多細胞生物における様々な生命現象は、基本的には、時間的、空間的に統合された遺伝情報の発現によって制御されています。遺伝情報の発現は、外部環境からの情報を核内の転写因子に伝達する細胞内シグナル伝達と、これによって誘起される転写調節によって制御されていると考えられ、従って、生命現象を分子レベルで解明するためには、その現象に関わる細胞内シグナル伝達経路の解明と、これに伴う遺伝子の転写調節機構の解析が必要であります。本研究室では、哺乳類(マウス、リス等)、魚類、両生類などを材料として、細胞レベルでは増殖・分化・アポトーシスに関して、高次機能レベルでは冬眠あるいは性の決定・分化という現象に関して、分子生物学的、細胞生物学的な観点から、遺伝子工学的手法を駆使し、シグナル伝達および転写調節の研究解析を行っています。他には、他機関との共同で微生物ゲノムなどのゲノム解析を行っています。

1.  .  哺乳動物における冬眠の分子生物学的研究

冬眠哺乳動物シマリスにおける、冬眠関連遺伝子(HP-20,-25,-27および-55)の
発現調節機構の研究

冬眠個体

2.   細胞の増殖・分化・生存・アポトーシスに関わるシグナル伝達機構の研究

MAPKカスケードのスカフォールドタンパク質(マウス JSAP1, JSAP2 およびJNKBP1)
 による増殖・分化・生存・アポトーシスに関わるシグナル伝達の調節機構の研究

・細胞死誘導型膜受容体であるDeath Receptor(アフリカツメガエル DR-M1 および
DR-M2)を 介した生存と死のシグナル伝達機構の研究

・無尾両生類の変態の分子機構

3. 両生類における性決定・性分化機構の研究
  
vZZ/ZWの性決定機構を持つアフリカツメガエルの性決定、性分化、性転換関連遺伝子の単離および解析

1.      哺乳動物の冬眠の分子生物学的研究-----冬眠における遺伝子発現調節機構の解明

哺乳動物は,一般に約37℃の体温を維持して生命活動を行っている。しかし,哺乳動物の中にも,環境温度が低下し,食料が枯渇する冬の期間,冬眠して越冬する動物もいる。シマリス,ヤマネ,コウモリなどである。これら冬眠哺乳動物では,非冬眠時の約37℃の体温冬眠時には数℃にまで低下し,呼吸数や心拍数も一分間に数回に減少する。冬眠も,他の生命現象同様,基本的には遺伝子レベルでその発現が制御されていると考えられているが,冬眠動物特異的な物質や冬眠に伴って変化を示す物質があまり見つかっていないこともあり,その実体はまだ明らかになってはいない。当研究室では,哺乳動物の冬眠機構を解明していくために,冬眠に伴って遺伝子の発現がどのように調節されているかを研究している。

 
当研究室では,三菱化学生命科学研究所の近藤宣昭博士との共同研究で始めた,シマリスの冬眠特異的タンパク質HP-20-25-27-55の遺伝子の解析を通じて,哺乳動物の冬眠における遺伝子発現の調節機構について解析している。これら冬眠特異的タンパク質は,シマリスで冬眠時特異的に血液中から著しく減少するタンパク質複合体の構成タンパク質として発見された。私達はまず,シマリスの冬眠特異的タンパク質HP-20-25-27-55cDNAクローンを単離し,タンパク質の一次構造を決定した。次に,リス科の冬眠動物(シマリス)と非冬眠動物(タイワンリス)とから,これら冬眠特異的タンパク質の遺伝子クローンを単離,遺伝子構造,転写調節機構について,冬眠動物,非冬眠動物とで比較解析をおこなってきた。その結果,今までに次のことが明らかになっている。

 
A. 冬眠動物のシマリスやジリスでは,HP-20-25-27遺伝子は肝臓特異的に発現しており,その発現は非冬眠時に比べ,冬眠時には強く抑制されている。
 B. シマリスのHP-20遺伝子では転写因子HNF-1が,HP-25遺伝子では転写因子HNF-4が,それぞれの遺伝子の肝臓特異的な転写において中心的な役割を担っている。
 C. 非冬眠動物のタイワンリスもHP-20-25-27遺伝子をもつが,偽遺伝子化しており,これらの遺伝子は発現していない。

