北里大学

北里大学農医連携教育研究センター

65号

情報:農と環境と医療65号

2012/1/1
新しい年を迎えて:平成24(2012)年元旦
新年あけましておめでとうございます。皆様の暖かいご支援のもとに、北里大学学長室通信「情報:農と環境と医療」は65号を迎えることができました。この通信は、環境を通した農と医の連携を新たな学域とするため、平成17(2005)年5月から毎月あるいは隔月発刊してきました。すでに6年と7ヶ月という歳月が流れたことになります。

この間、環境を通した農医連携の科学に関わる情報を様々な形で提供してきました。主な情報はこの「情報:農と環境と医療」で、冊子と北里大学ホームページで見ることができます。他は農医連携シンポジウムの開催で、ホームページでオンデマンドで見ることができます。その内容は、さらに北里大学農医連携学術叢書「第1号:農・環境・医療の連携を求めて」「第2号:代替医療と代替農業の連携を求めて‐現代社会における食・環境・健康‐」「第3号:鳥インフルエンザ‐農と環境と医療の視点から‐」「第4号:農と環境と健康に及ぼすカドミウムとヒ素の影響」「第5号:地球温暖化‐農と環境と健康に及ぼす影響評価とその対策・適応技術‐」「第6号:食の安全と予防医学」「第7号:Agriculture-Environment-Medicine」「第8号:動物と人が共存する健康な社会」「第9号:農と環境と医の連携を求めて‐本の紹介55選・言葉の散策30選‐」と題して養賢堂から刊行してきました。

昨年の3月11日、三陸沖を震源とした大地震が発生しました。この地震の規模を示すマグニチュード9.0という数字は、日本の観測史上最大のものでした。この地震に伴って想像を絶する津波が発生し、東日本に大震災をもたらしました。この震災の一部については、「情報:農と環境と医療 62号(2011/7/1)」の「破壊・絆・甦生:東日本大震災‐小さな体験から‐」と「地震による津波の歴史」に情報を提供しました。

地震と海底火山などに伴う津波という自然の変動は、新たな環境を作り出します。その環境変動に伴って、農業生産と人の健康は大きな影響を受けます。環境を通した農医連携の必要性は、今回の大震災でさらに明確になってきました。環境を通した農医連携の科学の必要性がさらに強調できるのは、地震と津波に伴う東京電力(この言葉の記述を忘れてはならない)福島第一原子力発電所による放射能汚染の拡大です。これによって、大気、土壌、河川、農作物、家畜などが汚染され、人びとの健康への影響が懸念されています。そのことは今も続き、一方では住民の避難が転居に変わっているところもあります。これらの事象をみていると、環境を通した農医連携の科学の必要性が強調されても、され過ぎることはない。

この未曾有(今の世代が経験したことがないという限定した意味)ともいえる出来事は、後世の人びとのために記録として残しておかなければなりません。東日本大震災における北里大学の体験が少しでも未来に生きる人びとのための役に立てればと思い、震災1年後の今年の3月を目標に「北里大学農医連携学術叢書 第10号:東日本大震災の記録‐破壊・絆・甦生‐」を刊行するため鋭意努力を続けています。この本の刊行は、新年の目標の一つにしています。

さて、長州に生を得た吉田松陰の『講孟余話』は、多くの日本人が高く評価している書です。筆者は松陰と同じ山口県萩市に生を得たので、子どもの頃から『講孟余話』はすばらしい書だと言い聞かされてきました。

松陰は『講孟余話』のなかに「是亦(則)故而已矣の意なり=これまた故に則るのみ」という言葉を残しています。過去の書を読み、古人の仕事を学び、自分の志を励ますことの重要性を説いています。松陰は、それに類似した言葉を数多く残しています。例えば、「志を立ててもって万事の源となす 書を読みて聖賢の訓を考がう」「冊子を披繙(ひはん)すれば嘉言(かげん)林の如く躍々として人に迫る 顧(おも)うに人読まず 即し読むとも行わず 苟(まこと)に読みて之を行わば 即ち千万世と雖も得て尽くすべからず」など。

新しい年を迎えての志として、松陰の言う歴史の故事や偉人の振るまいに学ばねばならないと思います。抽象的な世界観でなく、環境や歴史が示した具体的な現象のなかで。となると、新しい年を迎えて学ぶことは、なんといっても昨年の東日本大震災をおいて他にないでしょう。われわれは大震災から学ぶと同時に、新しく来る人びとに少しでも多くの情報を残しておくことが必要ということにもなります。冊子を刊行することの意味が、ここにあります。

そこで、震災の現実を情報として残した例を紹介しましょう。大正12(1923)年9月1日の正午に起きた関東大震災は、地震で生じた火災によって東京の市街地の大半を焼き、首都圏で約10万人の死者を出しました。東京・銀座にあった実業之日本社の本社は、この地震で全焼しました。しかし驚くことに、震災からわずか34日後、この会社は「少女の友」10月号として「震災画報哀話号」の発行にこぎつけました。カラーの表紙には、震災の恐怖におののく少女の背景に火災を逃げ惑う人びとや、瓦礫と化した建物が描かれています。

本社が壊滅したので、岩下小葉編集長宅などで編集作業を行い「哀話号」は発行できたそうです。内容は、岩下氏の本社を脱出してからのおぞましい体験記、九死に一生を得た少女の実体験、家族を亡くした少女が絶望のあまり川に飛び込もうとしたとき、警察官に「だれが先祖・父母をまつるのか」と引き留められて生きる決心をした気丈な少女の話など、悲惨な話で満ちているといいます。

生々しい貴重な証言が満載されているこの雑誌は「奇跡の雑誌」であると、東京大学地震研究所の都司嘉宣准教授は産経新聞の「温故地震」の「関東大震災(1923)」で語っています。生死の境に遭遇しているまさに修羅場で、このような立派な本を、それも短期間で完成させた明治・大正の日本人に感服します。

震災地では復興に向けてさまざまな作業が進んでいます。復興対策本部ができて金が配分され、被災地が甦生するわけではありません。必要なことは、どのような災害で、どういう復旧への軌跡があったのかという事実を、今の人びとや後世の人びとが認識することです。そのためには、今の子どもや、これから生まれる人たちへの記録を残さなければなりません。震災にむけた新しい教科書だって必要でしょう。ラフカディオ・ハーンの「生き神」、寺田寅彦の「天災と国防」「津波と人間」「流言飛語」、吉村昭の「三陸海岸大津波」「関東大震災」などは、そのことを教えてくれます。

われわれが刊行する冊子は、それらに比べると稚拙な情報と内容であるかもしれません。しかし、被災地からの学生・教職員の撤退、教育の再開、さらには教育のための学舎の建築など、破壊・絆・甦生の姿を時系列に沿って正確に記録した姿に特徴があると思っています。

