本記事は、獣医学科セミナー委員会が2020年ベスト論文に選出した獣医公衆衛生学研究室 山﨑浩平先生の研究についてのインタビュー記事です。
こちらから原文を読めます(クリックするとリンク先に移動します)。
1 この論文の研究内容について概要を教えてください。
Vibrio vulnificus (ビブリオ バルニフィカス、以下、バルニフィカス) という細菌は、人食いバクテリアと呼ばれ恐れられています。バルニフィカスは、海水と淡水が混ざり合う汽水域に多く生息しており、ヒトは、本菌に汚染された魚介類を食べたり、傷口を海水に暴露したりすることで感染します。感染後はごく短時間で皮膚や筋肉が壊死し、やがて、全身にバルニフィカスが拡がることにより死亡します。今回の論文では、バルニフィカスが増殖の場として、筋肉を好んでおり、べん毛運動により、感染者体内で筋肉を目指して進んでいることを発見しました。
2 山﨑先生はなぜこの研究に取り組もうと思ったのですか?
獣医公衆衛生学とは、ヒトを対象とした学問であり、病気の発生を未然に防ぐことを目的としています。バルニフィカスは温暖な環境で活発に増殖しますが、近年の地球温暖化に伴い、世界中で感染者数が増加しています。しかしながら、人食いバクテリアによる感染症は抗生物質が効かず、有効な根治療法がありません。外科手術を中心とした対症療法が一般的ですが、その効果が乏しく致死率が高いことが問題となっています。抗生剤に依存しない、あるいは併用可能な新規治療法の開発が急がれますが、開発の鍵となる感染症の重症化機構はほとんど明らかになっていません。獣医公衆衛生学研究室ではバルニフィカスの遺伝子変異株を作製し、マウスに感染させることで、病気を引き起こすために必要な遺伝子や機構を明らかにしてきました。
3 この研究の醍醐味はなんでしょうか?
有効な治療法のない、人食いバクテリア感染症の新規治療法の開発を目指す
医療の進歩は凄まじく、抗生物質の発見・開発により、多くの細菌感染症は我々にとって、恐ろしいものではなくなっています。そんな現代において、人食いバクテリア感染症の致死率は、未だに50%を超えています。人食いバクテリアは、ヒトに感染すると極短時間内に体内で増殖します。これは、人食いバクテリアが我々の持つ病原体排除機構、つまり、免疫を乗り越えて生体内で増殖できることを示しています。どのようにして、免疫機構を乗り越え、体内で増殖しているのでしょうか?この謎を解き明かし、新たな治療法を開発につなげることが我々の目標です。
大腸菌やサルモネラなど多くの病原細菌がべん毛(という、尻尾のような毛)を回転させることにより移動します。バルニフィカスも同様です。細菌はアミノ酸などの栄養源となる物質や、金属イオンなどの有害となる物質を感知し、移動する方向を決定しています。この研究ではバルニフィカスがべん毛運動により筋肉の深部へと侵入することを明らかにしました。筋肉内へ侵入することができない変異株は生体内で増殖できず、壊死などの重症病態を引き起こせないことを示しました。これは、筋肉の深部がバルニフィカスの増殖に適した環境であり、バルニフィカス感染症の急激な重症化に必須であることを示しています。この研究から、細菌は感染した生体内において増殖するための緻密な戦略を持っていることが、明らかとなりました。
4 今後の展望を教えてください。
バルニフィカス感染による急激な病態の悪化や重症化に、バルニフィカスのべん毛運動が重要であること、および、増殖の場として筋肉の深部が適していることを示しました。バルニフィカスはべん毛運動により、筋肉を目指して進んでいたのです。今後、バルニフィカスの運動性を抑え、増殖至適環境への移動を防ぐことができれば、急激な重症化を防ぐことができるかもしれません。バルニフィカスの運動性を制御する方法を開発し、新規治療法の開発に繋げていきたいと考えています。
ベスト論文選出の理由
「様々な細菌において病原性に関与する走化性(注1)、運動性に関わる分子がビブリオ バルニフィカスの増殖の場である筋肉への侵入に必要な事を証明しています。研究のコンセプトはオーソドックスですが、それを証明する手法が多角的で丁寧でした。さらに、菌に突然変異を導入することで、運動が変化する菌を得て解析することも興味深かったです。獣医学科セミナー委員会として、この様な論理的な論文は他の教員や学生に見本となる研究であると考えました」
注1:栄養源などの化学物質に対して濃度勾配に応じて菌が移動する性質。栄養がある方に菌が移動する。