 
 
A.およびC.の結果から,シマリスの冬眠特異的タンパク質HP-20-25-27の遺伝子は,リス科では冬眠動物特異的に発現しており,しかも冬眠に伴う転写調節を受けていることが明らかになった(冬眠が遺伝子レベルで制御されていると考えられていたが,これ以前には,冬眠に伴って遺伝子発現が制御されていることを示す結果は得られていなかった)。従って,これらの冬眠特異的遺伝子は,その発現が冬眠と強い相関を示すことから,哺乳動物の冬眠における遺伝子発現調節機構を解明していく上で,良いモデル遺伝子であると考えられる。

冬眠特異的な遺伝子の発現調節には,それに関わる冬眠動物特有の転写因子の存在も推察されていたが,B.の結果から,シマリスの冬眠特異的タンパク質HP-20-25の遺伝子の肝臓特異的な転写が,哺乳動物に共通に存在する転写因子HNF-1-4によって制御されていることが明らかになった。従って,哺乳動物の冬眠は,冬眠動物特有の特殊な機構によって成り立っているのではなく,むしろ哺乳類に共通な機構を冬眠用に再調整することによって行われている可能性が強い。

C.の結果からは,リス科の先祖の動物が冬眠動物で,進化の過程で冬眠動物と非冬眠動物とに分岐,タイワンリスのような非冬眠動物ではHP-20-25-27遺伝子が不要となり,偽遺伝子化したということも推察することができる。
 


 
シマリスの冬眠特異的タンパク質HP-20-25-27遺伝子の冬眠に伴う転写調節機構解明のため,私達はまず,これら遺伝子の肝臓特異的な転写に必要な転写調節領域および転写因子について解析してきた。その結果,HP-20-25遺伝子の転写にはHNF-1-4が関与していることが明らかになった。HNF-1-4は肝臓で多くの遺伝子の転写調節に関わっていることから,これら転写因子の冬眠に伴う質的あるいは量的変化により,HP-20-25遺伝子の転写だけが冬眠時に抑制されることは考え難い。冬眠特異的タンパク質HP-20-25-27-55の遺伝子の転写は,非冬眠時には活性状態にあり,冬眠時には抑制状態にあることから,冬眠に伴う転写調節は可逆的に行われているはずである。私達は,このような観点から,冬眠特異的タンパク質の遺伝子の冬眠に伴う転写調節が,ヒストンのアセチル化やメチル化あるいは染色体DNA上のCpG配列のメチル化などによるクロマチン構造の変換により行われている可能性を考え,現在,冬眠特異的タンパク質の遺伝子近傍のクロマチン構造が冬眠に伴ってどのように変化しているかを解析している。

 

2. 細胞の増殖・分化・生存・アポトーシスに関わるシグナル伝達機構の研究

多細胞生物は、細胞の増殖、分化および死を適切にコントロールすることによって、個体の発生分化や形成・維持を行っている。この際個々の細胞は周囲の環境に応答し、増殖、分化あるいは生存のシグナルとアポトーシスシグナルとのバランスを精密に制御していると考えられる。シグナル伝達カスケード間の制御機構という観点から、大きく以下の2つのテーマで研究を行っている。

