「試行錯誤するうちにひらめいた仮説を、自ら検証し新事実を発見する。そのサイクルの中で得られる感動が、研究の醍醐味です」。そう語るのは、大学院生時代から免疫の仕組みの解明に挑み続ける生物科学科の江島教授。理学の基礎研究と、体内の免疫担当細胞の働きには、共通点があるそう。江島教授には、生命現象の神秘に向き合う研究の詳細や理学という学問の魅力について伺いました。
私たちを取り巻く環境には、ウイルスや細菌、カビ、寄生虫などの病原体や花粉、ハウスダストなどの物質が数多く存在しています。こうした物質が体内に侵入したときに身体を守る仕組みを免疫と呼びます。免疫には、自然免疫と獲得免疫という二つの種類があります。自然免疫に関与する細胞には微生物の成分に反応するセンサーがあり、それを使って体内に侵入した微生物を発見・排除します。一方、獲得免疫ではリンパ球と呼ばれる細胞が、体内の成分ではないさまざまな異物に反応して追い出そうとします。自然免疫で作用する細胞は、これまで祖先が経験してきた多くの病原体が共通して持つ成分を感知するのですが、リンパ球は一つひとつ異なるセンサーを持った膨大な数の集団で、あらゆる病原体の侵入に備えます。
どんな敵が来ても対処できるという驚異的な力を持つリンパ球。現在の私達の研究対象は、このTリンパ球 (T細胞) の一種、キラーT細胞です。「キラー」とは殺し屋という意味で、キラーT細胞は異変が起きている細胞を殺します。たとえば、ウイルスに感染してウイルスのタンパク質が作られていたり、がん細胞など遺伝子に変異が生じて異常なタンパク質が作られたりしている細胞を標的とします。私達は、キラーT細胞の持つある分子が、標的細胞を殺す過程でどのような役割を果たしているのか、体内におけるキラーT細胞の動きをどのように制御しているのかなどの解明をするため研究しています。
私達が注目している分子は、過去にある抗原に反応したキラーT細胞が、再度侵入した同じ抗原に素早く反応できる細胞に分化したり、体内の細胞を攻撃する自己反応性T細胞が機能できなくなったりする際にも重要な役割を果たしていると考えられています。この仕組みを詳細に明らかにすることは、免疫反応を適切に操作する研究にもつながると期待しています。
私がT細胞の分化に関心をもったのは大学院生の頃。以来、T細胞の分化や機能に関わる研究を続けてきました。研究の面白さは、知れば知るほど生物や生命現象は「本当によくできている」という感動がある点です。方法を試行錯誤しながら新しい発見を得られることが、生物学・生命科学研究の魅力。それは、大学生時代に卒業研究で初めて研究に触れたときから感じています。さまざまなことを教わりながら調べたり考えたりしているうちに、自分で仮説を思いつき、それを検証することに興奮や感動がありました。そうした原体験が現在の研究生活においてもずっと続いているような感覚です。
理学研究は、「何の役に立つのか」と問われることがあります。薬の開発など、想定した目的のもと行われる実学研究と異なり、理学研究は「真理の追究」が目的であって、研究結果がすぐに有用性を持たないこともあります。しかし、私は「多様性」という点において,理学研究の意義とリンパ球の戦略に似たところがあるように感じています。先ほど述べたように、リンパ球はまだ見ぬ敵、予測不能な侵入者に対応するため、圧倒的な多様性で立ち向かうという戦略を取りました。一見、無駄が多いように思われますが、できるだけ早く初見の敵に対処をするという意味では優れた方法です。純粋に研究者の好奇心のみに基づいて行われる理学研究の多様性は、今すぐに目の前の課題に結びつかないとしても、人類が将来直面する予想外の問題に対処することにつながる可能性があるんじゃないかと思うことがあります。
「真実・真理」を知りたいという強い欲求が研究への動機になりますが、生物学では「真実」と信じられていたことが新たな発見によって一変することもあります。まだ進展・深化の余地が大いにあるということかもしれません。自然を観察するのが好きな人や、その不思議に惹かれたり感動したりする人は、きっと理学部での学びを楽しめるでしょう。そこで学んだことは、将来さまざまな職種として企業や大学、研究所などで役立てることもできますし、理学の面白さを子どもたちに伝える教職に就くという選択肢もあります。まずはオープンキャンパスなどの機会に本学を訪れ、学生や教員の話を直接聞いてみてください。きっと理学への扉が開けるはずです。