Eukaryotic elongation factor 2 (eEF2) kinase/eEF2 plays protective roles against glucose deprivation-induced cell death in H9c2 cardiomyoblasts

Kameshima S., Okada M. and Yamawaki H.
Apoptosis
24:359-368, 2019
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/30737648
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https://doi.org/10.1007/s10495-019-01525-z
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グルコース飢餓による心筋芽細胞死に対する真核生物伸長因子2キナーゼシグナルの保護的役割

研究の背景

 真核生物伸長因子2 (eukaryotic elongation factor 2: eEF2)キナーゼ/eEF2シグナルは、タンパク質翻訳(遺伝子のコピーであるメッセンジャーRNAの情報を基にアミノ酸をつなげてタンパク質をつくる過程)を制御します。この機能は線虫から哺乳類まで多くの動物種において保存されています。eEF2キナーゼが活性化すると基質であるeEF2をリン酸化し、その機能を抑制します。eEF2はリボソームという細胞内小器官においてタンパク質翻訳を促進するので、eEF2キナーゼの活性化はタンパク質翻訳の抑制につながります(詳細は獣医学科研究成果トピックス「タンパク質翻訳制御因子eEF2Kの循環器疾患における役割」をご覧ください)。
 我々ヒトを含む多くの動物は、体中に血管が張り巡らされており、血液中に含まれる酸素や栄養を様々な組織に供給しています。その血液を送り出す心臓にも血管が分布しており、他の臓器と同様に血液供給を受けます。しかし、心臓の壁を構成する心筋細胞が大きくなり、次第に壁が分厚くなる「心肥大」という状態では、心臓に分布する血管が相対的に少なくなり、心筋細胞に血液が供給されにくくなります。その結果、心筋細胞はグルコースを含む栄養飢餓の状態に陥り、収縮性の低下や細胞死を起こします。このような細胞が増加すると心臓全体の機能が低下し、やがて「心不全」という致死性の病態に陥ります。
 私たちはこれまでに心肥大モデル動物の心臓組織においてeEF2キナーゼが活性化し、eEF2がリン酸化されていることを発見しました(Kameshima et al., Biochem Biophys Res Commun. 2016; Biochem Biophys Rep. 2016)。しかし、そのeEF2キナーゼ/eEF2シグナルの変化が「心肥大/心不全」の病態においてどのような役割を果たすかは明らかにしていませんでした。そこで本研究ではラット由来の心筋芽細胞株であるH9c2細胞を用いて、グルコース飢餓により誘導されるアポトーシス性細胞死におけるeEF2キナーゼ/eEF2シグナルの役割を明らかにすることを目的としました。

研究結果

(1)グルコース飢餓はeEF2のリン酸化(不活性化)、オートファジー、アポトーシス性細胞死を促進する

 まず始めにH9c2細胞をグルコースを含まない培地で培養することでグルコース飢餓の状態にし、それがeEF2のリン酸化、オートファジー/アポトーシス関連因子の発現量、細胞生存性に及ぼす影響をウエスタンブロット法および生細胞数測定により検討しました。
 グルコース飢餓は、eEF2のリン酸化を亢進しました(図1A)。これはeEF2キナーゼが活性化し、その基質であるeEF2の機能を抑制したことを示唆しています。オートファジーとは、変性したタンパク質や傷害を受けた細胞内小器官を分解して再利用する細胞内のリサイクル機構です。Microtubule-associated protein 1 light chain 3 (LC3)は、オートファジーを促進するために必要な分子で、LC3-IがLC3-IIに変化すること(LC3-Iと比較してLC3-IIの発現量が増えること)でその反応が進みます。つまりLC3-IIとLC3-Iの比(LC3-II/LC3-I)の増加はオートファジーの促進を示しています。グルコース飢餓は、LC3-II/LC3-Iを増加させました(図1B)。アポトーシスは細胞死の形態の1つで、核の凝縮/断片化を伴います。Caspase-3はアポトーシスを促進する分子で、その活性断片であるcleaved caspase-3が増えることでアポトーシス性細胞死が促進します。グルコース飢餓は、caspase-3の断片化(図1C)および細胞死(生細胞数の減少;図1D, E)を促進しました。