     MAPK シグナル伝達経路の制御
 
MAPキナーゼ(MAPK)カスケードは、MAPKMAPKキナーゼ(MAPKK)MAPKKキナーゼ(MAPKKK)からなるシグナル伝達経路で、哺乳類では少なくとも3種類のカスケードが存在し、ERKカスケードは増殖・分化・生存のシグナル伝達に、JNKp38カスケードはストレス応答やアポトーシスのシグナル伝達に関与している。しかし、それぞれのカスケードの選択的活性化の分子機構やカスケード間のクロストークについては未解明な点が多い。本研究室では金沢大学との共同研究によって、JNKカスケードの選択的なシグナル伝達を可能にさせると考えられる新規のスカフォールドタンパク質JNKBP1およびJSAP1,2)を単離し解析を行っている。現在までに、JNKBP1JNKカスケードを正に制御する調節タンパク質であり、JSAP1JNKカスケードを正にERKカスケードを負に制御する多機能型調節タンパク質であること、またJSAP1と同じファミリーに属するJSAP2は、生存シグナルであるNFκBの活性化を抑制することが明かとなっている。今後、それぞれのスカフォールドタンパク質の生理的機能を明らかにするために、生死・分化・増殖に関わる外からの刺激に対して、カスケード間のクロストークを含めシグナル伝達の調節の分子機構を明確にすることが必要である。

   ・Death Receptorシグナリング 
 膜受容体型のタンパク質である
Death ReceptorDRは、細胞外からの特異的リガンドと結合すると、細胞質内のdeath domain を介してcaspaseを活性化し、場合によってはアポトーシスを引き起こす。このリガンドとの結合によるDRシグナリングには、caspaseだけでなく、プロアポトチックシグナルであるJNKや、生存シグナルであるNFκBの活性化も含まれており、DRによる一見矛盾するかのような異なるシグナル伝達カスケードの活性化が、カスケード間のクロストークを含めどのように制御され、またそれによってどのように細胞運命が決定されるか、興味深い問題です。

本研究室では、アフリカツメガエルより、互いに非常に相同性が高い新規のDRファミリーメンバー xDR-M1xDR-M2を単離し、それぞれについて生存と死のシグナル伝達の解析を行ったところ、death domainを介したシグナル伝達やアポトーシス誘導能に差異が認められた。興味深いことにアポトーシスに関しては、xDR-M1はcaspase非依存性(セリンプロテアーゼ依存性)、xDR-M2はcaspase依存性であった。現在、xDR-M1-M2による生死シグナルの伝達機構と差異の分子機構を明らかにするために、リガンドおよびdeath domainに結合するアダプター分子の同定を試みている。

 

3. 両生類における性決定・性分化機構の研究

生物は、進化の過程で有性生殖というシステムを獲得することによって、突然変異よりはるかに大きな遺伝的変異あるいは遺伝子プールを作り出し、環境の変化に対する種の適応性を増大させ多様化してきたと考えられる。哺乳類ではヒトおよびマウスでY染色体に座位するSRY遺伝子が、魚類ではメダカで同じくY染色体に座位するDM-Y遺伝子が性決定遺伝子として同定されているが、両生類では未同定である。また脊椎動物においてZZ/ZW型の性決定様式を持つ鳥類、一部の爬虫類、両生類、魚類の性決定機構は未解明のままである

本研究では、ZZ/ZW(メスへテロ型)の性決定様式を持ち、性ホルモンによって性転換が可能なアフリカツメガエルの性決定、性分化、性転換機構の解明を目的として、W染色体に存在する遺伝子の単離、および性転換、性分化に関与する遺伝子の単離を試みている。現在、雌ゲノム特異的(W染色体にリンクすると考えられる)で生殖巣形成に関与する可能性が高い転写因子の解析を進めている。

概要
もうちょっと詳しく!!!!!
主な研究テーマ

シマリスの冬眠: 体温を数℃まで低下させ、呼吸数、心拍数は
                1分間に数回まで減少。
            なぜ冬眠するのでしょうか?
            どのような分子機構で冬眠するのでしょうか



 アポトーシス!

細胞が、自らのシステムを
使って引き起こす細胞死。

(例:オタマジャクシの尾が変態
   とともに短くなる)

細胞はどのような分子機構で、
 生死の選択を行っているのでしょうか?

変態におけるアポトーシスの分子機構は?

:  どうして雌と雄がいるのでしょうか?
     雌雄の分化は進化的にどのような意味があるのでしょうか?
d    どのような分子機構で性が決定されるのでしょうか?