この冊子の記録が、今後いつ起こるかわからない震災・津波、またそれに伴う大学教育・研究の再建に何らかのお役にたてれば、幸いです。東日本大震災の復興が少しでも早く進み、再び舒明天皇の詠まれたような日本の姿が復元されることを新年にあたり祈念します。

大和には 群山あれど とりよろふ 天の香具山 登り立ち 国見をすれば 
国原は 煙立ち立つ 海原は 鴎立ち立つ 
美し国そ 蜻蛉島 大和の国は ‐万葉集:舒明天皇‐

関東大震災と北里柴三郎
吉村昭の「関東大震災」の目次は「大地震は六十年ごとに起こる」から始まる。その中で次のような会話がある。

「たしかに統計的にも、六十年を一周期として大地震が起こっているという事実はあります。六十年前には、安政元(1854)年に伊勢、大和、伊賀を中心に大地震が起こり、翌年には江戸大地震が発生している。さらにその六十年以前には、天明二年、翌三年、つづいて寛政四(1792)年、同五年、同六年と江戸に大地震が集中し、浅間山も大噴火している・・・・」。大正四(1915)年十一月十二日午前三時三十一分三十二秒に強震が起こってから五日後の午前八時五十一分の地震とそれにつづく余震まで、計六十五回という異常な数の地震が記録された年に、記者が東京帝国大学地震学教室の助教授今村明恒理学博士に問いかけた内容である。

大正十二(1923)年九月一日午前十一時五十八分四十四秒、中央気象台と東大地震学教室の地震計の針が、突然動きはじめた。動きが緩慢だったのは五秒ほどで、針はにわかに急激な動きを示し、十五、六秒後には激烈に高まった。その瞬間、地震計の針が一本残らず飛び散り、すべての地震計が破壊してしまった。これが、上述した大正四年に異常な地震の後に起こった大正十二年九月関東大震災の始まりだったのである。

大震災の約一年後の大正十三年十一月、恩賜財団済生会は、驚異的な早さと正確さで372ページに及ぶ「大震火災臨時救療誌」を刊行している。第一編「序説」では、「関東大震火災被害の概況」を取り上げ、罹災世帯、同人口、居住、衛生、医療機関、通信交通機関などの概況を調査している。第二編「臨時救療事業総説竝中央機関の活動」では、罹災時及其直後の状況、臨時救療事業の発議及其審議、臨時救療施設、救療作業の実施、皇室の恩眷及外部の援助、会計、救療成績、臨時事業整理などの内容を解説している。第三編「各診療機関の活動」では、臨時赤羽病院、臨時麹町病院、臨時下谷病院、臨時信濃町病院、臨時芝病院、臨時駿河台産院、臨時三河島産院、臨時赤羽乳児院、東京市内臨時診療所、臨時巡回診療班、臨時診療班、臨時巡回看護班、東京府委託救療事業、臨時横浜病院及同院所属七診療班、臨時東神奈川病院、臨時小田原病院、臨時浦賀診療所、千葉県下両診療所などで行われた詳細な実態が報告されている。

この大震火災の中で医務主管として役員や評議員などで活躍した北里柴三郎の姿が、第二編の「臨時救療事業の発議及其審議」の章の中に読み取ることができる。また、第三編の「臨時駿河台産院」の章の「皇后陛下の行啓」の項では、大正十二年十一月十九日の皇后陛下の産院行啓に対して、北里医務主管も奉迎に参加したことが分かる。さらに、閑院宮大望載仁親王殿下が大正十二年九月十八日に臨時赤羽病院を訪問され、震災被害の実状を視察され、患者を慰問されたときに同行した北里柴三郎の姿が写真に残っている。

その他、創立二十五周年記念出版恩賜財団済生会志にも、「天災地変の臨時救護」の項でも閑院宮大望載仁親王殿下の行啓の写真が掲載されており、その中に北里柴三郎の姿を視ることができる。他の資料にも大正の大震火災における北里柴三郎の活躍が散見される。

東日本大震災にあたり、関東大震災で国のために活躍したであろう学祖北里柴三郎の姿を回顧し、明日の糧にしたい。

なお、以下に示した参考資料の一部は、北里柴三郎記念室の森孝之氏および北里大学名誉教授檀原宏文氏から提供いただいた。記して謝意を表する。

参考資料
  1. 吉村 昭:関東大震災、文春文庫(2004)
  2. 大震火災臨時救療誌:恩賜財団済生会、恩賜財団著作・発行、大正13年(1924)
  3. 北里大学ホームページ:https://www.kitasato.ac.jp/kinen-shitsu/index.html
  4. 恩賜財団済生会志:創立二十五周年記念出版、恩賜財団済生会編纂、昭和12年(1937)
  5. 慶應義塾大学医学部10周年記念誌:昭和2年(1927)
  6. 恩賜財団済生会70年誌:昭和57年(1982)

農医連携を心した人びと: 9.ルドルフ・シュタイナー;オーストリア帝国(1861-1925)
ルドルフ・シュタイナー(Rudolf Steiner)は、現在のクロアチア(オーストリア帝国、オーストリア・ハンガリー帝国)出身の神秘思想家で、アントロポゾフィー(人智学)の創始者である。ウイーン工科大学で、自然科学・数学・哲学を学んだ。人間を身体・心魂・精神の存在としてとらえる独自の科学である人智学を樹立した。

現在シュタイナーの精神科学は学問の領域を越え、世界各地に広がっている。シュタイナー教育運動をはじめ、治療教育・医学・農学・芸術・建築・社会論などのさまざまな社会的実践の場で、実り豊かな展開を示している。なかでも教育の分野では、シュタイナー学校が世界中で展開されている。2010年4月現在、日本の文部科学省に認可されている学校法人は、シュタイナー学園初等部・中等部(神奈川県相模原市)と北海道シュタイナー学園(いずみの学校)(北海道虻田郡豊浦町)がある。

シュタイナーは20代でゲーテ研究者として世間の注目を浴びた。1900年代からは神秘的な結社である神智学協会に所属し、ドイツ支部を任され、一転して物質世界を超えた"超感覚的"世界に関する深遠な事柄を語るようになった。神智学協会幹部との方向性の違いにより1912年に同協会を脱退し、自ら「アントロポゾフィー協会(人智学協会)」を設立した。人智学という独自の世界観に基づいてヨーロッパ各地で行った講義は生涯6千回に及び、多くの人々に影響を与えたという。

シュタイナーの仕事を医学の視点から眺めてみよう。彼は医師や薬剤師、医学生などを前に自らの霊学に基づく医学に関する講演を多く行った。また医師たちの診療に同行し、助言を与えたりした。その結果、オランダの女医イタ・ヴェーグマン博士の主導で、「臨床医療研究所」や製薬施設が作られた。シュタイナーが示した治療法や薬剤に関する示唆は多くの医師の関心を呼び、研究が行われ、様々な国で薬剤が生産されるようになった。その一つが現在、シュタイナーの理念に基づいて、自然の原料のみを使った化粧品や食品を製造している会社「Weleda」(ヴェレダ)である。

