大村博士は静岡県の土壌より放線菌、Streptomyces avermectiniusを発見し、米国メルク社との共同研究で、1979年にこの放線菌が生産する抗寄生虫薬エバーメクチンおよびジヒドロ誘導体イベルメクチンを発見、開発しました。イベルメクチンは動物薬として1981年に発売され、今日まで世界で最も多く使用され、食料の増産や皮革産業の発展に多大な貢献をしました。
さらに、イベルメクチンのヒト用製剤メクチザンは、WHOおよび関連機関を通じて1987年よりオンコセルカ症とリンパ系フィラリア症の撲滅プログラムにメルク社と北里研究所から無償供与されています。すでに中南米ではオンコセルカ症は撲滅されており、目下アフリカにおいて本プログラムが大きく展開されており、多大な成果を上げています。オンコセルカ症は2025年に、リンパ系フィラリア症は2020年に撲滅を達成できると予測されています。
現在でもエバーメクチンは大村博士が発見した放線菌によってのみ工業的に生産されています。また、この抗生物質生産菌のゲノム解析に取り組み、2000年に抗生物質生産菌としては世界に先駆けて解析を成し遂げています。この成果は現在活発に研究されているゲノムマイニングによる新規物質製造技術の基礎となりました。
1985年には世界で初めて遺伝子操作による新しい抗生物質メデルロジンを創製し、微生物創薬の発展の礎を築きました。また、エバーメクチンの他、種々の独創的な探索系を構築し、約5,000種の新規天然有機化合物を発見しています。この中には抗がん剤開発の元となり、また、ノーベル賞受賞者等の多くの生命科学の研究者に使われ、生命現象の解明に多大な貢献をしているスタウロスポリン(プロテインキナーゼ阻害剤・1977年)、トリアクシン(アシルCoA合成酵素阻害剤・1986年)、ラクタシスチン(プロテアソーム阻害剤・1991年)などがあります。
以上のように、大村博士は人類の健康と福祉の向上と、科学の発展に多大な貢献をしており、また、微生物創薬の発展に極めて大きなインパクトを与えました。
エバーメクチンとは
大村 智 博士と米国メルク社に在職していたウィリアム・キャンベル博士は、土壌から分離された微生物(放線菌:Streptomyces avermitilis 現在の学名:Streptomyces avermectinius )から、寄生虫(線虫類など)に有効な16員環マクロライド化合物を発見し、エバーメクチン(Avermectin)と命名しました。この物質は、細菌や真菌などには抗菌活性を示さず、寄生虫(鉤虫、回虫、肺線虫、糸状虫などの線虫類)やダニ、ハエの成虫や幼虫などの節足動物に、ごく少量で強い殺虫作用があります。
エバーメクチンの作用は、寄生虫や節足動物の神経などに選択的に働き、寄生虫や節足動物が麻痺を起こすことで死に至らしめます。しかし、ヒトなどのほ乳動物には親和性が低く、中枢神経系には浸透しないため、このような作用はほとんど生じません。エバーメクチンの寄生虫とほ乳類への作用の差違を利用して、新たな抗寄生虫薬が開発されました。
エバーメクチンを生産する放線菌
エバーメクチンの抗寄生虫活性を高め、ほ乳動物への作用をさらに低減するため、有機合成等の手法を用いて改良し、ジヒドロ誘導体イベルメクチンが開発されました。この物質は、1981年から動物薬として販売され、ウシ、ヒツジ、ブタ、イヌなどの獣医学領域で寄生虫駆除に用いられています。この薬剤の効果は、例えば日本におけるイヌのフィラリア症(犬糸状虫症)の場合、フィラリアの予防と駆除に著効を示し、使用前の時代と現在では犬の寿命が2倍以上に延びました。
動物薬として使用している間に、ヒトのオンコセルカ症に対しても極めて有効なことが明らかとなり、さらに東南アジア、太平洋地域、中東、アフリカから中南米の熱帯地域83ヶ国、12,000万人の患者がいる、リンパ性浮腫と象皮症を主徴とするリンパ系フィラリア症、東南アジアなどの熱帯・亜熱帯地域で流行している皮疹や肺症状、下痢を伴う腹痛などの症状を示す糞線虫症、ヒゼンダニの寄生によるヒトや動物の疥癬の治療にも優れた効果があることが判ってきております。オンコセルカ症やリンパ系フィラリア症は、顧みられない熱帯病(Neglected Tropical Diseases)の寄生虫感染症に分類されます。薬効から顧みられない熱帯病の寄生虫感染症にも有効な可能性があり、今後の研究が待たれています。
オンコセルカ症とは