グルコース飢餓はeEF2のリン酸化(不活性化)、オートファジー、アポトーシス性細胞死を促進する


(2)eEF2キナーゼ遺伝子ノックダウンはグルコース飢餓により誘導されるアポトーシスを促進する

 次にH9c2細胞に特殊な処置を施し(遺伝子ノックダウン)、遺伝子からeEF2キナーゼタンパク質が産生されにくい状態にしました。これによりグルコース飢餓にしてもeEF2キナーゼそのものが少ないため、活性化eEF2キナーゼによるeEF2のリン酸化、すなわちグルコース飢餓によるeEF2キナーゼ/eEF2シグナルの亢進が起こりにくくなります。このeEF2キナーゼ遺伝子ノックダウンがグルコース飢餓により誘導されるアポトーシスに及ぼす影響を検討しました。DNAと強く結合する色素(青色蛍光)により核を染色することで、核凝縮を起こしたアポトーシス細胞を同定し、その数を測定しました。結果、グルコース飢餓により生じたアポトーシス細胞は、eEF2キナーゼ遺伝子ノックダウンによりさらに増加しました(図2A, B)。加えて、eEF2キナーゼ遺伝子ノックダウンはグルコース飢餓によるcaspase-3の断片化(cleaved caspase-3の増加)を促進しました(図2C)。このことからグルコース飢餓により生じるeEF2キナーゼ/eEF2シグナルの亢進は、アポトーシスを抑制的に制御する可能性が示唆されました。

eEF2キナーゼ遺伝子ノックダウンはグルコース飢餓により誘導されるアポトーシスを促進する



(3)eEF2キナーゼ遺伝子ノックダウンはグルコース飢餓により誘導されるオートファジーを抑制する

 近年の研究成果から、H9c2細胞におけるオートファジーの活性化はアポトーシスを抑制することが明らかにされています(Sishi et al., Biochem Pharmacol. 2013)。そこで、グルコース飢餓により生じるオートファジーに及ぼすeEF2キナーゼ遺伝子ノックダウンの影響を検討しました。免疫蛍光染色によりオートファゴソーム(オートファジーの進行に伴い細胞内に形成される小胞)を可視化し、その陽性細胞数を測定しました。結果、eEF2キナーゼ遺伝子ノックダウンはグルコース飢餓によるオートファゴソーム形成(緑色蛍光)細胞数の増加を抑制しました(図3A, B)。また、eEF2キナーゼ遺伝子ノックダウンはグルコース飢餓によるLC3-II/LC3-Iの増加を抑制しました(図3C)。さらにオートファジーを促進するタンパク質であるadenosine monophosphate-activated protein kinase (AMPK)αおよびunc-51 like autophagy activating kinase (ULK)1の活性化をウエスタンブロット法により検討したところ、eEF2キナーゼ遺伝子ノックダウンはグルコース飢餓によるAMPKαおよびULK1の活性化(リン酸化亢進)を抑制しました(図4)。以上の結果からeEF2キナーゼ/eEF2シグナルは、AMPKα/ULK1を介してグルコース飢餓により誘導されるオートファジーを促進的に制御することが明らかになりました。

eEF2キナーゼ遺伝子ノックダウンはグルコース飢餓により誘導されるアポトーシスを促進する



まとめ

 本研究では、グルコース飢餓の状態にした心筋芽細胞において、eEF2キナーゼ/eEF2シグナルがAMPKα/ULK1の活性化を介してオートファジーを促進することで、アポトーシス性細胞死を抑制的に制御することを初めて明らかにしました(図5)。この結果は不全心筋細胞においてeEF2キナーゼ/eEF2シグナルが保護的に働く可能性を示唆しています。今後はeEF2キナーゼ遺伝子をノックアウトした心肥大/心不全モデル動物を用いて、eEF2キナーゼ/eEF2シグナルが生体内でも心臓保護的な役割を担うか否かを検討する予定です。上記メカニズムの詳細を明らかにすることで、eEF2キナーゼ/eEF2シグナルを心疾患における新たな創薬標的とすることが目標の一つです。

eEF2キナーゼ遺伝子ノックダウンはグルコース飢餓により誘導されるアポトーシスを促進する