農業ではバイオダイナミック農法を提案した。これは、天体から地球上の生命に影響を及ぼしている宇宙的な生態系の原理に従い、土壌、鉱物、植物、動物などの全体的関連を考慮する農法である。この農法は、有機体としての農場とその周辺におけるさまざまな要素、すなわち作物、耕作地、草地、森林、家畜、調合剤、肥料などの関連性を調整し、要素間の適正なバランスをつくりだすことを重視している。

シュタイナーが農医連携を心した人物である原点は、以下の考え方にある。人間が生きるには食料が必要である。そのために農業がある。そこで、まず「農業の基礎として私たちは大地をもっている」という事実に目を向ける立場から出発している。そのためには農業を成り立たせる大地を観察し、地球の外部からこの大地に働きかけてくる諸力を観察する必要がある。

なぜなら、太陽光線・熱およびこれらと気象学的に関連を持つすべてのものが、植物を生産する大地の形成と特定の関連を持っているからである。すなわち、大地から成長する植物は、天体全体を含めて宇宙総体が関与している。その食物を食べ健康を維持する人間の生活を巡るすべての問題は、どの面あるいはどの点を取っても、農業と関連づけられる。すなわち、大地と関係づけられる。人間は大地の生み出すものによって生きていく他はないのだから、人間の生命そのものが肉体的にも精神的にも霊的にも、生命体を作る基となる大地の成分に影響される。

土壌、作物および人体のなかで、炭素、窒素、ケイ素、硫黄、リン、酸素、水素、カルシウムなどの構成成分がどのような働きをしているかを元素別に説明するが、きわめて難解である。窒素、硫黄およびリンが精神や霊的な問題に大きく影響するという解説は、とくに難解で理解しにくいが、自然界におけるこれらの三元素が物質循環に果たす役割がきわめて大きい点では何かしらうなずける点もある。

このような視点から、地球的な次元だけでなく天体の動きなど宇宙との関係に基づいた「農業暦」にしたがって、種まきや収穫などを行い自然と調和した農業、「バイオダイナミック農法」(ビオダイナミック、ビオディナミとも、BIO-DYNAMIC)を提唱した。この農法は、ヨーロッパをはじめ世界各国で研究・実践されている。シュタイナーの農業理念に基づいて設立されたドイツ最古の認証機関であるデメター(demeter)は有機農法の連盟の中でも代表的な団体である。厳格な検査によって、バイオダイナミック農法の商標の認証を行っている。日本では1985年に千葉県(現在は熊本県)の農場で「ぽっこわぱ耕文舎」が日本で初めて「バイオダイナミック農法」を始めた。

シュタイナーは、社会構造の成長や教育理念の面などと共に、農業の発達に関しても、今日かかえる諸問題をすでに1920年代にきわめて的確に把握し、対策を提案した開拓者といえる人物である。今では生産者や消費者が、農薬や化学肥料を使用しない有機農業や自然農法を推奨し、環境や人に安全な作物を手に入れている。シュタイナーの見通しの良さは、農医連携を心した人物としてここに紹介する価値は大きいであろう。

参考資料
  1. 健康と食事:ルドルフ・シュタイナー著、西川隆範訳、イザラ書房(1992)
  2. 病気と治療:ルドルフ・シュタイナー著、西川隆範訳、イザラ書房(1992)
  3. 農業講座 農業を豊かにするための精神科学的な基礎、ルドルフ・シュタイナー著、新田義之訳、イザラ書房(2000)
  4. ウィキペディア フリー百科事典

農医連携を心した人びと:10.岡田茂吉(1882-1955)
岡田茂吉は、日本が西洋の思想や科学技術を取り入れ近代国家へと生まれ変わろうとする1882(明治15)年に東京で生まれた。19世紀末から20世紀半ばの世界的な動乱期にあって、必ずしも物質的な反映が人類の幸福に結びつかない現実を認識した岡田は、文明の本来あるべき姿を大自然の中に見出し、人類が直面している問題の基本的な原因とその将来を知るに至る。それは「真・善・美」が高度に調和した新しい文明の時代が到来するという知であった。

実践の世界では、「自然農法・自然食」を提案した。土壌を生命体ととらえ、作物生産の基本を土壌の性能を高めることにおいた。土壌から永続的に作物を生産するためには、土壌が持つ生命体をつくり出すための調和力を発揮させ、MOA自然農法を創始した。このセンターは自然そのものを尊重し、自然の持つ摂理を規範とし、自然農法を普及している財団法人である。自然農法の原理は、生きている土壌の偉大な能力を発揮させ、健全な食料を得ることにある。

すなわち、土壌が本来もつ生育力を高めるために、化学肥料や農薬という自然に反する化学物質を用いず、土壌を清浄化させ、生命を育む自然力を高めることによって、自然の摂理に適った生産方法を確立した。このことは、ひとり農業生産の分野に止まらず、土壌・大気・水質の汚染防止や地球環境の保全にも有効な手段となった。

こうして生産された農産物、またこれを原料に化学物質を用いないで生産・製造された食品を摂取することで、人間は生命を維持するに止まらず、さらなる健康へと導かれる。これは単に安全な食物を摂取するという物理的な課題のみならず、精神を含めた生命力の増進にも繋がるとした。この考え方のもとに、作物の生産と食の視点から財団法人自然農法国際研究開発センターから「MOA自然農法ガイドライン」と「MOA加工食品ガイドライン」が制定され、生産・流通・消費が一体となった活動が進められている。

以上の考え方や実践が農医連携を心した人物や事業にふさわしいことと、それが今なお実践されている事例としてここに掲げた。さらに、この研究所の有機農業実証展示圃場の農場と同じ敷地に奥熱海クリニックがあって、自然農法で生産された食物をクリニックの患者に提供している。まさに農医連携の実践の現場がここにある。

参考資料
  1. 岡田茂吉の世界‐美の文明を求めて‐:MOAインターナショナル(1997)
  2. 佐久間哲也:現代医療からみた農医連携の必要性、第8回北里大学農医連携シンポジウム
    ‐農医連携の現場:アメリカ・タイ・日本の例‐、57-63(2011)
  3. 無肥料・無農薬のMOA自然農法:(財)自然農法国際研究開発センター技術研究部編、農文協(1987)
農医連携を心した人びと:11.アンドルー・ワイル;アメリカ(1942-現在)
アンドルー・ワイルは1942年アメリカのフィラデルフィアで生まれた。ハーバード大学医学校卒業後、国立精神衛生研究所の研究員、ハーバード大学植物学博物館の民族精神薬理学研究員などに勤務した。また、国際情勢研究所の研究員として北米・南米・アジア・アフリカなどに出かけ、伝統医学やシャーマニズムの現場を研究して歩いた。