オンコセルカ症は、河川域で繁殖するブヨによって媒介され、河川盲目症とも呼ばれています。ブヨの吸血により回旋糸状虫(Onchocerca volvulus )の幼虫が感染し、皮膚のかゆみ、発疹、浮腫や腫瘤などの症状を起こし、特に問題となるのは幼虫が目に侵入して角膜炎から失明に至ることです。WHOは、アフリカ(サハラ以南)や中南米などの熱帯地域35ヶ国、患者数約1,800万人、失明者27万人、視覚障害者は50万人に達すると報告しています。
WHOは、1974年からオンコセルカ症制圧プログラム(OCP:Onchocerciasis Control Program)を展開していましたが、殺虫剤でのブヨの駆除では効果が思わしくありませんでした。1988年から、米国メルク社と北里研究所から本剤の無償提供が始まり、集落ごとに集団で年1回、毎年服用する制圧プログラムを展開しました。
この結果、WHOは2002年までに60万人が失明から救われ、4,000万人が感染を免れ、その間に生まれた新生児1,800万人が感染の脅威から救われると共に、失明などによる労働力の低下を防ぎ、感染及びハイリスク地域の縮小や耕作可能地域の拡大などから、彼らの食糧確保が可能となったと宣言しています。また、感染及びハイリスク地域などの耕作放棄地や新たな開墾地など2,500万ヘクタールが、居住地域となり農業が行えるようになったため、これらの耕作地から毎年1,700万人分の食糧が生産されています。
2012年9月にアフリカ・オンコセルカ症制圧プログラム(APOC:the African Program for Onchocerciasis Control)のオンコセルカ症タスクフォース(NOTF)がAPOCとWHOにより開催され、オンコセルカ症制圧活動の報告と現状分析、疫学的・昆虫学的な評価、アフリカでの撲滅のための行動計画草案などについて協議・検討が行われました。その結果、アフリカの感染諸国25ヶ国のほとんどでは、感染及びハイリスク地域の住人にイベルメクチンを集団投与により、2025年までにオンコセルカ症の撲滅が予定されています。
ブルキナファソでのオンコセルカ症撲滅作戦プロジェクト会議
中南米におけるオンコセルカ症は、南メキシコ、グアテマラ、エクアドル、コロンビア、ベネズエラ、ブラジル(アマゾン川流域)が感染及びハイリスク地域となっています。1992年からアメリカ・オンコセルカ症制圧プログラム(OEPA:the Onchocerciasis Elimination Program of the Americans)が開始され、年2回の広範囲の投与・治療を行うことで、中南米全域からのオンコセルカ症撲滅計画が進められています。その結果、コロンビア(2007年)、エクアドル(2009年)、グアテマラとメキシコ(2011年)で、オンコセルカ症の感染伝播を止めることができました。 現在は、ブラジルとベネズエラに住むヤノマミ族を中心に治療が進められています。WHOは、2013年にコロンビアがオンコセルカ症の排除を達成したことを承認し、次いで2014年にはエクアドルがオンコセルカ症の脅威から解放されました。
研究業績 | |
1967年 | セルレニンの構造決定と脂肪酸生合成阻害の発見 |
1968年 | 抗菌抗生物質ロイコマイシン10成分を単離し、それらの構造を決定 |
1974年 | 抗真菌抗生物質ナナオマイシンを発見 |
1977年 | スタウロスポリン(プロテインキナーゼ阻害剤)を発見 ヴィネオマイシン(プロリルヒドロキシラーゼ阻害剤)を発見 |
1978年 | 抗菌抗生物質フレノリシンΒを発見 |
1979年 | 抗寄生虫抗生物質エバーメクチンを発見 ハービマイシン(Hsp90阻害剤)を発見 ネオキサリン(細胞周期阻害剤)を発見 |
1981年 | セタマイシン(V-ATP分解阻害剤)を発見 半合成抗菌抗生物質ロキタマイシンを発見 |
1984年 | カズサマイシン(核外輸送阻害剤)を発見 |
1985年 | 半合成抗生物質モチライドを創製 遺伝子操作による最初の抗生物質メデルロジンを創製 |
1986年 | トリアクシン(アシルCoA合成酵素阻害剤)を発見 |
1988年 | アトペニンA(Complex II阻害剤)を発見 |
1989年 | 半合成抗菌抗生物質ティルミコシンを創製 |
1991年 | ラクタシスシン(プロテアソーム阻害剤)を発見 |
1993年 | ピリピロペン(ACAT阻害剤)を発見 |
1995年 | マクロスフェライド(細胞接着阻害剤)を発見 |
1996年 | マジンドリン(IL-6阻害剤)を発見 |
1999年 | ボーベリオライド(ACAT阻害剤)を発見 抗寄生虫抗生物質エバーメクチンの全塩基配列を決定 |
2001年 | ナフレジン(線虫Complex I阻害剤)を発見 |