュが引用したローマ人の言葉を思い出す」。

「対話を通して患者の苦しんでいる精神内界に近づこうと努力し、そこで把握した患者の世界を背景にしながら精神症状を考えるという地味な作業がおろそかにされている」「『生き方』にはどんな人にも、じぶんだけの固有な生の歴史(物語)がある。とすれば、その歴史の中に位置づけられるその生き方の選択はどのようなものでもあっても尊重されるべきであろう。その人独自の物語のなかに独自の選択がある。それを他と比較することはできない」。

「音楽で動揺を押さえる医者、患者の心を発酵させ患者をみずから落ちつかせる医者」「病気にはたくさん種類があるように健康にも種類がある」「医師は何よりもまず患者の苦しみに触れる。そしてその場から立ち去りかたい『何か』を受け取る」「老衰医学の進歩は、かえって人間にとっての『自然』とは何かをわからなくさせてしまった」。

「『いかがですか』という質問がどれほど多くのことを提供してくるか。聴く耳をもつこと。そしてこころをオープンにしておくこと」「幽体離脱で世話になった会社にあいさつしていったというみかたをする医者」「隙間医療の必要性を『眼を診ることは出来ない医者』と『眼だけは診ることが出来る医者』」で解説する。

「『認知症』でなく『認知症の人』で、認知症は治らない。しかし、治らないことで別次元の生の地平が開かれてくることである」「人のかかる風邪は大同小異、しかし風邪にかかる人は皆ちがう。これを語りながらdisease(疾患)とillness(病)を解説」「『せんせい、わたしおくれているんです』の死。フェリーニの「道」のジェルソミーナーに重なっている」「たましいのゆらぎのようなことばにできない何かに包まれながら、わたしは冬の暮れ方の路地を去った」などなど。

最後に一言。農医連携の仕事に携われて幸せだった。こんな本を紹介してくれる人に会えた。そして、こんな豊かな思いを持つ医者のエッセイを読む機会に巡り合った。これは、医者が患者に向かう態度はもとより、人間が人間に向かう態度でもあるのだ。

本の紹介 61:昭和農業技術史への証言 第八集、西尾敏彦編、昭和農業技術研究会編、農文協、人間選書 272(2010)
現代農業技術が成立していく過程を、人物中心に描いてきた「証言」の第八集が発刊された。編者は昭和31年に農林省に入省し、四国農業試験場、九州農業試験場、熱帯農業研究センターなどで水稲やテンサイなどの研究に従事し、その後、本省の農林水産技術会議事務局で振興課長、首席研究管理官、局長など研究管理を歴任した経験豊かで幅広い学識を有する元研究者である。なお、筆者は編者が首席研究管理官で人事を担当しているとき、その下で研究調査官として2年間も懇切丁寧な指導を受けたことがある。研究ではなく、研究管理についてである。

第一集は、稲作に関する多収技術や直播栽培などの研究者5人が、先駆者の研究の足跡を証言したものでる。第二集は、バイオ研究の土台を築いた5人の研究者が、バイオ野菜「ハクラン」を創出するまでの苦闘が語られる。第三集は、農業に「節」を見出し、新たな農業の躍進に貢献した5人の研究者の物語である。第四集は、畜産、動物衛生、昆虫および植物ホルモン分野の5人の証言である。第四集は、すでにこの情報の「本の紹介 14」 (https://www.kitasato-u.ac.jp/jp/noui/spread/newsletter/no11-20/noui_no11.html#p08) でも紹介した。第五集は、新渡戸稲造や横井時敬ら先人の業績、害虫学の先駆者中川久知、近代農学の創始者田中芳男の評伝が掲載されている。第六集は、リンゴやイネ品種、ペチュニアなどの育成で大きな成果を挙げた人びとの成功秘話が語られる。第七集は、稲作躍進の基礎研究を推進した片山佃、武田友四郎、竹内徹夫ら5人の研究者の証言である。

さて今回の第八集は、新薬スタチンの発見、ウンカ類の防除技術、害虫の総合防除、クローン牛生産、エイズによく似た馬伝染性貧血に関わる5人の研究者の証言である。第1話は遠藤章氏による「自然からの贈りもの:新薬スタチンの発見‐コレステロールに挑む‐」である。世界ではじめてコレステロール低下剤スタチンを開発し、日本国際賞、ラスカー賞など数々の国際賞に輝いた。米の青カビからスタチンを開発するまでの物語である。農医連携の情報にふさわしい内容である。

ここに紹介されるコンパクチンの発見とコンパクチン同族体の発見の歴史は、読者をわくわくさせる。コンパクチンを元祖とするスタチンが、脳梗塞、アルツハイマー病、骨粗しょう症、一部のガンに効くという調査結果がある。これが「軌跡の薬」「万能薬」と呼ばれる所以なのであろう。この仕事は、ノーベル賞に匹敵するものではなかろうか。

第2話は岸本良一氏による「ウンカ類の長距離飛来説の確立と防除技術の進展」である。享保の大飢餓の原因ともされた稲作の大害虫、ウンカはその生態が謎に包まれていた。国内越冬説と海外飛来説があった。岸本氏はその謎を解く。梅雨前線に沿って吹く南西風の下層ジェット気流に運ばれ中国南部から日本列島に飛来するのである。島国に閉塞しがちな日本の研究者としては珍しく、グローバルな思考のできる研究者なのである。

第3話は桐谷圭治氏による「害虫の総合防除とともに歩んで」である。氏は農薬・天敵・生態防除を組み合わせた総合的害虫管理(IPM: Integrated Pest Management)を提唱し、今日の減農薬時代の未知を開拓した。ここでは彼自身の研究史が語られる。今ではIPMをさらに進めて、総合的生物多様性管理(IBM: Integrated Biodiversity Management)を提唱している。