その実践的研究から、代替医療・薬用植物・変性意識(瞑想、トランス状態)・治癒論の第一人者となる。アリゾナ大学統合医学プログラム理事。アリゾナ大学教授。世界各地の伝統医療と西洋近代医学を統合する「統合医療」の世界的権威である。統合医療医学博士の称号を持つ。『医食同源』『人はなぜ治るのか』『癒す心、治る力』『心身自在』など世界的なベストセラーの著者でもある。

彼の持つ経験と叡智は、医療の分野に止まらず、広く地球生命圏ガイアの「心」を知る上で、深い示唆を与えてくれる。今はアリゾナの砂漠地帯に住む傍ら、カナダのブリティッシュコロンビア州の小さな島で、ガイアの「心」に沿った理想的なライフスタイルを求めた活動を行っている。

彼の著書『医食同源:Eating Well for Optimum Health』は、健康と食生活に関する情報の混乱を整理し、食生活に明解な指針を提供するために書かれたものである。本の原題「Eating Well for Optimum Health」を「医食同源」と訳したのは、訳者の理解度の深さはもとより、著者の「健康な食生活は健康なライフスタイルの礎石である」という信念とも結びついている。ここに、アンドルー・ワイルが農医連携を心した人物として紹介した理由がここにある。

さて、ワイルの著書「医食同源」を知る前に、世界の伝統医学を少し繙いてみよう。紀元前5世紀、医聖・医学の祖といわれるヒポクラテス(B.C.460-370頃)は、人びとに「食をして薬となし、薬をして食となせ」と教えた。この考え方は、西洋社会では既にすたれてしまった。アジアでは、今なお脈々として生きている。例えばインドや中国を旅すれば、食と薬を同源とする思想体系が発達していることを、生活のさまざまな場面で見ることができる。

インドのアーユルベーダ、中国の中国伝統医学(中医)、ネパールのチベット医学、ジンバブエのハーバリスト(薬草師)などがある。もちろん、日本の漢方も例外ではない。インドのアーユルベーダの歴史は、極めて古い。心と体の両面から人間を全体的にとらえ、調和をはかりながら健康を保つという考え方で、ハーブを使ったり、ヨーガ体操を取り入れたりする。

中医は、陰陽学説および五行学説を背景に精気学説・臓腑学説・経絡学説・病因学説に基づいて、独自の望診・聞診・問診・切診をし情報を収集する。これに弁証という分析方法を駆使して、人の健康状態や病気の性質を判断する。

日本の漢方は、北里研究所に東洋医学総合研究所があるように、人間に本来備わっている「治る力」を上手に引き出す、「体にやさしい」治療体系である。中国三千年と日本千五百年にわたる歴史をもつ。

さて、著書の表題「医食同源」という言葉である。病気を治すのも食事をするのも、生命を養い健康を保つためで、その本質は同じという意味であろう。人びとが積み重ねてきた生活から培われた一種の知恵である。この言葉が最初に見られるのは、丹波康頼(永観2年:984)によって著された最古の医書(医心方:いしんぽう)といわれる。また、大辞林によれば、「病気の治療も普段の食事もともに人間の生命を養い健康を維持するためのもので、その源は同じであるとする考え方。中国で古くから言われる。」とあるが、言葉の出典については、どうもそうではなさそうである。詳細を知りたい人は以下に紹介した資料を参照されたい。

ここで著者は二つの立場で医食同源を眺める。最近の研究成果から俯瞰する医学および栄養学的な視点と、食の快楽やアイデンティティなどを含む文化、精神および霊的な歴史観をもちながらの視点である。すべての対象が、合理的な技術知のみで判断されるようになった現在、生態知にも視点をおいたアンドルー・ワイルの考えは、21世紀の「農と環境と医療の連携」を模索するうえで貴重なものである。

参考資料
  1. ホームページ:http://mayanagi.hum.ibaraki.ac.jp/paper04/sinica98_10.htm
  2. ワイル博士の医食同源:アンドルー・ワイル著、上野圭一訳、角川書店(2009)
  3. 北里大学ホームページ:北里大学学長室通信:情報:農と環境と医療 2号(2005)

EU科学技術協力機構(EU COST)アクション866:第5回農業グリーンケア(農業のもつ緑資源による介護)会議‐農業部門におけるグリーンケアの進展と未来に向けた最先端の方向性‐
EUの科学技術協力機構(European Cooperation in Science and Technology)は、9つの主要な領域で長期にわたって様々な活動を行っている。ここでは、領域の一つである「Food and Agriculture(食と農業)」部門で、農医連携に関わる「農業グリーンケア(農業のもつ緑資源による介護)」活動の一部を紹介する。

「グリーンケア(緑資源による介護)」とは、人間の心身両面の健康を促進するために農場を基盤として活用することである。医療および社会福祉部門がここで必要としているのは、従来の薬物療法・治療・リハビリテーション・職業訓練の代替手法である。

田園地方の農場では、動植物、庭園、森林、そして景観がレクリエーションや労働関連の活動に用いられる。その対象は年齢に関係なく、精神疾患、精神面の障害、学習障害、燃え尽き症候群、薬物問題を持つ人々や、農場刑務所の囚人、社会福祉サービスの受益者である。これらの活動は純粋な治療とは言えないかもしれないが、多くの経験から治療に準ずる価値を持つ可能性が示唆されている。

ヨーロッパでは、このようなグリーンケアサービスを提供する多面的機能の農場が急速に増加しつつある。先頃の調査によれば、その数はノルウェー(600)、オランダ(830)、イタリア(685)、ドイツ(300)、オーストリア(250)、ベルギー(400)、スロベニア(15)、アイルランド(100)とのことである。多くの国では適切な推定値が報告されていないが、これはグリーンケアの定義が定かでないことによる。

2006年以降、EU COSTアクション866・農業部門におけるグリーンケアは、このトピックに基づく科学的知識を増やし、周辺課題に関する国際的な研究目標の方向付けを目的としてきた(活動の詳細は:http://www.umb.no/greencareを参照)。

この活動がとくに焦点を絞っているテーマは、次のとおりである。
  • グリーンケアが健康に及ぼす効果を分析するための概念的枠組みの開発
  • クリーンケアの研究方法論に関する最適な慣行の推進
  • グリーンケアサービスによる経済的利益の計測
  • グリーンケアサービスの発展に必要な支援システムの特定
  • グリーンケアに関する政策と実践の相互作用分析、グリーンケアによる農業、農村地域、医療・社会ケア政策への貢献度評価

これらの分野すべてにわたってEU COSTが重視して取り組んできた研究上の鍵となる課題は、農業部門におけるグリーンケアの研究戦略を周知すべき点である。これまでにこの活動の下で開催した会議・ワークショップでは、研究活動のプレゼンテーション、グリーンケア研究の概念と理論的な枠組みの協議に焦点を絞ると共に、研究の必要性と政策上の課題を強調してきた。

第5回会議は2010年8月24-26日にかけて、ドイツのヴィッツェンハウゼン(Witzenhausen)で開催された。EU COSTは、この会議を通して上記テーマの主要な成果を広い範囲の関係者に公表すると同時に、興味を持つ学術・政策部門の人々からのフィードバックと分析を得る機会にしたいと意図していた。この会議に関する情報は、EU COSTアクション・グリーンケアのウェブサイト(http://www.umb.no/greencare)で見ることができる。

Agromedicineを訪ねる(21):Journal of Agromedicine
以下のことは、「情報:農と環境と医療10号」ですでに書いた。「農医連携」という言葉は生命科学全般を指向する北里大学で新しく使用しはじめたものだ。それに相当する英語に、例えばAgromedicineがある。1988年に設立されたThe North American Agromedicine Consorium(NAAC)は、Journal of Agromedicineという雑誌(http://www.tandfonline.com/loi/wagr20)とニュースレターを刊行している。

この雑誌の話題には、農業者の保健と安全性、人獣共通感染症と緊急病気、食料の安全性、公衆衛生などが含まれる。Journal of Agromedicineの目次は、これまでもこの情報創刊号から紹介している。今回は、2011年の第16巻の2号から4号の目次を紹介する。

第16巻2号
  • AgrAbility Fills Important Niche in Safety, Health
  • AgrAbility Mental/Behavioral Health For Farm/Ranch Families With Disabilities
  • Underserved Farmers With Disabilities: Designing an AgrAbility Program to Address Health Disparities
  • Agricultural Medicine Core Course: Building Capacity for Health and Safety Professionals
  • Practices in Pesticide Handling and the Use of Personal Protective Equipment in Mexican Agricultural Workers
  • Changes in the Hearing Status and Noise Injury Prevention Practices of Australian Farmers From 1994 to 2008
  • Eye Health and Safety Among Latino Farmworkers
  • Two Unusual Pediatric Cases of Fungal Infections in Farming Families
  • Poultry Workers, Avian Flu and Prevention

第16巻3号
  • From Kentucky to the Caribbean - and the Future of Federally Funded Agricultural Safety and Health
  • Determinants of Work Hours Among a Cohort of Male and Female Farmers 50 Years and Older in Kentucky and South Carolina (2002-2005)
  • Compliance With the North American Guidelines for Children's Agricultural Tasks (NAGCAT) Work Practice Recommendations for Youth Working With Large Animals
  • Serological Evidence of Hantavirus Infection in Farm and Abattoir Workers in Trinidad-A Preliminary Study
  • Frequency of Detection of Immunoglobulins of Toxoplasma gondii, Leptospira spp., and Brucella abortus in Livestock/Farm and Abattoir Workers in Trinidad
  • Secondary Injury Potential of Assistive Technologies Used by Farmers With Disabilities: Findings From Case Studies
  • An Exploratory Pilot Study of Childhood Injuries on Cattle Farms in Jalisco, Mexico
  • Practical Safety and Health Risk Management in Production Agriculture: Report on the 2011 ASHCA Workshop

第16巻4号
  • World View and a Farewell
  • Primary Care and Specialty Care Delays in Diagnosing Trichophyton verrucosum Infe
  • Depressive Symptoms and Sleepiness Among Latino Farmworkers in Eastern North Carolina
  • A Task-Based Analysis of Machinery Entanglement Injuries Among Western Canadian Farmers
  • Size Distribution of Particulate and Associated Endotoxin and Bacteria in Traditional Swine Barn Rooms and Rooms Sprinkled With Oil
  • Potential of a Quarter Individual Milking System to Reduce the Workload in Large-Herd Dairy Operations
  • Agricultural Health and Safety Performance in Australia
  • Behavioral and Nonbehavioral Risk Factors for Occupational Injuries and Health Problems Among Belgian Farmers
  • Proceedings of the"Arthritis, Agriculture, and Rural Life: State of the Art Research, Practices, and Applications"

本の紹介 68:未曾有と想定外‐東日本大震災に学ぶ‐、畑村洋太郎著、講談社現代新書(2011)
著者は、平成23(2011)年6月から東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会委員長を引き受けた「失敗学」の大家である。このような委員会は、事故後すぐに設置されるべきものであることを政府にもの申す硬骨漢である。委員長など引き受ける意志はなかったが、「失敗学」や「危険学」といったものをやってきた人間として引き受けざるを得ない必然性があったのだろうと言及する理論家である。さらに本の「はじめに」には、委員は報告をまとめるまでは原発関係に関して知り得た事実を自由に公表できない立場にあるから、駆け足で(3ヶ月未満)この本をまとめたといった文章がある。きわめて妥当な判断と定まった軸をもつぶれない常識家である。どこかの国の国会議員に、このような主義・主張、筋道、普通の判断力をもってもらいたいと思うのは、筆者だけであろうか。

著者の長い間の研究については、「現地・現物・現人(現地まで足を運び、現物を直接見たり触れたりし、現場にいる人から話を聞くという観察姿勢)」という、どんなことを見るときにも欠かせない「三現」の信念がある。その信念のもとでの豊富な経験は、本書の「おわりに」の最後の言葉、「最後は自分の眼で見て、自分の頭で考え、判断し、行動できる人間が強いのです。本書をその材料として使ってもらえば、筆者として、これほど嬉しいことはありません」に集約される。

全体は「第1章:津波と未曾有」「第2章:原発と想定外」「第3章:日本で生きるということ」からなる。これらの章に一貫して流れるものは、人はだれでも間違える、どんな優秀な人でも間違える、頭で分かっていても行動が伴わない、同じような失敗やミスはいつも繰り返される、人間の歴史は被災の歴史でもある、人間は忘れっぽい、被災の直後は注意深い、危ないことを平気でする、など人間の特性のことどもである。

この人間の特性を理解し、それを頭の中に入れて問題を判断し、行動する。これが失敗やミスの防止に繋がる。人間の力では避けることのできない自然災害との付き合いの中で、人間はそのことを試されているのではないかと著者は語る。

「第1章:津波と未曾有」は、次の項目からなる。未曾有という言葉/人は忘れるという大原則がある/失敗学と津波/津波を物理現象としてみる/津波に対抗するのか備えるのか/対抗思想の背後にあるもの/田老地区の二つの防潮堤/先人の知恵/防波堤の効果/備えて逃げる/逃げなかった高齢者と逃げられなかった介護者/情と職業倫理が判断を狂わせる/横のつながりで助け合う/奥尻島の現状に学ぶ/信玄に見る「いなす」「すかす」思想/それでも人は海岸に住む/記憶を少しでもとどめるために。