第4話は花田章氏による「家畜の人工授精からクローン牛生産まで‐世界初のウシ体外受精技術開発までの道のり‐」である。最近では、人工授精から人工妊娠・体外受精、さらにクローン動物の生産のプロセスは、畜産分野にとどまらない。ここでは、この研究分野のしのぎを削る最前線の様子がよくわかる。環境に耐え抜いた日本人の強い研究心が思われる。

第5話は中島英男氏による「エイズによく似た馬伝染性貧血」である。かつて馬伝染性貧血は世界的な難病であった。中島氏は世界ではじめてこの難病の病原ウイルスを電子顕微鏡下で特定し、その診断法を確立した。ここで語られるのは、その研究の思い出である。

本の紹介 62:三陸海岸大津波、吉村 昭著、文春文庫(2004)
今回の東北地方太平洋沖地震被災地の皆様には心よりお見舞い申し上げます。日本に津波が来る限り、読み継がれていかなければならない本を紹介する。司馬遼太郎と双璧をなすと評価されている歴史小説家の吉村 昭の作品「三陸海岸大津波」は、明治29年、昭和8年、昭和35年の三度にわたる東北の沿岸部を襲った大津波に関する密度の高い記録文学である。

本書を読めば、はたして「想定外の天災」という言葉が吐けるのかという疑問が湧く。記録を残すこと、歴史を学ぶことがいかに重要であるかを本書は教えてくれる。著者の事実への執念が心を打つ。著者の別の小説「熊嵐」を読んだときと同じ感想、すなわち徹底的なリアリズムこそが真実を明らかにする。

本誌を紹介する枚数が少ないので、簡単な事実だけを記載する。明治に入ってからの大きな津波、明治29年(1896)津波、昭和8年(1933)津波、昭和35年(1960)チリ地震津波、平成23年(2011)津波の四大津波は、37、27、および51年の間隔で発生している。今回のこの地域の津波としては、実に久しいものであった。一読されることをお勧めする。

言葉の散策 33:徳富健次郎(蘆花)の農
語源を訪ねる 語意の真実を知る 語義の変化を認めるそして 言葉の豊かさを感じ これを守る

徳富健次郎(蘆花)は、昭和13年に岩波書店から「みみずのたはごと」を出版した。「ひとりごと」という節の項に「農」がある。ここで、文学者が土と体は一体であることを解説している。一部を原文のまま紹介し、農医連携の表現に資する。

○ 土の上に生まれ、土の生むものを食うて生き、而して死んで土になる。我等は畢竟土の化物である。土の化物に一番適當した仕事は、土に働くことであらねばならぬ。あらゆる生活の方法の中、尤もよきものを撰み得た者は農である。

○ 農は神の直参である。自然の懐に、自然の支配の下に、自然をたすけて働く彼等は、人間化した自然である。神を地主とすれば、彼等は神の小作人である。主宰を神とすれば、彼等は神の直轄の下に住む天領の民である。

○ 農は人生生活のアルファにしてオメガである。ナイル、ユウフラテスの畔に、木片で土を掘って、野生の穀を蒔いて居た原始的農の代から、精巧な機器を用いて大仕掛にやる米国式大農の今日まで、世界は眼まぐるしい変遷を閲(けん)した。然しながら土は依然として土である。・・・・農の命は土の命である。諸君は土を滅ぼすことは出来ない。・・・・

○ 大なる哉土の徳。如何なる不浄も容れざるなく、如何なる罪人も養はざるは無い。如何なる低能の人間も、爾の懐に生活を見出すことが出来る。如何なる数奇の将軍も、爾の懐に不平を葬ることが出来る。如何なる不遇の詩人も、爾の懐に憂を遣ることが出来る。あらゆる放蕩を為尽して行き処なき蕩児も、爾の懐に帰って安息を見出すことが出来る。

○ 農程呑気らしく、のろまに見える者は無い。彼の顔は沢山の空間と時間を有つて居る。・・・・所詮「神の愚は人よりも敏し」と云う語あるを忘れてはならぬ。

○ 農と女は共通性を有つて居る。彼美的百姓は曾て都の美しい娘達の学問する学校で、「女は土である」と演説して、娘達の大抗議的笑を博した事がある。然し乾(けん)を父と称し、坤(こん)を母と称す、Mother Earth なぞ云って、一切を包容し、忍受し、生育する土と女性の間には、深い意味の連絡がある。土と女の連絡は、土に働く土の精なる農と女の連絡である。農の弱味は女の弱味である。女の弱味は農の弱味である。蹂躙されるようで実は搭載し、常に負ける様で永久に勝つて行く大なる土の性を彼等は共に具えて居る。

○ 農程臆病なものは無い。農程無抵抗主義なものは無い。権力の前には彼等は頭が上がらない。・・・・農は従順である。土の従順なるが如く従順である。・・・・農の怒りは最後まで耐えられる。一たび発すれば、其れ地盤の振動である。何ものか振動する大地の上に立てようぞ?

○ 農家に付きものは不潔である。だらしがないのが、農家の病である。然し欠点は常に裏から見た長所である。土と水が一切の汚物を受け入れなかつたら、世界の汚物は何処へ往くであらうか。土が清潔になったら、不潔は如何なることであらうか。土の土たるは、不潔を排斥して自己の潔を保つでなく、不潔を包容し浄化して生命の温床たるにある。

○ 土なるかな。農なるかな。地に人の子の住まん限り、農に人の子にとつて最も自然且つ尊貴な生活の方法で、且其救であらねばならぬ。

*本情報誌の無断転用はお断りします。
北里大学学長通信
情報:農と環境と医療61号
編集・発行 北里大学学長室
発行日 2011年5月1日