項目を眺めただけでも、自然災害においては「三現」の信念と人間の特性を認識することが重要であると理解されるが、ここでは『未曾有という言葉』と『信玄に見る「いなす」「すかす」思想』について紹介する。

今回の大震災を語るとき、「未曾有の出来事」といった言い方はどうなのだろうか? とくに津波に関して、未曾有という言葉を使うのは正しいのか、と著者は問う。この言葉は「歴史上いまだかってないこと」という意味だから使うべきではないと言う。今回の震災を評すときに安易に使われている未曾有という言葉には、曖昧さの中に物事の本質をすべて隠してしまう危険性があると指摘する。「未曾有のことが起きたんだから仕方がない」「考えても意味がない」と言うことになりかねない。このような見方をしていると、周りに潜んでいる危険に対してきちんとした解明ができなくなる、と指摘する。

戦国期に甲斐の領主になった武田信玄は、経営の要として治水に取り組んだ。そのための方法が信玄堤であった。信玄堤には、「いなす」とか「すかす」といった思想がある。これは、小規模な水の氾濫をわざと起こし、堤防の決壊を防ぐ方法である。このことが、田老地区の古い防波堤にも見られた。完璧な防災は不可能でも、致命的な被害にいたらない減災を目指す道である。そこには生態系を認知した知恵がある。

「第2章:原発と想定外」は次の項からなる。原子力村のお粗末ぶり/想定外という言葉/想定について考える/コンプライアンスの意図的解釈/見たくないものは見えない・聞きたくないものは聞こえない/過去の失敗に学べなかった東電/津波のデータも見たくないものは見えない/組織事故という考え方/絶対安全の虚構/批判への違和感/事故調査についての考え方/忘れ去られた技術の系譜/地震国日本における想定/原発はなぜ必要であったのか/技術の成熟には積み重ねが必要/本質安全で設計できるか/リスクとベネフィット/これからの選択。

著者は原子力の専門家でないから、ここでは細かい技術的なことには踏み込まず、失敗学の視点から今回の原発事故の背景に見え隠れするいくつかの問題点を取り上げる。そのことは2章の各項目からも理解できるが、ここでは「想定外という言葉」「技術の成熟には失敗の積み重ねが必要」「これからの選択」について紹介する。

「想定外という言葉」について。原子力技術を扱う仕事は、想定外という言葉ですべて免罪になるような軽いものではない、あり得ることや起こりうることをすべて想定するといった程度のことは、当たり前のことだ、と著者は指摘する。東電からは自分たちの責務に対する覚悟がない。その証拠が想定外という言葉に表れている、責任逃れをしている印象が払拭できない、とも著者は語る。この言葉が免罪符のように使われたがために、多くの人びとの原発と東電に対する不信感がつのった。

「技術の成熟には失敗の積み重ねが必要」について。失敗学の大家らしく、技術の成熟には失敗の積み重ねが必要であると説く。ある一つの技術が成熟して、だれもが安心して使えるようになるまでに200年程度の歳月がかかるという。せいぜい50年程度の歴史しかない原子力は、まだまだ若い技術であるらしい。多くの技術は失敗の積み重ねの上に成長するが、とはいえ原子力の場合は被害があまりに大きいので、今後大きな失敗をするわけにはいかない。大きすぎる被害が、技術への信頼を大きく損なわせた。

となると、「これからの選択」である。今回の原発事故を踏まえ、われらはこれからどのような選択をすべきなのだろうか。著者自身、はっきりした答えを持っていない。原発は怖いけれど使わざるを得ないと思っている。風力発電や地熱発電が、代替エネルギーとして代わり得るほどの存在になりきれそうにないと語る。

原発を続けるなら、絶対安全の旗は降ろして徹底的にすべての不審な事象をあぶりださねばならない。その結果、信用されて運用が可能になるであろう。一方、今までの豊かさ、欲得、便利さを投げ捨て、低エネルギー社会への転換を図るのであれば、原発を必要としない選択はありうるだろう。そのときこそ、真善美のうちの美の技術が世を席巻するであろう。

「第3章:日本で生きるということ」は、次の項からなる。自然災害は日本の必然/日本は北と西に分断されている/崩れを止める人々/災害を減らすための日々の努力/満濃池以来のダム決壊について思ったこと/「八ッ場ダム」「スーパー堤防」について考える/首都圏水没の可能性/歴史は繰り返す、自然災害もまた/日本人を日本人たらしめてきたもの。

この章では、日本と自然災害について著者が考えてきたことが語られる。このことから、自然災害を力ずくで押さえ込むことはできないが、知恵を使ってある程度制御することは可能である、という結論に到達する。自然と「闘う」のではなく、自然と「折り合う」という考え方である。ある程度の被害は出しつつ、自然の力をうまく逃がしながら、最も被害を出したくない大切な場所だけを重点的に守るという考え方である。

寺田寅彦の随筆、「天災と国防」「津波と人間」「流言飛語」「政治と科学」「震災日記より」「日本人の自然観」などには、このような視点の原点がある。これこそ冒頭の「新しい年を迎えて」で述べた、吉田松陰の『講孟余話』にある「是亦(則)故而已矣の意なり=これまた故に則るのみ」という言葉の意味であろう。それにしても、人の特性は変わらない、いやなかなか変われない。種とはそういうものなのか。

このような大震災にであうと、「天災と日本人‐寺田寅彦随筆選‐:角川ソフィア文庫(2011)」の「はじめに」に書かれた山折哲雄の次の言葉は重い。「千五百年の長きにわたって日本列島に築きあげられた文明の本質を、自然科学と人文科学の両面から鋭く分析し、明らかにした先駆者の一人、それが寺田寅彦であった。かれが考えつづけた自然災害と科学技術のあり方、そしてそこに立脚する日本人の精神性についての鋭い指摘を、われわれは今こそ考えなければならないときにきていると思うのである」。

なお、著者が東京電力福島原子力発電所における事故調査・検証委員会委員長を引き受けたときの就任の挨拶、委員会方針・今後の予定などは、ウェブで公表されている(https://www.google.co.jp/search?sourceid=navclient&hl=ja&ie=UTF-8&rlz=1T4SNJA_jaJP395JP398&q=%E4%BA%8B%E6%95%85%E8%AA%BF%E6%9F%BB%E3%80%80%E5%A7%94%E5%93%A1%E9%95%B7%E3%80%80%E7%A6%8F%E5%B3%B6%E5%8E%9F%E5%AD%90%E5%8A%9B%E3%80%80%E7%95%91%E6%9D%91%E6%B4%8B%E5%A4%AA%E9%83%8E&gws_rd=ssl#spf=1。)

本の紹介 69:生物学的文明論、本川達雄著、新潮新書(2011)
かつて中公新書から発刊された「ゾウの時間 ネズミの時間」は、生物に関心のある人のみならず多くの研究者を風靡(ふうび)した。この書は、生物に関心の薄い研究者にも「動物の時間」をわかりやすく解説してくれた。髪の毛の薄い筆者もご多分に洩れず、「みいはあ族」よろしく時流に遅れまいとし、急いでこの本を買って読んだ。

ゾウとネズミの心臓が1回打つ脈拍時間はそれぞれ異なるが、両者の心臓は同じように15億回打って止まる。すなわちゾウもネズミも、心臓が15億回ほど鼓動すれば生を終えるというのだ。この本のなかでは、この記載が最も印象に残っている。多くの人の生病老死への関心が、この本をベストセラーに駆り立てたのかもしれない。

話が私事に入る。筆者の日頃の正常な脈拍数は、なんと1分間に80回を越える。まるで子供のような老人だ。そこらに佇んでいる妙齢の知的美人を眺めていると、脈拍数はなんと1分間に100を越える。であるから、この本を読んだときから自分は通常の人より早く死ぬと思い込んでいる。しかし、まだ死なずに不本意ながら馬齢を重ねている。筆者の脈拍数と死亡年齢に関する限り、この本の信憑性は薄い気がする。

話を戻す。著者は「歌う生物学者」と呼ばれたりして、世間での評判が高い。学者と呼ばれる人で、学者の前に美しい修飾語が入る人が、無性にうらやましい。筆者でも修飾語が付くは付くが、「おしゃべり研究者」とか「飲んべえ研究者」とか、ひどいときは「学者モドキ」と呼ばれたりする。悔しく情けないが、徳のなさで仕方ない。

著者が自ら作詞作曲した「ナマコ天国」とか「生き物は円柱形」などという歌は、生き物を題材にした理科教育の題材として、わかりやすく親しみやすいと言われ、評判が高い。しかし、これらの歌のタイトルはなんだか変だ。著者を「モドキ」と呼びたくなるが、それは筆者のひがみか。

「はじめに」には、おおよそ次のようなことが書かれている。生物学の研究と多方面にわたる教育活動を背景に、環境、資源・エネルギー問題、超高齢化社会問題など多くの問題を生物学者の立場から考えた。つまり、これら多方面にわたる問題を数学や物理学などの立場から解決する発想ではなく、生物のもつ本質を説きながら、生物学的発想からこれらを解決する糸口をつかもうとする。

全体は11章からなる。各章の表題は、生物生理学者として著者がこれまで対象としてきた生物の特性や解析、それらと関連する時空、さらには抽象化した概念などが主体をなしている。各章は、「サンゴ礁とリサイクル」「サンゴ礁と共生」「生物多様性と生態系」「生物と水の関係」「生物の形と意味」「生物のデザインと技術」「生物のサイズとエネルギー」「生物の時間と絶対時間」「『時間環境』という環境問題」「ヒトの寿命と人間の寿命」 「ナマコの教訓」からなる。

これらを軸に、まず生物学の本質にせまるさまざまな事実とその解析結果が紹介される。同時に、これらの話を人間社会とそれを取り巻く環境・資源エネルギーの問題と結びつける。さらには、生物のもつ本質的な特性を説きながら、諸問題の解説に努める。

この本の内容を筆者なりにまとめた次の項目を語り、紹介としたい。「サンゴ礁とリサイクル・共生・生物多様性」「生物のかたち・デザイン」「サイズとエネルギー」「生物時間と時間環境」。紙面の都合でこれだけにするが、他にも興味ある課題がゴマンと発見できる。

「サンゴ礁とリサイクル・共生・生物多様性」:サンゴの生態には教えられることが多い。サンゴは動物だ。イソギンチャクの仲間で、石の家を作り、その中に棲んでいる。そのサンゴの細胞の内部に住む植物プランクトンの"褐虫藻(かっちゅうそう)"から栄養をもらい受ける。褐虫藻は、サンゴに住み家を提供されながら光合成の援助を受ける。サンゴと褐虫藻は共生している。褐虫藻からたっぷりと栄養を受けているサンゴは、大量の粘液を出して、身を守る。サンゴの身体から剥がれ落ちた粘液は、海水に溶け込む。その中では、バクテリアが増殖する。それが動物プランクトンのよい餌になって、動物プランクトンが増える。その後は、より大きな動物へと食物連鎖が進む。海水に溶けない粘液は、塊状になり海底に沈み、底生バクテリアの餌となる。

その結果、サンゴ礁にはさまざまな生きものが住むことになる。これらの生きものたちを養っている食べ物は、元をたどれば、褐虫藻が作り出したものだ。サンゴ礁と褐虫藻のたぐいまれな共生と無駄のないリサイクルが、生物多様性にあふれたサンゴ礁の生態系を作り出している。

他にも、サンゴに居候するサンゴガニは、オニヒトデからサンゴを守る。サンゴ礁では、さまざまな相利共生が進化してきたことを教えられる。したがって、サンゴ礁生態系の生物多様性は、微妙な共生のバランスの上に成り立っている。

生物多様性では、種類の数(多さ)ではなく生物の特性(質)が違うことの重要性が指摘される。ある生態系に仮に4種の生物がいたとする。そのうちの1種がいなくなったら、数学では「4-1=3」が答えになる。しかし、生物学の答えは「4-1=0」となり、1種でも欠ければ生態系は崩れる。サンゴ礁の生態系は、このことを理解する手助けになる。

こうした生物学的発想が、「多いことは豊か」という発想から「量から質へ」の「豊かさの転換」や「生物多様性と南北問題」などとなり、エネルギー問題、環境問題、社会問題へと展開されていく。

「生物の形・デザイン」:科学は共通性を見つけ出す作業だ。生物にはいろんなものがいて、まさに多様だ。生物は多様な形でもある。生物は円柱形であると言ったのは、アメリカのウエインライト教授らしい。さすがにそうだ。樹木の幹・枝・根、ブタ・ウマ・イヌ・ネコの胴体・手・脚・尾、ヒトの頭・首・胴体・血管・気管・腸・神経・骨、ついでにペニス・睾丸、他にもドジョウ・ウナギ・ミミズ・ヘビ・カイチュウ、植物の師管・導管など。

円柱形は強いのだ。言うまでもないが、気圧に加えかかってくる力に抵抗して、つぶれたり壊れたりしない。大腿骨も背骨も肋骨で囲まれた胸も、ほぼ円柱形なのだ。生物は長い時間をかけて進化してきた。初期の多細胞生物のような小さな球形から、だんだんと円柱形に変化した。

生物のデザインについては、生物と人工物の違い/生物は材料が活発/ナマコの皮は頭がよい/生物はやわらかい/文明は堅い/四角い煙突の論理/人や環境にやさしい技術、などの項目で、生物と人工物のデザインの違いをわかりやすく解説する。そこで、生物のデザインと機能をふまえた技術は、人と環境にやさしいと結論する。

「サイズとエネルギー」:ゾウのように大きい動物は、餌をたくさん食べてエネルギーを使うが、小さい動物に比べて体重あたりのエネルギー消費量が小さくなるという。同じことが海で『群体』を作るホヤにもいえる。ホヤの群体では、サイズあたりのエネルギー消費量が小さくなる。

大きい動物やホヤ群体では、構成する細胞やホヤ個体あたりのエネルギー消費量が小さく、その分だけ細胞や個体の代謝活性が低いことを意味する。さらに恒温動物と変温動物にも違いがある。エネルギー消費の小さい変温動物では、消費量あたりの体重増加が恒温動物よりも大きくなる。こうしたサイズの生物学の研究から導かれる発想が、国の予算配分や規模に応じた組織の人員配置など、比例配分ではなく冪乗(べきじょう)のアロメトリー方式として応用できないか、と提案する。

「生物時間と時間環境」:動物の時間は、体重の4分の1乗に比例する。ここでは、スローモーションと18倍の早さで再生する盛りそばを食べる撮影例がわかりやすい。もちろんスローモーションはゾウ、18倍はネズミの時間。冒頭書いたが、ゾウもネズミも15億回ほど鼓動を聞くと天に召されるが、打つ速さが違う。この鼓動1拍の時間に体重あたりのエネルギー消費量をかけると、答は2ジュール。つまり、1拍の間に1キログラムの組織が使うエネルギーは2ジュールだ。ゾウは3秒、ネズミは0.1秒で2ジュールを使う。2匹とも同じように死ぬまでに、組織1キログラムあたりに30億ジュールを消費する。ゾウもネズミも体重あたりでは、一生に同じだけエネルギーを使って同じ仕事をするから、生涯を生きた感慨は変わらないのかもしれないという。ゾウとネズミの感性に問わなければ分からないと思うが。

われらが腕時計を見てはかる時間は『直線的時間』で、物理学でいうニュートンの絶対時間だ。これに対して、生物時間は『くるくる回る時間』だそうだ。世代交代をしながら回り続けるのが生物時間で、こうして受け継がれてきた時間は38億年にもなる。

ところで、日本人は回る時間の中に生きてきた。60歳で還暦。還暦になると赤いちゃんちゃんこを着て、赤ん坊に返り咲く。筆者は、すでに第2回目の8歳になったが。暦は回って還(かえ)ってくる。時間が回る考え方だ。生まれ変わるたびに時間がゼロにリセットされて、くるくる回っている。

直線的な時間をもつ代表は、キリスト教徒だという。こうした時間のとらえ方の違いは、考え方や社会のあり方にも反映する。『時間環境』では次のことが印象的だ。現代人は『超高速時間動物・恒環境動物』だと、著者は揶揄する。夏のクーラー・冬の暖房は、春夏秋冬いつでもまことバリバリと働ける社会だ。ネズミの時間に近づく社会を構築しているように見える。これは、変温動物から恒温動物への進化を思い起こさせる。このような視点は、地球温暖化も資源エネルギーの枯渇も、いたるところの石油を片っ端から燃やして時間を速めていることに由来し、環境問題の中で時間環境をもっと重視するべきだとの提言に結びつく。

著者は、筆者が冒頭に記した疑問をついに解いてくれる。「ヒトの寿命と人間の寿命」の第10章だ。並みな生物は、いずれも心臓が15億回打つと死ぬ。人はどうか。15億回打っても、まだ41歳の人生半ばのくちばしの黄色い歳。出ました。『還暦過ぎの人間は人工生命体』なる格言。この言葉から『老いの生き方』『一身にして二生を生きる』 などといった、ヒトでなく人間に役立つ格言がでる。このことを肝に銘じ、瞑すべし。凡人老人にこれが可能かどうか。

言葉の散策 34:「生き物」「生命」「いのち」「身命」「身」「化け物」
語源を訪ねる 語意の真実を知る 語義の変化を認める
そして 言葉の豊かさを感じ これを守る

生き物文化誌学会の学術誌「BIOSTORY:ビオストーリー」の表紙裏一面には、北里大学の広告・宣伝が毎号掲載されている。その惹句(キャッチフレーズ)は、「生命科学のフロンティア」である。これをみると「生き物」と「生命」はどう違うのか、という疑問が湧く。さらには「生命」「身命」「いのち」「身」などは、どう違って、どのようなときに使えばいいのか、さらにはこれらの言葉はいつ頃から使われはじめたのか、時代考証までしたくなる。さらには「生き物」「生物」「ばけ物」はどう違うのかと、あらぬ妄想に駆られて「お化け」に脅かされ、夜も寝れず昼間に眠くなる。

時代的考証をする能力はない。幸いに紙面も限られている。そこで、上記の思いは解明できはしないから、机の近くにある明治、大正、昭和の辞書類からそれぞれの言葉の意味を探してみた。辞書の内容を紹介するに過ぎないが、奥は深い。

○ 言海:明治37年
生き物=生物、生キテ居ル物、命(イノチ)アル物、動物、気形
生 命=イノチ
いのち=息ノ道ノ約カ、息ノ中ノ約カ、生キタル物ノ息アリテ世ニアル元、ジュミョウ、イキノヲ
身 命=からだ、いのち
=カラダ、身体、我ガ身、オノレ、自身、自己
化け物=狐狸ナドノ化ケテ怪シキ姿ヲナセルトイフモノ、妖怪、変化、妖物

○ 広辞林:大正14年
生き物=生存せる動物
生 命=いのち、寿命
いのち=生物の生活する元力、いきのを、たものを、せいめい
身 命=からだといのちと
=からだ、身体、自身、まごころ、まこと
化け物=化けて怪しき姿をなすもの

○ 日本国語大辞典:昭和56年
生き物=生きているもの、生物、生々として活気のあるもの、天正カルタなどで人物像の描かれている札、陰茎の異称
生 命=いのち、寿命、性命、しょうみょう、その方面・分野で活動・存在していることができる根源、唯一のよりどころ、いのち、そのもの独特のよさ、神髄など
いのち=人間や生物が生存するためのもとの力となるもの、生命、寿命、生涯、一生、生きている間、運命、唯一のたのみ、そのもの独特のよさ、神髄、一番大切なもの、男女心中の入れ墨の文字
身 命=からだといのち、身体または命、しんみょう
=人間または他の動物の体、身体、肉体、その人自身、他人に対して己自身、命あるからだ、生命、体のこなし、身ぶり、格好
化け物=ばけてあやしい姿をするもの、自己の本来の姿を変え人の情をおこさせるもの、おばけ、変化、くわせ物、いんちきなやつ、など。

*本情報誌の無断転用はお断りします。
北里大学学長通信
情報:農と環境と医療65号
編集・発行 北里大学学長室
発行日 2012年1月1日